陽だまりにて待つ!

第一章 【それはそれはヒドイ出逢いでした】

プロローグ






 その場で軽く弾み、トントンと足慣らしを終えたら、目を閉じて深呼吸二回。

 いつもどおりの程よい緊張感。   

 大丈夫。集中はできている。


 

(もしこれを跳べたら)



 どこにも誰にも届くことのない小さな願掛けを胸に、西野にしの彩香あやかはそっと目を開けた。


 数十メートル先に待ち受ける白いバー。 

 高々と掲げられたそれに向かって、挑むような祈るような気持ちでスタートを切る。 


(跳べたら――あたしはきっと負けないでいられる……) 


 スピードを上げて弧を描くようにバーに走り込み、左足で勢いよく踏み切り、跳ぶ。

 地面から高く跳ね返ったボールのように、振り上げた右腕と反り返る上体がバーの上すれすれを這うように越えていき――


(んでもってご褒美にアイスだっ! …………あ)      


 今度こそ抜けきれると思った足首が、最後の最後でバーに当たった。

 小柄な身体がバフリと厚いマットに沈みこんで数瞬後、支柱から外れたバーが軽い音を立てて落下した。


「……」


 耳だけでそれを確認し、わずかに息を弾ませてそのままマット上にごろんと仰向けになる。


 密かな願掛けが何度打ち破られても、変わらずそこに在る蒼い空。

 悠然と見下ろされ、そんなちっぽけな存在どう足掻いたところで何も変わらないよ、といつも笑われているようで少しだけ癇に障る。


(ダメなものはダメ、ってことか……)

  

 それとも最後に欲出したのがマズかったか。

 あきらめたような微妙な笑みとともに、小さなため息がこぼれ出た。



「ドンマイ、西野ちゃーん」

「次はいけるいけるー」


 スタート地点に控える先輩部員たちの励ましに「うっ」と勢い良く半身を起こしつつ、しまった!と感じる。

 そんなに落ち込んでいるように見えてしまったか。


 しかもおもいきり邪魔になっている。跳んだらさっさと退く、が鉄則だったのに。


「はいっ、すいませんっ……ととと」


 その反動と風で不意に全開になる額に、微かに眉をひそめる。


 伏し目がちに前髪を定位置へと下ろしながら、彩香は今度こそ急ぎすぎず立ち上がった。




 16歳、早春――――

 壁は、まだまだ高い。






  





  

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