第4話 二つの校舎


「校舎は二つ。新校舎と旧校舎、こちらが新校舎だ」


 新校舎と説明されたが、どう見ても二十年以上は経っている。白い壁はくすんでいて、所々にヒビを修繕した痕があった。


 引き戸は木造だし、ドアノブも篠宮が映像でしか見た事のない丸ノブだ。窓にはクレセント錠。


 旧校舎なんてどうなっているんだろう。


 篠宮の表情を汲んだらしく、サクラは簡単に説明する。


「もともとここにあった廃校を利用している。旧校舎はもっとレトロな木造校舎だぞ」


「いやぁ、雰囲気あるなあ」


 コイツ旅行気分ではあるまいな。それはそれでかまわない。すぐにを上げて実家に帰るだろう。


 校舎の二階の廊下の窓から、大きな桜の樹が見えた。それを眺めながら、彼女は説明を続ける。


「新校舎はαクラスの生徒が六人。旧校舎にはβクラス十人、合わせて十六名だ。教員は校長と、私。二人で全教科を教えていた」


「少ないっすねー」


「見ての通りの田舎だからな」


 本当は田舎だから、というのは理由ではない。目の前の篠宮がどこまで知っているか、カマをかけたのだ。だが反応は薄い。むしろ「なるほど」とうなずいている。


「敷地は正方形。北半分は森になっている。迂闊うかつに入り込むなよ、迷うぞ」


 篠宮は顔を上げて遠くを見たが、その森はここからは見えなかった。


「あちらに見えるのはプールだ。夏場に使う」


 プール、という単語に篠宮はぱあっと顔を明るくしたが、「夏に」と言われて、


「え?」


 と、返した。

 彼が知っているプールは通年仕様の屋内のものだが、ここはそうではないらしい。今どき屋外プールなど珍しいのだ。


「後は購買があるくらいだな。校内ではなく、敷地内に独立して建っている」


 サクラがそこまで話した時、彼女の肩にぴょんと飛び乗った物がある。手のひらサイズの仔猫型のぬいぐるみだった。中にはぬいぐるみを動かすための機械が入っているのだろう。小さく「ミャア」と、ひと鳴きした。


「これは?」


 篠宮が不審げに指差すと、サクラはそれを手の上にのせて彼に見せた。


「今、生徒の間で流行っていてな。誰もがひとつ身の回りに置いている。簡単なAIを組んでいて、気ままに離れたり寄ってきたりする——ペットみたいな物だ」


 薄い桃色の仔猫はその瞳で篠宮の顔を見つめている。瞳のカメラで顔を認識しているのだろう。


「スタッフィーと呼ばれている。個体名はリリ。生体認証端末カリギュラとリンクしていて、急用のメッセージ等を知らせてくれる」


「生体認証端末?」


「ああ——そうか、お前には付いてないのか」


 付いてないと言われると妙な気がするが、篠宮はうなずいた。


「後で説明する。今の連絡メッセージだけ確認したいのでな」


 そう言うとサクラは耳元を探った。篠宮には見えないが、彼女の目には何か画面が見えているらしく、瞳が細かく動いていた。




『サクラ君、どうやら彼は本物のようだよ。本社の方に照会して確認が取れた。彼は本物の篠宮ツカサだ。丁寧に扱ってくれたまえ』


 画面の中の鴫原校長はにこやかに手を振ると、姿を消した。再び耳元を触ると、その端末画面を切る。


 忌々しいが、校長の仕事の早さはありがたい。


 軽くため息をつくと、サクラは篠宮の方へ向き直る。彼はワクワクした目でこちらを見ている。きっと生体認証端末カリギュラが珍しいのだろう。


 ——その意味も知らないで。




つづく

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