ケータイカレシ

柚月ゆうむ

ケータイカレシ

 今日は初デート記念日。正確にいえば今日ではなく一昨日だけれど、平日に遊びに行くことはできないので、その日がある週の土曜日を記念日としている。この日は初デートの時のコースでデートをするというのが毎年の恒例となっていて、今年で五年目。初心を忘れたくないという彼の提案で始まったものだ。

 いつもより少し気合を入れてメイクをし、さすがに格好が若すぎるかなと思いながらも、当時着ていた服を着る。忘れ物がないか軽く確認して家を出た。

 場所は二駅先のショッピングモール。そこで買い物がてら映画を見るのだ。高校生だった私たちには、デートといえばそれだった。


 駅から少し歩いてショッピングモールに到着した。土曜日なだけあって、多くの人で賑わっていた。まずは二階のファストフード店を目指す。本来なら映画の後に昼食をとるのが理想だけれど、そうすると飲食店がとてつもなく混雑する。私も彼もそういうのはとても苦手としていたので、先に食事を済ませることにしていた。今回も例に倣って昼食を先に取ることにする。


 お店に着くとちらほらと客が席を埋めていて、二人の客が注文をしていた。

うん、なんともちょうどいい人数だ。これなら待つことも目立つこともない。それに前に注文している客がいるおかげで、店員からいらっしゃいませの圧力を感じる前に注文を考えることもできる。でも今回はもう決まっているから、考える時間はいらないのだけどね。


 注文を終え、席を探すと、二人用のテーブル席が空いていた。私はソファーのようになっている方に座り、スマホを机に置いた。

 手のひらを合わせ、ポテトから口に運んで行く。不健康そうな食べ物だが、美味しく感じるのはなぜなのだろうか、と以前雑談がてら彼に聞いてみたとことがある。すると彼は、ちょっと悪そうな男がモテるのと同じだ、と言っていた。懐かしい。

 不意にスマホから通知が来た。友人からのメールのようだ。一度彼と別れ、返信をして食事を再開した。


 昼食を終え、いよいよ映画館に行くことにする。映画館は三階だ。

 私たちは、バラード・ウィルスの『ダイ・イージー』やジェリー・コウカイの『クラッチ・インポッシブル』といった、なんで生きているの、と突っ込みたくなるようなアクション映画を好んでいたので、いつもそういった映画を見ていた。

 今日もアクション映画を見ようと思っていたけれども、あいにく公開はしていなかった。ならば、いつもとは違うけれど、たまにはデートで定番の恋愛ものでも見ようと決め、チケット販売所へ向かった。


 シアターに入ると、若いカップルや女性客がちらほらと座っていた。私は半券に書いてある席におとなしく座り、彼と上映の開始を待つ。後ろから女性客の声が聞こえてくる。その声によると、この映画は感動ものらしい。しばらくして、予告映像が流れたあと、あの映画泥棒の人が現れた。あの動き、結構癖になるんだよな、なんて思っているのは私だけではないはずだ。それから、飲食禁止やら、携帯の電源は切れやらと注意喚起がされた。仕方ないので、一度彼と別れて、映画に集中することにした。


 映画が終了し、周りが少しずつ明るくなる。すすり泣く声が聞こえたり、ハンカチで目の当たりを拭くのが見えたりしたが、私は特に涙を流すことはなかった。私の涙はもう枯れてしまったようだ、なんてかっこつけたことを考えてみる。

 シアターを出て、もう一度彼と会ってみる。ふふ、いい笑顔だな。でも今日のデートはこれでお終いね。

 心の中で彼にさようなら、と呟き、写真を閉じた。



 一階で花束を買い、ショッピングモールを出た。

 彼と最後に歩いた道をゆっくりと進んで行く。

 しばらく歩くと、あの交差点が見えてきた。電柱には、交差点注意、と書かれた黄色い看板が設置されている。

 ここで彼はトラックの下敷きにされた。あの時いち早くトラックに気づいた彼は、私を突き飛ばし、助けてくれた。そのせいで彼は逃げ遅れてしまった。あの時の光景が脳裏に浮かんだ。思い出したくはない光景だけれど、絶対に忘れたくない記憶だ。

 トラックの運転手はながら運転をしていたらしい。そこまでしてGOしたかったのだろうか。

 看板の下に花束を置き、手を合わせる。

 私の涙はもう枯れてしまった。そう思っていたけれど、どうやら違っていたようだ。

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ケータイカレシ 柚月ゆうむ @yuzumoon12

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