第18話 喧嘩両殺し、半分。



 お店のお手伝いをして、お使いもして、それでお小遣いを貰ったから、ネネは大通りへ遊びに来たの。

 なんと珍しく半銅貨も貰っちゃったネネは、うきうきしながら大通りに来たんだよ?

 ネネのお気に入りはお芋焼きで、一個賎貨三枚で買えてほくほくして美味しいの。少しパサパサしてるけど、安いからしょうが無いの。

 それから、奮発して賎貨十枚もするロコ肉の串焼きも食べたの。美味しかったの。


「ふふふーん、今日はもうお手伝い無いから、夕方まで遊ぶのぉー♪︎」


 ネネは上機嫌で大通りの露店を冷やかして、たまに買い物して、楽しい時間を過ごしていたの。すると、突然近くで大きな声が聞こえてきて、ネネはびっくりして固まっちゃったの。

 思えば、もうこの時逃げてれば良かったの。固まってる場合じゃ無かったんだよ?


「てめぇ誰の頭が秀鱗奴しゅうりんどだってぇ? あぁん?」

「おめぇこそ誰の剣が賎貨で買えるってんだぁ? おうコラ」

「やんのかてめぇ、っスっぞおらぁ!」

「あんだとゴラァ!」


 たぶん木札級か廃鉄級の探索者だと思うんだけど、ネネと近いところで喧嘩を始めたの。正直とてもどうでもいい内容で争っていて、煩くてかなわないんだよ?

 周りの人も、喧嘩が始まるとぶわーって離れて行って、すぐ即席の丸い舞台になったの。

 ネネは、怖いから逃げようと思ったけど、人の壁が出来てて外に出られないの。酷いんだよ?

 しばらく言い合いをしていた二人は、驚く事に剣を抜いて戦い始めたの。嘘でしょ? こんな場所で武器を出したら、衛兵さんに捕まっちゃうんだよ?

 もう、人混みで馬車も通れなくなって凄く迷惑なの。探索者は王様が決めたどこかの学園を卒業しないとなれないから、頭のいい人が多いって教わったのに、嘘ばっかりなの。

 私ももう少ししたらへリオルート学園に入るのに、こんな人ばっかりだったらと思うと、凄く怖いの。


「え、うそ、ひゃっ………!?」


 剣だけでも信じられないのに、どこかに離れていたらしい仲間の人が騒動の向こう側で、弓に矢を番えて引き絞っているのが見えたの。

 それで、その人は隙を見て矢を射ってしまったの。

 なんでこの人混みで矢を射るの? 莫迦なの?

 しかも、それが狙われていた人の剣で弾かれて、ネネの方に飛んできて--………。


 -あ、これは死んだの。


 まっすぐまっすぐ、ネネの方に矢が飛んで来るの。怖いんだよ? 怖すぎて、動けないんだよ?

 お父さんもお母さんも、顔すら知らないけど、ネネ死にますごめんなさい。

 死ぬ前に思うのは、孤児院の皆のこと。

 捨て子のネネを大事にしてくれた院長さん。仲良くしてくれた皆。

 もう会えなくなるの。怖いの。誰か助けて………。


「縮地ぃっ!」


 もう刺さる。矢が刺さる。そんな時に、ネネの前にとっても綺麗な女の子が現れたの。

 ネネと同じくらいの歳に見えるその子は、珍しい黒い髪は艶々のさらさらで、毛先はふわふわしてて、頭の上には獣のお耳が有るんだよ?

 半獣。獣人じゃなくて、技人でもない、嫌われた存在。

 なのに、それで、可愛くて不思議なふりふりした赤い服を着てて、ネネの前でネネに刺さりそうだった矢をがっしり手で掴んでて、ぱっちりおめめが可愛いお顔で、ネネにふっと笑うの。

 とっても綺麗で、可愛くて、素敵な黒い半獣の女の子。


「怪我は無いですか? 間に合って良かったぁ……」

「あ、あぅ……」


 助けてくれたの?

 何が起きたのか分からないの。気が付いたら女の子が居て、矢を止めてくれてたの。

 ネネが怪我してない事を確認した女の子は、ほっとした様子で、それで急に物凄く怒って、怒って、怒ってたの。


「…………あなた達、いい加減にしませんか? ぶっ殺しますよ?」


 女の子は、ゾッとする冷えた声でそう言うと、いつの間にか左手に灰色の鞘に入った剣を持ってて、それを腰の紐? に差して、争っていた人達の方に歩き始めたの。


「あ、えっ、危ないんだよっ………?」


 声をかけてみたけど、女の子には届かなかったの。


「そんなに暴れたいなら、私が相手してあげますよ。……まずは不意打ちの癖に防がれた下手くそな弓師、あなたです」


 女の子はそう言うと、もう向こう側で弓を持った男の人の前に居たの。

 また、何が起きたのか分からなかったんだよ?


「往来で武器を抜くなら、一瞬で決めましょうね。こう言う風に」


 女の子は凄く慣れた手つきで右手に持った矢を男の人の足に突き刺して、悲鳴をあげるその人をどうやったのか地面に転がして、シュって剣を抜いて男の人の頭を叩いたの。

 うわ、殺した……、そう思ったけど、その剣は刃が無いみたいで斬れてなかったの。

 文字通り、斬ったんじゃ無く叩いた。

 弓の人はそれだけで気を失って、地面に倒れて動かなくなる。


「な、なななななんだてめぇ!」

「ちっこいからって、剣持ってんなら容赦しねぇぞゴラァ!」

「莫迦なんですか阿呆なんですか、一周まわってゴミなんですか。大した腕も無いんですから粋がってオラつかないで下さい。殺したくなっちゃうじゃないですかー」


 また、もう女の子は剣で争っていた二人の傍に居たの。

 動いたのが見えなかったのは、二人も同じみたいで、慌てて剣を女の子に向かって振り下ろすと、女の子はなんでもない風に刃の無い剣で受け流すの。

 それを何回も何回も繰り返して、とっても落ち着いた顔なの。


「か、かっこいぃ……」

「かっこいいよねー?」

「ふぅえっ!?」


 思わず口から出ちゃった言葉に、隣から返事が着てネネびっくりしたの。今日はびっくりしてばっかりなんだよ?

 ネネの隣には、あの女の子と同じ形の、淡い青の服を着た半獣の女の子が居たの。

 あの子は黒い髪が綺麗な、黒い半獣の女の子だけど、この子はキラキラした白銀の髪がふわふわしてる、ひたすら可愛い白い半獣の女の子なの。


「あたし、シルル! あなたは?」

「えぅ? ネネ……」

「ネネちゃん、けがない?」

「……ないの」


 白い半獣の女の子はネネを心配してくれるけど、えっとごめんなさい、あなた誰なの?

 同じ形の服を着てるから、あの黒い半獣の女の子とお友達なの?


「いっ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

「腕折ったくらいで喚かないで下さい。矢を飛ばされた女の子だって居るんですよ。ほら脇が甘いし踏み込み過ぎです」

「くっそ、なんだこのガキ!」


 悲鳴が聞こえて振り返ると、たった一人で大人二人を圧倒している、あの黒い半獣の女の子が居たの。

 大人は、一人腕が変な方向に曲がっていて、たぶん女の子に叩かれて折れたんだと思うの。


「あの、かっこいい女の子は、ノノンのノンちゃん!」

「の? ののんののん?」

「ノノンが名前。あたしがノンちゃんって呼んでるの」


 あの、かっこいい綺麗で可愛い女の子は、ノノンさんって言うの?


「えっと、シルルさんのお友達なの?」

「うん! えっとね、おなじ八さいなんだけど、おねーちゃんみたいで、優しくてかっこいいんだよ! 怒るととっても怖いけど………」


 今も、ノノンさんはどんどん大人の人を剣で殴って壊していく。

 ほんの少しの間で、もう二人はボロボロにされて動けなくなってるんだよ?


「なんなんだてめぇ! 関係ねぇ癖にでしゃばりやがって!」

「まだそんなに元気なんですね? もう何ヶ所か折りましょうか?」

「クソがっ! だいたい、流れた矢が危ねぇって、周りで見てる奴らが悪ぃんだろうが!」

「あ? だったら喧嘩なんて路地裏でやって下さいよ。こんな大通りでやり合って人混みが悪いって、莫迦なんですか? まぁ莫迦なんですよね。武器まで抜いてた訳ですし」

「るせぇ! 半獣のガキが大人に口答えしてんじゃっ--」


 -ガギンッ……!


 口汚く女の子に文句を言っていた二人は、ノノンさんの剣で頭を打たれて気絶しちゃったの。

 ノノンさんは、三人とも気絶してるのを確認すると、シュルっと剣を鞘に戻したの。

 その動きがまたカッコよくて、綺麗で、ずっと見ていたくなるの。


「ふぅ、そう言う台詞は、心身ともに大人になってから言ってくださいね」


 ノノンさんはそう言うと、ゆっくりこっちに歩いて来るの。歩いて来るんだよ? え、こっち来るの!?

 近付いてくる女の子からネネは目が離せなくなったの。

 歩く度に揺れる黒い髪も、風になびく赤い服も、全部全部カッコよくて、他のことが考えられなくなるの。


「あ、ルルちゃんも一緒なんだね。えーっと、改めて、怪我はありませんか?」


 ニッコリ笑う女の子、ノノンさんの綺麗で可愛い笑顔に、ドキドキして上手く喋れないの。誰か助けて?


「あぅ、あにょ、あり、がとぅ……」

「ふふ、ごめんなさい。いきなり武器振り回す人は怖いですよね。ルルちゃん行こっか?」

「うんっ!」


 ネネが喋れないでいると、ノノンさんはネネが怖がってると思ったのか、気を使ってそのまま帰ろうとするの。

 待って欲しいの。お礼が言いたいの。矢が飛んできて怖かったの。本当に怖かったの。このまま帰したら悩んじゃうの。お礼出来なかったって悩んじゃうの。待って欲しいの。


「まっ、待って、くださっ………」


 やっと絞り出した声は、とても小さくて、周りの喧騒にかき消されてしまうくらい、ちっちゃな声で……。


「ん、どうしました?」


 それでも、ノノンさんは聞こえてて、振り返ってくれたの。

 だから、もう少しだけネネは勇気をだして、もうちょっとだけ絞り出すの。


「あ、あの、………と、とととと友達ににゃってほしいの!」


 噛んじゃったの。


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