I love money

上条 樹

 お金がない!!

 お金がない!!


 朝目を覚ますと財布の中からお金が消えていた。たしか給料日後で昨日の夜、ATMから一万円ほど引き出して補充した筈なのだが、言葉通りスッカラカンに消えていた。泥棒でも入ったのかと思ったが荒らされた様子もない。帰りに居酒屋に行って一人酒を堪能しほろ酔いで帰ってきたのでもしかすると何かに使ったのかもしれない。例えばタクシーに乗って帰ったとか・・・・・・・、もう一軒はしご酒をしたとか・・・・・・。


 とにかく会社に行く前にもう一度コンビニのATMでお金を下ろす事にする。お金が無ければ昼食をする事もままならないのである。

 近所のコンビニに入店し、ATMに銀行のカードを挿入する。画面に操作メニューが表示されたので、出金のボタンを押す。希望金額を一万円と入力してから暗証番号を押す。

 ATMの機械が動作する音が聞こえる。がなかなか一万円札が出てこない。


「どうなっているんだ・・・・・・!?」少しイライラしだしたところで、受取口がいつもより心持ゆっくり開き万札が姿を見せた。それを掴み取ろうとするが万札はなんだか抵抗でもするように出てこない。力任せに引き抜こうとすると破れてしまいそうな感じであった。

「ちょっと、店員さんこれ!!」コンビニの店員はATMに関して自分達は解からないと言ったが万札が取れない事を告げると渋々、機械の前に立ち先ほどの俺と同じように万札を掴み取る。「別に普通ですけど・・・・・・・」店員の右手には俺の万札が掴まれている。


「あれ、おかしいな・・・・・・・」店員からその万札を受け取ると自分の財布にしまい込んだ。正直、この時もなぜか万札を終うのに少し手間取ってしまった。これはもしかすると自分の体調がおかしいのではないかと疑ってしまう。今度の土曜日の午前中にでも病院に行くことにする。

 仕事が終わり家に帰る。あまりの疲れに玄関に入ってすぐにその場に倒れ込んで寝てしまう。しばらくの時間が経過しただろうか。俺の耳元に何かが動いている気配がする。


「な、なんだ・・・・・・?」重い瞼を開いて見ると何やら円形のものが動いている。銀色、茶色、銀色、銀色・・・・・・・・、それは硬貨であった。


「逃げろ、逃げろ、逃げるんだ~♪お金を大切にしない奴から逃げるんだ~♪」なんだかヘンテコな歌が聞こえる。


「なんじゃこりゃ!?」俺は目の前の状況に驚き声を上げる。

「し、しまった!!」一円玉が、か細い声で叫ぶと転がって逃げようとする。

「ま、待たんか~い!!」言いながら俺はその一円玉を人差し指と親指で摘み上げた。不思議な光景に驚いたが自然と俺の口からその言葉が出た。先ほど喋った一円玉は沈黙している。

「おい、こら!お前さっき、確かにしゃべったよな!」一円玉は喋らない。

「・・・・・・、よし火で炙って溶かしてやろう!」俺はポケットからライターを出して着火した。

「ちょっと待った!!助けてくれ!」突然一円玉が喋り出した。

「なんでお金が喋るんだ!それになんで俺から逃げようとしているんだよ!」先ほど硬貨達が歌っていた歌を思い出した。

「だって、お前は俺達の事大事にしないし、この前の夜はお金なんかいらない!!って酒を飲んで叫んでいたぞ」一円玉は恨み節そう言った。もちろんその表情は解からない。

「どういうことなんだ?俺はお金を粗末になんかしてないぞ!」どちらかというとお金は大事にしているほうだと思う。

「嘘をつくな!俺達は知っているんだぞ!お前は子供の時ペンチで一円玉曲げて遊んでたろう!それに、釘を刺して穴を開けたりしていたんだ!」悲痛な心の声が聞こえる。もちろんその表情は解からない。

「そ、そんなことしたかな・・・・・・・」していたかもしれない。なんだか薄っすらと記憶が蘇る。

「それにお札の顔に部分を折って、目を三日月にして笑っているみたいな変な顔にして、お札達を嘲笑っただろう!!」なんだか泣いているように見えてきた。

「いや、あの、そんなのどこの子供だって・・・・・・・」

「お前は日本の法律の貨幣損傷等取締法かへいそんしょうとうとりしまりほうを知らないのか!!」なんだか難しい事を言い出した。「俺達はこの法律で守られているんだ!いいか!第1項、貨幣はこれを損傷し又は鋳つぶしてはならない。第2項、貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶす目的で集めてはならない。第3項、第1項又は前項の規定に違反した者は、これを1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。だ!!」

「それは申し訳ない事をした。でもお金を嫌いだなんて・・・・・・、言ったかな・・・・・・」

「この前酒を飲んで酔った時に言ったじゃないか!お金なんていらねえ!ティッシュペーパーのほうが役に立つって、みんなの前で言って俺達に恥をかかせただろう!!」いやいやそんな気全く無いのですが

「お前は自分の身内が背骨折られたり、釘を刺されたりして平気なのか!?無理やり変な顔にされて嘲笑されたり、人前で馬鹿にされても何とも思わないのか!!」なんだか一円玉が熱くなっている。

「いいえ、いやです・・・・・・・」一円玉に説教される俺って・・・・・・・。

「だから俺達は決めたんだ!お前の傍から逃げようって!もっと俺達を大切にしてくれる人の処に行こうって・・・・・・・・」今度は泣いているように見えてきた。ような気がした。

「あっ、だから俺の財布からお金が・・・・・・!」俺を嫌ってお金が逃げていたのか!?

「当たり前だろ!お前みたいな奴と一緒にいたくないって普通は思うだろう?」なるほど確かに大事にしてくれる人の処で幸せになりたいわな。この辺は女の子みたいなものか。

「いいか、お金はな寂しがり屋なんだ・・・・・・、大勢が楽しく暮らしている所に行きたくなるものなんだ」

「うんうん」なんだか俺の目頭に熱いものが溜ってきた。こんな辛い思いをさせていたなんて・・・・・・。

「だから、俺達は出ていくんだ・・・・・・・」一円玉は俺の手をすり抜けて去って行こうとする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」俺は精一杯の声で引き留める。

「なんだ」哀愁を纏った一円玉が振り返えった。ような気がした。

「今までの事は悪かった!君達の気持ちを考えないで、自分が楽しいだけで・・・・・・、特に一円には酷い事をした・・・・・・・」

「そうだ!マジックで黒く塗りつぶされた奴もいた!!」

「全部忘れてくれとは言わない!ただ、ただ、これからの俺を見てくれないか!きっと君達を大切にするから、何よりも誰よりも!!」俺はすでに一円玉に向かって土下座している。

「・・・・・・みんなどうだ!?」一円玉が声をかけるとあちらこちらからそれに答える声がした。それは、もう一度だけチャンスをやってもいいだろうという声であった。

「ありがとう!ありがとう!!みんな!!!」俺は号泣しながらお礼を言った。

 なぜかそのまま煙にでも巻かれるように俺の意識は遠くなっていった。


「はっ、夢か!?」俺は玄関に寝転んだままになっていた。最近お金に関する出来事が連続したので変な夢を見てしまったようだ。ふと床を見ると一枚の一円玉が転がっている。俺はそれを拾いあげてタオルで綺麗に拭いてから貯金箱に入れた。



数年後



「皆さーん!!お元気ですか!!!」壇上の男が大きな声を上げる。

「元気でーす!」大きな会場に集まった老若男女達が返答をする。

「皆さーん!!お金持ちになりたいですか!!!」再び男は声をかける。

「なりたいでーす!」また返答が帰ってくる。

「お金持ちになる秘訣を教えましょう!!!それは・・・・・・、お金様を大事にすることでーす!」

「はーい!!」

「私は、ある日この一円様からお告げの声を聞いたのです。お金様を大切にすると皆さん更にお金様が集まってきます!お金様が幸せそうな所にはどんどん、更にお金様が集まってきます。そうお金様は寂しがり屋なのです!!」男の演説を聞いて会場は大いに沸いた。


 あれから男はお金を大切に、大切に扱った。そのせいかどうかは解からないが、お金がどんどん舞い込むようになった。そして今はこのお金教の教祖になった。


「お金様を大事にしましょう!」彼の演説する壇上には高級そうな木箱に入った一円玉があった。一円玉は彼の演説を聞いてニヤリと笑った。ような気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I love money 上条 樹 @kamijyoitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る