人の形をした女

文月瑞姫

 人の形をしていることが、人間の罪なのだ。


 人間に頭を下げつつ電車を降りると、娘を抱え直した。

 先月半ばに導入されたという人型AIが"駆け込み乗車はお止めください"と流暢に訴えている。最近は進んでるんだな、と言うも、娘はよく分からないといった表情。それもそうか。


 妻を出産時に亡くした私は、娘を義母に預けながら仕事をし、片手間に再婚相手を探していた。片手間などと言うと不遜を詫びるばかりだが、今更妻のように他の女を愛せるかと問われても、恐らく無理な話だ。

 この再婚活に本腰を入れるには、愛が足りない。今日もそんな"愛の足りない"女と会う約束をしており、行き付けの喫茶店に来た。気の利いた店を探すこともしたくない。

 ウエイトレスの人間に「後でもう一人」と言うと、目を丸くされてから四人掛けのテーブルに案内される。珍しいですね、という声を今にも出そうとしていただろう、顔を覚えられるというのも良いことばかりではない。


 娘は行儀よく座り、コップの中の水を見つめていた。テーブルは娘の目線の高さにあるが、それで良い。かつて娘と来たとき、執拗に子供椅子を拒んだからだ。子供とはそういうものなのだろう。

 そういう意固地なところは、妻によく似ている。頭を撫でる代わりに襟を正してみると、女から連絡が入った。約束には丁度10分早い。


「すみません、遅れてしまって」

「いや、私たちも今来たばかりでね。これなら外で待つべきだったか」

「良いんですよ。娘さんには寒いでしょうから、ね?」


 娘は氷に夢中で、聞いてもいない。


「緊張しているんでしょう。こんなに綺麗な人が来るんですから、私も慣れないものです」

「お上手ですね。でま、娘さんほどではありませんよ」

「それもそうだ」


 失言に気づき、互いに黙の苦笑。女の分の水が運ばれたことが幸いして、珈琲の好みでも聞いておいた。取り立てては、ということなのでブレンドを二つ頼む。

 女とは初対面でこそあるものの、チャットを通じて言葉を重ねているため、今更かしこまる必要はないだろうと事前に合意していた。自己紹介さえしないということだ。

 そういう気遣いもあるのだから、そのうち娘も空気の柔らかさを理解し始めることだろう。


「大変じゃありませんか?」


 娘を見ながら言うその言葉には、少なからず「大変です」と言ってほしい願望が見て取れた。


「私自身は大丈夫ですよ。本当に義母に任せっきりですから。ただ、娘を親元で育てるべきだとは思うんです。義母は寂しがるでしょうけど、それ以上に娘に寂しい思いをさせたくないので」

「ご事情は何度も伺いましたよ。それは私が居れば面倒も見れますから、ご安心ください。それより、そちらの娘さんです」

「ああ、可愛いでしょう?」

「本当に。実物を見るのが本当に楽しみだったんです。細部まで手入れされて、とても綺麗なお人形さん」


「当然ですよ、最愛の娘ですから」

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人の形をした女 文月瑞姫 @HumidukiMiduki

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