第105話 教え。



「はい。じゃぁ今日からフィルたんとロアにゃんの戦闘訓練を始めるよ。心の準備は良いかな?」

「あぃ!」

「頑張りますっ!」


 私は今日のお仕事を粗方終わらせて、作った時間を愛するお嫁さんの妹さんに使う事になった。

 名前は次女のフィルーリアちゃんと三女のフローリアちゃん。愛称はフィルたんとロアにゃんだ。

 タユちゃんと名前の語感が違うけど、それは親が違うかららしい。

 そしてロアにゃんは私たち半獣のお耳が気になるようで、私が種族変化前に使ってた変身魔法を使ってあげると、大変喜んでくれたので基本付けっぱなしになった。

 気分で猫だったり犬だったり狐だったり兎だったり、色々と変わり、その時々でロアにゃんだったりロアぴょんだったり呼び方も変わる。今はロアにゃんなので猫だ。

 二人とも気合いは十分で、大変元気が宜しい。ロアにゃんなんか、手を上げる弾みでぴょいーんって足が浮いてたからね。大変可愛くて宜しいと思います。


「それじゃぁ、まずは基礎になる武術スキルを伝授するね。どの武術スキルのどんな流派を選ぶか決めたいから、とりあえず私の指示通りに動いてくれるかな?」


 訓練をしてる場所は裏庭奥の闘技場。今では黒猫亭の人気スポットになってる。

 黒猫亭が独自に保有する私のダンジョンもここに在るし、ダンジョンでは無く稽古がしたいだけの人でも、私の召喚獣が誰かしら常在してる闘技場は人気である。

 腕を上げたい探索者からは絶大な好評を頂き、練兵の領域水晶も毎日フル稼働している。

 今のところ、ダンジョン事変を越えて変わりつつある世の中では、人々の戦闘職の平均レベルも徐々に上がりつつある。だけどその平均は、未だに百を超えない程度に収まっている。

 平均を大きく越える上位陣を並べても、二百に届くか否かってレベルで、まだまだ黒猫亭の外は儚くて弱い。


 しかし黒猫亭は違う。黒猫亭に集うメンバーは、当時ダンジョン事変の真っ只中でレベルを上げまくったメンツが集まっている。その時のメンバーは殆どが黒猫亭に泊まってる。


「…………うーん、フィルたんは体術が合いそうかなぁ。でも、ダンジョンに潜るならリーチも欲しいし、女の子が初めて戦うなら尚のこと無手じゃ怖いよねぇ。……うん、よし。フィルたんは体術と棍術をやろうか。それで武器は旋棍トンファーを用意してあげる」


 ダンジョン事変の渦中にあったケルガラ王国は他国と比べて平均レベルも探索者の成長率も群を抜いている。だけど、そんなケルガラ王国の中でも他の追随を許さない隠れたダンジョン最前線、それが今の黒猫亭。

 舞姫として有名になっちゃったルルちゃんのネームバリューもあって、黒猫亭は『知る人ぞ知る』からもうちょっと知られてる、探索者の憧れになってる。

 なぜなら我が黒猫亭に泊まれば、探索者垂涎の施設が使い放題だし、何より王都が保有する天然ダンジョンと比べても機能が充実してる黒猫亭ダンジョンがあるので、一ヶ月も泊まれば低レベル探索者なんて一気にトップ層まで走り抜けれる。

 低レベルなんて本来は速攻でレベリング出来るしね。

 レベリングに詰まって困り始めるのなんて、精々五百より上だよ。千を超えたらマジで上がらない。

 リワルド唯一の到達者たるルルちゃんだって、まず経験値薬でドーピングスタートして、ぺぺちゃんって言う最高のバックアップがあって、EXPブースター使い放題で、毎日起きてる時間の殆どを注ぎ込んで一年ちょっと。それでやっとカンストだからね?

 普通にやってたら五百まで行くのすら数年掛かるんじゃないかな。プレイヤー化してない人は「死亡する前提デスポーン」を織り込んだ効率的なレベリングとかも出来ないんだし。


「それで、ロアにゃんはどうかなぁ。…………器用そうだなぁ。杖術かな? …………才能有りそうだし、後々にでも九重流も教えようかな」


 二人に色々と型をやらせたり、走ったり跳ばせたり、様々な動きを見た結果、武器と流派が決まった。

 フィルたんは体術の柔剛制転流じゅうごうせいてんりゅうと、棍術の鬼狩絹江流おにかりきぬえりゅうを教える。

 ロアにゃんは杖術の破魔狛無刃流はまこまむじんりゅうだね。もし破魔狛を修められたら、他にも色々と教えてから九重流ここのえりゅうって隠し流派も教えたい。ロアにゃんなら出来そうな気がする。

 今回教える三つの流派は、どれも素直で使い易い流派だ。私が使ってる千刃無刀流せんじんむとうりゅう無念夢想流むねんむそうりゅうなんて名前の、意味不明な術理を強要してくる流派じゃない。

 いや、ジワルドの流派は大なり小なり意味不明トンデモ理論を強要してくるところはあるけど、それでも程度がある。

 制転流と絹江流はだいぶ優しい方なんだよ。……後に教えようとしてる九重流は別の意味でトンデモ流派だけど、ロアにゃん才能有りそうだし良いよね?

 だってさぁ、ジワルド流派って結構な割合で、当たり前の顔して『時空を斬れ』とか『空間を壊せ』とか要求してくるんだよ。使ってる身であえて言うけど、意味不明だからね?

 現実とほぼ同じ物理エンジンの中に見え隠れする、ゲーム独自のちょっとした違いとかを完全に理解してことわりを操らないと、とてもアシストゼロでは使えない。

 まずスキルを使う基本である、武器や体に魔力を浸透させて「気」を通すところから始まり、「気」を使って物理法則に喧嘩を売ったら、やっとそこでアシストゼロの


「じゃぁ、私は武器を用意してくるから、それまで闘技場の縁を走っててくれる? 五週したら休んでいいよ」


 例えば私が重用してる千刃無刀流の初伝、双閃だけど、あれ凄いよ。初伝から物理法則に喧嘩売らされるからね。

 そもそも千刃無刀流の理念が、『正しい技、正しき想いで振れば、例え刃無くとも斬れぬモノ無し』なんだよ。要は『めちゃくちゃ極めた技であるなら、例え刃物なんて無くても何でも斬れるよね☆』って、大真面目に謳ってる流派が千刃無刀流。

 その初伝である双閃は、『甲を斬った可能性と、乙を斬った可能性、神速の一振りでその境目を斬り、一つの振りを二条の斬撃とする』が術理だからね。意味不明だよね。

 で、私はとにかく刀を振って、とにかく型を覚えて、とにかくゲーム世界にほんのり僅かに存在する、微かなゲーム世界の独自法則を体に叩き込んで、気を通した刀でそれを実践してる。ちなみにアシスト有りで覚えた技は、アシスト切ると使えなくなるので、アシスト有りで会得してからアシストを切るとかは無理である。スキルにロックが掛かるからね。

 ルルちゃんが使ってる冬桜華撃流の舞いもそう。あの流派は基本的に舞いを通して相手の精神と世界その物に気を通す流派。舞いに魅了され幻惑された敵と世界は、その幻惑の通りに精神を斬られ、空間を斬られ、ルルちゃんは精神を超えてその身を斬ってる。少なくともゲーム時代の設定はそうだった。

 言ってしまえば究極のプラシーボ効果。気を通して相手の精神を斬ったら、その肉まで斬れる。

 例えば冬桜華撃流には、双閃みたいに一振り複数の斬撃を与える八重桜って技があるけど、アレは双閃みたいに『二つの未来の境目を斬って一つにした』とか最高に意味不明なエクストリーム武術をしてる訳じゃなくて、幻惑で魅了した八つの斬撃、その幻に斬られた相手の精神が、気を通して見た幻の効果で肉体にフィードバックしてるって言う、最高に意味不明なエクストリーム武術なんだ。


 …………うん。どっちにしろ最高に意味不明なエクストリーム武術だわ。めっちゃエキサイティンしてる。


 さてさてそんな訳で、つまるところフィルたんとロアにゃんに教える流派は、そこまでトンデモ理論を使わないって所だけ分かれば良いのだ。

 流石に絶招まで行けばどの流派もだいたいトンデモ理論が出て来るけど、いくら私でも初伝からトンデモファンタジーさせてくる流派なんて教えないよ。


「誰か居ますか? あ、ハムちゃんが居ますね」

「あらノノ姉様、どうしましたの?」


 私は二人の武器を調達する為に黒猫亭の別棟、生産施設が詰まってる複合工房にやって来た。

 出迎えてくれたのは珍しく人が居ない工房の中に一人だけ居たダンジョン学の生産組、ハムニールフィアちゃんだ。

 確かフルネームだとハムニールフィア・ペンナハーツだったかな? 私たちはハムちゃんって呼んでる。

 淡い茶髪がふわふわしてる男爵令嬢で、歳相応の姦しさと淑女らしい落ち着きを使い分ける可愛い女の子で、この子はタユちゃんに恋をしてる。それも淡い想いじゃ無くてガチ恋。マジのやつ。

 だけど私を恨むでもなく、いつか私たちが認める程の装備が作れたらハーレムに加えて欲しいと、大々的に宣言した鍛冶師見習いであり、私たちのお嫁さん候補である。その宣言を聞いたハムちゃん狙いの男の子が三人くらい膝から崩れ落ちたのは、申し訳ないけど笑っちゃった。

 ハムちゃんは私のことをノノ姉様、ルルちゃんのことはルル姉様と呼んでいる。ハムちゃん私たちより歳上なんだけどね? ダンジョン事変の時二年生だったし。

 最初は私が鍛冶を教えてたから師匠って呼ばれそうだったけど、私は自分が師匠と呼ばれるほどの腕じゃ無いと思ってるし、何より私にありったけの技をくれた師匠たちに申し訳ないから止めてもらったんだ。猫化してた私もそれは頑なだったらしい。さすが私。


「ちょっと、タユちゃんの妹さん二人を鍛える事になったので、武器が欲しくて」

「タユちゃまのご家族ですかっ!?」


 そう、私とルルちゃんは姉様って言うのに、タユちゃんはタユちゃまって呼ばれてるんだよね。


「はい。それで、丁度いいじょうこん、あと旋棍トンファーが欲しいんですけど……」

「直ちにお持ちしますわっ!」

「ふふ、ありがとうございます。ハムちゃんも頑張ってくださいね? 私は待ってますよ」

「はぁいっ! 頑張りますわっ!」


 ハムちゃんのハーレム参加についてだけど、意外な事にルルちゃんは割りと肯定的で、タユちゃんが加わってハーレム化した時点で少しハードルが下がってるらしい。

 なんでも、人が増えても私の一番がルルちゃんな事実に変わりが無いのは良く分かったし、それなら何時でも独り占め出来る権利も持ってるから、夜のデザートが増えるのは構わないって言ってた。

 あと、ハムちゃんの一番がタユちゃんなら嫉妬も多少は減るし、新しい女の子をタユちゃんと一緒に鳴かせるのも乙だと考えてるそうだ。

 もちろん、私たちだってタユちゃんを独占したい気持ちは大きいのだけど、タユちゃんってこう、自分からはあまり主張しないのに、それでも構って貰えるなら無限に欲しがる女の子なんだよね。

 私たちの愛をどれだけ、どんな形でどんな量をドバドバと注いでも、全部「嬉しいなぁ」「幸せだなぁ」って音速消化してもっと欲しがるんだ。めっちゃ可愛い。底なし沼だよ。

 だからタユちゃんに注ぐ愛情はどれだけ増えても多分余りはしない、どころか、どれだけ増やしても足りないんだろうと思ってる。

 そんな考えの元、ルルちゃんは気持ちの折り合いとかも付けて肯定的だし、私もそう。なんなら今晩から加わってくれても良いよ?

 でもタユちゃん自身の一番が私とルルちゃんなので、この話しに戸惑っててちょっと乗り気じゃ無く、でもハーレムであろうとも好きな人と一緒に居たい気持ちは心の底から共感しちゃうらしくて、だから条件付きでハーレム参加となってる。

 …………ただ、私の予想だとタユちゃんって性格が甘々のぽやぽやさんだから、その内絆されて受け入れると思うんだ。私とルルちゃんみたいに。

 私の予測で一週間。ルルちゃん予報だと「一ヶ月は持つんじゃないのかなぁ?」だって。答えはCMのあと!


「さて、武器調達完了。次は何させよっかなぁ」


 欲しいものは手に入れたので、さっさと闘技場に戻る。可愛い義妹が待ってるからね。

 て言うか、ルルちゃんとタユちゃんが許すなら私、あの二人も食べちゃいたいんだけど、ダメかな? 流石にダメかな?

 うん、思考がだいぶクズになってる自覚は有るんだけど、ほら私って元々ルルちゃんに出会ってから急速にロリコン化したから、結構真面目に幼女に対してハァハァしちゃうんだよね。

 もちろん私の一番はルルちゃんだし、ルルちゃんが嫌だって言うなら、ルルちゃんだけが私のお嫁さんだし旦那様だよ。

 でもさ、ルルちゃん本人が「デザートが増えるのは構わない」って言うなら、幼女食べたいじゃんねっ!? ルルちゃんと一緒にデザート食べたいじゃんねっ?

 そうだよ。私ロリコンなんだよ。ルルちゃんが一番可愛いロリコンなんだよ。そんな私がルルちゃんと幼女が絡み合ってるシーンとか見たら爆発するに決まってるじゃん。大興奮だよコノヤロウ。


 ………………えと、こんな私に告白してくれたビッカさんには、心から申し訳なく思っております。


 そうだ、ビッカさんも変貌薬とか使って幼女に成れば良いのでは?

 いや、うーん……、でもなぁ、元男性のビッカさんだと、いくら幼女になったって元が男性だって意識が消えないし、そうすると私、ビッカさんがルルちゃん達に触るの嫌だなぁって思っちゃうや。そうなると多分ルルちゃんも同じ気持ちだろうし、タユちゃんもだよね。

 …………うん、ビッカさんマジでごめんなさい。いや本当に気持ちは嬉しかったんだよ? たぶん私、前世も含めて初めてされた男性からの告白だからね? 嬉しかったよ?


「…………良く考えると、告白した相手が他の相手とところ構わずちゅっちゅしてる場所にずっといるビッカさんって、どんな想いで過ごしてるんだろう」


 な、なんかメチャクチャ申し訳なくなって来た。自重は多分出来ないけど、少しくらいは気にかけるようにしよう。


「おぉ、流石にまだ走り切って無いね。まぁ闘技場も大きいしね。ガチの幼女の足ならこんなもんか」


 闘技場に戻って来た私は、まだ走り続けている二人を眺めながら教える事を再確認していく。ちょっと脳内が桃色だったので、気を取り直して行こう。


「さて、二人は術理の会得が出来るかな?」


 フィルたんに教える二つの一つである柔剛制転流は、『柔よく剛を制す』って言葉から生まれた流派で、「転」が表すのはつまりはその反対、『柔よく剛を制するなら、剛よく柔も制するよね?』ってこと。平たく言えば柔と剛のどちらも使い、柔と剛のどちらをも制する理念を持った流派だ。

 なので少しはトンデモ理論が出て来るけど、殆どは前世にもあった合気術や柔術、空手や八極拳なんかの武術にも通じる術理がベースにあるので、プレイヤー化して無くてシステムアシストが使えないフィルたんにも扱いやすいはず。

 ともすれば、技の練度を度外視すれば初伝の一つくらいは数日で使えるかも知れない。

 まぁ本当に数日で初伝を叩き込むなら、結構な地獄を見る事になるけどね。

 ちなみに鬼狩絹江流も似たような感じだ。体の捌き方、武器の扱い、遠心力の効率的な乗せ方なんかを徹底して仕上げ、更にそのエネルギーの移動と波及に気を通して効果を上げて叩き付ける流派なので、魔力と気の扱いさえ出来てれば初伝くらいはすぐだ。

 気を通して威力をあげるのは、術理というか世界の法則的なものなので、とりあえず形が出来てれば威力は上がる。火が燃える原理を知らなくても、燃やせば燃えるみたいな感じだ。

 気を通して物理エネルギーの移動や波及をするととりあえず威力が上がる。原理を知らなくても上がるものは上がる。それを徹底的に効率化したり最適化して結果を出すのが鬼狩絹江流だ。


「ああ、そう言えば似たような流派がこっちの流派にもあったっけ」


 黒猫亭に泊まってる、遠くから来た探索者さんに聞いたんだけど、戦場一刀流いくさばいっとうりゅうとかって名前の有名な流派が遠くの国にあるそうだ。なんか昔の日本風な島国らしい。

 でもその流派、聞いた感じ「…………え?」ってなるくらい稚拙な流派っぽいんだよね。

 鬼狩絹江流と基本術理が似てるけど、その実まったく違う。

 あっちは取り敢えず武器に気を通したら強い攻撃が出せてひゃっほーいって感じだけど、鬼狩絹江流は流石にそんな頭の緩い流派じゃない。

 他の流派にも言えるけど、武器に魔力を浸透させて気を通すなんてのは、技ですら無い。呼吸と一緒で、出来て当たり前の大前提だ。鬼狩絹江流はそのうえで、どれだけその一事を極められるかを効率化した流派だ。

 なのに気を通したら武器を振り回すだけで満足してるとか「…………は?」ってなるよね。気を通しただけの大上段とか切り上げとか、普通の剣技じゃんそれってなる。

 武術スキルは確かに武術だ。でもスキルでもある。

 そしてスキルとは、自分の体に刻む技能ってのが大前提だけど、世界の法則に干渉して引き起こす現象であり、能力でもある。世界も何も関係ない領域で刀を振っても、それはスキル足りえない。

 柔剛制転流だってベースにある理論はスキルに関係しない武術理論だけど、だからって完全に武術理論だけで行使出来たりはしない。

 ちゃんと気を通して相手の力の流れを逸らしたり集めたりもするんだ。て言うかその技術に武術理論を応用してるので、むしろ戦場一刀流さんも、使ってる武術理論を気に組み込めよって思うよね。なんで武術理論と気の扱いが別々なんだよ。アホなのか。

 …………あ、ロアにゃんに教える破魔狛無刃流は前の二つよりちょっぴりトンデモ寄りだけど、杖術の中では比較的マシなんだよ。


「ぜぇ、ぜぃっ……、おね、ちゃ……」

「おわっ……、たよ……」

「あ、うん。お疲れ様。じゃぁ呼吸を整えるまで休憩して、その後流派の伝授を始めるね? この走り込みは基本、毎日やるから覚悟しといてね?」

「……ひぃっ」


 ふふ、ひぃって言うけど、走り込みは基本だよ。

 ステータスシステムの関係上、一定のラインを超えたら体力作りは必要なくなる。けど、それまでは毎日やるよ。成長値を上げるためには必要なんだ。

 ステータスの成長値、それは才能と言い換えても良い。

 基本システムがジワルドとほぼ一緒のこの世界は、ジワルドと同じステータス育成が可能である。

 ここはあえてプレイヤー化した人もしてない人も全部まとめてキャラクターと呼ぶけど、キャラクターのステータスが伸びるのは基本的にレベルが上がった時である。

 だけど、じゃぁレベルアップ以外ではステータスが変化しないのかって言うと、答えはノーだ。

 キャラクターには例外なく成長値って物が存在して、レベルアップによって伸びる数値はこの値を参照して変動している。

 例えばSTRの成長値が五十の人が居て、その人がレベル二になるとSTRは百になる。レベル三で百五十だ。

 それで成長値は日々の行動や訓練によって変化するので、この例の誰かがレベル三のまま筋肉を鍛え、STR成長値を六十まで上げると、既に上がってる分のステータスも巻き込んで修正されるので、結果はSTR百八十になる。

 こんな仕組みを採用してるので、例え同じレベルだったとしても、メチャクチャ努力してる人と、少しも努力せずに楽してレベリングした人を比べると、そのステータスは笑える程に違う。

 仮にだけど、私が今の成長値のままレベル一に戻ったとして、ジワルドの初心者とSTRを比べたとする。

 すると初心者のSTRは初期設定を脳筋にしてても精々レベル一ではSTR百前後。対して私はレベル一でもSTR千を超えてる。

 この成長値は無限に何処までも伸びる訳じゃなくて、全ステータス合計で五千と五百でカンストする。

 簡単に言うと、今の私の全ステータスをHPとMPも含めて全部レベルで割ってから総和すると、五千五百になるんだ。

 これは成長値がカンストしてるプレイヤーはみんな一緒。ぺぺちゃんもステータスを全部千四百で割ってから全部足していくと五千五百になるし、師匠や他の到達者もそう。

 一応マスクデータでは有るんだけど、こうやって計算すると簡単に割り出せるので、これはジワルドだと知ってて当然の常識だ。

 だからジワルドプレイヤーはドーピングやパワレベを極端に嫌うんだよね。絶対に後で地獄を見るから。

 スキルが一番成長するのはレベルアップの時だけど、それは体が一つ上の段階に進化する時に、重ねた経験も一緒に昇華するから。

 これは何もスキルだけの話しじゃなくて、成長値もそうなんだ。訓練を重ねてからレベルアップした方が成長値が伸びやすい。

 ルルちゃんの場合は、ドーピングした時に何やら世界初のレベルキャップだとかで色々と特典が貰えて、その一部が成長値の増加だったから戦えてたんだ。

 私その話しを聞いて「……とんでもない量の特典貰ったんだね」ってドン引きしたもん。

 成長値上げるのって凄い大変なんだよ? ぺぺちゃんに聞いたらレベル千百ちょっとの時点で成長値はカンストしてたって聞いたから、正直「うそやんっ……」ってなった。


「--と言う理由で、走り込みはとても大切なんだ。走り込みだけに限らず、重ね続ける訓練は全てが全て超重要だよ」

「ふぇぇ、お義姉ねえちゃんしゅごぃ……。フィルたち今、凄いこと教わってるよねぇ……?」

「ノノねぇたん、それってどれくらい大変なのっ?」


 二人の義妹いもうとが休憩してる間、時間が勿体無いので成長値について講義した。

 闘技場は他にも黒猫亭に宿泊してる探索者が利用してて、舞姫の嫁として名高い私の突発『強さの秘訣、力の秘密』講義はめっちゃ注目されている。

 今はフィルたんとロアにゃんの他に五組程の探索者が居る。一部屋を複数人で利用してるお客様だ。

 あ、料金プランは今、個人だと金貨一枚、部屋料金だと金貨二枚になってる。三人以上で泊まるとお得だね? まぁ流石に限界人数は定めたけどね。一部屋定員五名です。

 いくら黒猫亭の部屋が広くて豪華だと言っても、限界があるよ。五名でもベッドの数が足りないから、その場合はお布団敷いてもらうからね。


「どのくらい、かぁ……。えっとね、私がレベルを千四百まで上げても、その時は限界値カンストじゃ無かったって言えば、どれだけ大変か分かるかな?」

「ひぇっ……」

「…………ロアにゃんたちは、かんすと? むりですか?」

「まさか、頑張って無理な事なんて、この世にはほんの数個しか無いよ。成長値のカンスト程度、努力だけで誰でも出来るんだから」


 とか言うけど、正直モチベーションを長く上質に保つのって、それも立派な才能だと私は思ってる。

 モチベーションが無くても続ければカンストまでは上がり続けるのも事実だけど、その続けるための力がモチベーションだからね。

 つまり今、私が口にした言葉は『才能の有無に関わらずシステム的には誰でも可能になってるよ』って意味なので、ぶっちゃけ詭弁だ。

 あ、ちなみに私が思う『この世に数個ある頑張っても無理な事柄』は、『死者蘇生』と『時間停止』と『感情の約束の遵守』ね。

 死者蘇生は言うまでもなく、時間操作も技術が進めば時間旅行くらいは出来るかもしれない。けど、時間の停止は無理でしょう。止まってる場所と止まってない場所を区切れるとは思えないし、世界中止めちゃったら誰が解除するのさ。

 それと感情の約束って言うのは、簡単に言うと「ずっと君だけを愛してるよ」とか約束してそれを遵守すること。

 簡単そうに見えるけど、人は自分の気持ちを制御出来ない生き物だ。昔の偉人が誰か言ってたそうだけど、「人は行動を約束出来ても、感情の約束は出来ない」そうだよ。誰だっけコレ言ったの。受け売りだから忘れちゃった。

 当たり前だよね。無理だよ。私だって今ルルちゃんのお嫁さんになってるの、ぶっちゃけ予想外なんだよ? ダンジョン事変で猫化してた時に重ねまくった唇の記憶が発端で、正気に戻ったら既にガチ恋してたんだよ?

 誰かに約束した訳じゃないけど、流石に私も幼女に手を出すなんてダメ過ぎるのは分かってたし、だから普通に愛でるだけだったのに、今では毎晩交尾してるんだよ?

 毎晩だよ? 日本の法律だったら天地がひっくり返ってもポリスメン沙汰だよ? 私向こうで多分、享年十七歳だと思うけど、こっちに来てからの年数足したら絶対に十八歳超えてるからね? 下手したら二十歳近いからね?

 十八歳の喪女がコレは流石にダメだってちゃんと思ってたのに、気が付いたら毎晩十歳の女の子と交尾してるんだよ? 私が毎晩何十回果ててると思ってるの?


「そんな訳で、感情の約束は無理です」

「え、あの、何の話ですっ?」

「ノノねぇたん、どしたのぉ?」


 おっと、突然意味不明な事口走っちゃった。

 ロアにゃん、何の話かって言うとね、ロアにゃんも昨晩フィルたんと楽しんだ事についてだよ。

 昨夜は突然、珍しくタユちゃんが「今日は、二人で幸せになってねっ」って言うから何事かと思ったけど、タユちゃん隠し撮りに行ってたんだよね。後で見せてもらったけどメチャクチャ興奮しましたハイ。もう私は取り返しのつかないロリコンです。


 …………最近思うんだけどさ、私このまま成長しなかったら、ぎりっぎりロリコンでも許されそうな年齢と性別だよね。


 うわぁ大人に成りたくないっ! いつまでもロリコンが許される存在で居たいっ!

 素敵で可愛い最愛のお嫁さん二人と一緒にロリを食い荒らせる存在で居たいっ!

 ……私、日を追う事にクズになってない? 大丈夫? いや美味しく頂いた幼女はその後も大切に大切にする所存だけどさ。


「まぁ良いや。休憩はもう良い? そろそろ流派の基本と型を教え始めるけど」

「あっ、はい! 頑張りますっ!」

「ノノねぇたん、おにゃーしまっ」

「はい可愛い。……フィルたんの恋人可愛すぎない?」

「えへっ、えへへへ……。お陰で幸せですぅ」

「タユねぇたんと、ノノねぇたんと、ルルねぇたんのおかげですっ! あと王女さまっ!」

「そうね。私ミナちゃんに対して、割りと真面目に『良くやった!』と思ったの、コレが初めだったよ」

「…………王女様に、何かお礼など出来れば良いんですけどっ」

「あ、それならミナちゃんの前で二人がちゅっちゅしてるの見せてあげるだけで大丈夫だよ。ミナちゃんは女の子どうしで好き好きってしてるの見るのが人生で何よりも幸せな人だから」

「ふぁあ、そーなの?」

「うんうん。私もダンジョンでルルちゃんとちゅっちゅしてると、凄い幸せそうに見られたよ。二人が本気の本気で、ミナちゃんが何よりも喜ぶお礼がしたいって思うなら、二人の夜の事を間近で見せてあげたら泣いて喜ぶよ」

「…………そ、それはっ、はずかしぃ」

「……ロアにゃんは、べつに、いいよっ? 王女さまの前で、おねぇたんとちゅっちゅして、イチャイチャして、ぬるぬるすれば良いの?」


 おおミナちゃん、良かったじゃん。どちゃクソ可愛いガチ百合姉妹丼カップルが見せ付けてくれるってさ。

 ……ぶっちゃけて言うと私もちょっと見たいよね。ただの百合じゃなくて、私の義妹いもうとで、しかもガチ姉妹じゃん? 尊いよね。


「あ、周囲から講義の続きはよぅって視線が凄い」

「ぁぅ、そう言えば人が居たんでしたっ……」

「大丈夫、もはや黒猫亭では、百合とかただの背景だから」


 日常の一幕だからね。マジで日常だからね。

 私の仕事が終わってる段階なら、リビングかダイニングに行けば三割くらいの確率で私たち三人夫婦がちゅっちゅしてるし、リビングや遊技場でお客様とボードゲームとかしてると、普通に対戦しながら相手の真正面でちゅっちゅしてるからね。

 ちなみに残りの七割は私の部屋かタユちゃんのお部屋で大運動会してるよ。

 あ、タユちゃんには専用のお部屋があるけど、ルルちゃんは最初から私の部屋を供用してるので専用の個室は無かったりする。

 一応ルルちゃんには必要か聞いたけど、「…………?」って心底意味が分からないって顔された。「え?」とさえ言われなかった。無言で不思議そうに首を傾げられた。

 それでも無理にセリフを付けるなら、「聞かなくても分かる事をなんで聞くの? 用意されても一切使用しないお部屋とか無駄じゃない?」ってところかな。

 ダンジョン事変のあと、ルルちゃんと私が離れて寝る時って、ルルちゃんが夕暮れ兎亭に里帰りしてる時だけだしね。


「なんなら、キスだけなら二人だって、わざわざお部屋に帰ることないんだよ? 皆様も気にしないと思うし」


 私がそう言うと、まだ黒猫亭に染まり切ってない常識人のフィルたんは「そんなまさか」って顔をするので、私は講義の続きを楽しみにしてる皆様に視線を向けた。

 すると当然、何を今更と言わんばかりに力強く頷かれた。


「ほら」

「ふぇぇぇええ…………」

「……そっかぁ、ロアにゃん、おねぇたんとちゅっちゅするのに、お部屋行かなくても良いんだぁ。……ほんとうに、我慢しなくて良いんだぁ」

「そだよ。私がルルちゃんとタユちゃんに、それはもう毎日色んな場所でちゅっちゅしてるから、皆様慣れちゃったんだよ」


 私がって言うか、みんながみんなにって感じだけど。

 今ここに居る五組のお客様も、もう既に最低でも一ヶ月は宿泊してるからね。三十五日以上も見せ付けたらそりゃ慣れるよ。

 新規で入ってくる人は驚くけど、それでもすぐ慣れるし。て言うかそれが嫌だと文句を言ってくる人は普通に宿泊を遠慮してもらうだけだ。

 今でも変わらず、ビッカさんとレーニャさんとザムラさんが居るだけで超黒字だしね? 嫌なら黒猫亭を利用しなければ良い。私はお嫁さんに我慢させてまでお客さんを呼び込みたいとは思わない。気にしないで今も利用してくれてるお客様だけ大事にしてればそれでいいんだ。


「はい。じゃぁ始めるよぉ。まずは武術スキルにおける基本から。この世界は武術スキル、戦技と呼ばれる秘技の体得が--」


 雑談してると何時までも続けそうなので、ちょっと柏手を打って強引に授業へ入った。

 魔力と気の利用。気とは何か、魔力とはどう動かせば良いのか、その辺の認識と実践を教えていく。


「魔法を教える時にも同じことを学ぶけど、魔力っていうのは魔法のための力じゃないんだ。人が最初から持ってる当たり前の力。怪我をしたら時間をかけてゆっくり治っていくように、生きるために肺と心臓が勝手に動くように、人が人として持ってる、体の仕組みの一つなんだ」


 魔力の操作については、詠唱の時に教えたような方法で大丈夫だ。ただ庶民式よりは軍隊式寄りになる。最低でも手の甲等を腫れるまで抓ったりして異常を与える。可能なら切り傷を付ける。そうして体が勝手に、無意識下で魔力を利用して治癒する力を意識して覚える所から始まる。

 ただ詠唱と違って、喉に集めて声に乗せるだけじゃなく、武器に浸透させたりするので難易度は高い。

 と言っても、別に魔力を消費する訳じゃ無い。動かすだけなら消耗するのは精神力とか、気力とかだけ。武器に浸透させるのも極わずか。なのでやる気が有れば無限に練習出来るから、魔力を消費し続ける魔法訓練と比べても習得速度はトントンくらいか、やや負ける程度だ。

 

「で、武器に気を通すって言うのは、なんて言うのかなぁ。体の感覚を武器に接続するって言うか、武器を媒介にして新しい感覚を手に入れるって言うかぁ……」


 この感覚を初心者に教えるのは、毎回思うけど結構骨なんだ。

 凄い感覚的な話しになるからね。

 ちなみにだけど、「気を通す」って言うのは、漫画やアニメみたいに『気力を消費して技を出す』とかそう言うのじゃない。魔力的なリソースの話しじゃない。オーラでもチャクラでも無く、なんて言うか--


「……ああ、そうそう。武器を通して第六感を手に入れるって感覚かな。武器に気を通すと、体と感覚が繋がるんだ。別に武器が何かに触れた時に触覚を感じる訳じゃないけど、だけど何かが触れたなら、目を瞑ってても確かに分かるようになる。触覚じゃないけど確かに分かるんだ」


 そう、確か昔に初心者へ教えた時はこんな感じだった。

 気を通すために武器へ魔力を浸透させるのは、武器に感覚を、神経を通すために、無機物を一時的かつ擬似的に有機物へと変える輸血的な?

 いや本当に有機物に変わるわけじゃ無いけどさ。自分の体と繋げるためには、自分の体に流れてた魔力を浸して血を通わせる必要が有るんだよね。


「そうやって魔力を浸して、魔力を血の代わりに武器に通わせて、自分の血肉の延長とする。それでやっと気を通す準備が出来るから、そうしたら武器と体の感覚を繋げるために気を通す。なんて言うかな、神経を伸ばして侵食する感じ?」


 私がピッカピカの初心者からちょっと卒業して、ちょっとカッコつけてアシスト切ってやってみよって頑張った頃は、私に教えてくれた人がコレをカビに例えた。

 お風呂場のパッキンを侵すカビ。放置したパンに小さな森が生まれるが如く茂るカビ。今この瞬間も大勢の人を苦しめている水虫もこの類に含まれているカビ。

 私にアシストゼロの第一歩を教えてくれた人は、自分の感覚や神経を、そんなカビのように武器を侵せと言った。


「分かるかな?」

「……正直全然わかりませっ」

「わかんにゃいっ!」


 私の魔法で生やした猫耳をぴょこぴょこさせてるロアにゃんがクソ可愛い。抱き締めてあの耳をはむってしたい。闇属性で神経通してるから感覚がある。なのではむってしてペロってしたら、ロアにゃんは多分ビクってする。

 あ、ちなみに闇属性魔法で武器に神経を通すのは、出来るけど意味が無い。神経通すってのはあくまで例えだから、必要なのは武器に気を通して初めて発生する第六感なのだ。ガチの神経を武器に生やして触覚を得ても意味が無い。感覚すら掴めないし、むしろその感覚が邪魔をして習得が遠のく可能性すらある。


「んー、二人はお料理する?」

「へ? ……いぇ、えっと、しませんっ」

「できにゃいっ」


 はぁ「にゃい」とか言うあざと可愛いロアにゃん可愛い。今すぐフィルたんとセットで私室に連れ込みたい。


「むぅ、じゃぁ普通にコツコツと気を通す感覚を覚える、普通の訓練しよっか」


 伝えたイメージで理解が得られるなら話しは早かったんだけど、後ろで聞いてる他の人も「分からんっ」て顔してるし。

 一応ね、普通に体得するための訓練プランも有るんだよ。魔力浸透が出来たら、魔力を浸した武器をそのまま、目を瞑って何かにコンコンとぶつけて見たり、風に当てて見たり、火に突っ込んでみたり。

 それで浸した魔力をきっかけに違和感を手に入れて、徐々に武器を通じて新しい感覚を得るのだ。


「じゃぁ、そんな感じで魔力浸透から始めようか」


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