第76話 幼児後退。



「えへへへへへぇ…………」


 ノンちゃんが、壊れた。


「……おい、ののん?」

「なぁに、ぺぺちゃん。なにしてあぼぶ?」

「いや、遊ぶのは良いんだが…………、くっ、どちゃクソ可愛い……!」

「えへへぇ、ペペちゃんもかぁいいよっ!」

「おう、ありがとよっ! …………えぇ、マジどうするだコレ」


 ノンちゃんが、壊れた。


「あのぅ、先生?」

「ミハくんっ! ミハくんだっ!」

「あ、はい。ミハイリクです。…………あの、先生は、どうしたんですか?」

「んゅ? どしたの? なにが、どーした、なの?」

「……いえ、すみません。何でもありません」

「ふーん? へんなミハくん」


 ノンちゃんがっ、…………壊れたっ。


「ノノンちゃん……、大丈夫? どこか、痛くない? もう頭は痛くないの?」

「れにゃさっ! いたくないよっ? あのねレニャさん、こぇあげゅー」

「えっ、あ、なに? 本?」

「あー、魔導書だな。読むと無条件で欠片が手に入るタイプの魔導書だ」

「ッッ!? え、何それ凄い希少なものなんじゃ無いの?」

「まぁ、結構なレア物だな。しかもそりゃ、レベル制限無いやつだな。お前でも使えんぜ」

「つかえゆよー! レニャさにあげゆね!」

「…………うん。ノノンちゃん、ありがとね?」

「えへへ……♡ レニャしゃんにほめらえたー!」

「……ああ、うん。可愛いのは可愛いのよね。……見た事ないくらいに」


 …………ノンちゃんがっ! ……壊れたっ!


「ノンっ、ちゃん……」

「るるたん! なぁにー? どしたのー?」

「ノンちゃっ、あのねっ」

「にゃぁ、どしてないてうの? るるちゃ、いたい? いたいの?」


 壊れちゃっ、ノンちゃんがっ…………!


「…………おい、白いの。お前、名前は?」

「……あたし、シルルっ」

「そうか、シルル。とりあえず、ののんを止めてくれて助かった。サンキューな」


 知らないっ、虫の人に、頭をなでられた。

 たぶん、ノンちゃんの、友達の人。


「さんきゅって、なに」

「あー、ありがとって意味だ」

「……うん。でも、ノンちゃんが」

「どしたのー? るるちゃ、なかないでぇ?」


 ノンちゃんが、あたしが、止めたから、めって、したから……!

 あたしが、あたしのせいで、ノンちゃんがっ、壊れちゃったッッッ…………!


「ノンぢゃんがっ、あだじのぜぃで……!」

「いや待て待て、泣くな。お前のせいじゃねぇから。絶対に違ぇから、泣くな。な?」

「でもっ、でもぉっ……」


 あたしが、あたしがノンちゃんに、めって、したから……。

 ノンちゃんが、ノンちゃんなのに、ノンちゃんじゃなくなっちゃった。

 ごめんなさい、するの、あたしなのに、ノンちゃんに怒ったからっ、だから……!


「……泣くな。泣くなって。お前が泣くとホラ、ののんが心配してんぞ?」

「るるちゃ、ルるたぁ、なかなぃえ?」

「のんぢゃんっ、ごめんねっ……!」

「んーん、ごめにゃさ、ちがーよ? るるたん、わうくないよ?」


 ずっと、ずっと、ずっと、戦ってた。

 一人で、ずっと、守ってた。

 怪我して、腕がグシャッてなっても、わらって、戦ってたのにぃっ……。

 いちばん、たいへんだったのに…………!


「なかにゃいで? にゃぁ、るるたぅ、なくと、ののやぁーよ? ないちゃ、やー………………」


 あ、また--


「--《シネ》」


 白と黒の、扉の前。小さい虫の人が、安全にした場所の、外。

 魔物が見えると、ちょっと見てると、ノンちゃんがスグに気が付いて、グリンってそっち見て、またを使う。


「おい、ののんっ、禁呪はやめろって!」

「にゃぁ? ぺぺたん、なぁに? きんじゅー? ののちゃ、しらないもんっ」

「いや、お前いま使った……」

「しやないもんっ!」


 ノンちゃんが使う、怖い魔法。

 真っ黒で、真っ直ぐに飛んでく。太くて、大きい、怖い魔法。

 それを使ってから、ノンちゃんがおかしくなった。

 違う、その前からおかしくなって、使った後にもっとおかしくなった。


「……ねぇペペナちゃん、禁呪ってなんなの?」

「あー、俺たちの故郷だと、命削って使う的な魔法なんだけどよ」

「ッッ!? え、いやそれ大変じゃないのっ!?」

「いやいや、確かに大変なんだがよ? 本当ならそこまで気にするもんでもねぇんだよ。時間が経てば回復するような、ポーション、回復薬を飲めば元通りになるような代償なんだよ。本来ならな」


 虫の人と、レーニャさんが、お話ししてる。

 虫の人は、まだずっと、ノンちゃんが抱きしめてて、そこでずっと喋ってる。


「じゃぁ、ノノンちゃんがこうなった原因じゃないの?」

「違う。……いや、違うはず、としか言えねぇ。故郷とこっちじゃ、何か違うのかも知れねぇし」

「あなたが止めようとしたのは?」

「こいつ、連打してただろ? 回復もせずにそんなことすりゃ、普通に命が枯れて死ぬじゃねぇか。故郷じゃ甦れたが、こっちでこいつが甦れるかなんて分かんねぇんだぞ? 死んでからダメでしたじゃ遅ぇだろ」

「なるほど」

「むぅー……、なんのおはなししてゆのっ! ののちゃにもかまってよぉー!」

「はいはいぺぺちゃんが構ってやるから、な? ほら、良い子にしてろ? な?」

「はーい!」


 あの時、魔物が来て、ノンちゃんが跳んで、魔物をいっぱい蹴って、降りても蹴って、踏んで、いっぱい踏んで、その後ノンちゃんが怖い魔法をたくさん使った。

 ノンちゃんが使った黒くて怖い魔法は、すごく大きくて、あたし達が歩いてきた、巣窟の道をぜんぶ埋めつくすくらい大きく、巣窟の壁が壊れて、ぼろぼろになって、めちゃくちゃになって、それでもノンちゃんはいっぱい魔法をつかった。


「あのね、ののちゃーね、ぺぺちゃんしゅきなのぉー」

「はっはっはー、オレもののんが大好きだぜー?」

「ほんとぉー?」

「おう! 俺がお前に嘘ついた事あったかよ?」

「んーとね、えーと、…………あっ、うみで! ぺぺたん、あそぶってゆったのに、かえったことあったぉ?」

「あー、…………クッソ古いネタ引っ張ってきやがった。うん。悪かった。嘘ついたことあったわ。…………この状態でも記憶は残ってんだな」


 その後、虫の人がとめてってゆうから、あたしがノンちゃんに、めってした。

 それで、それでぇ……、ノンちゃん、頭痛いって、いたいって泣いて、ぽろぽろ泣いて、痛そうで…………。


「で、ののん。お前禁呪以外は使えるか? スキルは?」

「にゃあ? ののちゃ、きんじゅーなんてしらにゃーもん!」

「なんでそこだけ頑なに否定すんだよ」

「しらにゃぁもん!」

「……くっ、ていうかなんでネコミミ生えてんだよ畜生めっちゃ可愛いじゃねぇかっ」

「かぁい? ののちゃーかぁいい? にゃぁにゃあ♡」

「あああああ理性が削れるっ! ただでさえオレぁののんに甘ぇのによっ……!」

「にゃあ♡」

「がぁぁあっ、緊急事態なのに気が緩むっ……!」


 ノンちゃんが、痛がって、痛いイタイって、泣いて、泣いて、そしたら、ノンちゃんがいっぱい叫んで、叫んで……。


「……あの、ノノンさん、僕のこと分かりますか?」

「にゃ? だれ? ……あっ、しつこいひとぉー?」

「がはっ……!?」

「ハル……、おめぇ、状況見ろや。ちょっと黙ってろ。本気で」

「あー! きんにくしゃん!」

「おぉ、俺は覚えててくれてんのか。光栄じゃねぇか」

「うんっ! あのねぇ、あのねっ、ののちゃんね、きんにくしゃーのこと、ちょっぴぃしゅきよ?」

「…………ああくそっ、ダメだ顔が緩む。これ想像以上に照れんぞっ」

「…………………………………………兄上?」

「ハルてめぇなんて声出しやがるっ!? 魔物かてめぇは!」

「なん、で、兄上? ノノンさんに、好きっ、……て?」

「おい待てここで二人目ぶっ壊れんのは本気でやめろ!?」


 いっぱい叫んで、そしたら、ノンちゃん、寝ちゃって……。

 それで、目が覚めると、壊れてた。


「…………あの、ノノン様、ミナミルフィアのことはっ、覚えていらっしゃいますか?」

「みーたん? みーたん! あのね、みなちゃー、なんでしつこいひと、とめてくえないの? やくそく、したよー?」

「……言い訳はしませんわ。ミナミルフィアも、ノノン様とお出掛けしたかったのですわ」

「んー。ごめんなしゃーは?」

「…………はい、申し訳ありませんでした」

「あい! ゆーしてあげゆね」


 いつもカッコ良くて、優しくて、すごくて、きれいで、お目々の奥がきらきら燃えてたノンちゃんが、居なくなっちゃった。

 赤ちゃんみたいな、あたしより小さい子みたいな、知ってるのに、知らないノンちゃんになっちゃった。

 あたし、どうすれば良かったのかな。どうすれば、ノンちゃん、助けられたのかなっ……。


「ノノ姉様……」

「ノノちゃんっ」

「…………赤ちゃんみたいだよぉ」

「ノノンさん……、ネネたち、なにもしなかったから……」

「あーぺちゃ! くゆいちゃ! たゆたんっ! ねねちゃぁー!

 あのね、ののちゃね、みんなすちぃー! きて! きて! みんなであそぼっ! こっちきーてーよぉー!」


 なんの役にも立てなかった。

 ノンちゃんに教わった剣も、教わった魔法も、なにも役に立たなかった。

 ノンちゃんは、あたしが大事ってゆってくれた。あたしもノンちゃんが大事なのに、なにも出来なくて……。


「るるちゃ? るるちゃ?」

「……ノンちゃん」

「あのねぇ、ののちゃんね、るるちゃすきぃー」

「あたしも、……あたしもっ、ノンちゃんが、大好きだよっ」


 涙が出る。声が震える。

 にこにこしてるノンちゃんが、すごく、すごく、痛い。


「にゃぁ、なかなぃえ? ののね、るるたんないてうとね、かなしーの……」

「…………あたしもねっ、ノンちゃんつらいと、嫌だよっ」


 強くなりたい。

 ノンちゃんが、一人で傷付かないように。

 辛い時、悲しい時、一緒に居られるように。


「……ねぇノンちゃん」

「なぁに? どぉしたの?」


 虫の人も、王子様も、みんなが話し込んでる。

 いつの間にかノンちゃんの腕から逃げ出した虫の人と、王子様たちと、レーニャさんと、ミハくんと、みんながコレからどうするから、ノンちゃんから少し離れたところで、話し合ってる。


 ごめんノンちゃん。あたし、ノンちゃんの気持ち、裏切っちゃう。


「ノンちゃん、あたしね、あれが欲しいの」

「にゃぁ? なにがほしーの? ののちゃね、るるちゃしゅきだから、なんでもあげゆよ? もってなかったら、とってきてあげゆね?」


 今、止める人は誰もいない。ネネちゃんと、アルペちゃんと、クルリちゃんと、タユナちゃんしか傍に居ないから、深度十のあたしは、止められない。

 今しかない。今のノンちゃんなら、たぶん、


「あたし、経験値薬がほしいんだ」

「みゅぅ? けーけち? こぇのこと?」


 ノンちゃんが、お薬が入った小瓶を手に出した。

 それ。それだよね。

 あたしがノンちゃんの傍に居られる、一つだけの方法。


「欲しいなぁ。いっぱい欲しいなぁ……」

「そなのー? おいしくなぁよ?」

「ちょっ、シルルさんっ……!?」

「止めないで。…………ねぇノンちゃん、それあたしにちょーだい? そしたら、いっぱい遊べるよ」


 慌てるネネちゃん。アルペちゃんもクルリちゃんも、タユナちゃんだって驚いてる。

 ノンちゃんとミハくんのお話し聞いたもんね。でも、あたしはね、みんなのためじゃなくて、あたしのためにコレが欲しいんだ。


「ほんとっ!? じゃぁあげゆっ!」

「…………ありがとノンちゃん。でも、いっぱい遊びたいから、もっといっぱい欲しいなぁ」

「だっ、ダメだよシルルちゃんっ」

「良くないよぉ……、ノノ姉様、嫌がってたよぉ?」


 ノンちゃんがにこにこわらって渡してくれた小瓶。受け取った小瓶を、全部飲み干す。

 喉が、熱い。体がっ、燃えそう……!


「いっぱいあそべゆの? じゃぁもっとあげゆね?」

「ありがとノンちゃん。あたし、ノンちゃんが大好きだよ」

「えへへぇ、ののもるるちゃすきぃー♡」


 受け取って、飲む。受け取って、飲む。

 一つ飲むたびに、心が痛い。一回飲むごとに、あたしはノンちゃんを裏切ってる。


「だ、だだだダメだってばぁ……!」

「シルルさんっ……!? どうしてっ」

「いいの。コレでいいの。……絶対に、これでイイ」


 あっちの人が気が着く前に、全部、全部…………。

 もっと欲しいって、もっと飲みたいって言うと、ノンちゃんは喜んでくれる。

 ごめんね。ごめんねノンちゃん。ごめんね…………。


「…………あん? ……ッッ!? おまっ、シルルてめぇ何してやがるっ!? それ経験値薬かっ!?」

「えっ!? ちょ、シルル嬢っ、何してるんです!?」


 もう、遅い。


「…………これで、ノンちゃんを、一人にしない」


 全部、飲んだ。


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