桜の木の下で私は彼女と花を見る

志央生

桜の木の下で私は彼女と花を見る

 桜の木の下には死体が埋まっている。そんな話を聞いたことがあった。だから、桜が咲く頃になると私は自然とそのことを思い出す。

 以前に彼女と花見をしたとき、私がその話をしたら「もっとロマンチックな話はないの」と怒られたこともある。

 あれから一年が経ち、再び桜が咲いている。あのときの彼女は隣にいない。一人、夜の桜を見上げている。

「今年は一段と色が鮮やかだな」

 昨年の記憶と比較しても、今年はどこか色合いが濃く見える。こうして桜を見ていると彼女とのやりとりを思い出してしまい、どこか感傷に浸ってしまう。

「さっさとやらなければ」

 私は桜の木の根元へと近づく。あまり時間は無い、早くしないと人が来るかもしれない。準備は整っている。あとは場所を確認するだけだ。


 昨年の春、私は彼女と花見をした。桜の名所などではなかったけれど、いままで見たどの桜よりも綺麗に思えた。

「人も多くなくてよかったね」

 小さなビニールシートの上に座り、桜を見ていた私に彼女は優しい声音で話しかけてきた。

「そうだね、おかげで静かに花見ができる」

 微笑みを浮かべて私はそう返す。あのときは幸せだった。何がと聞かれると困るが、気持ちがとても満たされていた。それが彼女が隣にいたからだと気づいたのはずいぶんと後になってからだ。「ねぇ、桜ってなんでピンク色なんだろう」

 彼女がそう言ったとき、私はあの話をした。

「桜の木の下には死体が埋まっているらしい。その死体から分解された血液を木の根が吸収して、桜の花びらはピンク色に染まるらしい」

 ネットに書いてあった眉唾物の噂を私は彼女に言った。それを聞いた彼女は眉を寄せて「そんな話じゃなくて」と呆れた声を出す。

「こういうときは、もっとロマンチックはないの」

 そう彼女は怒って言っていた。いま思い出しても、あのときの私は思慮に欠けていただろう。もう少しロマンチックなセリフを言えていれば、彼女と別れずに済んだかもしれない。


 彼女と別れたのは昨年の冬だ。それと同時に彼女は姿を消した。そのことで彼女の親にも警察にもヒドく追求をされた。

 それも仕方ないことだと思う。最後に彼女と会っていたのは私だったからだ。それでもすぐに疑いは晴れて、私は普通の生活に戻すことができた。仕事にのめり込み、いろんなことを忘れようと努めた。だが、私は彼女との記憶を忘れることはできなかった。

 だから、この桜を見に来たのだ。一年前、彼女と見た桜。その下で私は美しく咲く桜を見上げている。足元は掘り起こした土で荒れている。

 もう時期だ、彼女ともう一度この美しく咲く花を見ることができる。そう思えば、この作業も苦ではない。

 彼女が染めた桜の花を僕は再び見上げた。


                                     了

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桜の木の下で私は彼女と花を見る 志央生 @n-shion

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