第10話 やる事はたくさん。
シェノッテさんとシルルちゃん、そしてオジサンが居る夕暮れ兎亭から出てひと月経った。
もちろん合間合間に夕暮れ兎へ通ってシェノッテさんからこの国の常識を学び、シルルちゃんと遊んだりしながらだった。
ただメインの活動はポップアップベースで作った『笑う黒猫荘』の調整である。
ゲームで使っていたポップアップベースとはどこが違うのか、どこまで仕様通りなのか、確かめておかないと安心してお客さんを呼べない。
黒猫荘はポップアップベースの設計段階で引いた図の通りに出来上がっていて、間取りは一階の玄関口から入ってすぐ吹き抜けのエントランスホール。ホールの右隣が食堂と厨房と食料庫。左が居間と多目的ホールと倉庫等があり、裏庭にも行ける。そして真ん中のには私の個人用スペースと男性用の露天風呂があり、私のプライベートスペースへの入口を隠す様に二階へ上がる階段がエントランスホールの中央にある。
二階はコの字型に沿って廊下があって部屋が十四部屋並んでいる。一階の露天風呂の真上に女性用の露天風呂がある。
ちなみに階段はアレだ、宝塚で舞台から誰かが転げ落ちる様な感じの、シンデレラがガラスの靴を落としそうな感じの、ある程度登ったら踊り場から左右へ階段が別れる形のアレである。
あの階段は名前をなんと言うのだろか?
それで、黒猫荘についてわかった事は、「ほぼゲームの仕様通り」である事。
地脈に接続して魔力を汲み上げ、ポップアップベースは全ての動力にそれを充てる。
電力の代わりは当然魔力だし、水も魔力を変換して生み出している。光熱費が一切合切かからない。
不安があるとすれば地脈が枯れる事だろうけど、その場合は黒猫荘云々どころか国が滅びるかも知れない規模の話しなので、気にしなくていい。
食材や備品の保存庫、冷蔵庫等は自動補充される様になっていて、恐らくこれも魔力からなのだろう。魔力って便利だね。万能だよ? ただお風呂のシャンプーボトルとかには、倉庫から持って行って詰め替えなくてはならない。自動補充は大元だけで小分けされた物は手作業である。
もしかしたら魔力って言うのは原子とか素粒子とかそう言う物で構成されていて、ポップアップベースはそれを分解して構築し直しているのかも? 詳しくは分らないけど、そんな感じの何かだと納得しておかないとまた怖くなってしまう。
まぁ要するに、黒猫荘を運営するにあたって維持費がほんの少しもかからないと言う巫山戯たコストパフォーマンスを実現している事が分かった。
大量の物資が地脈を流れる魔力に任せて使い放題。お肉だって好きなだけ食べれるし、温泉も沸かしっぱなしの流しっぱなし。
手に職と言うか、へリオルート学園に入学するまで無職は嫌だと思っての行動だが、蓋を開けてみればどうだ、私はポップアップベースに養われているヒモである。
さて、そんなわけでここへリオルートに来てひと月ちょっと、黒猫荘が出来てからひと月、仕様の確認が終わってから門扉に看板をぶら下げて更に一週間。
眼傷のビッカと呼ばれる金等級シーカーさんがやって来て、色々あったけど黒猫荘を気に入ってくれて住み始めてくれた。
ビッカさんは、ほぼ赤って言える赤茶色の短髪をしたぶっきらぼうな青年で、歳は二十三。少し強面で目付きが悪いがイケメンで、内面はお茶目なところもあって可愛かったりする。彼が来てからもう四日経っている。
「お昼はどうしますか?」
「んー、さすがに巣窟から昼を食いに帰って来れねぇから、無くて良いぜ?」
「それでしたら、巣窟にお届けしましょうか?」
ビッカさんは黒猫荘でじっくりたっぷり休んで安らいだ後、四日目の朝餉を食べたあと巣窟へ探索に行くと言うので、昼餉の有無を聞いた。
すると食いたいけど帰って来れない的な事を言われたので、デリバリーを提案すると、びっくりするくらい喜んで貰えた。
まぁデリバリーと言っても、トレード用アイテムを使ってビッカさんの元へ料理を転送するだけなのだが。
そんなわけで、一セットしかない『トレードバッグ』と言う遠方に居ながらアイテムを交換出来る、ジワルドのアイテムを渡してビッカさんを見送った私は、ポップアップベース管理用の付属品であるオートマタ『ドール』と、お手伝いをしてくれる優しい従魔に仕事を割り振って黒猫荘でお仕事である。
「まずはお洗濯して、お掃除して、お風呂の掃除の後は備品の補充して………」
本来の民宿とは少し、いやかなり? かけ離れた民宿モドキになってしまった黒猫荘は、屋敷も敷地も広いから仕事が多い。
その分ドールも五体ほど居るので困らないが、お客が増えると人手が足りなくなるかもと言う不安がある。
人員の確保は急務かも知れない。だが他にもやりたい事はたくさんあるし、やるべき事も残っている。
取り敢えず、今日はシルルちゃんと通う予定の学校に願書を出しに行って、その後貧民窟の様子も見たい。
貧民窟から土地をごっそり奪ってしまったのは私なので、償えるなら償っておきたい気持ちがあるのだ。
「一応正規に購入した土地だから、文句を言われる筋合いは無いんだけどねぇ」
土地の所持者に関係なく居座っていた者を、私が権利を手に入れて正当に追い払っただけのことなのだ。だけど、それで回り回ってトラブルでも生まれるのなら、回避するために行動して置くのも悪い手ではないはず。
「ビッカさんは数日巣窟に泊まり込みらしいし、用事はこう言う時に済ませておこうかな」
私はシェノッテさんや、お味噌汁大好き魔人になったビッカさんから聞いたへリオルート学園の位置を脳内にマップを開いて確認する。
これはジワルドで使ってたスキルですら無いユーザーインターフェイスの一つだが、今でも使える。
この手の能力やスキルの使い方は、だいたい体が知っている。
なんか知っている。何故か知っている。それで良い。もう慣れた。
シーカー学園、じゃなかった。へリオルート学園は入学金さえ払えば基本的に誰でも入学出来る学校だとシェノッテさんが言っていた。
だが、入学試験自体は行われて、その結果でクラスが振り分けられる仕組みらしい。
全四年の学校で、一年生は全部で四等級に別れるらしい。
この等級と言う言い方が変に感じるが、間違いなく等級である。クラス分けとはまた別だ。
等級は花の成長に喩えられ、まず優秀な生徒は才能が花開いたと言う意味で花弁級に入れられ、その次に優秀な生徒は才能が花開く前と言う意味で花蕾級。その下が萌芽級。最後が芽すら出ていないと言う意味で
その等級の上でクラス分けがされて、例えば花弁に入る気満々な私が本当にそうなったとしたら、一学年花弁級一組なんて感じになる。
二年からは仮種級が無くなって三等級に分けられるのだが、これは進級する時に仮種級のままだと退学になる仕組みだからだとシェノッテさんに言われた。
そして、「ノノン、あんた頭良さそうだろう? 頼むからうちのシルの面倒見ておくれよ……。この子、ちょっと頭が……」とお願いされているので、私は在学中シルルちゃんの勉強サポートが使命なのだ。
「はい。確認致しました。入学金の方は如何なさいますか? 年毎でしたら銀貨三枚。一括でしたら銀貨十二枚になります」
「一括でお願いします。はいこれ」
私はマップを見ながらやって来たへリオルート学園の事務室に直接入学願書を提出して、入学金も卒業までの分を一括で払った。
一年で銀貨三枚の学費は高いのか安いのか。国の認定を受けた学舎はだいたいこんなもんなんだそうだ。夕暮れ兎は年毎で払うって言っていた。
「さてさてお次はー? 貧民窟かなー?」
やる事が終わったので帰り道、夕暮れ兎に寄って小一時間シルルちゃんとイチャイチャ遊んだ私は貧民窟へ向かう。
と言っても、黒猫荘が貧民窟の土地をごっそり奪って建てられて居るので、帰路と目的地が被っている。
ビッカさんに聞いた話だと、へリオルートの貧民窟は殆どがシーカー崩れなのだと言う。
へリオルートにある巣窟は第一階層から深度五の魔物が出て難易度が高いらしく、その事を知らない駆け出しが王都での栄達を夢見てシーカーになって挫折するまでの流れがパターンになっているんだそうだ。
ちなみに深度と言うのはレベルの事っぽい。すると私は深度千四百と言う事か。
私から見たら深度五とか駆け出し用の魔物じゃんって思うけど、「強くなる為に魔物と戦う」ジワルド民と違って、「生活の為に魔物と戦う」この世界は、正直に言ってレベルの平均がくっそ低い。
深度が十もあるシーカーは一人前だなんて言われるくらいで、駆け出しの新人シーカーが深度を五に上げるのに年単位で時間がかかっても不思議じゃないらしい。
そんな事も調べて来なかった可哀想なお上りさんシーカー達は、巣窟の一階層ですら満足に稼ぐ事が出来ずに、お金が無いから他の巣窟がある街まで移動も出来なくなって、貧民窟に堕ちるんだそうだ。
そしてそんな人達の居場所をごっそり奪ったのがこの私!
「と言うわけでやって来ました貧民窟! さてコレはどう言う状況でしょうか?」
貧民窟たどり着いた私は、私の匂いを嗅ぎ取って黒猫荘の塀を飛び越えて合流してきたポチと一緒に中へ入った。
貧民窟の様子は文字通りのスラムで、ボロボロで建材が腐って崩れている『元』建物さんが並ぶ場所だった。
そこには着るものさえ苦労している貧民の皆様がいらっしゃる訳なんですが、何故でしょう。私いま、貧民窟で貧民の皆さんに拝まれてます。
「い、犬神様だぁ………」
「犬神様を連れている、女神様なのか………?」
「あぁありがたやぁ………」
「何この状況?」
意味不明過ぎるので話しを聞いてみた。もちろん貧民の人から。
原因判明。犯人はビッカさんと私とポチと、ならず者のお莫迦さんたちだ!
実は、ビッカさんが黒猫荘に住み始めて四日だが、今日まで毎日ビッカさん狙いの銀等級シーカーが結構な数黒猫荘へ襲撃して来たのだ。
私はその度に丁寧に丁寧にブチ転がして差し上げた後、ポチにお願いして貧民窟へポイして貰っていた。
なぜ毎回貧民窟へプレゼントしていたかと言うと、私が住処を奪ってしまったから、せめて襲撃者の身ぐるみ剥いで生活の足しにして下さい………、とか思っての行動でした。
それが拝まれている原因らしい。
貧民窟の人達にしてみたら、毎回毎回、美味しい獲物を持って来てくれるポチは神様に見えたらしく、貧民窟の人達はポチの事を犬神様と呼んで崇め奉っていると言う。
「皆さん! ポチは犬じゃなくて狼ですよ!」
「おぉ! では犬神様は神狼様だったのか…………!」
「あぁありがたやぁ、ありがたやぁ…………」
注意しても呼び方が変わっただけでした。
「それと、私は女神じゃなくて、いや女神とか呼ばれて嬉しいんですけど、むしろ皆さんの住処を奪った悪者? なんですけど……?」
「「「???」」」
「えーっと、あの高い塀の中の住人って言えば分かりますか?」
「「「……--ッ!?」」」
説明すると分かって貰えた様で、段々と集まって来ていた人達は皆複雑な表情で呻き始めた。
神狼様ことポチを派遣して獲物を置いてきた事に感謝して、住処を奪われた事は素直に恨んでいる。そんな感じだ。
「なんと言う………、女神と悪魔は同じお方だったのかっ」
「なぜ、なぜ………! こんな仕打ちをしながら施しなんて……」
「あーえー、話すと長い様で短い訳が有るんですが………」
とりあえずいきなり怒って襲ってくるなんて自体にならなかった事に安堵して、商業組合で土地を買った時に職員が張り切って貧民を追い出そうとしていた事を話した。
だって不法占拠だもん。買い手が付いて資金があれば動くよね。
「商業組合ぶっ殺してやるぅぅぅぅ!」
「行くぞ野郎ども! あの成金バラバラにしてやんぜぇぇ!」
「燃やしてやるぅ、燃やしてやるぅぅぅう!」
知ってた。
知ってたけど、さすがに見過ごせないし無意味なので宥める。だってこの人たち絶対返り討ちに会うもん。
「皆さん、言いたくは無いんですけど、そもそも皆さんはここを不当に占拠しているんですよね? 怒れる立場じゃ無いですよ? あと、巣窟の一階層で深度五の魔物相手に挫折した皆さんが、商業組合の用心棒に勝てるんですか? ボッコボコにされますよ? 最悪殺されちゃいますよ?」
皆が崩れ落ちた。
正論は時として人を傷付ける。でもホントの話だしね?
そもそもの話し、誰が一番悪いかと言えば貧民窟の皆なのだ。
だって、下調べもせず王都に来て勝手に挫折して、不当に貧民窟を占拠して、土地が買われて追い出されたら逆上しているのだ。字面だけ見ると本物のゴミである。
「でも、それでも悪いなぁって思ったから、お金になりそうな悪い人をここにポイポイしてたんですけど、皆さんはそれを当たり前だと思いますか? 施されて当然だと?」
皆もう泣いている。
自分でも分かっているんだろう。でも分かっていてもどうにもならない現実なんて、そこら中にあるのだ。
例えば、地震で四肢を失って何も出来ない達磨になるとか、ね?
「そこで、今日は皆さんに再復帰のお話しを持ってきたんですけど、聞いてくれますか?」
私の声に、皆がのそのそと顔を上げて、私に睨むような懇願する様な視線を向けてくる。
皆、好きでスラム暮らしなんてしてないのだ。切っ掛けが有れば立ち直りたいのだ。
ぶっちゃけ黒猫荘の隣が貧民窟だなんてお客も寄り付かないし、隣にコチラを恨んでいる集団が居るのは宜しくない。だから立ち直ってくれるならお手伝いくらいしてもいい。
「聞いてくれるみたいですね。じゃぁ手始めに、貧民窟にいる元シーカー、探索者を全員ここに連れて来てくれますか? その後、多分剣士と槍使いと弓使いくらいしか居ないと思うんですけど、剣士と槍使いは纏まって、弓使いは別で固まってくれますか?」
ジワルドではたくさんの戦闘スタイルと武器があったけど、ここでは手に持った武器がそのまま職業になる。
私が剣士と槍使いと弓使いしか居ないだろうと当たりを着けたのは、へリオルートで活動するシーカーにその三種類と魔法使いくらいしか居ないからだ。
そして、魔法使いはどこからだって引く手数多なので、こんな所に居るわけが無い。深度五に勝てないヘッポコさんだとしても、大事に育てて使うに決まっている。
「よし、集まったみたいですね。じゃぁ再復帰計画始めますよ?」
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