第8話 ビッカと召喚獣たち。



 まず、前言を撤回したいと思う。

 俺は少し前に一泊銀貨五枚は高過ぎると思い、実際にお嬢へ「立派な宿なのは見れば分かるんだが、高すぎないか?」なんて言った。

 莫迦か。高くねぇわ。安すぎるわ。何この宿?

 俺は今、湯殿ゆどのと言う場所にいる。もちろん黒猫荘の湯殿だ。

 庶民は風呂と呼び、立派な風呂を湯殿と言うらしい。お嬢から聞いた。ちなみにお嬢ってのはノノンの事だ。

 あの戦い? いや戦いと呼んで良いか分からないが、まぁ一応戦闘であったアレを見た後に、「ノノンちゃん」とか「 お嬢ちゃん」とか呼べねぇわ。「お嬢」だわ。なんなら「お頭」とか「親方」とかでも良い。

 まぁそんな呼び方したら俺が人球にされそうなんで呼ばねぇけど。


「お加減どうですかー?」


 そう湯殿。いま黒猫荘の湯殿に居る。間違っても風呂じゃねぇ。こんなすげぇ場所を一つ下の呼び方して良いわけが無い。

 ここが仮に風呂で、もし城に住むお偉いさん達がここよりすげぇ湯殿を持ってるなら、てめぇら庶民から絞った税で何してんだぶっ殺すぞ! って感じで怒鳴り込むぜ。


「おぉ〜、もう、最高だぜぇー………?」


 俺はまず、お嬢に黒猫荘で俺が寝る部屋へ案内して貰った。

 黒猫荘は入っただけで気圧されるくらいに豪華で、でも嫌味じゃない立派な屋敷だった。

 ただちょっと不思議な作りで、中は土足で歩いちゃ行けないらしい。

 何故だ? と聞けば、「外の土や泥、埃を家の中に持ち込まない為」と言われ、そう聞けばなるほどなぁと思える、黒猫荘の決まり事の一つだった。

 そうやってデカい入口から入って、探索用のごつい足具を脱いで中に入り、上品な内装を見ながら階段を登って俺の部屋へ。


 デカい。広い。めちゃくちゃ豪華。


 もうその時には思ってたね。「銀貨五枚でも良くね?」って。

 精緻な鍵を渡され、それで部屋の中に入ったら度肝を抜かれる広さだった。

 まず宿の部屋の中に部屋が有るって意味が分からん。

 小さな厨と個人用の風呂に厠まであって、寝る専用の部屋とまだ何に使うか分からん部屋が二つ。真ん中には寛げそうなふかふかの長椅子と足の短い机があって、もうここ家だよ! この部屋だけで家だよ! 家の中に家があるよ!

 こんな豪華な部屋を俺一人へ月に金貨一枚で貸して良いのか!?

 そんな事をお嬢に言っても、「大丈夫ですよぉー?」とニコニコされた。可愛かった。

 お嬢めちゃくちゃ可愛いんだよな。これであと十年早く産まれてたら絶対口説いてたね。そんでボコボコにされてたんだろうね。幼くて良かったわ。

 ついでにその時、獣人にしては技人寄り過ぎるのは何故か聞いてみた。獣人ってのはもっと獣に寄ってて毛深い種族なんだが、お嬢は頭の耳と尻の尻尾しか獣に寄ってねぇ。

 するとお嬢は「私、獣人じゃ無いですよ。この耳と尻尾は、そう言う魔法で生やしました! 似合ってますか? 可愛いですか?」と手を丸めて猫の真似をし始めた。にゃんにゃん、なんてな。可愛かったわ。

 そんな魔法聞いた事が無いと思ったが、お嬢が可愛かったからもうどうでもいいわ。

 そんで、お嬢に黒猫荘の設備を案内するってまず連れて行かれたのが湯殿だ。

 まぁたまげたね。何せ湯殿が半分外になってんだ。お嬢が言うには「ロテン風呂」と言う様式の湯殿らしい。だから風呂じゃねぇって。

 岩削ったようなお湯を貯める、湯船って言うらしい場所から向こうが、「見る」ためだけの庭が広がっていて、湯に浸かりながらそれを眺めるわけだ。

 それを見てソワソワしてたら、「入ってみますか? お疲れですもんね」とお嬢に言われて、俺は負けた。湯殿の設備の使い方を聞いてすぐ入ったね。そんで今蕩けてるわけだ。


「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛………」


 変な声出るわ。

 もうこの時点で、「むしろ銀貨五枚でも安くね?」と思っている。

 だって、お嬢が言うにはこの湯殿、何時でも入って良いらしい。湯が沸きっぱなしだそうだ。贅沢なんてもんじゃない。

 俺でも知っている知識として、火を発する魔導器なんて持ってない一般の家庭が日々を過ごす時、何に一番金が掛かるかと言えば、それは燃料費だ。薪代だ。

 普通薪ってのは、一年ひととしも乾燥させた木材じゃ無ければマトモに使えねぇ。

 街や都市、村なんかの外に有る、危険が満載の森や林で木を切り倒して、枝を払って長い時間乾燥させて中の水を抜くわけだ。

 そうやって出来た乾燥した丸太を細かく切って薪にするんだが、乾燥した木材ってのは何も薪だけに使うもんじゃねぇ。

 建材にも使うし家具だって作れる。丈夫な木材なら俺たちシーカーの武器にだって加工出来る。

 だから良く乾燥したちゃんとした木材ってのは割と高いし、薪なんてのは使えば灰になって無くなるもんだ。

 だから金が山ほど掛かる。

 そして水も結構高いらしい。

 誰かが使い過ぎて井戸が枯れないように、井戸を使う度に税が掛かるもんで、普通の家は薪も水も節約する。

 だと言うのに、黒猫荘は地脈と言う地面の下を通ってる魔力を汲み上げて水に変えたり、熱に変えたりしてるらしく、特に薪代も水代も掛かってないと言う。だから何時でも入れる。

 普通の宿でこんな事したら、そりゃ数日で廃業間違いなし。間違いなく黒猫荘だけで味わえる至福だろう。


「どうでしたか?」

「俺もうここに住むわ」

「ふふ、お部屋を取ってある限り、ここがビッカさんのお家ですからね。住んで良いんですよー?」


 長い間マトモな生活が出来なかった俺が、もう綺麗さっぱりスッキリとして湯殿から脱衣所に出て、準備してあった「ユカタ」と言う服を着て待ってくれていたお嬢の所に行くと、それはもうニッコニコしていた。可愛いわぁ。


「次は、ある意味黒猫荘の真骨頂である裏庭にご案内しますね」

「……ぉおう、まだすげーの残ってんのか」


 そんな、楽しそうなお嬢に連れて行かれた裏庭は、確かに凄かったわ。帰りたくなった。


「はい、この子はさっき会いましたね。ポチと言います。軍狼と言う種類で、配下の戦狼を召喚出来ます。めちゃくちゃ強いですよ。そしてコチラは、ポチが私の右腕だとしたらこの子が私の左腕、麗鸞れいらんのツァルです。綺麗でしょう? 魔法の達人なんですよ。それからこの子は、縁の下の力持ち、銀熊ぎんゆうのアルジェです。かっこいいし可愛いでしょう? 教えたこと無いのにいつの間にか独自の武術を編み出してたすごい子です。さらにさらにぃ--………」


 裏庭に連れて行かれた俺は、まさに広大と言わざるを得ないその見事な庭園で、花畑の庭-玄関先で目撃した黒い狼とその仲間達を紹介された。

 狼だけじゃなく、紹介される全てが魔物で凄まじい化け物達だった。

 お嬢はなんと、今はもう失われた秘術とまで言われている召喚術の使い手だと言う。そして紹介されている魔物達はお嬢の配下だと。とんでもねぇなお嬢。

 真っ先に紹介されたのは、何やら増えれる狼のポチ。お前本当にポチって名前だったんだな。いや可愛いよ? そのすげぇ圧さえ無ければ俺も撫でたかもな。

 俺よりもデカい狼の次に紹介されたのは、ツァルと言う綺麗な鳥だ。ポチの頭の上に乗っかっている。

 コイツは本当に綺麗だ。ずっと見てても飽きないだろう。

 翼や頭なんかが深い青色をしていて、お腹の辺りは惹き込まれるような緑色。尻尾は赤っぽく見えつつも七色に輝いている。いや全身そうらしい。よく見ると全身七色に輝いてるわ。

 大きさは鳩より一回りデカいくらいだ。

 その次がアルジェと言う可愛い名前の、めちゃくそデカい熊である。俺の二倍あったりするか……?

 コイツも全身輝く銀色で綺麗だ。そんで筋肉が凄い。見た目だけでくっそ強そうなのに、気配が実際強い。俺はどう足掻いても勝てないだろう。ポチとツァルもそうなんだが。

 次は勝鼠しょうそと言う種族の鼠、ウィニーだ。真っ白い。小さい。可愛いな。手のひらに乗る大きさだ。

 だがやはり気配は凄い。が、他と比べると一段劣るだろうか?


「この子は諜報系の子で、ポチみたいに増える能力を持ってます。ただ、ポチと違って召喚じゃなく分裂なので、際限なく増える上に全部が本体だから一気に全部倒す以外倒す方法が無いとんでもない子です。実はうちの子の中で一番殺傷能力と生存能力が高い子です。戦い事態はそこまで得意じゃ無いんですけど、小さいから相手の口から入って喉元で超分裂からの喉破裂で相手を殺すって言う一撃必殺技を持ってます」


 一段劣るとか思ってごめんなさいでした。許して欲しい。

 なんだよ喉で増えて破裂って。こえぇよ。絶対怒らせないようにしよう。


「次はベガかな? 特殊個体の子で、天馬と一角馬の能力を一緒に持つ精霊馬です。天馬と違って光の力場で翼と角を作って、飛んだり刺したりします。一角馬の特徴として処女の女性に好意的だったりしますけど、一角馬と違ってそれ以外に攻撃的とかは無いです。とってもいい子で賢いんです」


 鼠の次は馬だった。すんげぇ格好良い馬。真っ白いだけの馬なんだが、うっすらと透明な角と翼があって、その翼が不思議な形をしている。硝子の板を重ねて合わせて翼にしましたって感じの翼だ。角も角って言うより剣だ。そしてなんか威風堂々としている。いやほんと格好良い。おれこの子が一番好きかもしれない。ベガって名前な。覚えたわ。

 俺が思わず「格好良い」って漏らしたら、こころなしか上機嫌な様子。こう言う所は可愛いな。格好良いうえに可愛いのかよ。無敵だな。


「ふっふー、次は爆殺牛のホルンです。赤い牛です。でも見た目に反して大人しい子です。だけど攻撃能力は凄いです。種族名の通り爆殺します。角と口と尻尾から魔法弾を撃つんですけど、それが爆発します。尻尾の魔弾を後ろで爆発させて加速して疾走して激突しながら角と口から魔弾撃って相手を木っ端微塵にします」


 めちゃくちゃ怖ぇ牛も紹介された。

 全身真っ赤で圧も凄くて半端じゃない存在感なのに、確かに顔はまったりと言うか、もったりと言うか、のんびりしている。

 よく見ると可愛いかも?

 それから、樹虎じゅこのロッサを紹介された。

 緑と黒の虎柄の虎で、ポチよりデカくて気配もやっぱり凄まじいんだが、俺この子好きだわ。

 なんでかって言うと、近寄って俺の手とか顔とかクンクンした後ぺろぺろしてきて懐いてきた。可愛いわ。人懐っこいわ。

 絆されて撫でてあげると喉を鳴らして喜ぶ。これデカい猫だわ。


「ロッサと仲良くなりましたねー。ならこの子はどうでしょう?」


 そう言ってお嬢が次に紹介するのは、獅子鷲のリフだ。

 これはアレだ、知ってるぞ。コイツは知ってるぞ。シーカーでも伝説って言われる魔物の一種で、別名グリフォンとか言ったか?

 獅子の体に鷲の頭と翼と前足を持つ魔物で、竜に並んで伝説級の魔物だとシーカーに伝わる、幻というかおとぎ話の存在と言うか、俺が会えて良いのだろうか?

 なんて戦慄してたが、リフもロッサと同じくらい人懐っこいわ。めちゃ可愛いわ。この子も好きだわ。

 え、獅子鷲ってこんな可愛いの? 待ってくれもし巣窟で遭遇したら俺コイツの仲間を倒せるのか?


「そしてさいごぉー………」


 色々とうだうだ言っていたが、ここまでは半ば現実逃避みたいなもんだった。いや現実逃避つってもロッサとリフが可愛いと思ったのはお世辞じゃ無いぞ? ベガが格好良いのも。ただそう言う問題じゃないんだ。

 とうとう最後の紹介らしい。そうだような。もう見えてる魔物で紹介されてないのはアレだけだもんな。

 

「最後は一気に行きますよー? まず城塞竜グラム! 次に疾風竜ロッティ! 最後に万象竜リジル!」


 ドドーン、と音がしそうな紹介で気さくに前足? 腕? を上げてフリフルしたりしてる、そう、竜の皆さん。

 俺が帰りたくなった一番の原因達。

 集まった魔物の後ろでのほほんと佇んでいる、また一際デカい魔物の中の魔物。伝説とおとぎ話の存在。生物の頂点。竜。別名ドラゴンだったか。

 お嬢によると、これでも特殊な方法で小さくなっているらしいが、それでもデカい。黒猫荘より少し小さいくらいの巨大さだ。

 城塞竜グラムと紹介された四足歩行の竜に至っては、黒猫荘よりでかいんじゃないか?

 グラムは全身がゴッツゴツした分厚い鱗に覆われた岩山の様な竜で、俺が得物で斬りつけても傷を負わせる光景がほんの少しも想像出来ない。顔はホルンみたいにまったりしている。

 疾風竜ロッティは鱗の代わりにもっふもふの毛並みに覆われた竜で、痩身で動きが早そうだ。実際疾風竜なんて言うくらいだからとんでもなく早いんだろう。

 最後の万象竜リジルって竜は、弱点が想像出来ない。早そうだし硬そうだし力も強そうだ。

 グラムなら硬い代わりな鈍足なんだろうと、ロッティなら早い代わりに脆そうだとか、長所と短所が分かる見た目をしているのだが、リジルに至ってはそういう物が見えない。

 万象竜って言うか万能竜? グラムよりは硬くないんだろう。ロッティよりは遅いんだろう。でも代わりにロッティよりは硬くてグラムより早くて、全身に盛り上がる筋肉は全てを粉砕するんだろう。


「以上、私の仲間たちでした!」


 もう呆然とするしか無い。

 やっぱりお嬢はお嬢だった。間違ってもお嬢ちゃんとかノノンちゃんとか呼んでいい女の子じゃない。

 ほんと幼くて良かった。下手に守備範囲だったら俺最悪この魔物達を相手にしなくちゃ行けなかったわけだ。絶望しかねぇよ。

 なんだここ。王都だよな? なんで王都の中に伝説の魔物が、それも三体も居るんだ? どれもこれも一体で国を滅ぼせそうだぞ?


「ビッカさんはシーカーですよね? もしご希望なら、私やこの子達がお相手して特訓出来ますよ? 裏庭の奥には闘技場も有りますから」


 お嬢は俺に死ねと言うのだろうか?

 え、この化け物達と戦うの? 俺が? 嘘だろ?

 ロッサとリフなら手加減してくれるだろうか? ベガさんはどうだろう。


「…………ちょっと聞いていいか?」

「はいはい。答えられる事ならどうぞー?」

「お嬢はこの、配下の魔物達と戦えるのか?」

「んー、………見てみます?」


 聞かなきゃ良かったかも知れない。お嬢自信ありげだよ。ほんとかよ。


「ちなみに、どの子と戦ってる所が見たいですか?」

「………………………竜?」

「どの竜ですか?」

「………じゃぁ、リジル、さん?」

「はーい。じゃぁリジル、あそぼー?」

『グルゥァァァアアアアッ!』


 --その日見た戦いの光景を、俺は忘れないだろう。


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