第53話 盛り合わせと言う必殺
「………………おい、ちょっとソレわけろよ」
「ダメだね。絶対にやらん」
「いや良いじゃねぇか。ちょっとくらい寄越せって……」
「やめろ手を出すなクソがっ! これは俺のツマミだ!」
料理も終わり、レーニャさんへの配達をしてきたネネちゃんがルルちゃん達を起こしてくれて、夕食の時間である。
私は下拵えが全て終わってるカツ丼をサッと仕上げて配膳した。
ちなみに、食堂のテーブルは背が高くて私たちには使いづらいので、テーブルも持ち込みで空いてる場所に勝手に陣取った。
「おいひぃ…………」
「ネネこれ絶対太るの。都外修学終わる頃にはぷくぷくなの」
「「ノノ姉様のお料理すきぃー」」
幼女にもカツ丼は好評だ。食べやすいように食器は箸ではなく先割れの
カツ丼を綴じる卵もカツを揚げる時に使った卵液を流用したので無駄が無く、トンカツ単体だと余りがちな小麦粉も卵液も無駄なく使い切った。
ふふ、前世で伊達に幼女主婦はしてなかったんだよ。
もくもくとご飯を食べる幼女を眺めながら、酒盛りをしてる十人くらいのオジサン達を眺める。
例のネネちゃんを手伝ってくれたオジサンにもちゃんと料理は渡してある。
ネネちゃんが持って来てくれた鶏肉と片栗粉を材料に加えて、豚肉はもう全部トンカツにしてしまい、天ぷらも追加で揚げて、小麦粉と片栗粉で鶏肉をサクサクの唐揚げにして、天ぷら用に持って来てたジャガイモも切って揚げてフライドポテトとポテトチップスに。
そうして、私は彼に『酒飲み揚げ物盛り合わせスペシャル』を提供した。
唐揚げ、トンカツ、フライドポテト、ポテチ、天ぷら。
そりゃもう、酒も進もうよ。前世でだって対酒飲み用の必殺アイテムなんだから。
名前も知らない酒飲みのオジサンは幸せそうに私の作ったおツマミを肴にガンガンお酒を煽ってる。めっちゃ幸せそう。
「そんなにあんだから寄越せって!」
「ダメだっつってんだろ! それ以上騒ぐとオヤっさんが来んぞ!」
「グッ……」
オジサンから奪うことを諦めたオジサンは、標的を変えたらしい。
様子を見てた私と目が合うと、ニコォって笑って席を立つ。
「……なぁお嬢ちゃん。俺にも--」
「材料は持ち込み。半銅貨一枚で請け負います」
「--作っ、なんだって?」
私は先制して条件を提示した。
別に、ちょっと面倒ではあるけど、私はそもそも料理が好きだ。無駄にならないなら作っても良い。
ただ、無償とはいかないよ。
「……高くないか?」
「いえいえ。自分で言うのもアレですけど、私の料理って結構なもんですよ? あのオジサンの食べてるもの見てもらえば分かると思いますけど。あと使う調味料とか、結構希少なので。……あのお皿で多分、ホントなら銅貨数枚はしますよ?」
私がアレの値段を教えると、食べてたオジサンがンブッて吹きそうになる。勿体ないから止めてね?
「なので、材料持ち込みで半銅貨ならむしろ格安だと思いますよ?」
「……ぐぬぅ」
「それに私も、料理を作り終わって今は夕餉の途中ですからね。アレみたいについでに作るならまだしも、改めて新しく仕事をさせるなら、報酬は必要ですよね? オジサンも、ついでなら安くしても改めて働けって言われたら満額請求しませんか?」
「ぬぅっ……、そう言われると弱ぇな」
しばらく悩んだオジサンは、最後にヌンっと唸ると腰の革袋から半銅貨を出して私に差し出した。
「お嬢ちゃんの言うことも、もっともだな。俺も自分の仕事値切られちゃぁ、相手をぶん殴るほかねぇ」
オジサンはちょっと待ってろと言うと食堂から出て行き、私は幼女のお代わりに対応しつつ彼を待っていると、しばらく経って色々と買ってきたオジサンが帰って来た。
「肉と、パンと、あと適当な根野菜と、なんか色々だ。何が要るか分からんから適当に買って来た。余ったら残りはやるから、作ってくれ」
よっぽど揚げ物盛り合わせが美味しそうだったのかな。まさか飲みの途中に食材を買いに行くとは。ていうかもう日が暮れてるのに、どこで買ってきたのか。
「それだけ楽しみにされたなら、是非もないですね。少し待っててくださいな」
ルルちゃん達のお代わりは魔法コンロで適宜出来たてのカツ丼を作ってるけど、揚げ作業が終わった鍋の方はもう火も落としてる。
今から追加で何か作るなら油を温め直すので、しばらく時間がかかる。
「夕餉の途中にわりぃな。食いながらで良いから、適当に作ってくれや」
「はいはーい。出来た順にお出ししますね」
私はもう一度窯に火を入れて、油が温まるまでの間に自分の分のカツ丼を平らげて、再び料理の時間である。
「んんー! まっ、まぁー! こんどはあたしも手伝うー!」
「あぅ、アルペも手伝いたいなぁ」
「お姉ちゃ、ネネちゃんのオマケ羨ましかったんだねぇ……」
私が料理の準備を進めると、カツ丼をガッツいてた幼女が慌ただしくなる。
色々お手伝いしてくれて、レーニャさんに配達までしてくれたネネちゃんには、トンカツをそのまま出した小皿もオマケしたんだけど、それが皆には羨ましかったみたいだ。
依怙贔屓は良くないけど、ネネちゃんはちゃんとお仕事をした。だからこれは贔屓じゃなくて、むしろ公平だ。これは仕方ないと思う。
だからこそ、今度こそとルルちゃんたちはいきり立ってるんだけどさ。
「ふふふ、じゃぁお手伝いしてくれる? と言っても、材料見るとそう手間な物は作れないし、パパっと仕上げるからあのオジサンに運んであげてね?」
「「「わかったー!」」」
ちなみにネネちゃんは、これも手伝ってまたオマケを貰うと不公平かと思ったらしく、大人しくゆっくりカツ丼を食べてる。
お代わり用のカツはまだ残ってるけど、食べないならこのままパンにでも挟んで明日の朝ごはんにでもしようか。
カツサンドってガッツリ系のくせにギリギリ朝でも食べれそうな軽さがあるよね。
「まずはジャガイモかな」
あのオジサン……、いやもう、みんなオジサンだから紛らわしいな。二代目オジサンと初代オジサンでいいか。
二代目オジサンは初代オジサンの食べてるものを見て食材を選んだみたいで、買ってきた食材はお肉とジャガイモとパンがメインだった。
あとはチーズとか、小袋に入った小麦粉とか、本当に何を使うのかわからなくて迷走した感じが伺える。
私は最初の一品を手早く出すため、ジャガイモを良く洗って良く洗って良く洗ってから皮ごとクシ切りにして、温まった油に投入した。
その間に別のジャガイモをスライスして水に晒す。ポテトチップスってスライスしたジャガイモをそのまま揚げるって勘違いしてる人が居るけど、無理だからね。一回水に晒してデンプンを適度に抜かないと、少し揚げただけで真っ黒になっちゃうんだよね。
「ほい、フライドポテトあがり〜」
「はこぶー!」
「つぎ、つぎクルリがっ……!」
「アルペもぉ〜」
「んふふ、すぐに仕上げるから待っててねぇ〜」
元気いっぱいのルルちゃんが二代目オジサンに向かってドタドタと走ってフライドポテトが盛られたお皿を差し出す。
受け取ったオジサンはいい笑顔でルルちゃんを撫でて、それを見た周りの飲兵衛たちは今度こそ獲物を得るために二代目オジサンにツマミを寄越せと交渉しはじめた。
「……ほい、ほい、ほい。ポテチあがり。次はクルリちゃんだっけ」
「うん〜」
そうやって私はフライドポテト、ポテチ、唐揚げ、ハッシュドポテト、チーズ揚げ、チーズチキンフライ、…………揚げ物ばっかりだな!
とにかく料理を作りまくった。干し野菜もあったので水で戻したあと、ごま油とラー油で炒めて出してみたら凄い好評だった。
「………………大丈夫かな? 油物食べすぎて胃もたれとかしないかな」
あまりにも好評で、オジサン達が年齢の割に揚げ物ばっかり食べてて不安になる。
…………まぁ自己責任でお願いします。
「…………一応、塩キャベツ的なおツマミも作りますかね」
キャベツ無いけど。
◇
「はぁ、やっぱ美しいよな……」
既に日も暮れ、闇夜の帳が降りた空を篝火が染めることは無い。
もう少し時間が経てば、家屋の外を彷徨く人間すらも居なくなるだろう時間に、俺は外にいた。
「筋肉の付き方、姿勢、瞳に映る知性…………、どれをとっても最高じゃねぇか」
そこは宿場町の留場。馬車を置いて馬を繋ぎ、その世話を任せる場所だ。
俺がここにいる目的はもちろん、大先生の馬であるベガ君を眺めるため。
「毛並みは混じりっけのねぇ純白。鬣は絡むことなく風に靡いてさらっさら…………」
はぁ、美しい…………。
とんでもない名馬だ。俺の馬達もかなりのモノだが、ベガ君には勝てない。
神が乗る馬だと説明されれば、俺はきっと信じちまう。
しかも、ベガ君はしきりに俺の馬達にも気を使って、何やら魔法を使ってる様子が伺える。たぶん回復魔法か何かなんだろう。
俺たちの一行はベガ君と狼の進行速度を舐め過ぎてた。そのツケが全て、馬車を牽いた馬に行った。
きっとベガ君は、そうやって俺たちが無理をさせた馬を労ってくれてるのだろう。
「はぁ、すげぇ名馬…………」
主である大先生を立てる忠誠心は騎士の如く、走る速度は神馬のそれ。
毛並みは神々しいまでに白く、他の馬に優しく接する心根まで美しい。
「…………ベガ君みてぇな愛馬が俺も欲しいぜ」
俺が旅に無理やりくっついて来た理由。その十割がベガ君の走り姿を見るためだ。
都市も街道も、人の飼う馬はそうそう本気で走る事は無い。
そも都市で馬を走らせたら貴族以外なら即重罪で、貴族だろうと厳重注意のうえ、大した理由が無かったなら親父や宰相からキツい仕置きがされる。
街道でも馬車を牽く馬が走る事なんて滅多にねぇ。当たり前だ。馬車に繋がったまま走るなんて命の危険から逃げる時にだけ許される最終手段で、普段からそんな事をすりゃぁ馬なんてあっという間に潰れる。
騎乗なら走れるが、馬に騎乗して街の外に出る理由が無いから基本的に誰もやらねぇ。馬車じゃなく騎乗である意味がほとんど無いからだ。
早馬として連絡を回すためなら有り得るが、普通に旅に出るなら馬車の方が荷物を持って行ける。馬が飲む水や飼葉も必要なのに、わざわざ積載量を減らして馬だけで旅に出る理由がホントにねぇんだ。
だから以外と、馬がちゃんと走る姿ってのは珍しい。
「…………はぁ、見てぇ。ベガ君が走る姿が見てぇ」
しかし、馬は走る生き物だ。
俺は走ってる馬が好きだ。走ってる馬を見るのがたまらなく好きだ。
「連れてきたジョゴウとパルシ、ケストレイにラッツェラも、走り姿に惚れたから買い取ったんだよなぁ」
「それが君の馬の名前?」
「んぇっ……」
ぼけっと留場のベガ君とウチの馬を眺めてると、背後から声がかかる。
いくら呑気な旅立っつっても、背後の気配に気が付かねぇとか気を抜きすぎだろ俺。
「…………あんたは、万魔の麗人か」
「レーニャよ。その二つ名好きじゃないの」
「そうか。すまねぇな。次からは名前を呼ぶぜ」
俺の背後に居たのは、ケルガラで最強の魔法使いたる万魔の麗人レーニャだった。
…………え、まって何食ってんのソレ。
「…………あ、これ? むぐむぐ」
「もしかして、大先生の料理か?」
「そうそう。荷物の護衛で離れられないから、届けてくれたのよ」
「…………分けてもらう事は可能か?」
「王族が庶民の食べかけ求めるのはどうなの?」
いや、まったく持ってその通りなんだがよ。大先生の料理って桁が違うからしょうがなくねぇか?
大先生の宿で食べた「しょーとけーき」なる生菓子は、天上の美味さだったぞ。
昼の汁物料理っぽい何かも、殺人的な攻撃で胃袋を殴って来る凄まじい匂いだった。
俺もそろそろ限界だぞ。ちょっと真面目に大先生と交渉するか?
「……よければ、一杯要る?」
「んぇ、いいのかっ!?」
「ノノンちゃんが三杯もくれたのよ。でもお昼に食べ過ぎたら、二杯が限界なのよね」
そう言う事ならと、俺は有難く頂いた。
残念ながら肉がまったく入ってない料理だったが、それでも美味かった。
「…………野菜ってこんなに美味かったか?」
「ふふ、臭みや苦味を全部『旨さ』に変えちゃうノノンちゃんの料理だからこそよ」
「本気で大先生って宮廷料理人より腕いいよな。家庭的な料理だけじゃなく、気取ったもんも作れんなら間違いなく城の
「多分、作ろうと想えば作れると思うわよ?」
それもそうか。
というか、味さえ優れてんなら、あとは宮廷料理なんて見た目と作法を整えるだけ。そんで大先生なら見た目を整えて出す程度のことは造作もねぇだろうよ。
「…………それで、金等級のシーカーさんは雑談しに来てくれたのか?」
「まさか。ちょっと忠告したかったのよ」
忠告? なんだか、穏やかじゃねぇな。
「まぁ難しい話しじゃ無いわよ。……あまりノノンちゃんを煩わせないで欲しいだけ」
「…………いや、まぁ俺もよぉ、大先生に甘えてる自覚はあるけどよ」
「違う違う。そうじゃないのよ」
互いに食い終わった器を近くの台に置き、レーニャは俺の目を見る。
「確かにノノンちゃんは、強くて賢く、可愛くて頼りになる傑物よ? でもね、それでも子供なのよ」
「…………相応ではねぇと思うが」
「茶化さないで。いつも一緒に居ないあなた達は知らないんでしょうけどね、ノノンちゃんは危ういのよ」
金等級に睨まれるのは肝が冷える。
大先生が危うい、とは言われりゃその実力を思えばなって納得出来るが、たぶん俺とレーニャの認識は違うんだろう。
「………………少し前にね、ノノンちゃんが居間でお昼寝してたことがあるのよ」
万魔の麗人が語る、大先生の私事。
「最初は可愛いなって見てたわ。でもね、しばらくすると、ノノンちゃんはボソボソと寝言を言いながら、静かに泣き始めたの」
レーニャ曰く、「ごめんなさい」と、ひたすら謝ってたそうだ。
「お父さんとお母さん。そう呟きながら謝って、泣いて…………」
それが、鐘一つ分も続いたらしい。
「それでね、目覚めたあとはノノンちゃん、すごいケロッとしてるの。なんでもないみたいに、日常が幸せだって言うように。…………私にはそれが痛々しくて、見てられない」
姉貴が調べた大先生の過去。
それは王都の神殿に突然現れる前の経歴が一切不明。
最終的に、ハルや姉貴の推測も混じった『魔法的な事故による転移事故の被害者で、気の遠くなるような遠方の出身』だってぇ仮定に落ち着いた。
それはつまり、その身一つで見知らぬ国へと放り出されたって事だ。
「すぐに怒ったり、殺そうとしたり、結論が極端なのも何か心に抱えてるからだと思ってるわ。……だからね、これ以上ノノンちゃんの心に負担をかけないで欲しいの」
「…………なるほどなぁ」
「ほら、ノノンちゃんってあなた達貴族が大嫌いじゃない?」
「ハッキリ言いやがる女だ」
「今は護衛同士でしょ? そして私は金等級の探索者。あなたの先輩だもの。それとも、権力ひけらかして平伏させたかった?」
「んな事したら大先生にボコられんだろうが。言いてぇ事は言えや。気にしねぇからよ」
「ならそうするわ。あなたの態度はだいぶマシだと思うけど、あなたの弟さんは煩わしさの塊だし、その取り巻きの態度も私は苦々しく思ってるの。あれが何とか出来ないなら、なるべく関わらないでくれないかしら?」
んー、まぁ確かに、ハルの連れて来た馬鹿どもはちっと目に余るよな。
アイツも連れて来る側近候補は厳選しろって俺もミナも口酸っぱく言い含めたのによぉ。
「……まぁ俺自身はこれからも大先生に関わって行きてぇからよ、ハルには悪ぃがあんたの意見には同意すんぜ。俺単体は隙を見てちょいちょい関わらせてもらうが」
「私も流石に王族の行動を制限する権利なんてないから、それは止められないけどね」
どうせハルの恋煩いは叶わねぇし実らねぇから、悪ぃが切り捨てさせて貰うぜ。
「まぁ、言いたいことはそれだけ。テンドンの器はこっちで洗っておくから、もう宿に戻ったら?」
「流石に暗ぇな。わかったよ。忠告には一応感謝しとくぜ」
俺は最後に美しいベガ君とウチの馬が仲睦まじくしてる様子を目に焼き付けた後に、立ち上がる。
「ただ、じゃぁ俺からも礼に一つ忠告だ」
「…………なにかしら?」
「多分だがな、大先生のイラつきを抑える一因は、大先生が満足するくれぇ強い敵だと思うぜ」
大先生は強ぇ。超つえー。意味が分からんほどに強過ぎる。
師匠に対してすら手加減をせざるを得なかった実力を思えば、その力を持て余すなんて当たり前のことだ。
「だから、大先生が簡単に殺せねぇ存在になった方が、大先生のためになると思うぜ、レーニャさんよ」
「…………覚えておくわ」
俺をボコってる時の大先生。師匠と打ち合う大先生。
あの違いを見れば、大先生の心を癒せるものの一端くらいは分かろうものだよな。
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