第117話 古い思い出


 白井ユキに付き添われて、サクラは理科室に引き返す。


「わかった、わかった。花火は作るから、それ以上おかしな事を言うな」


「おかしな事じゃないですよー」


 ユキは不満げにぷうっと頬を膨らませる。彼女は自分が篠宮に抱いた心情から、サクラもそうではないかと勝手に思い込んでいる。


 しかも花火作りを後回しにしているとバレて、「早く作りに行きましょう!」と白衣を引っ張られる始末だ。


 やれやれと思いながら、密かに理科室の中が平穏である事を祈りながら、サクラはガラガラと引き戸を引いた。


「——ん?」


 サクラが目にしたのは、篠宮がトキワに抑えられながら、背の高い男子学生に向かって悪態あくたいをついている姿であった。


「——俺も変身したい!やり方を教えてくれ!」


「アホな事言うな」


「ちっくしょー!」


 男子学生は我関せずと花火玉を作っている。サクラは中に入ると声をかけた。ちゃっかりユキも付いてきた。


「何を騒いでいる?」


「あっ!サクラさん!聞いてくださいッ!この人イケメンになってるんです!」


 サクラが篠宮の指す方を見ると、男前の学生がいた。サクラの瞳が大きく見開かれる。


「お前は……」




 サクラの脳裏に幼い頃の思い出がよぎる。


 あれはいつのことであったか。そう、桜の花吹雪が舞う季節だ。


 その中舞い散る花びらの中で、サクラは盛大に転んだ。走っていて木の根につまづいたのだ。だが大きく前につんのめるサクラの身体を、かばうように受け止めてくれた人物がいた。


 相手も子どもだった。


 結局、一緒に地面に転がったが、下敷きになったのは相手の方だった。


 黒髪に金の瞳の男の子。





 のちにそれが鬼丸だとわかり、「なんだお前か」と驚いたのだが、久しぶりにその姿を見たサクラは懐かしい思いを胸に抱いた。


「鬼丸、久しぶりにその姿を見たぞ」


 懐かしくて、思わず口元がほころぶ。声もわずかに明るくなっていた。


「——サクラさん?」

「——サクラ先生?」


 サクラの変化を敏感に感じとる篠宮と白井ユキ。二人は思わず顔を見合わせる。


「どういうこと?」


「っていうか、あの男性ひと、鬼丸先生なんですか⁈きゃっ、ステキ!」


「あっ、ほら!やっぱりモテるじゃないか!」





 つづく

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