第8夜 過行く日々
例え終わりに近づいていても、新しいモノは、心を浮き立たせる。
新しい朝。
新しい年。
クリスマス当夜の静寂とは真逆の浮き立ち具合。
不思議と、新しい年になると、全てが上手くいく気がするし、なんとなく、今年は死なないんじゃないか、という幻想が湧いてくる。
人の作りしシステムに過ぎないのに、だ。
神の尺度からすれば、ほんの小さなことだろう。
もちろん、神がいれば。
配達係も御多分に漏れず浮き立っていた。
クリスマスに続き、新年もまた、御馳走が振舞われるからだ。
そして、おこぼれを俺に期待してるって訳だ。
ところが、こちとら頗る調子が悪かった。
なんせ、昨日の夜からこっち、ちょっと雪が舞う程度の天候にも関わらず、3羽の鳥が、塔目指して歩いて(笑える)来るのに気づいちまったから。
気持ち、というか、考えは分からないでもない。
大方、年越しで浮かれ騒ぐ上官の姿を見て、今夜は絶好の脱走日和じゃないか、なんて考えたんだろう。
運がいいのか悪いのか、雪まで振ったとあっちゃあ、背中を押される気分にでもなったんだろう。
だが、だ。
独りで年越しを過ごす俺は、妙に寝付けず、そのうえなんか予感めいたものが、こう、背中の真ん中から頭の左側にずっと居座り続けている有様だった。
そしたら、見えるだろう?
吹雪ならともかく、レクイエムのように真っすぐ降りる雪なんて、カモフラージュに適してるとは言い難い。
むしろ、塔の中からの視界は良好で、向こうさんからの視界は、いいとは言えない、つまりは格好の餌食ってやつだ。
迷ったかって?
いいや。
もう体が動いて、迷ったとしても、どういう順番で撃とうか、だけだったと。
きっちり3発。
最初の一発で、残りの二羽は硬直しちまったから、楽な買い物だった。
俺が嫌だったのは、新雪が血で染まる様。
それ以来、胃がムカムカして、何も喉を通らない。
それなのに。
配達係がいつもより高めのテンションでやってくると(それでも合図と合言葉は忘れなかった)ニコニコしながら豚の切り身を差し出しやがった。
途端にムカついて(おっと、配達係に腹を立てたんじゃない。怒りは無駄だ。分かるな?)胃液が喉元まで来かけたんで、黙って右手を振った。
配達係は若い以外に取り柄のない、完全なぼんくらだが、それでも俺の調子が悪いのに気付いたらしい。
そっと豚バラの塊をテーブルに置いて、間抜けなことに悲しそうな顔をした。
喉元の吐き気と、配達係の子犬的卑怯な憐憫の仕草に、ほんとに生きているのが嫌になったが、まだ今日じゃない。
それで、相手に恐怖を与えないように出来るだけゆっくり首を振ると、豚バラを指差し、次に配達係を指差した。
ジェスチャーが伝わったんだろう。
配達係は帽子を取ってペコリとお辞儀すると、豚バラをバックにしまい、酒の瓶(なんてこと!赤ワイン!)を代わりに置いた。
それでいい。
俺は頷いた。
後は、奴が回れ右をして出て行ってくれれば。
吐くときは、独りと決めている。
ところが、今日に限って配達係はもじもじして動かない。
俺は、自分の精神を最大限に動員して、嘔吐中枢に働きかけていたから、妙な沈黙が生まれた。
この鳥、なんで書いてるんですか?
配達係は、はっきりそう言った。
俺は、いろいろなことを諦めて、奴の顔に吐きかけてやろうかと思って、止めた。
代わりに、自分の額に手を当て、ベットを指差し、最後に扉を指差した。
今日の話は、これで終わりだ。
勘弁してくれ。
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