第19話 金銭感覚。



 往来で斬り合いしていた莫迦二匹をサクッと黙らせた私は、その場で大怪我しそう、ないし死にそうになっていた女の子と合流した。

 名前はネネちゃんと言うらしく、孤児院で暮らしている八歳の孤児だ。

 ウェーブした金髪のロングヘアーで、一重のタレ目が可愛らしい幼女である。

 へリオルートでは基本的に茶髪が多く、それが日本で言う黒髪なのだと思うけど、ともかく他の髪色は珍しいのだった。

 シルルちゃんもタレ目で可愛いのだけど、シルルちゃんは二重のぱっちりタレ目でのんびりした可愛いがあり、ネネちゃんの一重タレ目はお顔に眠そうな印象を与える感じの可愛さだ。

 要するにどっちも可愛い。


「改めまして、私はノノンです」

「シルルだよ!」

「ね、ネネなの、です………」


 私は莫迦二匹を退治したけど、揉め事も面倒事も御免だったので、そそくさと逃げてきて適当な喫茶店に入った。

 店構えから高級な感じがしていたが、着ている服がいい物なので追い出されたりはしなかった。

 ユニコーンシルク凄いね。


「あ、焼き菓子なんてあるんだ。気になるね。ルルちゃん食べる?」

「たべるぅ!」

「ネネさんはどうですか?」

「あ、えっと、ごめんなさい、お金が………」

「ここは私が払うので、気にしなくて大丈夫ですよ。それを言ったらルルちゃんも払えないと思うので」

「うん! あたしお金もってないよぉ?」


 素直可愛いシルルちゃんがコテンと首を傾げて可愛い。

 ちなみにハーブティー的なお茶が一杯半銅貨一枚で、焼き菓子も一皿で半銅貨一枚だった。

 食券じゃなければ後払いが基本だった日本と違ってコッチは注文毎に前払いが基本なので、私は銅貨三枚をウェイターのお姉さん渡して注文を済ませた。


「あの、助けてもらって、ありがとうなの! です……」

「ふふ、間に合って良かったです。ところで、ネネさんはお友達になりたいと言う事でしたけど、半獣についてどう思っていますか?」

「ふぇっ?」


 莫迦二匹を駆除して、立ち去ろうとした私に彼女が「友達ににゃって」と言っていた。重要なのでもう一度、「友達ににゃって」と言っていたのだ。可愛かった。


「私達は見ての通りなので、半獣に批判的な方や、そうじゃなくてもそう言った環境に居る方とは仲良く出来ないと思うんですよ」

「あ、あっ、大丈夫なの! です、よ? えっと、ネネは技人しじょーしゅぎ? じゃないの、です。セレーラム教でもクリアフィリン教でもないの。です」

「……ふむ? 技人至上主義なんて物が有るんですね。あとセレーラムとクリアフィリン、ですか。なるほど、そんな宗教がルルちゃんを虐めているんですね。………そのうち潰そう」


 絶対に潰そう。総本山に《アビスブラスト》か《ファイアボルテックステンペスト》を五秒感覚で連打して滅ぼしてやる。

 《アビスブラスト》は四十八節詠唱の極大威力の単体討伐魔法で、異界の闇を召喚して解放、無秩序に敵へ浴びせかける魔法だ。

 《ファイアボルテックステンペスト》は、簡単に言うと火災旋風と言う災害を人為的に引き起こして超強化して広範囲を薙ぎ払う殲滅魔法だ。


「えっと、ノノンさんもじゃないの、です?」

「え、ああ……。私実は半獣じゃないんですよ。これ魔法で生やしてるだけで」


 半獣迫害について「ルルちゃんを虐めている」と発言した私に、自分のことは? と思ったネネちゃんがおずおずと聞いてきた。

 私は百聞は一見に何とかと言う感じで、自分に施していた魔法を解除して見せると、ネネちゃんは目を見開いて固まった。


「半獣じゃないですけど、ルルちゃんの事大好きなので、半獣が嫌いな人とは仲良くなれないのは変わらないですよ。《遍く光よ》《蠢く闇よ》《揺蕩う水よ》《我が身に装飾を施せ》」


 魔法を掛け直して、また猫の耳と尻尾を生やした私はにゃんにゃん幼女に戻る。可愛かろ?


「ま、魔法が使えるの、です?」

「まぁ、人に自慢出来る程度には」

「ノンちゃん凄いんだよ? 怪我してる人もふわーってなおせるの」


 自分の事のように胸をはるシルルちゃんが可愛い。

 途中、「お飲み物と焼き菓子になります」とウェイターさんがハーブティーと焼き菓子を持ってきた。

 てっきりクッキーが来ると思っていたが、クラッカーのような物だった。

 やはりバターや砂糖が高級品なのだろう。クッキーは庶民の店じゃ出せないのかも知れない。

 海外だとクラッカーもビスケットの一種なのだろうが、日本基準だとイーストかベーキングパウダーで薄く膨らませてあるこの焼き菓子は、クラッカーだと思う。

 一応食べてみると、油分が少なく甘みも薄いのでやっぱりクラッカーである。

 日本だと油分と糖分が合計四割以上の手作り風焼き菓子がクッキーで、バターやショートニングの量が普通の倍以上の焼き菓子がサブレ、油分と糖分が少なくイースト等で膨らませてある物がクラッカー。それ以外はビスケットとして扱われる。

 と言うか大きな定義で言うと全部ビスケットなのだが、日本は何故か定義付けしてある。海外では焼き菓子は全部ビスケットと言う国や、スコーン風のものはビスケットで他は全部クッキー! なんて国も有るので、本来はとても曖昧な違いでしか無い。

 閑話休題。

 まぁまぁ食べれる焼き菓子を食べ、そこそこ飲めるハーブティーを楽しみながら三人でお茶会だ。


「シルルさんも、魔法が使えるのです?」

「むり!」


 ネネちゃんは最後に「の」となる喋り方がくせなようで、なれないと敬語をそこに無理やり被せたせいで「なのです」と言う語尾になってきた。個人的には有り寄りの有りなのでそのままにしよう。


「学園が始まったら教わるんじゃないですか?」

「あ、ノノンさん達も学園に行くのです?」

「昨日はその準備で、学園服と武器を作ってたんですよ」

「ノンちゃんにつくってもらったのぉー」


 他愛ない話しをしながら、ネネちゃんの普段も聞いてみた。

 へリオルートの孤児院は国から補助金が出て居て、へリオルート学園の学費も免除されるらしい。

 なので、八歳まではどこかの商会の手伝いをして、お金を稼ぎながら卒業後に雇ってくれる場所を探したり、コネを作ったりするのだそうだ。

 今日もネネちゃんはそのお手伝いで、気前のいい商会で仕事をして、お小遣いと言うなの給金で半銅貨一枚を貰い買い食いしていたところ、あの騒動に巻き込まれたらしい。災難すぎる。


「……半銅貨一枚って安いんですか? 高いんですか?」

「高いのです! 孤児の手伝いに半銅貨もくれる商会はなかなかないの。です」

「………え、もしかしてこのお茶って高い?」

「たかいよ? ノンちゃん計算できたよねー?」


 待って欲しい。自分の金銭感覚が不安になってきた。

 私はそれぞれの貨幣を日本円に換算すると、賎貨が一円くらいで、銅貨が百円。銀貨でやっと一万円くらいで、金貨が百万くらいだと思っていた。だけど、今こうやって話していると全然違う気がしてきた。


「えっと、ネネさんに聞きたいんですけど、一般的な庶民が一日に稼げるお金ってどのくらいですか?」

「えーと? たぶん銅貨一枚くらいなの、です。高給取りな人は銅貨二枚とか三枚稼ぐ人も居るって聞いたのです」


 え、ヤバいヤバい。

 やっぱり全然違うらしい。

 詳しく聞くと、庶民は基本的に賎貨を消費して生きている。賎貨が一枚有れば安物のパンが買えて、賎貨が十数枚も有れば大衆食堂でお腹いっぱい食べれてお酒も飲めるらしい。

 つまり、賎貨が日本円で百円前後の価値を有していると考えられる。日本だって千五百円もあったらお昼にお腹いっぱい食べてお酒も飲めるだろう。何杯もは無理だが。

 すると、銅貨の価値が跳ね上がる。賎貨百枚で銅貨なのだから、単純に百倍して銅貨一枚が一万円になる。

 つまり銀貨で百万。金貨で一億という事になる。


「ルルちゃん、もしかして黒猫荘ってめちゃくちゃ高い?」

「んー? ノンちゃんの宿はー、高いけど高くないよ?」

「え、ノノンさんは宿暮らしなのです?」

「いや、黒猫荘って言うのは私が経営してる宿の事ですよ。ルルちゃん、夕暮れ兎亭ってもしかして高級宿?」

「そだよ?」

「夕暮れ兎亭はネネも知ってるの。です。人気の高級宿屋さんなのですよ?」


 夕暮れ兎は一人部屋で半銀貨一枚だとシェノッテさんが言っていた。

 つまり一泊五十万円だ。高級宿だ。スイートルームだ。


「え、シルルさんは夕暮れ兎亭の娘さんなの!?」

「そだよー? たまにお手伝いもするよ? 半獣だからお客さんにいじわるされる時もあるから、おかーさんにダメって言われて手伝えない時もあるけどー……」


 私はどうやら金銭感覚がぶっ壊れていたらしい。

 考えてみれば、助けてくれたのが夕暮れ兎で、黒猫荘に居るのも金等級シーカーのビッカさんだ。みんなお金持ちなのだ。


「もしかして、即決で金貨払えるビッカさんて凄い人?」

「ビッカって、もしかして『眼傷のビッカ』様なの? 有名な探索者様なの。ビッカ様なの。ネネも好きなの。ビッカ様がどうしたの?」


 ネネちゃんから段々と敬語が取れてきて「なのです」が無くなってしまって悲しいが、今はそれどころじゃない。

 え、いや待ってそれどころあるかも知れない。ビッカさんてファンとか居るの? いままで撃退した襲撃者ってファンとか混ざってたりしない? 大丈夫?


「えーと、ネネさんはビッカさんが好きなの?」

「なのです! 有名な金等級探索者様は愛好会もあって、ビッカ様は『赤茶の騎士愛好会』が見守ってるの! ネネも会員なの!」


 うっそやろ。ファンクラブとかあるの? 赤茶の騎士ってなに。ビッカさん騎士階級なの? 貴族なの?


「前にノンちゃんが追い払ってくれた、レギンってゆーシーカーも愛好会あった気がするよー?」

「有るのです! 『細剣の君愛好会』なの!」

「うわぁぁ………」


 まって本当に待ってくださいお願いします。私その人に刃突き付けて追い払った事が有るんですけど、大丈夫なんでしょうか?

 いや気にするまい。あれは私悪くないもん。

 それよりお金の事だ。

 金貨が一枚で一億近い価値だと言うなら、黒猫荘は月極で一億かかる超々高級宿になる。高過ぎない?

 でもシルルちゃんは「高いけど高くないよ?」って言っていた。つまり一億の価値が黒猫荘にはあると?

 だめだ、もう訳わかんない。


「ノノンさんも、愛好会入るの?」

「遠慮しておきます。ところで、ネネさんはビッカさんのどこが好きなんですか?」

「え、えっと………」


 照れ照れして可愛いネネちゃんを、私とシルルちゃんがつんつんして遊ぶ。

 まぁお金のことが知れたのは良かった。黒猫荘で雇う人の給金設定の参考になる。

 一日働いて銅貨一枚貰うのが庶民の普通で、月に半銀貨も稼げる人は裕福な方らしい。

 今更だが、この世界は一日が二十五時間。一週間が七日でひと月が五週間の三十五日。一年が十ヶ月で回るのである。

 つまり日給が銅貨一枚だと、週に一日休む計算で月給が銅貨三十枚になる。

 日本に換算すると月給三十万円。裕福な家庭と言えるだろう。


「あのね、ビッカ様は凄いの。金等級になった日にね、自分に勝てたら金等級に推薦するなんて宣言してね、それでたくさんの人に挑まれて無敗なの。かっこいいの。素敵なの」


 給金について考えていると、ネネちゃんが頬を染めて乙女の顔をしながら、ビッカさんのかっこいい所を懸命に喋っていた。むぅ可愛い。

 と言うか、ビッカさん自身が後悔してる自爆ネタって、庶民から見たらそう映るんだね。

 こんどビッカさんに教えてあげようかな?


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