第104話 材料は揃っている!

「ホントにやるの?篠宮先生?」


 珍しいウォルフの怪訝けげんそうな質問に、篠宮は胸を張る。というか、ここまで材料をそろえたらやるしかないだろう。


「出来るよ!そりゃあ完璧な物は出来ないだろうけどさ。いいじゃない、少しくらいいびつでも」


「……かなわねぇなあ」


 ウォルフはそう呟くと、何やら乳鉢で粉末を作る作業に戻った。大きな手で鉢を押さえ、ゴリゴリと何かをすり潰していた。


 サクラも黙って同じように粉末を作っている。すでにいくつかの乳鉢が並んでいた。


 そこへ篠宮は家庭科室でもらって来た物も一緒に並べる。


 サクラは横目でチラッとそれを見ると、篠宮に話しかける。


「……アレはどうやって購入したのだ?」


 サクラが言うのは、理科室の隅に置かれたスーツケースの中身だ。もちろん篠宮の私物だが、その中には衣服や日用品などは入っていない。休みの日に篠宮が外出してある物を購入し、町のゲートをノーチェックでパスして持ち込んだのだ。


「アレですか?アオバヤマ町の外ならネットで売ってました!」


 ずるっとサクラがコケる。


「そ、外では簡単に買えるのか?」


「そうですねー、買えたし材料も揃って来ているんですけど……」


 そこへ軽いノックの音がして、ヒョコッと白井ユキが顔を覗かせた。


「篠宮先生、お客様ですよー」


 見ればユキの後ろに小柄な男性が立っていた。暑いのに作業服にきちんと身を包み、大きな黒いマットを丸めて抱えている。


「どうも……常葉ときわです」


「あっ、トキワ工務店のおっちゃん!何してんの?」


 ウォルフの脳天気な声に、リリが眉をしかめる。


「うるさい奴だな。少しは頭を働かせろ」


「なんだとう?」


 リリは食ってかかるウォルフを鼻で笑った。


「トキワさんは元研究所の所員で危険物取扱いと火薬保安責任者の資格所持者だぞ」


「あっ、そっか」


 ウォルフは納得いったとばかりに素直にうなずく。そして篠宮が笑顔でトキワを迎え入れた。





「まずはコレね。これを部屋の入り口に敷く」


「除電マットですね」


 篠宮の返事に頷きながら、トキワは持って来た黒いマットを床にササっと敷いた。


「静電気は大敵だよ。これからはこの上を通ってから室内に入るようにね」


 トキワは声をかけながら、ゆっくりと理科室にいる皆の顔を見回した。彼なりに思う所があるのだろう、感慨かんがい深げに「大きくなったなぁ」と呟いた。


「前に会った時は、こんなに小さかったのに」


「いつの話だよ」


 ウォルフが突っ込む。


「いやいや、私は町で皆を見かけるくらいだからね。学校から出て来ないβの君らと会うのは全く何年ぶりだろうか」


 ウォルフは少し動揺してリリを見た。そんなに久しぶりだとは感じなかったのだ。リリは的確に答える。


「お前は嗅覚で人を覚えているから、久々に会っても覚えているのだ。私は作業服の名前を見るまでわからなかったぞ」


 そう言われて、ウォルフは目を逸らして鼻の頭をかいている。どうやら照れ臭いらしい。





 つづく

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