[27]
男はイギリス外務省のパスポートを持っていた。苗字はテープで消してあったが、名前はジム。無論、本名ではないだろう。写真は本人の顔だった。
「本題に入れ」
「アメリカへ行くのは結構だが、この状況では無理だな。今夜、あの店の状況を見る限り」
「余計なお世話だ」
「なあ、あんた。今夜のあの店、おかしな奴ばっかりいたと思わないか?」
「そうだな。まず、あんただ」
「俺は小銭をテーブルにぶちまけたり、名刺をいちいち取り出して眺めたりしたおかしな野郎。あんたも振り向いて見ただろ。女もじっと俺を横目で見た」
「紫のスーツの女か」
「ああ。俺はあんたとあの女の眼を引きつけたかっただけだ。女は案の状、俺の正体に気付いた。だが、あんたは注目こそしたが、俺の素性については全く知らないように見えた。俺は自分の出方を計算するため、それだけまず確認させてもらったんだ。それから、マフィアが1人。封筒を落として、足で蹴って椅子の下に隠した奴。あれは俺の相棒だ。後から入ってきた角刈りの男。私服警官もそうだ。マフィアの兄さんが落とした封筒の中身は塵紙の束さ。見るか?」
「結構」
「元はと言えば、あの芝居はあの女をひっかけるためだった。あの女、あんたは知らないだろう?あれは北京からの指示を受けてあんたを見張っていた女だ」
「2分経った。急げ」
「あの女、情報屋をやりながら、資金を稼ぐために公認でブツを動かしていた。俺の筋と何回か取引したことがある。それで、俺は仲間とあの芝居を仕組んだ。もちろん、あの女を葬るためだ」
「俺を見張ってた女が、どうしてあんたの挑発に乗ったんだ?」
「理由は2つある。1つは、俺が椅子の下から拾ったブツが女にとってはあんたより重要だったこと。あんたの首は一銭にもならないが、ブツは金になる。あんたとブツを並べたら、女がブツを取る。俺には初めから女がそう踏むだろうと分かってた。だから、仲間と芝居したんだ。そしてもう1つの理由は・・・」
私はジムの言葉をさえぎった。
「女の他に、見張りがもう1人。爺さんか」
「そうだ。あのジジイは女とグルだ。どうやら女と組んでアンタを見張ってたようだ。《ようだ》というのは、あの店で初めて分かったからだ。俺はジジイがアンタに話しかけてるのを見て、《ははァ》と思った。実はこれまでジジイはアパートの大家で、そのアパートの2階にあの女が住んでるということしか分かっていなかった。だが、今夜あの喫茶店に2人で揃って顔を見せたことで、やっと爺さんの正体がバレたというわけだ」
「しかし、あの爺さん、アンタが女に渡した封筒が、ヤクザの落した封筒とは別の物だと気付いていた」
「だから、慌てたんだろうさ。あの現場で『おい、違うぞ』と女に注意しに行くわけにもいかないしな。そんなことしたら、グルだってことがバレる。ほら爺さん、わざわざ席を立って爆発の現場を見に行っただろ。ピンと来たんだろ」
「あんたの正体に気付いた」
「そうだ。野次馬根性で見物に行ったんなら、自分のバッグを置いていくものか。バッグを置いていったのは、ともかくアンタを逃がすことが出来なかったから。そして、あの店に戻ってくるつもりだったから。戻ってきて、半信半疑ながら、俺の正体を確かめるつもりだったのさ。そして喫茶店に戻ってきて、あんたにカマをかけた。おおかた、爺さんは俺がどこかの殺し屋だとでも言ったんだろう?」
「そう聞いた」
「まさか真面目に聞かなかっただろうな。あの爺さんが確かめようとしていたのは、あんたの反応だ。あんたの反応で、俺の正体が判断出来るからだ」
「そういうことなら、てんで役に立たなかった」
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