第85話 内心でぶっちゃけるビッカ。



 今日も始まる、シルルの嬢ちゃんと妖精の戦い。

 だが今日は少し、様子が違った。


『おおーっと? なんと、なんとぉっ!? 本日のダンジョン攻略は三名でお送り致しますぅうっ!』


 いつも通りの黒い服に、朱金の鞘に納まった薄紅の刃を携えた白い兎、シルルの嬢ちゃん。

 小せぇ体でどデカい武器を振り回す戦闘妖精、ペペナボルティーナ。

 そんで今日はもう一人、見慣れた面に見慣れた金の髪を靡かせた、目を見張るほどの麗人。今日まであの扉の奥に縮こまってたはずのレーニャが、セーフティエリアと呼ばれる安全地帯から出て来やがった。


『これはどうしたんでしょうか、この人選について何か言及はしてくれるのか、ワタクシ気になりますっ! でもワタクシから声をかけると見てるのバレちゃいますからね。そんなの興醒め、監視など知らずにあるがままに振る舞うあなた達が見たいのですっ! ああ悩ましいっ!』


 ……まったく、うるせぇ奴だ。同じ兎でも、シルルの嬢ちゃんとは大違いだ。少しは見習えってんだクソッタレ。

 しかしレーニャ、てめぇやっぱ生きてたんだな。妖精とシルルの嬢ちゃんの会話から無事は知ってたが、こうしてちゃんと無事を確認出来ると、心の持ちようが全然違うぜ。


『さてさて今日のダンジョン、麗しのエルフさんがパーティに加わりましたが、戦闘には着いてこれるんでしょうか? プレイヤー化してないと普通に死んじゃいますけどもぉー? おっと何やら話し声! 皆様、傾聴!』


 ホントにうるせぇなこの兎。

 少しくらい感傷に浸らせろってんだコンチクショーが。


『……今日はよろしくね』

『おう、本当に良いんだな? パワレベは後で地獄見んぞ? 刀術以外なんもなかったシル公よりはマシだろうが』

『ぺぺくんうるさい。あたしだって頑張ってるんだからね』


 時折聞ける、向こうの言葉。

 今回のそれ、パワレベ、もしくはパワーレベリングとは、要するに強者が弱い奴を引っ張って戦い、分不相応な敵と戦わせて経験値を稼ぐ手段だそうだ。

 貴族の坊ちゃんとかがたまに依頼してくるアレの事だな。確かにそれは、身に付けるべき戦技やなにやら、全てを放り投げるような所業だ。後で強さを欲した時には手遅れで、妖精が言う通りに地獄を見る。


『ふむ。どうやらエルフさんをパワレベして戦力に加える見たいですね。ですが、既に千四百間近だったお二人に必要でしょうか? と言うかエルフさん死にませんかね? 大丈夫です?』


 普段のレーニャだったら大丈夫だと太鼓判を押せるが、今はどうだろうな。

 顔を見るに、明らかに焦っている。もしかしてお嬢に何かあったのか?

 あいつは普段から慎重な探索が売りの探索者だ。普通なら無理な攻略なんて絶対にしねぇ。だが、お嬢の身に何かあったなら、あいつも、俺も、冷静じゃ居られねぇ。


『ふふ、大丈夫よ。あの痛々しいノノンちゃんをずっと見てる以上の地獄が、この世にあるの?』

『おーうおうおう、言うじゃねぇかレニャ公』

『レーニャさん、あのノンちゃん好きじゃないの?』

『可愛いノノンちゃんは大好きよ? でもね、いくら可愛くても壊れたままのあの子なんて、私は見たくないの。シルルちゃんも分かるでしょ? だからシルルちゃんは頑張ってるんだもの』

『…………うん、そうだね。あたしもレーニャさんと一緒だったね。……でもそれはそれとして、あたしはあの可愛いノンちゃんも楽しんでるけど』


 ……良かった、何か深刻な事態が起きたんじゃ無いらしい。

 ああ、なんで俺はあそこに居ないんだ? どうして俺はあの日、無理にでもお嬢の護衛について行かなかったんだ?

 後悔だけが残りやがる。俺もお嬢のために何か、お嬢の力になってやりてぇ。


『さって、そろそろ始めんぞ。レニャ公のプレイヤー化記念に、大盤振る舞いのパワレベ祭りだぜ』


 …………そうか、レーニャお前、プレイヤーに成れたんだな。

 ああ、祝ってやりてぇのに、妬ましい気持ちが湧き上がる。

 くそ、ああダメだ。今日はこれ以上見てられねぇ。


『ほっほう! なんとエルフさんはプレイヤー化に成功した見たいですね! いやぁめでたい! 世界で二人目! 純魔ビルドなら最初の一人ですよ! これはもう、レベルカンストでもしたなら二つ名あげちゃおっかなぁあ?』


 お嬢の事は頼んだぜレーニャ。多分俺は間に合わねぇからよ。

 だが止まりはしねぇ。自分の気持ちに気が付いちまったからな。コレを伝えるまでは止まれねぇんだ。

 …………男って奴は本当に、莫迦だよなぁ。


 ◇


「兄貴そっち行きましたよ!」

「……おう! ッルァァア!」


 ダンジョン攻略の実況見物を切り上げた俺は、先日捕まえたお嬢の故郷から来た人間、ソルとタカを連れてダンジョンへ潜った。あのクソ兎がうるせぇ画面の真下を潜って、今もお嬢が居るはずのダンジョンに来たんだ。

 今居る場所は百二十階層。ソル達の補助を計算に入れて、俺がギリギリまで潜れる場所だ。

 今や俺も深度、……いやレベルは百とんで三。お嬢と別れた日から比べて、信じられねぇくらいにレベルを上げてる。

 だが足りねぇ。全然、これっぽっちも足りねぇよ。


仙断剛絶せんだんごうぜつ!」

「ひゅぅー! 異世界流派かっけぇー!」

「ほら兄貴次行きますよー!」

「どんどん来いオラァ!」


 ソルが俺の技を見て世辞を言い、直ぐに魔物を、モンスターを釣ってきたタカが俺に獲物を寄越す。

 この二人は、効率良くレベルを上げる術に長けている。戦いに遊びなんて考えを持ち込まなかった俺達には考え付かないような作戦や小技を駆使して、ダンジョン攻略を戦いではなく作業に貶める玄人だ。

 二人が言うには、二人やお嬢の故郷ではコレが普通のやり方らしく、最初はふざけた奴らだと思ったが今ではひたすら頼もしい。

 それに金を積めばEXPブースターなる秘薬も融通して貰える。コレさえ有れば普通よりも遥かに早くレベルを上げられる。

 技術を捨ててレベルを上げる行為は後で地獄を見るが、レーニャがすげぇ良いこと言ってたよな。お嬢の力になれねぇ以上の地獄がこの世にあんのかって。

 まさにそれだ。後でちょっと辛い程度でお嬢の力になれんなら、いくらでも血反吐をブチ撒けてやるぜ。


「兄貴気合い入ってるッスね? どしたんすか?」

「あ? あーいや、ちょっとな。知り合いが生きてたのをアレで見てよ」

「もしかしてあの激カワエルフさん?」

「そのエルフってのは森人の事だったか。そうだな、そのゲキカワ? とやらだ」

「うぇっへぇーい、兄貴の知り合いみんな可愛いのなんなの。ラノベの主人公かよ畜生!」


 まぁ、俺が焦ってんのはぶっちゃけレーニャ関係無いんだがな?


 俺はお嬢と離れて、それから今日までずっと姿も見えなくて、声すら聞けねぇ今の状況に参っちまってんだ。

 この手の話しは「無くしてから気付く」なんて巷じゃ良く聞くが、まさか自分で経験して自覚するとは思わなかったぜ。

 ……ああ、お嬢に会いてぇ。あの日俺を受け入れて、ここが帰る場所だと笑ってくれた、あのお嬢の笑顔が見てぇ。


「……気付いちまったからなぁ」

「へ? 何がッスか?」

「何でもねぇよ。ほら、次頼むぜ」


 俺は、お嬢が好きだ。

 気に入った奴とか仲の良いダチって意味じゃなく、ずっと一緒に居てぇとか嫁にしてぇって意味の『好き』だ。

 自分でも最近気が付いた。会えなくなってから自覚した。

 俺はもっと、出るとこ出てて締まるとこ締まってる女が好みだったはずなんだがな、気付いて自分でも驚いた。

 シルルの嬢ちゃんや妖精の口から、たまに聞けるお嬢の近況に一喜一憂し、そんでお嬢と毎日口付けしてはお嬢の病気を抑えてるらしいシルルの嬢ちゃんにどうしようもなく嫉妬してる。

 信じられねぇよな。八歳の幼児に恋をして、八歳の幼児が恋敵で、しかもボロ負けしてて良い大人が嫉妬してんだぜ。莫迦みてぇだ。

 まぁお嬢、実は歳が十七か八くらいらしいから、実年齢はそう離れてねぇんだけどよ。

 でも見た目は完全に子供だもんな。幼女趣味は貴族のおっさんだけにしとけって思ってたのによぉ。まさか自分で惚れるとは……。


「…………兄貴、なんか元気ないっスね」

「あの、俺達の秘蔵コレクションとか見ます? 元気でますよ?」

「莫迦お前ののんたんコレクションとか兄貴に見せてどうするだよ。兄貴はののんたんにお酌される程の方だぞ?」


 ……………………まて、今なんつった?


「なあ、お前らの言うノノンタンってのは、お嬢の事だよな?」

「え、まぁはい。俺らののんたんのファンなので。あ、ファンってのはアレですよ。こう、恋愛的な好意じゃなくて…………」

「限りなく恋愛的な好意に近いけど違う、尊敬とか憧れって気持ちを持った奴らのことッスね。ほら、俺達初めに言ったじゃないっスか、ののんたんは俺らの故郷で凄い有名だったって」

「そうそう。それで、俺達ってののんたんに凄い憧れてるですよ。ののんたんが映ってる映像とか集めたりしてて、結構希少なものとかもあるんですよ」


 …………恋愛的な気持ちがどうとかってくだりはグサッと来たが、今は良い。

 映像ってのはアレだよな、クソ兎が映ってる奴みたいな、景色を動く絵として見せる道具の事だよな?


「…………見せてもらえるか?」

「え、兄貴も気になります?」

「まぁ、長いこと姿も見てねぇからな」

「あっ……、そうッスよね。知り合いなんだから、心配しますよね。俺ら無神経で、済まねッス」


 いや、確かに心配も有るんだけどな。もうどっちかって言うと、俺がお嬢不足で変になりそうなんだわ。

 もう俺お嬢中毒なんだよ。俺お嬢が大好きなんだよ。何でも良いからお嬢の残滓に触れてぇんだ。


「いや、気にすんなよ。……確かにちょっと調子が悪いし、今日は一旦外出ようぜ。そんでそのご自慢の、コレクション? って奴を見せてくれや。気晴らししようぜ」

「そッスね! あ、コレクションってのは蒐集品のことッス!」

「そうと決まれば早く帰りましょうよ兄貴。なぁタカ、兄貴に何見せる?」

「おま、そりゃ初めて見るなら屍山血河か悪辣の姫君だろ。こっちの人は絶対に知らなくね?」

「でもミルクちゃんライブも捨て難くね?」

「いや、よく考えろよ。ののんたんはコッチでも相変わらず超絶可愛い最強幼女だったらしいけど、逆に思う存分戦えなかったんだぞ? だったら可愛さカンストのミルクちゃんライブより戦闘多めの屍山血河か悪辣の姫君見た方が新鮮だし、何よりやっぱ基本は抑えるべきだろ! あれ見なきゃ兄貴とののんたんについて語れないだろ!」

「…………そっか、そうだよな。基本は大事だよな」


 ……なんか良く分からねぇが、沢山あんだな? いい、良いから全部見せてくれ。

 もうお嬢無しでは生きていけねーんだ…………。


 ◇


「………こんっ、ぐず、……こんなっ、こんなん有りかよ……! ひぐっ……!」


 ダンジョンを出て、レイフログまで戻って適当な宿に戻ってから、俺はそのコレクションとやらを見た。


 …………莫迦野郎!


 こんな、こんなん見たら、俺もっとお嬢が好きになっちまうじゃねぇか……!

 逆効果だったよ莫迦! なんで俺にこんなん見せた!? 最高じゃねぇかよコンチクショー!


「おっしゃ決まった……」

「やっぱ泣きますよねコレ。悪辣の姫君はののんたんムービーでも不動の人気ですし……。何十回見ても泣けるのに、初めて見たら涙腺が国士無双十三面待ちしちゃう……」

「やっぱ屍山血河と人気を二分してるけど、純粋な戦闘動画の屍山血河と、感動巨編のほぼ映画になってる悪辣の姫君じゃ、コッチに軍配上がるよな」

「映画化まであと一歩だった伝説の動画だからなぁ。あの時は広告代理店とか色々出て来てクソやらかしたから計画消えたんだっけ?」


 こいつら何言ってるか全然分からねぇけど、この物語が人気だってのはよく分かった。ああお嬢好きだ。ちくしょう会いてぇ。


「これ、……ずびっ、これよ、演劇とかじゃなぐでよ、ぐすっ、……実際にあった事なんだよな?」

「そッスよ。実際にあった事を、俺らの世界のシルバーラビットみたいな位置に居るやつが、全部記録して綺麗に並び替えた感じで、感動しやすいように調整はされてるッスけど、ヤラセは一切ないっス」


 そうか、そうかよ。ああお嬢好きだ。

 ちくしょう、もっと好きになっちまった。ああレーニャ頼むから、不甲斐ない俺の代わりに、お嬢を助けてくれや……。


「他にも沢山ありますけど、見ます?」

「………………ぐすっ、見る」

「よしソル、今日はののんたんナイトフィーバーするぜ! 兄貴もののんたんについて語り明かすッスよ! 兄貴も俺達の知らないののんたんを教えて欲しいッス!」


 上等じゃねぇかこの野郎。俺にはお前らみたいなスゲェ道具とか持ってねぇが、コッチの世界で一番長くお嬢の料理を食べて、一番お嬢に世話されて、一番お嬢と話してたのは俺なんだぜ。

 今はきっと、ダンジョンの中に居る奴らに抜かれちまっただろうが、今のお嬢は何か正気を失う病気みたいな状態らしいからな。ちゃんとしたお嬢に一番長く世話されてたのは間違いなく俺なんだぜ。

 お嬢が可愛かった話しも、お嬢が可愛く笑ってた話しも、お嬢が可愛く喋ってた…………、ダメだ、可愛いお嬢しか思い出せねえ。

 え、あれ? お嬢ってこんな可愛かったっけ?

 いや可愛かったけどよ、思い出しただけでもっと好きになるとか反則過ぎねぇか? どんだけ可愛いんだよお嬢。

 ちくしょう、上等だ覚悟しやがれ。お前ら今夜は寝かさねぇからな。お前らが知ってる向こうのお嬢の話し絞り尽くすまで絶対に離さんからな。


 絶対に解放してやらねぇからな!


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