第28話 乾杯


「では簡単に——」


 鴫原校長が話し始めると、皆が一斉に注目する。これは生徒みんなが校長を慕っている証拠でもあった。


「今日は皆、集まってくれてありがとう。なかなか交流が少ないこの学校で、このような場が設けられたのは非常に嬉しく思います。では、皆の親睦を深めるために——乾杯!」


「グラスのなる音」は無かったが、各々近くの者と紙コップを触れ合わせる。


「乾杯!」




「篠宮先生、唐揚げ好きでしょ?」


「い、一花ちゃん、ありがとう」




「鬼丸、これは皆で食べるのだぞ」


「わかってる!お前こそ皿を割るなよ」




「レディ姉さん、これはなんでしょう?」


「春巻きと言っていたわ」




「校長先生、唐揚げおいひいれす!」


「ほっほっほ、それは良かった」




 顔見知りは何となく会話が生まれるが、αクラスとβクラスの間に会話は無い。


 いや——六花ろっかと一本角の間に少しだけ会話がある。


 紙コップを両手で持ちながら、緊張し、おずおずと話し出す六花。


「あの、この前は……」


「?」


「助けてくれてありがとう……」


「あ、いや、助けたってほどでは……」




 それは少し前のこと。

 六花は研究室の移動の途中、他の五人に遅れてしまって、慌てて階段を駆け降りていた。


 しかし肩にかけた重いトートバッグにバランスを崩す——。


「あっ!」


 足が滑る。


 六花は自分が腰を強打するのを覚悟した。世界がぐるりと回る。


 やけにスローモーションだな、なんて考えていた時、自分がいつの間にか誰かの腕に支えられていることに気がついた。


 どこも痛くない。


 ほっとして、転びかけた自分を受け止めてくれた相手を見ると——。


 それは額に一本角を持つ、男子生徒だった。見かけた事のあるβクラスの男子だ。


 ちょうど学習端末スケアクロウのある図書室から出て来たらしい。


 六花は目からぱちぱちとした花火が飛び出た気がした。一気に顔に血がのぼる。


 驚きすぎた彼女は彼からパッと離れると、ダッシュで逃げてしまったのだった。




 つづく

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