第129話 母性と赤子が交差する時。



「はい、これでもう大丈夫ですよー。目の前で不安になること言ってごめんなさい。あと刀を突き付けてごめんなさい。よく頑張りましたねぇ」


 私は、目の前で怖いこと言われて震えてたのに、最後まで頑張った騎士さんの頭をヨシヨシしてあげる。私が治療する段階で彼は正座してたので、頭が丁度良い位置にある。ヨシヨシ。

 こう言うのはね、治療される側って本当に怖いんだよ。

 私は病院暮らしが長いから良く知ってる。

 大した事ないちょっとしたアレコレでも、治療する側の一挙手一投足は患者の心を好き勝手に乱すんだ。

 特に私なんか、ちょっと生命維持装置に不具合が出るだけで殆ど即死ってレベルで死んじゃうような儚い存在だったからさ、不慣れな新人さんとかが装置の傍に居るだけで、内心すっごく、吐き出しそうなくらい怖かったよ。

 いや、ちょっと違うな。本当は新人さんとか関係無く、誰でも生命維持装置の傍に居るのが怖かった。

 あの人が突然転んで、装置の配線を引っこ抜いたらどうしようとか。

 実は悪い人で、装置のスイッチを切ったりしないかとか。

 手とかぶつけて装置が壊れないかなとか。

 本当に、本当に怖かった。

 もしかしたら次の瞬間には私が死んでて、もう二度とお父さんとお母さんに会えなくなるんじゃないかって、毎日毎日、怖くて怖くて堪らなかった。

 生命維持装置の他にも、検診に来るお医者さんがちょっと眉を寄せるだけで、私の体のどこかが、もっと悪くなって、もう生きれないんじゃないかって、お医者さんが腕時計を見るだけで、私の命の残り時間を確認してるんじゃ無いかって、何もかもが、どうしようも無く怖かった。


「よしよし、頑張りましたねぇ」


 被害妄想なのは分かってる。けど怖いものは怖いんだ。

 それを心のそこから分かってて、それでも騎士さんの前で話してた私も、良く考えると結構なクソだと思う。

 ちょっと考えたら、マジで申し訳無くなって来た。

 うん、よし。予定の三倍はヨシヨシしてあげよう。ヘルムの上からで悪いけど。

 いや待って、このヘルム邪魔じゃない? これをヨシヨシされても、騎士さんは全然ヨシヨシ欲が埋まらないよね?

 ……………………いいや、脱がしちゃえ。えいや。


「……あらっ、えと、泣かないで下さいな。怖かったですよね。ごめんなさい。私の配慮が足りませんでした」


 フルヘルムを脱がした騎士さんは、声を殺しながら、喉をヒク付かせながら、ポロポロと泣いていた。

 ああ、うん。やっぱ私が悪いよこれ。マジでごめんなさい。

 やっぱり予定の五倍はヨシヨシしてあげよう。思いっきりヨシヨシしてあげよう。

 考えたら、当たり前だよ。当たり前なんだよ。

 だって、オブさんってさ、何をやっても治らなかったって思われてるこの国の王様の病気を、ぱぱっと治した薬師だと思われてるんでしょ? 実際は毒を盛られてたっぽくて、オブさんは何も処方して無いらしいけどさ。

 そんな高名な薬師がさ、目の前で自分の病気を「珍しい」って断言したんだよ。怖いに決まってる。

 それに私もさ、騎士さんにしてみたら、馬鹿みたいな魔力とエフェクトを散らしながら魔法を使った凄い人に見えたはず。そんな人の魔法ですら、斬られた腕が一瞬で元に戻るような魔法ですら、その身に宿る何かを治せなかったって、私はそんな態度を彼に見せてた。

 治療される側って、自分の体の中なんて見えないもん。

 それを、自分よりも分かってるはずの二人が、慌てたり「珍しい」とか言ったり、そんなの怖くて怖くて、泣きたくなるに決まってる。

 私は莫迦だった。本当にごめんなさい。うわぁマジで申し訳なくなって来た。さっきまでの私は何をしてたの? 本当に莫迦じゃん。

 キメラカースも胃潰瘍と繋がってたんだから、そもそも胃潰瘍の症状もあったはずだ。お腹が痛くてシクシクして、もしかしたら血を吐いた事もあったかもしれない。

 自覚症状はあったはずだよ。だって騎士さんさっき、自分で「病気でしょうかっ?」って聞いてきたもん。心当たりがあったんだ。

 そんな自覚症状があるのに、オブさんと私が目の前で軽率に色々言ってたら、絶対に怖い。怖いに決まってるよ。病院に居た頃の私だったら、絶対に泣いてる。ギャン泣きして暴れてる。

 うぅ、本当にごめんよう……。やっぱり、十倍ヨシヨシしてあげるから許しておくれぇ……。

 もう、頭をギュッて抱き締めてあげよう。ギューってしてヨシヨシしてあげよう。

 んー、……でも、今の装備、ピュアライトだと汚すのアレだし、胸元ゴワゴワしてるし、ぶっちゃけ邪魔だな。私の胸で泣いてもらうのに適した服じゃない。

 よし、一旦和服に戻そう。戦闘用じゃなくて普通の素材の和服で。和服ドレス仕様だけど。私こればっかだな。

 別に防御の高い装備でも、和服系は肌触りが硬かったりはしないけどね。それでも、少しでも柔らかい方が良いでしょ。

 換装システム使ってっと……、よし着替えたぞ。準備完了! いっぱい甘やかしてあげるからねッ!


「ごめんなさい。でも、もう大丈夫ですからね。もう痛くないですよ。苦しくないですよ。はい、ぎゅぅー♪︎」


 私はヘルムで蒸れて汗だらけの騎士さんを、その淡い茶色の髪がゴワゴワしてる頭をきゅっと抱き締めてヨシヨシした。

 この騎士さんは二十代半ばくらいに見えるけど、今日は年齢も気にせずに甘えるが良かろうなのだ。いっぱいヨシヨシしてあげるぞ。


「…………の、ノノンちゃん? その、何やってるの?」

「もう、オブさんも、後で私と一緒に反省会ですからね! オブさんは凄い薬師で、誇る自信に足る腕を持った最高の薬師ですけど、だからこそ、治療される側の気持ちになるのがちょっと下手だと思います!」

「……えと、ごめんなさい? いや待って、どゆこと? なんでノノンちゃんは突然バブみを見せ始めたの? 僕ちょっとビックリしてるんだけど」

「バブみとかそう言う話しじゃありませんッ!」


 私は怒った。

 困惑しながら声を掛けてきたオブさんに怒った。

 オブさん的には、急に自分の弟子が、治療した患者に対して過剰にバブみを見せ始め、患者の騎士さんも泣きながらオギャッてる場面にしか見えないかも知れない。

 と言うか、周りで見てる人がほぼ全員、同じ感想だろう。

 ルルちゃん達すら、ちょっと困惑してる。騎士さんの同僚さん達も、一緒に腕を治したそこの彼も、「え、なんでコイツ、ちょっとした病気を薬聖様とそのお弟子様にぱぱっと治されて号泣してんの?」って感じの顔だ。

 このバカ者共めぇ!


「いいですか、オブさん。それに皆さんも。私は治療される側としては凄いベテランです。玄人と言っても良い」

「あ、ああ、うん。そう、だろうね? リアルの話しは色々と聞いてるよ」

「だからですね、治される側の気持ちは良く分かります。今回、私が莫迦で愚かで軽率だったから、それとオブさんも自分に自信があり過ぎるから、騎士さんは怖くて泣いてるんです」


 私はさっき思ったこと、感じたこと、実体験を含めて全部説明した。

 と言うか、私が地球で死んだって知ってるオブさんも、ルルちゃん達も、私が臓器まで失って生命維持装置に繋がれた、一種の生ける屍みたいな状態だったことは知らない。

 まさか私がそこまで酷い状況で入院してたとは知らなかった皆は、私の話しが進むにつれて言葉を失っていく。詳しい事情を知らない騎士と兵士さんは、まだよく分かってない感じだけど。

 ぺぺちゃんから多少の話しを聞いてる私のお嫁さん組でさえ、手足が無いだけって認識だものね。でも、手足だけじゃないんだよ。臓器も沢山無くなったんだよ。むしろ「なんでコレで生きてるの?」状態だったからね。

 だから私は、当時のそんな自分の状況を、この世界風に分かりやすく説明した。生命維持装置を『生命維持魔道具』に置き換えて、その恐怖を余す所なく語る。

 すると、私の可愛い恋人含むお嫁さん組は全員私に抱き着いて泣いてくれた。

 いま、私は騎士さんの頭をヨシヨシしながら、お嫁さん幼女たち抱き着かれてる形になる。なんだこれ?


「……………………あー、うん。そうだね。ごめん、僕が軽率だったよ。絶対に治せるって自信が、繊細な気遣いを無意識の内に捨て去ってたみたいだ」

「私も、ちょっと言い過ぎてごめんなさい。オブさんがとっても凄い薬師なのは分かってるんですけどね。怖くて怖くて、泣き出しちゃうしか無くても、絶対に治してくれる人って、その人が存在してくれるだけでどれだけ幸せなことか、分かってるんですけどね」

「いや、これは僕のミスだよ。うん、正直、驕ってた。最後は完治させるんだからオールオッケーってちょっと思い上がってたよ」


 オブさんは、リアルでもお薬に携わる人らしい。

 でもそれは、開発の人であって、現場の人じゃない。

 だから、分からなくても仕方ない面も有るのだろう。生の声なんて届かないもんね。オブさんは薬師であり薬剤師であり開発者だけど、医者ではない。

 ジワルドの薬師プレイの経験がそのまま医療従事経験となる、ある意味で初心者なのだから。


「うん。僕だって、【薬師神】を手に入れるまでは、そうやってNPCに寄り添ってやって来たはずなんだけどなぁ。……あぁ、本当に驕ってた。…………騎士くん、ごめんね。僕はまだまだ、未熟な薬師だったみたいだ」


 私がギュッてしてる騎士さんに、オブさんが近付いて謝罪した。

 騎士さんは今、もう私に抱き着く形でギャン泣きしてて、多分「そんな事は無い」って言いたいのに喉が上手く動かないから、ただ首を横に振って否定してる。

 ただ、私の胸に顔を埋めてる状態でそれは勘弁して欲しい。私の胸をグリグリしちゃダメだよ。まぁ邪なアレじゃないから良いけどさ。


「…………そっかぁ、そうだよね。治療される側の視点だって、大事だよねぇ。うん、いや、変な話だけど、やっぱりノノンちゃんは最高の弟子だよ。こんな不甲斐ない師匠に、最高の形で初心を思い出させてくれる」

「……えへへ、私が最高の弟子なのは、師匠が良かったからですよ。なにせ私の薬師の師匠は、最高の薬師ですからね」

「あー、もう。やっぱりノノンちゃんには勝てないや」


 やっぱりオブさんも凄い人だよ。人の意見をちゃんと飲み込めるんだから。

 人によっては「それでも治してるんだから良いだろ!」ってキレたりもするだろうし、そしてそれも、ある意味で絶対の正義なのだから。

 どれだけ人に寄り添うお医者さんでも、腕が悪かったらダメなんだ。絶対に治してくれるって安心は、患者にとって何よりも得難く、何よりも尊いのだから。


「ふふ、騎士さんも、今日はいっぱい泣いて、全部吐き出しちゃいましょうね。お腹が痛くて辛いのに、騎士として頑張って凄かったですよ。カッコイイですよ。よしよし、よしよーし……」


 涙が止まらない騎士さんを、私はいっぱい甘やかす。

 本当に怖かったはずだから、この人は今日、いっぱい泣いて、いっぱい甘えて良いのだ。

 だって、考えてみて欲しい。ここはリワルドなんだ。地球じゃ無いんだ。

 レントゲンとかCTとかで自分の症状をくまなく、詳細に教えてくれる様なお医者さんなんて居ないし、治癒魔法も回復魔法も、病気と相性が悪い世界なんだ。

 例えば、この世界でNPCがガンを患った場合、オブさんレベルの薬師が居なかったら十割の確率で死ぬ。あれには魔法が効かないから。

 ガンって細胞の異常で罹る病気だけど、アレって極論、細胞が体に害を成す形に突然変異しただけなので、アレはあの形が「正常」な状態なのだ。だから「復帰」が原則の魔法治療は意味が無い。

 それにエボラやペスト、天然痘なんてクソやばウィルスは流石に例外としても、普通にデング熱やインフルエンザ程度でも、この世界だと相当ヤバい部類だ。あとコレラもかな?

 基本的に細菌やウィルス性の疾患は、それらの毒性で苦しむ物とウィルスに対するアレルギー反応や免疫反応で苦しむ場合がある。

 ウィルスなどの毒性なら解毒魔法で何とかなるけど、でも根本のウィルスや細菌を殺す訳じゃないのでほぼ意味が無い。すぐにまた残ったウィルスなどの毒性で再発する。そして再発したなら治療した側も「あ、魔法が効かないのか」って思ってしまう。この時点でアウトだ。完治するまで解毒しまくれば助かるけど、何回解毒しても再発するなら普通は治療法が間違ってると判断されるし、治療される側だって治療法を疑うに決まってる。

 そして免疫反応とかで苦しむ場合は、そもそもそれは体の正しい反応なので、やっぱり意味が無い。「復帰」出来ないから。

 今回治した胃潰瘍だって、発症した理由によっては治療出来ない場合もある。

 ここって、リワルドの医療って、その程度なんだよね。そんな世界でさ、なんでも絶対に治してやるぜ! って凄い薬師がさ、「うわ珍しい!」って言う病気、怖いに決まってるじゃんね?

 お腹がさ、自分でも胃が痛い自覚症状も有るのにさ。そんなの絶対怖かったはずだよ。


「騎士さんはいい子ですねぇ。頑張りましたねぇ。よしよし、よしよし…………」


 何回も、何回だって言うけど、本当に本当に、怖いんだ。

 治療する側は「分かってる」のに、自分は「分かってない」状況って、マジのガチで、嘔吐しそうなくらい怖いんだ。

 多分だけど、世の中の「医者嫌い」って人達の中には、意識してるにせよ無意識にせよ、これが理由で嫌ってる人も結構居ると思うんだ。

 だってさ、相手は分かってるのに、こっちは分からない。治して欲しいけど、本当に治せるのか分からない。

 簡単な病気なら聞けばいい。そうすればスグに詳しく教えてくれる。

 だけど、ほんの少し難しい病気になると、途端にお医者さんって生き物は難しい言葉を沢山並べるようになる。お医者さんって無自覚にそういう所あるよね。

 どれだけ優しくて気遣いの出来るお医者さんでも、この癖がゼロって人は殆ど居ないと思う。

 すごい難しい勉強をして来たから、ずっとそれを続けて来たから、一般人が「どこまで分かって」「どこから分からない」のかが分からないんだ。


「よしよし、よしよし…………」


 たぶん、こっちの医者や薬師、医療系魔法使いも似たようなところがあるはずだ。

 この騎士さんだって、胃に異常が有るのは自覚してたんだろうし、医者にくらい見てもらったはずだ。

 そして並べられたんじゃないかな。難しい言葉をさ。

 しかも今回は呪いがくっ付いたバージョンで、普通には治せなかった。そしたら余計に難しい言葉がボンボン出て来ただろう。

 ああ怖かったよね。お医者さんが口にする呪文って、私たちの命を握る即死呪文なんじゃ無いかって、不安になるよね。

 よしよし、今日はいっぱい泣いて良いからねぇ……。


「………………いや、ノノンちゃん。流石にそろそろ長くない? 騎士の彼も、もう泣き止んでるよ?」


 どれくらい、こうしてただろうか。オブさんにそんなことを言われた。

 確かに見れば、騎士さんは一旦泣き止んで、ヒックヒックって喉を鳴らしては居るものの、落ち着いたみたいだ。

 でもまだ私に抱き着いてるし、私の胸に顔をうずめている。

 いいの! 怖かったんだから! 今日の騎士さんは甘えて良いの!


「あ、ダメだこれ、ノノンちゃん自分の経験が辛すぎて、感情移入し過ぎてるパターンだ」

「そんなことありませーん! 本当に本当に怖いんですからね! 本当は味方のはずなのに、助けてくれる相手なのに、こっちに分からない言葉を沢山ならべて、お医者さんが自分をいっぱい混乱させてくる敵にしか見えなくなるんですよ! もう、本当に何もかもが怖くなるんですからね!」

「あぁう、ノノンちゃんの経験がガチ過ぎて下手な反論が出来ないのがヤバすぎる…………」


 いいの! 今日はこの騎士さんを甘やかす日なの!

 ルルちゃん達もしょうがないなって顔してくれてるし、いいの!

 この気持ちは、分からないよ。重く患った人じゃないと、絶対に分からない。

 私なんて、あの生命維持装置が、私の命を繋いだ機械が、なんかの拍子に、パッと壊れて、フッと止まるんじゃ無いかって、怖くて怖くて怖くて怖くて…………。

 吐き出しそうで、でも何かを吐き出せる程の内臓なかみも無ければ、食べ物だって入って無くて、ただ横隔膜が痙攣して体の中身が捩れていく感覚だけが残るんだ。

 それがまた怖くって、私はジワルドの外に居る間は、家族とぺぺちゃん以外の、何もかもが怖かった。ずっとずっと我慢してた。

 お父さんとお母さんが居ないと怖くて、ぺぺちゃんの笑顔が遠ざかると怖くて、現実から逃げるように、縋るようにジワルドにログインして、可能な限りをそこで過ごした。


「怖いんですからね!」

「あ、うん。いやホントに、ノノンちゃんのリアルが出て来ると何も言えないよ」

「怖いんですからねぇ!」

「分かったって、分かったから」


 そうして私が、騎士さんを擁護してオブさんを威嚇してると、私に抱き着いてた騎士さんが問題無いレベルまで落ち着いて、私の胸から頭を離した。

 でもダメです。まだ甘やかします。ムギュってしてヨシヨシします。

 はい、ぎゅぅー♪︎


「あれぇぇえっ!? いま彼、離れようとしてたよねっ!?」

「ちょ、ノノンよ、流石にそろそろ、拙者も口を出すぞ? それは流石におかしいぞ」

「良いんです! まだ甘やかすんです! て言うか、地球基準で言ったら胃潰瘍なんて、普通に入院レベルでしょう! そんな状態で働いてた人の頭を、沢山なでなでして甘やかすくらいが、なんだって言うんですかッ!」

「いや、それ言われるとマジでそうなんだけどさ……」

「待て待て待てオブラート、言い負かされてどうする。拙者は医者の心得など無いのだから、ぬしが頼りなのだぞ」

「じゃぁ素人は黙っててよ。このロリコンが」

「いまそれは関係無いだろうがっ!」

「いや、だって君さ、どうせ彼がノノンちゃんにオギャッてるのが羨ましくて出て来たんだろ?」

「何故バレたッ!?」


 今、私の中で「カッコイイ師匠」が少し、端の方が砕けて欠けた。

 …………師匠、本当にロリコンだったんだね。て言うか本当に私の事が好きだったのか。いや、良いんだけどさ。

 でも、うーん……。師匠、私にオギャりたいの?

 私さ、ぶっちゃけると正直、バブみとかオギャりとか、良く分からないんだよね。多分上手く出来ないよ?

 言葉としては知ってるし、ノリも分かるけど、自分でってなると、良く分からない。こちとら子宮を失って子供を産めなくなった経験がある女の子やぞ。母性ってなんぞや?

 今もこれさ、ただギュッてして、なでなでヨシヨシしてるだけだもん。変な事してないよ?


「むっ、ムゥー、ムグッ……」


 そんな変な悩みを抱えた私に、とうとう騎士さんが、私を抱き締める形になってる腕で、後ろに回した手で私の肩をトントンしてきた。ムームー言いながら。

 たぶん、もういい、離して大丈夫って合図だよねこれ。

 ホントに? いいの? まだヨシヨシするよ?

 私が一層優しくヨシヨシすると、またトントンされた。むぅ、仕方ないなぁ。


「……もう大丈夫ですか? もっとヨシヨシしますよ?」

「………………いえ、あの、ありがとうっ、ごさいました」


 泣き腫らしたからか、それとも照れてるのか、騎士さんは顔が赤くて、ちょっと俯いてる。

 ………………やっぱりもうちょっとヨシヨシしとこう。ギュムッとな。

 はい、ぎゅぅ〜♪︎


「ッッッ!?」

「よしよし、よしよし……」

「ノノンッ!? 流石に、良い加減にせぬか!? と言うかぬし、近衛騎士の貴様ァッ! ぬしはいつまで拙者の愛弟子に引っ付いて居るのだぁッ! 叩っ斬るぞっ!?」

「……あー、むしろこれ、アレなのか。彼を撫でることで、ノノンちゃんが無自覚に自己ケアしてるのかな」


 突然抱き締め直されて慌てふためく騎士さんと、なんか凄い変な怒り方をする師匠と、多分私のメンタル状況を把握したオブさん。

 うん、多分それも、ちょっとある。この騎士さんをヨシヨシして、あの日の自分を慰めてる気になってるのは、否定出来ない。

 でもそれはそれとして、この騎士さんがヨシヨシされちゃダメな理由にはならない。


「だって、胃潰瘍ですよ! そんな状態でお仕事してたんですよ! 偉いでしょ! この騎士さんはヨシヨシされて良いんですぅ!」

「ノノンよ! 拙者もさっきまで仕事をしてたぞ!? 何とか伯爵とやらの甥に刀術を軽く教えていた!」

「師匠は私に会いに来てくれなかったので、それでチャラでーす。あとお相手の名前覚えてないからマイナスでーす」

「さっきは気にしないって言っておったのにぃ!」

「え、師匠、捏造はダメだよ? 私、『大丈夫』とは言ったけど、『気にしない』なんて一言も言ってないよ? オブさんとユノスケさんとサユさんは会いに来てくれたのに、師匠だけお城で幼女と遊んでたの、私知ってるからね?」

「オブルァァァァァァァァァートゥッッ!? ぬしかぁぁぁッッ!?」

「いや、そりゃ言うでしょ。モノムグリちゃん、君さ、ユノスケくんとサユちゃんに悪いと思わないの? あの子たち、あの港町から船が全然出ないからって、自分達で船を買ってまで、ケルガラに行ってくれたんだよ?」

「………………えっ、マジか? 二人に多少は金も渡していたが、船が買えるほどでは無かったよな?」

「だから、それでも無理してお金稼いで、船買ってケルガラ目指したんじゃない。僕たちの伝言をノノンちゃんに伝えるためにさ。それを君、自分はお城でロリとイチャイチャいちゃいちゃ…………。情けないと思わないのかい?」

「ぬぐぅぅうッ、さ、流石に、それは…………!」


 師匠がオブさんから盛大に詰られてる。うん、これは擁護しないよ。師匠が悪い。

 おっと、師匠達と変な話ししてたら、また騎士さんからトントンされた。もうそろそろ、ヨシヨシ離れ阻止も限界か。

 観念した私は、素直に騎士さんから、この手を…………、離さないよ? まだヨシヨシするよ?


「ムグッ、むむんぐむっ!?」

「ふふふ、まだヨシヨシするのです。もっと甘えて良いんですよ」

「むぐぅー!」

「むぅ、ヨシヨシ離れは、止められませんか…………」


 私は今度こそ、観念してこの手を、離さなーー


「ノンちゃん、そろそろ良い加減にしよ? あたし、この場でノンちゃんを脱がせても良いんだよ?」

「あ、はいごめんなさい。もうしません。離します。私はヨシヨシ離れ推奨派です」


 静かに青筋をピキらせたルルちゃんに、しつこい天丼ネタを怒られた。

 いや、だからって罰則が強制ストリップショーはアカンでしょ。屋外Vシネはまずいでしょ。

 とうとう本当に、今度こそ騎士さんを解放した私。うぅ、ヨシヨシされて良いのにさぁ。


「本当に、本当にもう良いんですか? 今日は甘え放題の日ですよ?」

「あの、いえ、大丈夫です……」


 そうかぁ。大丈夫なのかぁ。

 諦めざるを得ない私は、仕方ないので彼を完全に解放し、そして騎士さんは私の胸元に飛び込む丁度良い姿勢から立ち上がろうとする。

 そして、その時にちょっと、「ピリッ」って音がした。

 んぉ? なんぞ?


「あっ、……ああッ!? 申し訳ございませんッ!?」


 何事かと思えば、私がピュアライトから着替えた「普通の布」を使って作った和服ドレスに、騎士さんの鎧が引っかかって、袖のところがスパッと切れていた。

 ああ、師匠が斬り落とした腕のところか。綺麗に鎧ごと斬ったから、鎧の断面が鋭利になってて、私の振袖に引っかかって切っちゃったんだね。

 この服、マジで普通の布で縫ったから、防御力は皆無なんだ。普通のハサミどころか、鋭利な石ころでも頑張れば切れるレベル。


「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ。今日の騎士さんは、このくらいの事じゃ怒られません。大丈夫です」


 まだ甘やかしモードが終わってない私は、笑顔でそのまま伝える。て言うかマジで気にしなくていいし。

 安い布だし、自作だし、作ったの四日前とかで愛着もまだ無いし、ぶっちゃけ習作だし、私も縫製スキル『天衣無縫』持ってるから、縫い目を残さず繕うくらいは余裕である。

 アルリちゃん二人がダンジョン事変で手に入れたスキル、天衣無縫は、簡単に言うと縫い目を完全に残さずに、最初から一枚の布だったかのように縫い合わせる事が可能になる、最上位縫製系生産スキルの内の一つである。

 つまり、縫えば治るのだ。実質被害ゼロ。霞程度の糸代がかかるくらいかな? 当て布すら必要ない。


「いえ、ああっ……、申し訳ありませんっ。まさか、聖母様のお召し物を切ってしまうなんてッ、それに、私の涙と鼻水で、お召し物がグシャグシャにっ…………」

「えっ。イヤイヤ待って下さい待って下さい。…………なんて? 聖母? ぼ? マザー? 誰が?」


 りありー? 待ってちょっと待って。

 私いま、聖女じゃなくて聖母って呼ばれた? 見た目七歳の幼女だよ?


「あっ、いえ、あの…………」

「えと、確かに聖女じゃなくて、聖母なら怒りませんけど、別に無理に呼び方を作らなくても大丈夫ですよ?」


 確かに聖女呼びをされたら、私は烈火の如く怒る。けど、だからって、いくら「聖」の字を冠した類似称号だからってさ、こんな幼い見た目の女の子に聖母は無理が有るでしょ。

 こう、何かしらの偉大で名誉な称号を使いたいって気持ちは嬉しいけど、無理はイカンですよ。自然が一番。


「あぇ、いえッ、あの、ち、違うんですっ。その、先程は、…………えっと、まるで、その、…………赤子をあやす、母のような、温かさでっ」


 私が苦笑いして無理しなくて良いと言えば、騎士さんは若干テンパりながら、照れ照れしながらも必死に言葉を紡いだ。

 りありー? 私、お母さんっぽかったの? マジで? 子宮無くても母性出せてる? ほんと?

 うーん、ちょっと嬉しい、かも?

 私、お母さんになる為の大事な場所を失っても、ちゃんと母性出せるのか。そっか。

 いや、当たり前か。この体には、多分あるもんね。子宮。

 ………………え、あるよね? ある……? あるよねッ!?

 あ、あああ後でバーラに、バーラに確認しよう。そうしよう。

 ダメだ、子宮の有る無しが若干トラウマになってるっぽいぞ私。お父さんとお母さんに、どうやっても孫を抱かせてあげられない絶望が思ったよりも根が深い。


「…………ナギア、お前さっきから、大丈夫か?」

「う、うるさいなっ! 私は別におかしくない! 聖母様の温かさの前では、皆こうなるに決まってる!」

「いや、この幼い相手に…………」

「疑うならコナッシュも聖母様にあやしてもらえッ! そうすれば分かる!」


 私から離れた騎士さんは、ナギアさんって名前らしい。

 ナギアさんは私から離れてすぐに、まだそばに居た、一緒に腕を斬られたもう一人の騎士さん、コナッシュさん? に先程までの色々を心配されてた。

 もう顔が真っ赤になってるナギアさんはメチャクチャな事を言ってコナッシュさんの背中を押して、私の方にグイグイと押し出す。

 いや、流石に、誰でも彼でも、ああはならないでしょ。

 というか、普段だったら私も他の人をヨシヨシするの普通にちょっと躊躇うし。今はなんか、変なテンションになってるのを自覚してるから、「まぁ今日は良いかな」って気になってるけど。


「ちょ、ナギアっ!? いや無理だろ! 常識で考えろ!」

「良いから! 良いから!」

「いや何も良くないぞッ!? 幼子の胸に抱かれるってどう考えても異常事態だからなッ!?」

「良いから! 良いから!」

「ダメだコイツ! 話しを聞いてない! 羞恥心で頭がやられてる! だれか、誰か助けてっ……!」


 ナギアさんは「良いからbot」になっちゃって、でもステータス的にSTRで対抗出来ない関係なのか、コナッシュさんはズリズリと移動し、最終的に私の前に立たされた。

 まだ周りに居る騎士も兵士も、誰一人助けてはくれなかった。彼らはなんか、ニヤニヤしてる。ちょっと状況が面白そうなのは認めるけどさ。

 そして前門の私。後門のナギアである。

 …………いや誰が虎やねん。今の私は確かにネコ科だけどさ?

 あれ、前門が虎で合ってるよね? 前門が狼だっけ? まぁ良いか。


「…………あ、えとっ」

「お名前は、コナッシュさんでよろしいですか?」

「あ、はい」

「はじめまして。私は到達者が一人、【屍山血河】、ノノン・ビーストバックです」


 そうして、絶対に逃がさぬと背後を固めたナギアさんの前に立たされたコナッシュさんが、控え目に声を掛けてきた。なのでまずお名前を確認し、私も自己紹介。


「ああ、ご丁寧にどうも。コナッシューツ・アルレイトです」

「はい。ではコナッシュさんは今日、何か『これは頑張ったぞ』って事は、有りましたか? 何でも良いですよ」

「え? えっと、そうですね。…………うーん」


 私も、流石に無条件で人をヨシヨシ出来るほど慈愛に満ち溢れてない。今はこの変なテンションのせいなのだ。

 だから、ヨシヨシするなら、何かを頑張ったのかを聞きたい。それを聞いて、よく頑張ったねってヨシヨシするのだ。

 …………うん。普通の事じゃない? 頑張った人の頑張った事を、ちゃんと褒めてヨシヨシするだけだよ。

 やっぱり私、バブみとかオギャりとか無理な気がしてきた。ごめんね師匠。私は師匠をオギャらせてあげられそうに無いや。

 ちなみに、いま師匠はオブさんと凄い罵りあってる。凄い楽しそう。もっとちなみに、ユノスケさんは最初から最後で、ずっと強そうな人に「一戦、どうでござるか?」と声をかけて回ってる。私も一周まわってユノスケさんの事好きになって来たわ。あの人めっちゃ面白い。


「……あ、そう言えば、今日は朝の鍛錬で、模擬戦の五人抜きを達成出来ました。これが今日の『頑張ったぞ』ですかね」


 おお、予想以上にちゃんと頑張った事が出て来たぞ。五人抜きなんて凄いじゃないか。


「わぁ、それは凄いですね。模擬戦と言うとやはり、実力の拮抗した人達でやる物ですよね。それで五人抜きとなれば、とても胸を張れることですねっ」

「……はは、えと、はい。ありがとうございますっ」


 ナギアさんと同年代くらいのコナッシュさんは、私の真っ直ぐな賞賛に照れたのか、ハニカミながら頬を染めた。

 しかし、五人抜きか。素直に凄いと思う。特に戦闘職の私に刺さる『頑張り』だ。

 これなら思う存分ヨシヨシ出来るね!


「では、コナッシュさん。ヨシヨシしますよ」

「えっ、いや、あの…………」


 私がにこーって笑って両手を広げると、コナッシュさんはイヤイヤそれはって感じで一歩引き、そしてナギアさんに押し返された。

 むう、恥ずかしがらなくて良いのにな。こんなの戯れだよ。「な、ナギボーが勝手に!」って言えば良いんだよ。ソリッドビジョンで飛び出してしまえ。

 …………あ、そっか。これだと抱き着け無いよね。私が悪かったわ。

 私これ、ナギアさんをヨシヨシしたままの服だから、胸元がベチャベチャだ。これに抱き着きたくは無いだろうね。ごめんなさい。


「ごめんなさい。このままだとベチャベチャで嫌ですよね。服替えますから、待ってくださいね」

「あ、いやそう言う問題じゃ……」


 予備はポーチに一杯あるし、換装システムで一瞬だ。

 さっきのは茜色の着物ドレスだったので、今度は白にしよう。灰色のフリルが可愛いんだぞ。


「はい、どうぞ!」

「………………えっと」

「どうぞ!」

「……そのっ」

「どーぞー?」


 私の圧と、後ろからグリグリと押してくるナギアさんの存在に折れたコナッシュさんは、「失礼、しますっ」と照れまくりながら膝を折って、私の胸に誘われた。

 ふふ、前門の私と後門のナギアからは逃れられないのだ。あ、フルヘルムはサッと脱がせたよ。

 うん、私のテンション、明らかにおかしいね?

 でもまぁ、ぶっちゃけこのテンションの理由は分かってるから、気にしない。

 このテンションの理由は単純に、師匠に会えたから。

 ダンジョン事変前に師匠の夢を見た時もテンションはおかしかったし、テンテンさんと夢で会った時もテティとか言うクソが来るまでの短い時間なら、最高潮のテンションだった。

 ぺぺちゃんに会えた時なんか、バグってる自分にトドメを刺すくらいに心が揺ゆれたし、オブさんが黒猫亭に来た後なんて、ルルちゃんに「ジワルドの人と会えた時のノンちゃんは、とびっきり可愛い」って言われたもん。

 だから、うん。今は良いんだよ、このテンションで。何も問題なんか無い。

 問題無いから、コナッシュさんもたくさんヨシヨシしてあげよう。


「はい、ぎゅー♪︎」

「……ッッ!?」


 私は金色でサラサラの髪を撫でながら、コナッシュさんの頭を抱きしめてヨシヨシする。

 とろとろにしてあげましょう!


「朝から鍛錬を頑張って偉いですね。沢山頑張って、沢山積み重ねて、今日に実を結んだ五人抜き。凄いですよ。よしよし、よしよし……」

「…………ッ、ッッ!?」

「鍛錬なんて、やって当たり前。重ねて当然。だから誰も褒めてくれない。何かに勝たないと形にならなくて、だから辛くて、形したくて、辛かった鍛錬を、無かった事にしたく無いから。積んで、重ねて、組み上げて、とっても頑張りましたね。苦しかったですね。コナッシュさんは頑張りましたよ。凄く、凄く頑張りましたよ。よしよし、よしよーし」


 褒める努力が五人抜きだからこそ、私は沢山褒められる。

 武人だから分かる。同じ辛さを共有できる。共感して、共鳴して、その足跡を褒められる。


「私はコナッシュさんの頑張りを見てません。コナッシュさんの努力の見てません。だけど、だからこそ、コナッシュさん自身だけは、今日の五人抜きを褒めて良いんです。誇って良いんです。自分で褒められないなら、私が代わりに褒めてあげますね。頑張りましたね、偉いですよ。よしよし、よしよし…………」


 ぎゅってして、なでなでする。

 分かるよ。分かる。武術って、楽しいけど、辛いんだ。

 強くなるって、勝つことだ。勝たないと、勝利って形に仕上げないと、どれだけ積み重ねたって儚いんだ。

 自分しか知らない。自分だけが分かる。そんな努力を重ねたコナッシュさんは、間違いなくヨシヨシされるだけの権利がある。

 だから私はヨシヨシする。沢山いっぱい、ヨシヨシする。

 気が付けば、ニヤニヤして見ていた周りの騎士達も静かになって、私の胸元が湿ってきた。

 コナッシュさんの肩が震えて、吐息が湿り始めて、たぶん、今、きっとコナッシュさんは、やっと自分の事を褒めてあげられてる。


「よしよし、よしよし。手のひらのマメも、筋張った肉も、全てがコナッシュさんの証です。頑張った勲章です。見えにくくても、気付かれなくても、その勲章はキラキラしてますよ。コナッシュさんは、その勲章を見せたい人が居ますか? 誇りたい人は居ますか? 誇って良いんですよ。褒められて良いんです。形になりました。今日、この日、コナッシュさんは五人抜きって形で、その勲章を形にしました。それはとても凄いことです。だから、今日のコナッシュさんは甘えて良いんですよ。いっぱいヨシヨシしますからね」


 私は、命一杯ヨシヨシして、沢山褒める。

 だって、褒められないとやってられないよ。褒められて良いんだよ。

 コナッシュさんがコナッシュさんを褒められないなら、私が代わりに褒めてあげよう。

 何回も何回もヨシヨシする。いい子いい子って頭を撫でる。


「あ、ぁぁぁあっ、ああああああ……………!」


 コナッシュさんが俯き、そのせいでおでこがグイッて持ち上がり、私の胸とコナッシュさんの口の間に隙間が生まれて声が盛れた。

 あらら、私のお胸で隠して良いのに。慟哭なんて全部、私の胸に吐き出せば良いのに。

 武人は辛いよね。痛いよね。大丈夫だよ。今日は甘えて良いからね。


「ああああぅぅうううううぁぁぁぁぁぁああぁぁあッッッ…………!」

「よしよし、よしよし…………」

「おがぁ、おがぁざまぁッ……! ぁぁああぁあっ……!」


 コナッシュさんが勲章を誇りたい人が、お母さんなのだろうか。いまコナッシュさんの頭の中には、コナッシュさんを褒めてくれるお母さんが居らっしゃるのか。

 私には分からない。知る術がない。

 コナッシュさんがお母さんに、どんな想いで叫ぶのか。その声は届くのか。そもそも、コナッシュさんのお母さんは、存命なのか。もしかしたら亡くなっているのか。私にはそれすら知り得ない。


「見てますよ。きっとお母様も、コナッシュさんの事を見てますよ」

「がんッ、がんばっだのでず……! わだじはッ、がんばっだのですっ……!」

「はい、頑張りました。コナッシュさんは、頑張りましたよ。いっぱいヨシヨシしたげますからね。よしよし、よしよし…………」


 だから、どっちにしろ、私はヨシヨシするしか無いのだ。

 存命だとしても、その人がコナッシュさんを褒めないなら、私が代わりに褒めちぎろう。

 そして、もし落命していたのなら、きっとその手が届かず、褒める事が叶わず泣いてる死者の代わりに、私がその想いを届けよう。


「よしよし、よしよし…………」


 存命だとて、今日ここで、コナッシュさんが少しでも前向きになって、本当のお母さんにヨシヨシして貰えるように、私が後ろ向きな気持ちを全て溶かしてあげよう。

 頑張ったんだ。頑張ったのだ。頑張ったのなら、褒めて欲しいのだ。褒められて良いのだ。

 そのはずだ。そうじゃなきゃダメだ。だって、そうじゃ無かったら、私たちは今日まで重ねた毎日に乗って、どこに向かって手を伸ばせば良いのか。


「うぅぅぅうあッ……、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッッ……!」


 私はヨシヨシする。ヨシヨシしか出来ない。だけど、だから、私はヨシヨシするのだ。

 コナッシュさんが叫び終わるまで、日々の毒と辛酸を吐き出し切るまで、私はいくらでもヨシヨシしよう。

 そんなの安いものだ。こんなヨシヨシなんて、コナッシュさんの手にひらに並ぶ血豆一つどりょくに宿る、その気高さには及ばないのだから。


「よしよし、よしよし…………」


 だから撫でる。私は沢山、ヨシヨシする。


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