第8話 飛ぶ机


「痛て……サクラさん、ちょっと激しくないですか?」


「何がだ⁈」


「俺へのツッコミが」


 もう、ほんとコイツを窓から投げ飛ばしたい。


 旧校舎に向かいながら、サクラはそう思った。犬みたいに後をついてくる篠宮はけろっとして話しかけてくる。


「それにしても思ってた教室と違いましたねー」


「そうだな。一般的な学校の教室ではないだろうな」


 六ツ子の少女達は、広い教室に大きな白い机を持ち込んでいて、それぞれにデスクトップ型の端末が置いてあった。


 篠宮は大学の研究室を思い出す。修士課程や博士課程に在籍していた先輩達が、個人の研究机を持っていたのだ。


「今から向かう旧校舎は昔ながらの教室だぞ」


映像ヴィジョンとかで見るやつですよねぇ。机も木造だったりして」


 ははは、と笑った篠宮はサクラの冷ややかな目線に気づき、笑いを途切れさせた。


「え?ほんとに?」


「まあ、何というか……元々たくさん置いてあったからな。壊れても補充が効く。全て壊したら新しいやつが来るだろう」


 何百人も通えそうな校舎二つ分の机を全て壊すって、どういう事だ?


 なんだか嫌な予感——。


 と、思いながら渡り廊下を通って旧校舎へ行く。そこへ轟音と共に噂の学校用机が来た。


 篠宮の顔ををかすめながら、机は飛んで行き、背後の新校舎の壁に激突した。


 血の気の引いた顔で篠宮が振り向くと、机は粉々になり、鉄製のパイプ部分がひしゃげて地面に転がっていた。


「ひ……」


 サクラはと見ると、何事もなかったかの様に涼しい顔をしている。さらりと長い髪をかきあげて、机が飛んで来た方を眺めている。


 篠宮がつられてそちらを見ると、木造校舎の壁に大きな穴が開いていて、どうやらそこから机が飛んで来たらしかった。


「い、一体何が?」


「ん、いや別に」


「『別に』じゃないでしょおおお⁈」


 女性に平手打ちをくらおうとも、踏み付けにされようとも、出席簿で叩かれようとも気にもしない篠宮であるが、理由のない物理的な痛みは全く持って受け付けない。大抵の人がそうであるが。


「行くぞ」


「えっ?やだ」


「嫌だじゃない。生徒が待っているぞ」


 あう。

 机を飛ばして来る様な生徒の先生になりに来たんじゃない。


 そんな事を言えるわけもなく、黙って逃げようとした篠宮は、サクラに襟首を掴まれて引きずられながら、その壁に開いた穴に向かって行く。


「やだやだやだー!」


「子どもか!」


 サクラは篠宮を引きずったまま、そこから中へ入った。


「邪魔するぞ」




 つづく

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