第147話 強制執行、恋よ実れオラァァアン!



「《水よ》《水よ》《澄湧すみわく水よ》」


 突然だけど、黒猫亭は二階に客室があり、一階が共用スペースとなってる。

 共用スペースの中には厨房や風呂が有り、いや風呂は二階にも女性用があるけど、とにかく殆どが一階にある。


「《流転滔々りゅうてんとうとう》《清涼足せいりょうたせせらぎの歌》《はらたまえ》《清めたまえ》」


 さて、すると今更なのだが、黒猫亭で洗濯をする場所って何処だろう?


「《ねぶみずちしとねを共に》《廻転かいてんする無銘むめいの河》《この身を許しきりゆだね》」


 答えはここ、厨房の裏側。敷地が広すぎるので『隅っこ』とは間違っても言えないが、黒猫亭の本邸の隅っこではある場所に、洗濯場がある。

 そして男性用の洗濯物は一階で干せて、女性用の洗濯物は二階の女湯を経由しないと行けない場所にひっそりと作ってあり、外からは見えない作りと加工が施されてる。物理的にも見えないし、空を飛んでも景色を歪めて見えなくなるタイプの魔法的処理がされている。

 これで下着とか見られたくない、けど洗濯自分でするのはダルいって人でも安心だ。


「《する蛇神へびがみ胸に抱き》《心からの安らぎを》」


 私はそんな場所で、いや何処かって言えば洗濯場なので一階の本邸隅っこで、地味に節数が多い生活魔法を使って洗濯をしている。


「アクアレートラグーン」


 生活魔法なのだから魔法名宣言もホントに意味無いんだけど、何となく最近は魔法名も口にする癖が付いてきてしまった。何故だろうか。

 生み出した水が洗濯物をじゃぶじゃぶと揉み揉みしては濯いでく様子を眺めながら、用途と使用魔力量と操作難易度が噛み合ってない生活魔法を制御する。

 ああ、この魔法が八歳より前の私に有れば、現実で使えれば、私はもっと多くの時間をお父さんとお母さんに甘えられたと言うのに。なんと言う悲劇でしょうか。はーいじゃぶじゃぶ〜。


「うぉっしゅうぉっしゅ〜♪︎」


 じゃぶじゃぶー。じゃぶじゃぶー。お洗濯たーのしーなー。

 まぁ、もちろんこんな地味に難易度の高い魔法なんて使わなくても、洗濯機的な魔道具くらい有るのですけどね。

 流石にウルはこんな魔法使えないし、孤児院の子達もそれは一緒だ。

 最初に黒猫亭を黒猫荘として作った時は、私が全部やる気だったので魔道具なんて置いて無かったけど、流石に人が増えたからね。ヘリオルートの魔道具屋さん的なお店で五機ほど買ってきましたとも。

 洗濯機なんて完全な生活用品になると私もオブさんもお手上げだったので、最初は買ってそれから改造することになったのだ。無理無理、洗濯機とか作れません。

 私、戦闘利用出来ない物って本当にぱぱっと切り捨てて来たからね。


「うぉっしゅぅ〜♪︎」

「おーう、やってんなぁ」

「にゅぁ? あ、ぺぺちゃんだ! おはようぺぺちゃん!」


 私がそうやって黒猫亭の裏手でうぉっしゅうぉっしゅしてると、裏口からぺぺちゃんが出て来た。昨日からログイン率高いねぺぺちゃん! 二日連続で会えるなんて私嬉し過ぎておもらししちゃうぞ! 嬉ションじゃー! 猫だけど!


「ノノンの高速詠唱ってのは、こんな日々で磨かれてんのかねぇ?」

「んー、どうだろね? 確かに普段から詠唱はするようにしてるけどさ」

「……オレも真似して見ようかねぇ? 手伝っても良いか?」

「もちろん! ぺぺちゃん、一緒にお洗濯しよっ♪︎」


 わーい! ぺぺちゃんとお仕事だー!


「アクアレートラグーンだっけか?」

「そうそう」

「地味にムズいんだよなアレ。まぁ流石に出来るけどよ」


 そう言ってぺぺちゃんは未洗濯の桶に魔法を使い始める。


「確か、こうだったか? 《水よ》《水よ》《澄湧すみわく水よ》《流転滔々りゅうてんとうとう》《清涼せいりょう足るせせらぎの歌》《はらたまえ》《清めたまえ》《ねぶみずちしとねを共に》《廻転かいてんする無銘むめいの河》《この身を許し霧委きりゆだね》《する蛇神へびがみ胸に抱き》《心からの安らぎを》…………」


 んー、私やっぱりぺぺちゃんの詠唱すきぃ♪︎ 綺麗で優しい詠唱なのだ。耳に心地良い。


「はん、やっぱ地味にムズいよなこれ」

「その分繊細にお洗濯出来るから」

「あー、そっか。布によって扱いとかもあんのか。……もしかしてオレ、下手に手を出さねぇ方が良かったか?」

「まさかさまか。難しいのは最初の方に終わらせちゃってるから。私、ぺぺちゃんと一緒に居れて迷惑だなんて思ったこと無いよ」

「……くく、ノノンが素直過ぎて照れるぜバーカ」


 うぉっしゅうぉっしゅぅ〜♪︎


「あ、そう言えば、政略結婚的なお話しどうなったの?」

「あん? ああ、ありゃぁ潰せたぜ。ちっとばっかずりぃ手を使ったが、まぁ良いだろ別に」

「ほへぇ、解決したんだ? どんな手を使ったの?」

「んー、ノノンになら包み隠さず教えてぇ所だが、悪ぃな、言いたくねぇ。少なくとも今はな」


 あぅ、珍しい。ぺぺちゃんが私に隠し事なんて。下手したら週に何回自分を慰めたりするかなんて事すら、ヘラッと教えてくれたりするのに。

 ちなみにぺぺちゃんは週三くらいなんですってよ、奥さん。内緒ですわよ?

 まぁこれ、ぺぺちゃんが半身不随で下半身の感覚が殆ど無いから、刺激を感じる場所は定期的に刺激しとかないと感覚無くなりそうで怖いって言う、ちょっと悲しいお話しなんだけどね。


「むぅ、ぺぺちゃんが言いたくないなら、私は聞かない!」

「おう、悪ぃな。妖精は嘘つけねぇからよ。あんまり根掘り葉掘り聞かれると困んるんだわ」

「だよね。……ああ、でもぺぺちゃん? 前に言ってた王子様募集はどうするの? もう要らないの?」

「あーん? いや、別にオレを幸せにしてぇってオスなら、取り敢えず歓迎すんぜ? よっぽど変なクソじゃなきゃ、試しに付き合ってみんのも有りだしよ」


 ふむ、なるほど。ゼルくんはまだ踏み込めるらしい。というかこれ、もう告白したら取り敢えずで付き合えるのでは?

 ゼルくんってぺぺちゃんの好感度低くなかったよね? よし、ちょっと探ってみようかな。


「例えば、相手があのハル何とかなら?」

「……あー、アイツなぁ。いや、オレ別にあいつの事言うほど嫌いじゃねぇぜ? ノノンの事好きな仲間って意識も若干あるしよ。それに、思春期の童貞ならあんなもんじゃね? アイツまだ十四とかそこらだろ?」


 ……確かに? 言われてみれば、思春期の童貞くんならあんなもん?


「まぁ、ノノンが消えるか否かの瀬戸際にアレはねぇって意見は肯定すっけどよ。そもそも、オレぁアイツをハナから頭数に入れてねぇしなぁ。シル公とレニャ公で既に十分だったし、期待してねぇ奴がその期待通りの戦力だっただけのこった」

「言われてみれば、確かに? 私が猫化してたとは言え、アレとキスする未来だけは絶対に無かったし、なら有象無象が何してても関係無いかぁ。ルルちゃんとぺぺちゃんとレーニャさんが頑張ってくれたもんね」

「と言うか、むしろ下手にやる気出して滑って死なれる方がめんどくさかったまであるぞ。一応王族だからな、アレ」

「ふむふむ。じゃぁ、ゼルくんは? 付き合うとしてさ」

「あ、その話し続けんの? まぁ良いか。……筋肉ぅ〜? んー、まぁ、嫌いじゃねぇし、もう少し筋肉落として細マッチョになってくれりゃ、わりと好みかもな?」


 お、お? これは期待度高いのでは?


「ほーん? 少なくとも顔は好みなんだ?」

「まぁ、見てくれっつーか、内面に見え隠れする家庭的な所っつーの? あれ、ぜってぇ子煩悩のダメパパになるタイプだろ? オレ、そう言うのわりときゅんってするわ」


 マジかよぺぺちゃん、そう言うタイプの乙女思考だったのね。


「そうなんだ。じゃぁ、もし仮にゼルくんがぺぺちゃんにガチ恋してて、明日にでも顔を真っ赤にして告白して来たら、オッケーする?」

「んぁー? んー、…………するんじゃね? あいつ、お前との初対面は相当酷かったらしいが、今はマシなんだろ? 中身がマシで、見た目は好みな方で、もしオレの事が好きってんなら、もう言う事無いんじゃね?」


 ……そりゃそっか。

 そこまで条件揃ってたら断る理由も無いのか。


「まぁ、でもよ、んなタラレバ語るのはちっと寂しいじゃねぇかよ。止めようぜ? オレぁ見ての通りのガラだしよ、野郎に好かれるタイプじゃねぇだろ」


 ぺぺちゃんは私と同じ戦闘狂だけど、同時に乙女なのだ。内面がめっちゃ可愛いのだ。あれだ、漫画とかで良くある内面乙女ヤンキー的な感じの、別に言動がヤンキーなだけでヤンキー的な行動してる訳でも無いバージョンと言うか。

 親御さんへの反発がそうさせるらしいんだけど、半身不随だから非行にも走れないと言うか、まぁ色々。

 それを自覚してるぺぺちゃんは、乙女だからこそ、ガラの悪い自分に王子様が現れる未来を諦めてる所がある。

 なので来て頂きました。私の大好きな親友のこの、寂しげな笑みを幸せの笑みに変えられる王子様に。


「 そ ん な 事 ね ぇ ッ ! 」

「--んぉッ!? な、なんだっ!?」


 ほい、うぉっしゅうぉっしゅしてる洗濯場にゼルくん登場。

 もちろん私が呼んだよ。『おい。今すぐ、十秒以内に黒猫亭へ来い。来ないと私がマジ切れする。来たら隠者の煙玉を使って良いから裏口近くに隠れてなさい』とメールした。ファストトラベルって便利だよね。マジで十秒で来れるし。

 結果がこれだ。ふふ、明日から愛のキューピットすぺしゃるノノンちゃんと呼んで良いですよ?


「き、筋肉…………、おま、突然叫んでどしたよ……?」

「ぺぺ師範! いやペペナボルティーナっ!」

「……お、おぅ。どしたよ」


 魔法を使う手を止めたぺぺちゃんが、突然声を張って顔を真っ赤にしてるゼルくんに戸惑ってる。ふふ、なかなかレアなシーンですよこれ、スクショしとこ。


「好きだ! 俺と恋人になってくれッッ!」


 良く言った。マジで良く言った。

 私なんてこれ、ダンジョン最下層でオッケーするだけなのに「あにょ」とか言ってたからね。それに比べたら相当強いよ。


「……………………は? ……はぁ?」

「俺はペペナボルティーナが好きだ! 俺の恋人になってくれ!」

「…………はぁ」


 あ、予想外過ぎてぺぺちゃんの思考回路がダウンしてるぞこれ。

 私は急いで隣にふわふわ浮いてるぺぺちゃんをつついた。


「ぺぺちゃん、ぺぺちゃん。ちゃんと答えてあげないと、ゼルくん可哀想だよ? 泣きそうだよ?」

「…………んぁ、え? いや、えっ?」

「ぺぺちゃんは妖精だから、今のゼルくんの言葉が嘘かどうか、分かるよね?」

「……まぁ、そうなん、だが」


 大事なことなので二回言ってから真っ赤になって固まってるゼルくんに、ひたすら戸惑うぺぺちゃん。

 少し急性過ぎたかもしれないけど、もうくっ付けられるのに延々と引き伸ばすのも良くないし、私は一秒でも早くぺぺちゃんに幸せになって欲しい。


「………………ぇと、マジか?」

「マジだよー」

「マジだ! 俺はペペナボルティーナが好きだ!」

「あっ、いや、待て待て、ちょっ、照れるからそれ連呼すんじゃねぇ莫迦やろっ」

「あ、あ、照れてるぺぺちゃんかぁいい♡ ゼルくん、今だよ! 畳み掛けるんだ!」

「おう! 大先生、本当にありがとうな!」


 まぁ、私もお仕事が有るので、ここで気を利かせて居なくなるとか出来ないんですけどね。

 私はゼルくんの背中を押して、戸惑ってゆるゆるになってるフェアリーハートにガンガン攻めろと伝えた。そしてゼルくんはそれに従って、とにかくぺぺちゃんの好きな所を羅列していく。

 ぺぺちゃんは妖精だ。嘘が言えない代わりに、嘘が分かる種族特性を持ってる。それはつまり、『嘘が無いから真実だと分かる』能力でもある。

 もちろん嘘をつかずに嘘をつく技術くらいあるけどさ、言葉ってのは単体で断定的であるほど誤魔化しが効かなくなる。つまり『好きだ!』って言葉はどうやっても誤魔化せないのだ。


「《風よ》《風よ》《大気の鈴音》《熾きる燐光》《湿る風よ渇き給え》。ウォームエア」


 沢山うぉっしゅうぉっしゅした男性用の洗濯物を紐にかけたら、ゼルくんの告白ショーを眺めながら五節詠唱。洗濯魔法に比べて簡単な温風魔法で洗濯物を乾かして行く。


「俺の料理を美味そうに食うあんたが好きだ! ちょっとした事でケラケラ笑うあんたが好きだ! 大先生の事になると自分の事みたいに笑うあんたが好きだ! あんたの笑顔の全部が好きだ!」

「まっ、待て待て待てってッ! ちょ、筋肉止まッ--」

「技人と妖精とか、リワルドとジワルドとか、立場とか身分とか、俺とあんたは全部違う。けど好きなんだ! 俺はあんたが好きなんだッ!」

「やめぇぇぇえええええッッ……!」


 とうとう、自分がガチの告白を受けていると理解したぺぺちゃんが真っ赤になって墜落した。地面でうにうにしてる。超可愛い。


「どうか、どうか俺の恋人になってくれねぇか? あんたが望むならケルガラの名前も捨てるし、あんたが望むなら王位を目指したって良い。あんたが望んでくれるから、何でも捨てるし何でも手に入れる。……だからっ」

「待てって! ほ、本当に待てって! ちょ、頼むから待ってくれオレに考える時間を寄越せぇぇええッッ!?」


 熱い。熱いねゼルくん。私的には花丸あげたい告白だよ。うんうん。凄い王子様っぽい告白だったし、嘘が分かるぺぺちゃんには覿面な告白でしょ。

 ハル何とかもなぁ、最初からこれくらいだったならなぁ。

 ゼルくんみたいにさ、名前なんて要らねぇ! 不都合も全部俺が背負う! だから俺の事を好きになれ! とかババーンって来てくれたら、まぁ可能性くらいあったのになぁ。

 私が最初から嫌がってる事なんだけどさ、ずっと思ってた事なんだけどさ、相手が自分の権力を理解しないで、もしくは理解した上で身分の低いこっちに押し付けてくる形なのが死ぬほど気に食わないんだよ。

 だって、当たり前の事として、望んだのは向こうで望まれたのは私なのに、なんで不利益被るのは私なのって言う。

 王太子のイクシガンさんが順当に王位につくとして、するとハル何とかも順当に王弟な訳じゃん? その妻にと望まれたなら私に色々と望まれるじゃん? 教養とか色々さ。

 そして断るにしても、受け入れるにしても、時間を使って検討するにしても、『将来の王弟が懸想してる相手』って肩書きは私について回る訳ですよ。

 そしたらさ、都外修学に行く時のクソガキセットもそうだし、ミナちゃんにゴスって殴られた護衛もそうだし、テティとか言うクソもそうだけど、周りが黙ってない訳だよ。そしてその不利益は全部基本的に私に来る。

 …………いや理不尽じゃんね? あの時の私って力を見せてなかったから、最悪は普通に潰される平民として見られてたはずだしさ。

 だから、『ぺぺちゃんが望むなら名前も捨てるし王位も目指す』って言う、つまり実質的な『何でもする』宣言は私的には有りなのだ。

 だってそれは、名前を捨てて面倒事全部処理してねって願えば、そうしてくれるって事だ。少なくともそう動いてくれるって事だ。

 まぁもちろん、王族ってのはとことん庶民とは思考回路が違うから、まだ覚悟が甘かったり、考え違いしてたりもするんだろう。

 けど、『望むなら』って事は『望んでくれ』って事だ。話し合って模索したいって事だ。受け入れて変わる用意があるって事だ。


「……ぁぇ、ぅあっ」

「今更なんて呼べば良いのか、ちっと分かんねぇけど、とりあえずペペナで良いか?」

「ぉ、おぅ……、好きに、呼べや」

「ペペナ、好きだ」

「待っッ……、だから一旦それ止めろってぇ!」

「だがよ、好きなんだ」

「止めろって莫迦この筋肉このぉぅ!」


 はぁ甘酸っぱい。照れて真っ赤になってるぺぺちゃんが、超かわゆい。

 別に、ぺぺちゃんだってゼルくんが好きだった訳じゃない。けど、これで照れない乙女など居ないのだよ。

 想われるって言うのは幸せなのだ。心がぽかぽかしちゃうのだ。……あ、嫌悪を抱いてない相手って前提だからね。ハル何とかに想われても私は嬉しくない。でもビッカさんに想われてるのはとても嬉しいし光栄だ。

 むしろこんな百合クズ女に恋して頂いて、本気で申し訳ねぇ……。

 ごめんよ、ごめんよビッカさん。でも幼女が美味しいんだ……。甘くてとろとろでヌルヌルでくちゅくちゅなんだ。頭が溶けちゃうくらいに美味しいんだ……。


「ほらぺぺちゃん、お試しで付き合うのもありなんじゃないの?」

「ぉまっ、ノノンてめぇ謀ったなッ!?」

「いやいや人聞きの悪い。愛と恋の使者に対して何たる言い草だよ」

「……ペペナは、俺じゃぁダメか?」

「まっ、ちがっ、いやマジで待てよ!? むしろオレのどこが良いんだッ!?」

「ん? また口に出して並べれば良いのか? まず--」

「あああああ待て待て! オレが悪かったから待て! 流石にこんな経験無さ過ぎて訳分かんねぇよ! 手加減しやがれくそったれぇッ!」


 何回でも言うけど、ぺぺちゃん可愛い。

 そんなこんな、十分ほど言い合った結果、今ぺぺちゃんはゼルくんの胸に抱かれて真っ赤になってる。抱かれてって言うか、抱っこだね。妖精だし、ガタイの良いゼルくんの腕にすっぽり収まって揺りかごみたいに抱っこされてるぺぺちゃんマジ可愛い。

 しかし羞恥心が爆発したのか、ぺぺちゃんが「むいいいいッッ」って奇声を上げてパタパタと暴れ始めた。

 暴れても擬音が『バタバタ』じゃなくて『パタパタ』なの死ぬほど可愛い。


「もう! オレぁもう今日はログアウトすっからな!」

「え、せっかく彼氏出来たのに? イチャイチャしないの?」

「うるせぇぞノノン!」

「ペペナ、用事があるなら止めねぇけどよ、寂しいぜ?」

「ああああああも止めろぉおおッッ……!」


 はい。そういう事になりました。カップル成立だよ!


「恥ずかしいんだよ察しろボケッ! オレぁてめぇの女だろうが! 労れや!」

「……そ、そっか。へへ、俺相手でも、照れてくれんだな」

「畜生何言っても効果無ぇのヤバすぎんだろクソがっ! ほんとにログアウトすっからな!」


 またパタパタ暴れるぺぺちゃん。だけど、これは完全な照れ隠しと言うよりも、仄かな乙女心と甘えが混じった行動だった。


「…………だからよ、ゼル。オレの体はお前に預けっからな」


 恥ずかしそうにプイって横を向くぺぺちゃんが本気で可愛い。もう、ゼルくんに渡したく無くなっちゃうくらい可愛い。

 ぺぺちゃんが言ってるのは、ログアウト中に無防備となる体の行方のことだ。ゲストプレイヤーはログアウト中、体の機能的には寝てるのと変わらない状態になってる。


「………………だから、ちっとくらい、変なことしても、イタズラしても、良いからなっ」


 その言葉を最後に、ぺぺちゃんは多分思考操作でメニューを弄ったのだろう。ふにゃぁって体から力が抜けて、すぅすぅって寝息が聞こえ始めた。ログアウトしたのだ。


「なっ、な、ぅぇっ!? だ、大先生、俺これ、どうすればっ」

「……本人の許可ありますし、イタズラでもしちゃいます?」

「莫迦な事言うなよッ!? で、出来るわけねぇ……!」


 ケルガラ王家、ちょっと男性陣ヘタレ過ぎません?


「でも、ぺぺちゃんは良いって言ってたよ?」

「だがよ、そんな、その、情けなくねぇか? 寝てる間になんて……」

「まぁ、気持ちは分からなく無いけども。でもね? 女の子って、大事にされ過ぎても寂しい生き物なんだよ? 自分に魅力が無いのかなって、悩んじゃうよ?」

「………………くそっ、王族の教育科目にちゃんと女心も入れとけよっ! 難解すぎるっ!」

「それはマジでそう。ハル何とかにも教育しといてよ。……それはそれとして、キスくらいはして貰わないと、起きた後にぺぺちゃん、『本当に何もされなかった。やっぱり自分には魅力が無いのか』って悲しんじゃうけど、それでも良い?」


 私は気が付いてる。

 ぺぺちゃんは妖精で、嘘が言えない。けど、つまり嘘さえ言わなければ、妖精でも人を騙せるのだ。

 ぺぺちゃんはログアウトするって言った。けど、とは言ってない。

 そう、ぺぺちゃんは今、そこに居る。ログアウトして速攻でログインして、寝たフリしてるんだ。体の動きで分かる。人は寝てる時に唾液分泌量が減るから喉は動かないけど、起きて人の寝たふりは唾液の嚥下で分かっちゃう。

 ふふふ、めちゃ可愛い。寝たフリして、イタズラされたかったんだ? みゃぁぁぺぺちゃん可愛いよぉ……!

 だからね、ヘタレなゼルくんの背中押して、キスくらいはさせるからね。私はぺぺちゃんの親友だもん。これくらいのアシストは任せて欲しい。

 恋のキューピットノノンちゃん強制執行じゃぁオラァン! 私の親友を幸せにする恋ならこの場で実れオラァン!


「ほら、ゼルくん? ちゅってしちゃお? これはぺぺちゃんが恥ずかしくて甘えちゃった結果なんだよ。起きてると恥ずかしいから、寝てる間にキスしてねって事なんだよ」

「ほ、本当かよ……」

「だって、ゼルくん忘れたの? ぺぺちゃんは妖精で、嘘が言えないんだよ? そのぺぺちゃんが、『イタズラしていい』って口に出来た意味。その覚悟、ほんとに理解してる?」

「…………あっ」


 そう。あれはつまり、本音なのだ。

 それと試験的な意味もあったのかも知れない。ぺぺちゃんからの愛の確認。「本当にオレが好きなら、キスくらいしてみやがれ」って言う、強気で弱気なオネダリだ。

 はぁ私の親友かわよっ!


「……い、良いのか、本当に?」

「だから、良いって言ってるよ。ぺぺちゃんの親友の私が保証してあげる。それとも、ゼルくんはぺぺちゃんにキスしたくないの?」

「…………んぐぅ、してぇ」

「正直でよろしい。じゃぁ、流石に人前じゃ恥ずかしいだろうし、ぺぺちゃんのお部屋のロック設定、ゼルくんも入れるようにしておくね? お部屋に運んであげて? その後は、何しても良いからさ」


 私はシステムメニューのハウジング機能を呼び出してその場で設定を弄る。前は自室でコンソールを呼び出さないと出来なかった黒猫亭の設定だけど、システムメニューが復活した今ならどこでも可能だ。


「…………わかった。ペペナを寝台ベッドに寝かせてくるぜ」

「うん、お願いね。……でも、ヘタレちゃダメだよ? キスは絶対にしておいてね? 後でぺぺちゃんに聞かれたら、してないのにしたって言っても、嘘が分かっちゃうからね? キスすらしてないってバレたら、ぺぺちゃん泣いちゃうかも。……あ、私ぺぺちゃん泣かせた奴に絶対容赦しない自信があるよ」

「……くっ、分かったぜ。俺も男だ、覚悟を決める」


 私は釘を刺して、裏口から黒猫亭に戻る二人を見送った。その際、ゼルくんから見えない角度でぺぺちゃんのお手々が、私に向かって親指を立てていた事をここに記す。


「はぁ、私の親友かわよっ」


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