第136話 白乞う黒の。
「何故だっ、何故出来ぬぅッ……!?」
セザーリア七日目。今日の私は練兵場に来ています。
目的はもちろん、今も鬼の形相で修行をしてる師匠に会うため。
ルルちゃんに負け、そしてリベンジに来たら追加で超越絶招の存在を知って再びの絶望に襲われ、自分を見失っている私の師匠。
「出来ぬっ、拙者には出来ぬぅぅうッッ…………!」
うん。出来ないんだよね。超越絶招。
私もチャレンジしてみたけどさ、そもそも、何をどうするとそうなるのか、全然分からない状態からのスタートだし、私にも出来なかったよ。
あれは今のところ、ルルちゃんだけが出来るルルちゃんだけの絶技なんだよね。
ルルちゃんが言う「超越奥義」の方は、つまり流派接続技の方は出来るんだけどね。超越絶招と接続技は根本的に別の技なんだよ。
「師匠、荒れてるなぁ」
「そうだねぇ。周りで訓練してる兵士たちも、迷惑なら言ってやれば良いのに」
「いやぁ、無理でしょう。あの悪鬼羅刹みたいな状態の師匠に何か言えるのって、このお城だと私かオブさんだけじゃないですか?」
「いやいやノノンちゃん、あの鬼ポニテに勝ち申したシルルちゃんも居るじゃん」
荒れ狂う師匠を眺めて、雑談してる私とオブさん。他にもお嫁さんと恋人もみんな揃っておりますよ。お嫁さん達は兵士に混ざって訓練中。恋人のアルちゃんクルちゃんは、私の傍で繕い物をしてる。
それと、師匠が契約してる
私さ、この子と全然会えなかったんだけど、今日やっと会えたよ。めちゃ可愛い。いっぱいヨシヨシしたげるね?
いま
なんか私、語尾が「めっちゃ可愛い」になりそうだけどめっちゃ可愛い。
あ、
「ていうか、代償から解放された
「見た目よりも心が幼いのかねぇ? うちの
「別に良いですけど、
私、今はドラッグ聖母なので。いいよ、もう認めるよ。私はドラッグ聖母だよ。
「別に、
「…………なるほど、そう言う考え方もあるんですね」
「あ、でも
「この世界でそれやられると、また存在がバグって本当に殺される気がしますね」
「まぁ、実際に殺す方法は有るんじゃない? この世界は現実でも有るんだからさ、絶対に死なない存在ってのはダメでしょ。多分何かしら、リスポーンさせずにプレイヤーを殺す方法くらいは、用意されてるはずさ」
ふむ。確かに。
極端な話し、リワルドの世界人口全てがプレイヤー化したとして、寿命以外で死なない生物が犇めく世界とか問題しか無いだろう。
今の状態だって、絶対に改心しない凶悪犯罪者とかが、殺しても殺せない存在になれるのだ。消せない害悪とか率直に悪夢だ。
「単純に、プレイヤーも真に殺せるスキルとかさ」
「なるほどぉ。裁判とかで罪が確定した時だけ使える消滅魔法とかでも有りですかね」
「あー、その方が無難かねぇ? ちゃんと運用されないと酷い事になりそうだし、フリーに出来るアイテムやスキルより、制限付きの魔法の方が制御が容易そうだ」
やっぱり、人には「死」が必要なんだなって、なんか哲学っぽい話しになって来たね。
「戦争とかどうなるんでしょうね? 確か今、近くの国がやってますよね? この先プレイヤーが増えたら、兵士が死なないで永遠に戦い続ける、地獄みたいな感じになるんですかね?」
「いやぁ、それはむしろ平和になると思うよ? 兵士が死なないって事は、よっぽど戦術に差がないと平行線にしかならないし、最終的には競技化するんじゃない? ほら、地球の五輪的な感じで」
「あー、オリンピックですか。それでプレイヤーを競わせて、勝利すると政治的に有利になるとか?」
「そうじゃないと、ただプレイヤーをお互いにぶつけ続ける意味の無い戦いにしかならないからねぇ。それに、レベルの高いプレイヤーなら上手くすると一軍くらい潰せるし、だったら最初からプレイヤー同士だけをぶつけて強さを競わせる方が話しが早いし、お金もかからず被害が少ない」
「ああ、そっか。そうですよね。プレイヤーが増えていけば、どれだけ戦術に自信がある国だったとしても、戦いの本質はプレイヤーの強さに依存する形になっていきますもんね。だったらプレイヤー同士を戦わせた方が、むしろ効率が良いですか」
「じゃないと、死なないプレイヤーを投入し続ける報復合戦にしかならないし、そうなったらもう、どっちの国も滅ぶしかないからねぇ。なら、完全に五輪みたいな感じにはならないだろうけど、少数のプレイヤーを代表に選んで支援して戦わせた方がずっと良い。軍を組織するより何百倍も負担が軽いだろうし、競技内容も選べば国土も荒れない。むしろ見世物にすれば経済が活性化するし、それは敵国も一緒。普通に良いことしか無いんじゃない?」
「そもそも、代表に選ばれた者の中で優勝出来るようなプレイヤーを抱えてる国は、戦争でも有利なはずですもんね。なら最初からそうした方が、確かに良さそうではありますか」
「まぁ、とは言っても、歴史とか色々、恨み辛み有るだろうから、そう単純な話しになるのは相当先だと思うけど」
ふむ。こう言う考察もちょっと楽しいよね。
この先リワルドがどんな歴史を重ねて行くのか、ジワルドと地球を知ってる私たちが色々と思いを馳せる。中々に有意義な休日じゃないかな?
こう、コーヒーショップでブレンドを飲みつつ、英字新聞を読むかタブレットをスイスイしてる感じのお休み。意識高い系ってやつだね!
「……ふむ、随分と興味深いお話しをされていますな。薬聖殿、そして聖母様」
ユノスケさんとゼルくんを巻き込んで暴れてる師匠を眺めながら対談してると、背後から声がかかる。
気配には気が付いてたので、驚くこと無く振り返る。そしてすぐに聖母ロールに入る。
「おや、国王様じゃん。おつかれー」
「あらビアちゃん、いらっしゃい? お母さんがヨシヨシしたげますよ?」
「ぁ、ぁあ、お母様っ……」
振り返った先には、この国の王様であるビアちゃんが居て、その後ろには娘さんも居らっしゃる。
だけど私は容赦なく、娘の前だろうと両手を広げておいでおいでと誘惑した。そして抗えないビアちゃんは私の胸元に吸い込まれて、政務でボロボロになった精神をメチャクチャに癒され始める。
はーい、ぎゅぅ〜♪︎
「ビアちゃんは今日もいい子ですねぇ。よしよーし、よしよーし……」
ネービアバーツ・エイギル・ギル・ツーセ・セザーリア。愛称はビアちゃん。
銀が混じる金色の髪が薄くなりつつある、筋肉質な四十八歳。そんな彼を私はヨシヨシして甘々に溶かし始める。
場所を譲らされた
「いつ見ても恐ろしい光景だよねぇ」
「もう、恐ろしいとは何ですか。そんな事を言う意地悪な子には、ヨシヨシしちゃいますよ?」
「おっと、勘弁しておくれよ。僕は別に、弟子にオギャりたくないんだから」
聖母ロールのまま、オブさんにもヨシヨシを提案してみたけど、普通に断られてしまった。残念だ。
なんかオブさん、私がナギアさんとコナッシュさんをヨシヨシした時の光景が頭にこびり付いてて、私のヨシヨシが心底恐ろしい物に見えてるらしい。おかげで、強制的にオギャりバフが入っても、私に対してバブみを感じず、今のところは魂がオギャる事も無いようだ。
うん、自分で【抱擁聖母】の効果を語っても、未だに意味不明なのが笑えるよね。
「はい、元気になりましたか?」
「お、お母様、もっと…………、撫でてくだされ…………」
「もう、しょうが無い子ですねぇ。もう少しだけですよ?」
はい、追加ヨシヨシ入ります。信じられる? この人、この国の王様なんだよ?
そうして十分くらいかな。そしてついでなので、後ろに居た娘さん達も容赦無くヨシヨシしてあげた。
この子達は第三から第五王女達で、みんな母親がバラバラらしい。
名前は、第三王女エーニアムール・メティア・サーセ・セザーリアちゃん。
第四王女ミケルリール・メティア・フォッセ・セザーリアちゃん。
第五王女ニーニアマーマ・メティア・フィフセ・セザーリアちゃんだ。
セザーリアの王族は、男児には名前「ギル」を入れ、女児には「メティア」が入る。そして王になったら「エイ」が追加され、ビアちゃんは男の王様なので「エイギル・ギル」なのだ。
仮にこの娘達の誰かが戴冠した場合、名前には「エイメティア・メティア」が入るのだろう。
そして、「フォッセ」とか「フィフセ」ってのは、四女とか五女を表してるらしい。
例えばビアちゃんは「ギル・ツーセ」なので次男だったらしいね。それでエーニアムール、ニアちゃんは「メティア・サーセ」で三女。ミケルリールのルリちゃんは、「メティア・フォッセ」で四女。ニーニアマーマのマーマちゃんは、「メティア・フィフセ」で五女となる。
面白い名付けのルールだよね。でもこれ、他国としたら凄い楽だよね。名前聞くだけで何番目の王子や王女なのか、間違えっこ無いもんね。
産まれた順にファーセ、ツーセ、サーセ、フォッセ、フィフセ、シクセ、セブセと続くらしい。英数っぽいのは私の中で二つの言語をそうやって統合してるからだろう。
もし私だったら、ノノン・メティア・ファーセ・ビーストバックなのか。ちょっとカッコイイな? 私、無駄に長過ぎる名前はイラッとするけど、このくらいならギリギリ許せる気がするよ。
あ、どうせなら前世の名前も入るかな?
ノノン・マホ・メティア・ファーセ・アケチ・ビーストバック?
…………なんか微妙? まぁ良いか。この国の王族だけの命名ルールらしいし、名乗ることはないだろう。
「はい、マーマちゃんもいい子でしたねぇ♪︎」
「…………おかぁたまっ、ねぇもっと、もっとしてっ?」
「しょうが無い子ですねぇ? ほーらよしよーし、よしよーし」
「……あのクソガキが、こんな、こわッ、ノノンちゃん怖っ」
とりあえず、全員をヨシヨシしてあげた。隣でオブさんが何か言ってるけど、私は知らない。
もうセザーリアの王族は、みんな私の子供だよ。……ちょっと自分でも何言ってるか分からないや。
「ごほっ、ごほんっ! さて、気を取り直しまして……」
「わざとらしい咳払いのお手本かい? 国王様さ、もうお城はみんなノノンちゃんにヨシヨシされてるんだし、今さら恥ずかしがる事も無いんじゃない?」
「薬聖殿、人には割り切れる事と、割り切れぬ事があるのです。それよりも、先の話しを、私にもお聞かせ願えますか?」
そんな感じで、ビアちゃんとオブさんが話し込み始めた。
なので私は娘さん三人を侍らせ、師匠の修行とお嫁さんよ特訓を練兵場の端っこで眺めてる。
本当はルルちゃん、師匠に稽古を付けて欲しいみたいなんだけどさ。師匠も自分を真っ向から圧倒した相手に教えるって形が引っかかるみたいで、しかも拗ねてへそ曲げ中だから、二人は別々に訓練してる。
ルルちゃん寂しそうだし、私が師匠に怒っておこう。私も、あんなにグズグズしてる師匠は見たくない。私の師匠はもっと、カラッとした性格で、もっとずっと武人気質で、負けを負けとして受け入れられるカッコイイ人だったんだ。
なのに、なんか私の存在が挟まったせいで、変な事になってしまってる。それが私はとても悲しい。
「…………綺麗ですわ」
途中、ニアちゃんが呟いて、ルリちゃんが頷いた。
視線の先にはルルちゃんが居て、今も舞いの精度を上げるために、そして見ている私に魅せ付けるために、ずっとずっと美しい剣舞を披露している。
練兵場には女性騎士もそこそこ居て、みんなルルちゃんに憧れの視線を向けている。だって、まさに「戦う女性」の模範解答みたいな戦士だもんね、今のルルちゃんは。
魅せる戦い。魅せる技。私への愛と恋を全て乗せた神楽舞は、ただひたすらに美しい。
強く、綺麗で、気高く、そして愛がある。きっとルルちゃんは、見ている女性騎士さん達の理想そのものなんだろう。
「……んふ、私のお嫁さん素敵だなぁ」
「ええ。聖母様の奥方様は、本当に美しくございますわ」
「でしょー? えへへ、ルルちゃんすきぃ……♡」
一つ刀を振るたびに、ルルちゃんちゃんの着ている宵闇恋兎が閃き、剣戟が花開く。
その動き一つ一つに、「ノンちゃん大好き♡♡♡」って気持ちが溢れてて、見てるだけで幸せになれる。
もうルルちゃんもう、えへへしゅきしゅきっ♡ 私も愛してるよっ!
「…………ぐぅっ!」
「あ、師匠の拗ねも加速した」
それを魅せ付けられる形になってる師匠が、さらに怖い顔になる。
師匠がいじけてる姿とか、本当に初めてなんだけど。最初は可愛くて笑っちゃったけどさ、今はもう、なんか、こう、私の師匠はもっとカッコイイんだぞ! ってなるね。
なんだかなぁ。……よし、ちょっと師匠と遊んで来ようかな。
「みんな、ちょっとごめんなさい。私いまから、師匠に喧嘩売って来ます」
「ッッ……!? え、聖母様っ?」
「そんな、危のうございますわっ?」
「良いから良いから、そこで見ててくださいな」
私は換装システムで戦闘用の装備に着替えて、師匠に向かって駆け出した。
防具はもちろん【
……でも、私の鳳凰ってさ、ハイエンド装備を一時的に融合させてまで性能を引き上げてるのに、ルルちゃんの兎丸と殆ど同格なんだよね。
あれズルくない? 長さも短めの打刀から大太刀まで自由自在で、見た目も綺麗で性能もクソ強いってさ。私もあれ欲しいんだけど。
「しーしょう! あーそぼっ!」
「……ノノンっ!?」
「喰らえッ、
「なんだその技はぁーッ!?」
駆け付け一発、私はルルちゃんオリジナルの接続技で師匠に襲いかかった。
今日はガチンコで、本気で襲うからねぇ!
「ふふ、ルルちゃんオリジナルの流派接続技だよ師匠! ルルちゃんの事避けてるから知らなかったでしょ?」
「なっ、流派接続だとっ!? 九重流以外でも出来るのかっ!?」
「この世界だと、ベースが現実でもあるから、システム外の接続技も使えちゃうんだってさ! ほらほら、刀で見せる初めての絶招接続ぅッッ……!」
私は斬り付けすぐにワンステップ後ろに下がり、そのまま一回納刀の構えを取る。
ふふ、ルルちゃんを避けて悲しませた師匠なんて、今から何がなんでも倒しちゃうからね。
接続技の分はこっちが有利だし、刀術勝負でも今日は勝つぞー!
「二連抜刀術銀世界式--」
「さっ、させるかぁー!」
「--
二種類の神速抜刀術が持つ術理を重ね、その勢いを全て銀世界に乗せた絶技。目の前の風景そのまま写した写真に白い絵の具で乱雑に線を重ねる様な絶招が、二つの神速を重ねられて一瞬で叩き込まれる。
だけど、流石は師匠だよね。反撃で潰す気配を見せておきながら、私が斬る場所を綺麗に避けて接続絶招をスルーしやがりましたよこの人。マジでバケモノ。
「心を鎮め、己が業を積みかさ--」
「それこそさせないよッッ! 《スペリオル・チェイン》、そして《シネ》ぇ!」
「--ねぇぇッッ……!?」
私は【剣閃領域】の詠唱に入った師匠に対して、速攻で禁呪を切った。この人に下手な攻撃しても詠唱は潰せないからね。
やるなら禁呪で潰す。今日は本気なんだよ。ガチンコでやるんだから、詠唱なんて潰すに決まってるじゃん! 私は一刀斎じゃなくて絶刀斎なんだからね!
二本伸ばした指を突き付け、私は黒い極太レーザーを師匠にブチ込んだ。
この魔法は九十節使ってる私の切り札的な魔法であり、効果は私のHPを上限値ごと一割捧げて発動する、『ただひたすらクソ強くクソ早くクソ広い』攻撃魔法だ。捧げたHP上限値は十分間持続する。
使った時の総量から一割を捧げるので、何回使ってもゼロにはならない。けど使いすぎると当たり前に瀕死になるし、最悪は転んだだけでも即死するような状況にすらなる。
それに、HPとHP上限値をそれぞれ一割捧げる形なので、HP残存量が上限値の一割を下回ってたら使用した瞬間自分が死ぬ。
つまり、上限値が千で、残存量が百以下だったら、上限値と残存量を百ずつ捧げるので即死する形になるのだ。危ないね!
だけどまぁ、師匠の詠唱を潰せるなら安いもんだよ。今日はお遊びじゃなくてガチの殺し合いなんだからさ! 死ななきゃ安い!
それに、ついでに使ったスペリオル・チェインで一分ほど、師匠の詠唱を封印したからね。もう【剣閃領域】は怖くないぞ!
この魔法は使用時に指定する行動を禁止出来る効果をもったデバフを、自分の攻撃に付与出来る物だ。なので禁呪に『詠唱禁止』を付与して師匠をぶっ飛ばして、詠唱を潰しつつ大ダメージだ。
このまま禁呪連打しても普通なら勝てるんだけど、残念ながら師匠はバケモノなので、二回目以降は普通に対応してくる。だからこれ以降はシネも通じないと思った方が良い。
むしろ、自分の視界を広く潰してしまうシネは、その影に隠れて肉薄する師匠の姿を見落とす危険すらある。なので多用するといつの間にか後ろに回ってる師匠から首を刎ねられたりする。超怖いぜ!
「《闇よ》《夜よ》《儚き深淵》《落ちた帷よ》《閉ざす影よ》《混沌揺蕩う黄昏よ》--」
「流石にそっちの禁呪は許さんぞッ! 飛弾! そして--」
おっと、師匠が自分のお家のリアル流派技、鞘投げをして来た。スキルじゃ無いけど単純にウザイし、ハイエンド装備の鞘とか普通に硬いし、攻撃特化の到達者が投げるとそれだけで殺人級だ。
そしてスキル無しの方の縮地で私に肉薄して、あっ、これマズ--
「無念夢想流五連抜刀ッッ--」
「《シネ》うぉぉおらぁぁあッッ!?」
「ぐうッッ……」
あっぶねぇ! 師匠の意味不明技をゼロ距離で食らうところだったっ。
今のは単純に、無念夢想流の抜刀術を初伝から絶招まで五回連続で使うってだけの技なんだけど、師匠がそれやると速度がおかしいんだよ。一回目を食らった時点で残り四回は防げないと思って良い。こんなの出がかり潰すしか無い。
私はギリギリのところでまた禁呪を切って師匠を吹っ飛ばした。クリンヒットしたように見えるけど、師匠の耐久だと直撃すると即死させられるはずだし、多分なんかで防がれた。
多分あれかな、気功法系のスキルかな? 師匠は一刀斎だけど、魔法とかアイテムとか、刀以外を全縛りしてるだけで、刀で戦う為のスキルなら普通に沢山持っている。
気功法系のスキルは、軽気功でも堅気功でも、まぁ良い感じに禁呪を防げると思う。と言うか防ぐって言うより、被害を減らす感じかな。
「……音無景見流、口伝--」
「ッッ!? 《ハイエンドメイル》っ、《レジェンダリーコ--……」
「--
ぶっ飛ばした師匠に追撃しようとして、私は突然背後から聞こえた声にゾッとし、慌てて防御系のバフを積む。
けど、二個は間に合わず、一個積んだだけの状態で、何故か私の背後に居た師匠に首を斬られた。
痛っっってぇぇぇッッ……!?
ギリギリで回避も試みて、首落とされて即死って状況は防げたけど、側面ガッツリ斬られてヤバい! 動脈逝ってる!? 真後ろからだったら神経ごと斬られて即死だった!
て言うか、なんで師匠が後ろに居るのさッ!? 前に居た師匠はっ……、まぼろしぃッ!?
ヤバい回復せねばッ!?
「コレちがっ、幻気功ッ……!? 《ヘヴンライト・ヘルライト》!」
「ご名答! 詰めが甘いぞノノン……!」
「くっそ、乱閃!」
「乱閃!」
回復魔法を使ってから斬り合う。斬り合う。斬り合う。
いや、やっぱりメチャクチャ強いよ私の師匠。マジかっこいい大好き素敵! でも殺してやる!
ちくしょうめ、さっきの五連抜刀宣言は囮で、あの時にはもう幻気功で逃げる準備を終えてたんだ。そこを囮に引っ掛かって禁呪を切って一息付く私を、後ろから即死させるつもりだったんだね。
武術スキルと魔法以外なら、特に宣言とか要らないし、まんまと幻気功で罠を張った師匠にやられちゃったよ。
くっそぅ、首が超痛い。ライフは、あと三割? クッソ削られたんだがッ!?
「がぁぁっ、
「ッ、おっと……!」
「
この距離は不利すぎるので、私は体術で無理やり師匠を引き剥がし、火属性レーザー魔法で更に距離を引き剥がす。
ちくしょうやっぱり格闘だと攻めきれない。もっとちゃんと魔法を使おうか。選り好みしてちゃ勝てない。
「ふっ、良いのかノノン? そろそろスペリオル・チェインが切れるぞ?」
「…………《タナトス・ドレス》」
「また禁呪か!」
ちょっとガチの禁じ手使います。
この魔法、禁呪タナトス・ドレスの効果は、『自分の削れてるHP割合分の即死攻撃』を物理攻撃に付与して、『残存HP以下の攻撃の無効』が出来るバフを自分に積む。つまり残りライフ三割の今だと、七割の確率で即死させられる。
効果時間は基本十分から、残存HP一割に付き一分減る。今の私は三割残ってるので効果時間が七分だ。
そして禁呪のデメリットは、『発動中の自己回復無効』と『効果解除後、HP総量一割分の秒間ダメージがリスポーンするまで続く』デバフの発生。確実に死ぬぜ! 私がね!
要は、私のHPが少ない程に高い確率で相手を即死させられるバフである。そして効果終了すると私は確実に死ぬ。
残存HP以下の攻撃無効って言うのは、要するにカス当たりを無効にしてくれる代わりに、自分でHPを更に削って即死確率を強化するって手段も禁止している。回復も禁止なので、即死以外は有り得なくなる。
残りHPが多い時に発動すれば、即死確率が低い代わりに、わりと最強になれる。即死級の攻撃以外全部無効だからね。だけどHPが多いと効果時間が短くなるので、速攻で効果が終わって十秒で十割HP削るデバフが死ぬまでずっと残る。
まぁ、普通に超強いけどデメリットとメリットのバランスも良い感じな、私の手持ちで一番完成度が高い魔法である。
即死の条件は物理攻撃でダメージを発生させる事なので、かすり傷でも良いから師匠を傷付ければ、その一撃が七割即死の攻撃になる。
「逃げ切れば拙者の勝ちか?」
「そんなセコいこと、師匠はしないでしょ? 《デスサイズ》!」
「今日のノノンは禁呪のオンパレードだなっ!」
更に禁呪。タナトス・ドレス発動中のみ使用出来る魔法で、効果は単純。タナトス・ドレスの効果時間を一分消費して、タナトス・ドレスの即死効果を含んだ遠距離攻撃魔法を放つ。
私が振り抜いた刀から黒い斬撃が伸びて師匠に飛んで行く。
しかし当然見切られ避けられる。でもそんなの最初から分かってた。
「
魔法を避けた師匠に神速の連撃を叩き込む。夥しい斬撃の一条でも掠れば、七割の確率で即死させられる。
しかし、しかし、しかし! それでも師匠が、避けやがるのなんて私は知ってるんだよぉッ!
「だから
「チィィイッッ……!」
手数で押し切る。二、三回でも掠れば殺せる! 七割即死を舐めるなよ!
「絶招接続ッッ……!」
「まだ来るかぁぁあ!」
行くぞ行くぞ、ノンストップでぶん殴ってやる!
繋げろ繋げろ、とにかく繋げろ。
「
冬桜華撃流はもうルルちゃんの持ち流派として有名だけど、リワルドではまだあんまり知られてない音無景見流。これは歩法に重きを置く流派であり、歩きながら斬ったり走りながら斬ったり、もしくは動かない事で地面の力を得て力強く敵を斬る。そんな『足』を大事にする流派である。
その流派の絶招は、『天地無用』。短時間ながら空を走って天を踏み、縦横無尽に敵を斬る技となる。
結果的に千刃無刀流の銀世界みたいな斬撃の乱舞攻撃になるが、銀世界と違って自分ごと突っ込む技だ。銀世界の術理はもっとメチャクチャだし、その場を動かずに斬撃そのものを走らせるからね。自分で走る音無景見流とは全然違う。
そして、天地無用の本質とは、『空間の何処でも好きな場所を地面扱い出来る』事であり、そんな絶招を冬桜華撃流の絶招に混ぜるとどうなるか?
戦闘領域の地面も空中も何もかもが『戦舞いの舞台』になってくれて、私は好きな場所を飛び跳ねて、好きな場所で舞い踊れる。
「ぬぐぅぅううッッ……!?」
「ほらほらほらほらぁぁぁあッッ!」
雪華桜蘭神楽舞の幻惑斬撃に混ざって、私自身も師匠に対して斬りかかる。
普通の相手なら、これだけやってかすり傷すら無いなんて有り得ないのに、それでも師匠は私の攻撃を捌き切る。これ攻め手が切れた瞬間に私殺されるな。絶対これで殺し切らないと。
「だがっ! ……心を鎮め、己が業を積み重ねッ」
あ、封印切れた! 待て待て待て! いや、いやどうするっ!?
師匠の【剣閃領域】は魔法も剥がしてくれるし、私の死亡が確定してるタナトス・ドレスのデメリットごと剥がしてくれる。
今ならワンチャン、詠唱を通す選択肢も無くはない。通せば仕切り直せる。
師匠は多分、私が詠唱を潰すためにシネを切るのも待ってるはず。詠唱を囮にして、私が自分の視界を魔法で潰すのを待ってるはず。くそ、封印が切れたせいで、戦いのコントロール権が向こうに移りつつある。
「さッ……、せるかぁぁぁぁぁあっ! オラオラオラァァアアッ!」
「しかしてっ、猛る! この狂気へっ、身を委ねよぉ! これ即ち、無双の境地ッ……!」
師匠が避ける避けるっ、詠唱が、止められない!
やっぱりシネを使うべき? でも絶対カウンター用意しるよねっ。
いくら師匠が紙装甲っていっても、それは到達者基準の話しであって、本当にペラッペラな訳じゃない。範囲攻撃魔法程度じゃ普通に耐えられるし、耐えながら詠唱成功させて【剣閃領域】で全部吹っ飛ばせば良いもんね。
…………だったらッ!
「
「ッッ!? --我が、一刀にぃッッ……!?」
私の詠唱を聞いた師匠が、詠唱を続けながらビックリしてる。
ふふ、使うのは【屍山血河】じゃないよ。ルルちゃんみたいに、私も師匠に見せてあげるね?
「--断てぬ者無し! 至れ【剣閃領域】ぃい!」
師匠がついに詠唱を完成させて、【剣閃領域】を発動した。同時に私のタナトス・ドレスも剥がれるけど、解除時に発生する自死デバフも剥がしてくれるのでリスクは消えた。仕切り直しだ。
「この想いにこの誓い、白の歌に寄り添う黒は、灰へと混ざる夢に鳴く--」
「な、なんだその詠唱は! 【屍山血河】じゃないだとッ!? まさか、嫁と同じリワルド産のネームドかッ!? させんぞぉぉおッッ!」
その通り、本邦初公開。いや異世界で「邦」もクソも無いんだけど、とにかく初公開のネームドスキル。私もぶっちゃけ初めて使う。
詠唱潰しを狙う師匠だけど、スキル無しの格闘戦だけで詠唱潰すって相当難しいからね。特に私と師匠の関係ならさ、お互い手の内知ってる師弟関係だもん。
多少斬られたって、私は歌を止めないよ。
「--だから銀に
「くっ、やはり止まらぬッ……」
ああルルちゃん、見ててねルルちゃん! これが私の愛の形!
「--さぁ踊ろう?
さぁさぁ! アゲて行こうぜぇええッッ……!
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