第67話 惨事。
「《アビスゲート》!」
事態は逼迫していた。
「やだぁぁぁあ死にたく--」
「ギィピ--」
「ぺ--……」
「全員こっちに集まれぇぇぇぇぇぇえええええッッ! 《エアロ・ブラスト》ぉぉおおおおッッッッッ……!」
大神殿と呼ばれるリーマレーヴ大聖堂っぽい建物を見学していた私たちは、突然足元が、地面がパッカリ開いて崩落する事故に遭遇した。
「だれがだずげでぇぇええええっ!」
「死にたくなければコッチに来いって言ってんだろうがァァァっっ! 《テンペスト》ぉぉお! ッッ銀世界……!」
どれほどの距離を落とされたのか。
それについては全く分からない。だけど、どれほどの場所に落とされたのかだけは、私にはハッキリとわかった。
「ノンちゃんっ!」
「ルルちゃん達は絶対に動かないでッッ! 私から離れないでっっ……! 絶招水鏡ッッ……!」
まず、近くに居たベガが消えた。見覚えのあるエフェクトと共に、綺麗さっぱりその場から消失した。
そして次に、長い時間を落下したにも関わらず、誰も着地地点で落下死して居ない事実。
さらに、大量の生徒がその場に落ちた大きな広場、そこにゾロゾロとやって来た全身漆黒の魔物が、ここがどこかを私に教えてくれる。
「くっそ巻き込むからショトカじゃ対応できねぇ! 《火よ》《熱よ》《無に帰す業火よ》《アガの楔は解き放たれた》《紅き蒼穹》《聳えろ絶望》《レメムの瞳は死を超える》《来たれ災厄》《迎えよ終焉》《夢絶たれたレセの鳥よ》《汝が翼は焼き落ちた》《殺せ》《殺せ》《殺せ》《殺せ》《殺せ》《殺せ》《テトムの絶砲》《ラカの爆轟》《地を這う獣は己が贄》《救いは無い》《終わりも無い》《夢現のヒクイドリ》《舌食む悪意は無尽の徒花》《天は居城》《活火激発》《火と硫黄は此処に在る》《天地開闢》《地獄の劫火》《暗き心は祖の薪なり》!」
安全な場所で生き、そして死んで行くであろう子供たち。だから当然、その人生で遭遇するはずもなかった殺意を前に、当たり前にパニックに陥った。
現れたその化け物にとって、子供たちは餌ですらない。精々が地を這う蟻である。ただちょっと煩くて目障りだから、何となく潰す。その程度の生き物だ。
逃げ惑う学園の生徒をプチプチと殺して行く魔物が出て来る場所。直径五十メートル程の広間に繋がる洞窟の如き通路の一つに、三十節詠唱の火属性範囲魔法攻撃『灰燼の女王』をブチ込んで後続を止める。
「《水よ》《氷よ》《拒絶の厳冬》《クルタの予言が示される》《白の断崖》《聳えろ絶望》《汝が対価は我が怒り》《凍えろ》《震えろ》《狂って果てよ》《レメムの瞳は死を超える》《メミュラの吹雪》《ラカの死別》《止まりし時と開闢の霊廟》《トテムとコロラ》《悲哀と絶唱》《閉ざす王座は果てに狂う》《赦すな》《雪ぐな》《違えるな》《終わりの到来》《氷河の招来》《絶無の氷室は其の褥》《狂え氷王》《歌え冷王》《凍えし乙女は吹雪の妃》」
そして二十六節詠唱の氷魔法『
これで少しくらいは時間を稼げる。
「刀術絶招、銀世界! 二刀流絶招、三千世界ッ! 抜刀術絶招ッ、無念夢想流水鏡ッッ……!」
追加の流入は防いだ。なら広間に残った魔物を最速で殺し尽くす。
私はもう、歌姫黒猫なんて弱い装備じゃ話しにならなくて決戦装備の鳳と凰を手にして、あらん限りの絶招を広間にばら蒔いた。
パッシブスキルで限界まで短縮してるとは言え、絶招は流石にリキャストが間に合わなかった。
「………………はぁ、はぁ、はぁ」
限界値でスキルを回して、目に映る魔物全てを殺し尽くした。
もし私が一人だったなら、ここまで慌てはしなかっただろう。
だけど、ついさっきまで、同じ学園に通う子供がプチプチと冗談みたいな速度で殺されていたのだ。しかも散らばる生徒が邪魔で、範囲攻撃で魔物を薙ぎ払えない。
全員が即座に私の声をに従ってくれて、パニックを起こさず私の邪魔にならなかったら、たぶんもっと、死者を減らせたはずだ。
けど、だからって子供たちを責められない。こんなのどうしようもない。
「……くっそ、何人死んだっ?」
どれだけ死んだ? 誰が死んだ? 思わず口が悪くなる。
「……とりあえず、……ふぅ。………全員集まれぇぇぇええええええええええええッッッッッ!」
絶叫。
「死にたくなければ私に従えぇぇぇぇえええええッッ……!」
広間で生き残った生徒を、突然の参事に泣き出し、現実から逃避しようとする子供たちを集める。
突然、そう突然だった。
いきなり足元が開いて、奈落に落とされた。
長い浮遊時間の割りに優しい着地だと思ったら、突然化け物が襲って来て沢山死んだ。
「「ノノ姉様……」」
「大丈夫。大丈夫だよ。絶対守るから」
私は双子を抱きしめながら、のろのろと集まり始めた子供たちと、周辺を見渡す。
八十人居た中で、全員が此処にいる訳じゃない。落ちた段階でだいたい半分くらい。そしてさらに半分があっという間に死んだ。
生き残ったのは、数えて十八人か。
「……レーニャさんが居ない。王族三人と先生も」
人員を確認する。
まず私たちのメンバーはレーニャさんを除いて全員居る。あとは馬蹄の響き亭で一緒になった一グループと、あとは名前を知らない顔見知り程度の生徒ばかり。
「……ふぅ、みんな聞いて。死にたくなかったら、お願いだから聞いて」
岩を削ってくり抜いたような広間の中、のろのろと動く子供たちの遅さに内心舌打ちをしながら、私はみんなに聞こえるように声を張る。
今は私にも余裕が無い。深度千四百の私にも、余裕が無いんだ。
「……ねぇ、ここ、どこなのっ」
「みんな、みんな死んっ、死んじゃった、の?」
恐る恐る声を上げる生徒。みんなも同じような気持ちだろう。
あまりに突然で、あまりにも凄惨だった。
今もそこら中に、巨大な魔物に踏み潰された友達の死体が、友達だった赤いシミが残る場所で、八歳や九歳そこらの子供に落ち着けと言う方が無理がある。
だけど、それでもパニックだけはもうダメだ。次にパニックを起こしたら、私は多くを見捨てなきゃならない。
「みんな聞いて。信じられないかも知れないけど、ここは巣窟の中。その奥深く」
そう。ここは巣窟の中だ。
それはもう確定。だって、ついさっき私が殺した魔物が液状化を始め、魔石に変異して行ってるから。
「そんなっ……」
「…………そう、くつ?」
しかも、私の予想が正しければ、相当厄介な巣窟で、相当ヤバい階層に落とされた。
「みんな、いきなり足元が崩れたのは覚えてる? 多分、あれは巣窟の自然発生とか、そういうのだったんだと思う。私たちはそれに巻き込まれた」
そもそも自然発生するものなのか知らないけど、実際に落ちて巻き込まれたんだから仕方ない。
「しかも、ここは前人未到の階層。みんなが知ってるような、凄腕の金等級探索者ですら手が届かない、凄く深い場所に居るの」
私たちを襲った魔物。ジワルドでも見たことがあるソイツの名前は、プライマルホーン。ミノタウロス系の魔物であり、ジワルドではその系列モンスターの最上位種だった。
「推定、千三百階層付近に、いま私たちはいる」
巣窟のルールがジワルドのダンジョンと同じであるなら、出て来るモンスターのレベルは階層の数にプラマイ五。そしてプライマルホーンのレベルは千三百。ならこの世界でも深度は千三百なのだろう。
つまり、ここは巣窟の千三百五階層から、千二百九十五階層の間のどこかになる。
私の言葉を聞き、理解したくないのに理解した子供たちは、絶望に嗚咽を漏らして現実を拒絶する。
「お願いだから聞いて。私の言うことを聞いて。そうすれば、生きて帰れるから。頑張って生きて返してあげるから」
絶望するみんなに声をかける。
私だって泣きたいけど、お願いだから従って欲しい。
確かにさ、私は戦いたかったよ。全力で力を振るいたかったよ。
でもさ、お荷物付きだなんて望んでない。これはいくらなんでも酷すぎる。
「まず、みんなにお願いしたいのは勝手に動かないこと。出来ればひと塊になって、怖くても勝手に逃げたりしないで欲しいの。好き勝手に動かれると守れないから」
「……守るって、どうやって」
「見てなかった? 私は強いの。ここでも戦えるくらいに強い。だから、私の手の届くところに居てくれたら、助けるよ」
一人が聞き、私が答える。
そして少しずつ現状を理解した生徒が、周りに転がる魔石を見る。
そう、私は今目の前で魔物を倒して見せた。
「守るから。守ってみせるから。だから、信じて欲しい」
正直、自信は無い。
もし、この巣窟じゃなかったら、他の普通の巣窟だったなら、例え千四百階層だったとしても守りきるってハッキリ言える。
だけど、ここはダメだ。ここだけはダメだ。
なんなんだよ。なんでよりによって、深度一桁の子供を抱えて、こんな巣窟で戦わないと行けないんだ。
こんな、召喚獣禁止
この巣窟に落とされ、真っ先に確認したベガは跡形もなく消失した。
あれはジワルドでも見た事がある。
クソみたいな制限とクソみたいなギミックがプレイヤーを襲う、通称「ぼっちお断り」と呼ばれた運営の悪意。
エケベリウス辺境、トライアーナダンジョン。
そこは召喚獣禁止。従魔禁止。そしてソロ殺しと呼ばれるタイプのモンスターがうようよ居るクソダンジョン。
ベガの消えたエフェクトは見覚えがあった。少なくとも召喚獣が禁止されてるのは間違いない。今もどれだけ試そうと召喚スキルが起動しない。
完全に同じダンジョンかは分からない。だけどポチかウィニーだけでも呼び出せたなら、みんなを余裕で守り切れたのに、私は一人で全員守らなければならない。
「……とりあえず、燃やした通路と凍らせた通路の奥には、まだ沢山のモンスターが、いや魔物が居るから、全滅させるまで気を抜かないでね」
私は着ていた服を、ユニコーンシルクで出来ただけの普通の服をポーチの換装機能で着替える。
久しぶりに使ったこの機能と、久しぶりに袖を通したこの装備。
先日の夢で師匠と戦っときと変わらない着心地を心強く思いながら、私は霊皇装【鸞】の能力を起動する。
両手に持った二本の姉妹刀が融合して、煌びやかな一本の太刀になる。
炎雷呪殺刀【鳳】と雹嵐鏖殺刀【凰】が融合する事で姿を表す私の決戦刀、断殺絶刀【鳳凰】。
霊皇装と断殺絶刀。鸞と鳳凰。私が姫ちゃんを守りきった時も、屍山血河なんて物騒で可愛くない二つ名を手に入れた時も、私と共に戦ってくれた私の相棒が、私に勇気をくれる。
「じゃぁ、ちょっと殺してくるから、待っててね。一匹たりともここには通さないから」
鸞と鳳凰。伝説の鳥を携えた私は、怯えるみんなに笑って見せる。
氷で塞いだ通路にもう一度氷魔法をブチ込んでしっかりと閉ざしたら、私は久しぶりの本気を、全力全開で敵を殺し尽くすための準備を始める。
「《オールアップ》《フルハート》《ブレイブハートビート》《ドラゴンハート》《ラグナロクハート》《ジェノサイダー》《オーバースローター》《マーダーライセンス》《ハイウェイスター》《トリックスター》《オーバードライブ》《リミットブレイク》《リミテッド・アンリミテッド》《フルスロットル》《レジェンダリーコート》《ハイエンドメイル》《プライマリーブレス》《エンジェルスマイル》《ディバイン--…………」
到達者。レベルカンストに許された魔法のショートカット総数四十。
その実に半分を占める自己バフ魔法を全て、ありったけ自分に施す。
これでこの世界にくる直前のジワルドで、最強のレイドボスを一人で相手にして三十分は粘れるまでに強化出来た。
私は燃やした方の通路を目指して歩きながら、段々とその速度を増しながら、世界で私だけに許された力を解放する。
「
正直に言う。
私はみんなを助けるつもりがあるけど、危なくなったら見捨てる。容赦なく見捨てる。
そして、ルルちゃん達だけを守ることに専念する。
「滅びを嗤い悲劇に唄う」
ルルちゃんと、ネネちゃんと、アルペちゃんと、クルリちゃんと、あとついでにミハイリクさん。
あと、あと、出来ればレーニャさんも。ここには居なかったけど、別の階層とかにいて、もし合流するまでに生きててくれたら、絶対に守るから。
王族は知らん。自分で何とかしろ。余裕があったら助ける。
「我が身この血は、……破滅の序章!」
だけど、それまでは、手が届くなら見捨てないから。
お願いだから、良い子で待っててね。
「--発動、……………………【
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