かくして、激動の新年度は幕をあける(1)
「なんっってコトすんの!? この変態! 変態変態変態っ!!」
「――って叫ばれたらイヤだなあと思って塞いでみた」
廊下に出てぱっと拘束が解かれるなり食って掛かる彩香に、まったく悪びれる様子もなく変態は宣った。
にぱっと笑い、高い位置からまあまあまあとなだめるように制止しようとしてくる。
「俺、変態じゃねーし。ノーマルだし。女の子好きだし」
(聞いてねーよ!)
どんだけ軽いんだこの男!と心の中で目いっぱい怒鳴りつけ、決して気のせいではない目眩に再び襲われた。
(ていうか、本当に学校にいた! 本当に先輩だし!)
目線にあるネイビーのネクタイを睨み上げ、うぐぐと心中で唸り舌打ちする。
別に柚葉の言葉を疑っていたわけではない。ないのだが、こうして目の当たりにしてしまった衝撃は大きい。
(しかも立ったらまじデカいし!)
低身長に悩む彩香にとっては「長身」というだけで立派に怒り対象になり得るのだ。
それなのに、そのうえ――
(女好きだと!? やはり「タラシ」だったのか変態めっ!)
昨日のアレといい今しがたのアレといい、何の躊躇もなく異性に触ってこれるあたりが、読みどおり「女たらし」のなせる技であったということなのだろう。
清々しいほど明瞭に証明され、文句ナシに敵認定完了である。
「ねね、なんで怒ってんの? 昨日だってこっちが殴られたのに?」
今にもヘラヘラと笑いだしそうなテンションで訊かれても!という思いで彩香が一瞬だけギンと睨みつける。
いきなり笑われて触られてアイスを食われて、それでも怒り対象にはならないと本気で思っているのだろうか。
(それとも何か!? 今までコイツにそういうことされて、周りは怒らない女だらけだったということか!? ちょっと格好いいからってそれでいいのか、女たちっ!)
「わっかんないのが信じらんないんだけどっ!」
吐き捨てながら、足はすでに競歩状態でクラブハウスを目指していた。
とにかくこの世で一番相容れない種族から早々に離れねば!と自身に言い聞かせてのことである。
気分的にもビジュアル的にも、一緒に居ると誤解されては猛烈に困る相手だ。
釣り合いが取れないのはわかりきっているため、見目良い男子とは同じ空間にさえ居たくないのだ。恋愛部門、部外者の身としては。
ほら帰りがけの生徒たちからもめっちゃ見られてるし!と鼻息を荒くし、高速で外靴に履き替えて昇降口を出る。
おそらく教室に取り残してきてしまった柚葉も(こちらの荷物まで持って)先に部室にたどり着いてくれているだろうし。
「えー……でも
特に親が、などとブツブツつぶやきながら、なぜか変態も後に続いて出てくる。
何ついてきてんだよ!?と一瞬それに顔をしかめかけたものの。
長身の小脇に抱えられた学生鞄に目を留め、そうか普通に帰るのか、とまだ夕暮れには程遠い放課後の空を見上げた。
始業式とほぼロングホームルームだけだった今日は、当然部活動開始がかなり早い。
本館を回り込んで、正門を見渡せる南側からクラブハウスへと向かう。いつもどおりの経路だ。
(
それにしてもずいぶん仲良い身内だな、いいけどだったら家の中だけでやってくれよ、と思うのは自分だけだろうか。
「ま、いいや。じゃついでにもう一つ聞くけど――」
結局何の反応もせずズカズカ進む彩香に、別段気にした様子もない変態ののんびりした声が届いた。
なぜか正門に向かわずにいつまでも後ろをついてくる相手に疑問が浮かび上がりかけるが、フン、何を聞かれたって答えてやるもんか、と据わった目は真っ直ぐ進行方向だけを見、歩調を緩めようという気も、ましてや立ち止まって話を聞いてやろうという気も毛頭起きなかった。
なかった……のだが。
「なんで、そうまでして跳びてーの?」
ふいに奴の声が、笑いの欠片も含まれない静かなトーンに落とされた。
歩みを止めさせるにはじゅうぶんすぎる一言。
「――」
「その背で」
びたん。
「ええええええ、訊いただけじゃん」
間髪入れず
「か……っ、関係ないでしょ!」
し、しまった……とあわてて開き直ってみせるが、今のはさすがに少しばかり申し訳ないと思ってしまった。
思わず手が出てしまったとはいえ――
(いくらなんでも、連日同じ相手を殴るって……あたしって……)
己の見境の無さと凶暴さを嘆きつつ、だが考える前に手が出てしまったものはもうしょうがないではないか、そもそも身長に言及したコイツが悪いのだ、と無理やり理由付けして納得しかけたところに。
「彩香ちゃん、沸点低すぎじゃね?」
左頬を
「なっ……」
「もうちょい落ち着いとけ?」
「なっ、ななななんで名前……!?」
『西野』という苗字なら先ほど関口も何度か口にしていたが、なぜコイツは名前のほうを知っているのだ!?と思わず目を丸くする。
「昨日一緒にいたコがそう呼んでたし」
「――」
公園での柚葉のことだというのはわかった。……が。
(だからって……なんで、ほぼ初対面のアンタもそう呼んでイイと思うんだ!? ええ!?)
この変態、思考の基準というか言動に繋がるまでのプロセスが何かおかしくないか?と思えてきた。
引っ叩かれた衝撃でどっかの神経どうにかなっちゃったのか!?
それとも女タラシって普通にこうなのか!?
「だ、だからってねえ……!」
「――あ」
校舎本館横を抜け講堂に差し掛かったところで、ふと何かに気付いた様子で変態が声をもらした。
かと思うと、突然。
「!?」
彩香の襟首を引っ掴んで本館角まで逆戻りさせ、建物の陰にぴったり収まるように身を潜めさせた。
瞬時に先ほどの
「なん……っ」
「シーッ! アレ、アレ」
変態自身も声をひそめ、なぜか本館と講堂の隙間奥を指差している。
その瞳には何やらイタズラ真っ最中の子どものような輝き。
何だっていうんだ……と指し示された方向にそろりと目を凝らすと。
その奥――本館と西棟を繋ぐ連絡通路の外に制服姿の男女が向い合って立っていた。
(あ)
うち片方は、遠目にも見間違えないくらいには見慣れた男子生徒だった。
幸い、こちらには気付いていないらしい。
(あれは、沖田くん……と、誰だろ……?)
肩より上で切り揃えた髪の女子生徒。もちろん柚葉ではない、が。
もっとよく見える角度を求めてさらに身を乗り出しかけたところ、ずしりと頭の上に重量感。
「いいねー、告白ターイム」
ちょうどいい肘置きとばかりに、変態が頭に両腕を乗せてきていた。
「ちょ……っ! 重……っ」
「しーーーっ! 覗いてるのバレちゃうよん」
「のっ覗いてなんか……!」
いない、とは言えない状況ではないだろうか、コレは。
癪だが認めざるを得ない自分らの体勢を思い出し、やむなく声を断ち切る。
大事な親友の想い人がこのような人気のない場所で女の子と二人っきり。こんな状況が気にならないわけがない。
何がどうなっているのか、この変態の言うとおり「告白ターイム」ならば結果はどうなるのか。
柚葉のためにも見届けなければならないし、場合によってはキューピッド作戦の練り直しが必要になってくるかもしれないのだ。
あらためて奥の二人に視線を戻す。
誰かはわからないが、ちらりと見えたリボンタイはボルドー。同じ二年の女子生徒だ。
うつむいて何かを話しているらしい。
「新学期早々コクられるとは……やるなあ、侑のヤツ」
さっすがあ、と変態が喜々としてつぶやいた。
「なんでよ? 沖田くんがコクってるのかも」
「それはない」
すっぱり明快に言い切られ、思わず頭上を振り仰ぐ。
「……」
そういえば、とまたも柚葉の情報を思い出していた。
沖田侑希とこの頭の上の変態が親しげに話していた、と。
「侑」という呼び方や彼からの告白ではないと断言したあたりからしても、二人はかなり親しいのかもしれない。
(人間関係ってわかんないもんだなあ……)
爽やかスーパーイケメンと変態長身女タラシといい。
その爽やか沖田と柚葉といい。
脳内でそれとなく人物相関図を組み立てながら、そっと吐息する。
何にしても、今目の前で繰り広げられているアレが、
先に部室へ向かっていてくれと、自分と柚葉に微笑んで告げた教室での姿を思い出す。
(……そりゃ、こんなシーンに付き合わせるわけにはいかないよなあ)
図らずも事情をつかめてしまい、彩香の口から微かにため息がもれた。
遠い視線の先では、侑希が少しだけ口を動かして何やら告げたらしい。
一瞬だけその顔を見上げたかと思うと、女子生徒は両手で顔を覆って泣きだしていた。
「おっと……ゴメンナサイ、きたー……」
「……」
さすがに笑っていい空気ではないと判断してか、変態が目一杯トーンを抑えて実況を付け加える。
彩香もいつの間にか全身に結構な力が入っていたらしく(頭上の異物のせいも多分にあるだろうが)、気付くとかなり大きめな安堵の吐息をもらしてしまっていた。
(あの女の子には悪いけど……とりあえず良かった。安心しろ、柚葉)
明らかにほっとして肩の力を抜く彩香に気付き、変態が、およ?と目線を下に向ける。
(でも……このことを柚葉にどう伝えよう?)
すぐさま別に新たな悩みが生じ、そんな変態の動向になど気を配れるはずもなかったが。
(――いや、むしろ伝えないほうがいいかな? 無駄に気にさせちゃうかも知れないし。当分このままでいいとか意味わかんないこと言ってるし、あの大和撫子……)
うーーーむといよいよ真剣な面持ちで唸りだした彩香に、何をどう思ったのか変態。
「ひょっとして、彩香ちゃん
なぜか、こんなとんでもないことを言いだした。
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