異世界介入録~荒廃しすぎた世界に飛ばされたのだが、オレにどうしろと?~

芋窪Q作

プロローグ

 目の前には見知らぬ誰かの後頭部。いつから有ったのかは分からないが、見慣れない薄く禿げ上がったバーコードヘアーに軽く目眩を覚え、視界から外すように辺りを見渡す。

 ぼんやりと薄明るい空間。上も下もなく前も後ろもない、ただただぼんやり明るい空間が広がっている。ふと首を傾け、バーコード越しに越しに前を覗くと、呆れるほど遠くまで続く行列が 見える。老若男女問わず肌の色も服装もバラバラ。

 ひるがえって自分を見ると、合わせが逆の白装束……いわゆる死装束を着ていた。


ああ……これは死者の行列か……オレは死んだのか……


 そう思い至り、改めて目の前のバーコードを見る。50歳くらいだろうか? 決して若いとは言えないが死ぬには早いそんな年齢。猫背気味の背中を見ると、何とも言えない哀愁が漂っている。ブラック企業で酷使されそのまま過労死という感じだろうか……

 などと、大概失礼なことを考えてたらバーコードのおっさん、いきなり光始め、ふわっと浮かび上がったかと思うと、そのまま溶けるように消えていった。

 何が起こったのかは正確にはわからん。だが、何となくあのバーコードのおっさんが成仏したんじゃないかという気がしている。

 目の前のハゲが消えたことにより、前が見やすくなった。

 よく見ると、他にも成仏(?)していく人たちが見える。が、その逆に、色味が抜け、落ちる様に消えていく者も見えた。

 たぶん、あの人たちは地獄に落ちてるんだろうな……等と益体も無いことを考えてたら突然視界が光に包まれた。

 自分の行く先は天国かはたまた地獄か……



 4畳半ほどの灰色の部屋。どこからか穏やかな音楽が聞こえている。目の前には事務用のテーブルがあり、向かいには和装の様なスーツ、若しくはスーツの様な和服を着込んだ女が座っている。

 女は笑顔でオレに椅子を薦め、断るのも意味が無さげなので素直に従う。

「志藤公則さん、で合ってますか?」

 いきなり聞かれる生前の名前。死後もこの名前で行くものなのかわからんが、ほかに名前があるわけでも無し。素直に認めることにした。


「ええ、まぁ……生きてる間はその名前だった」


「ああ、そうですね。本来なら死後、生前の名前を使うと、過去に引きずられて魂がけがれてしまいますから」


 ごめん、この人が何を言ってるのかわからない。


「魂……?」


「はい。肉体を失ったあなたは、現在魂のだけの存在です」


「魂だけ……」


 呟いて、ふと疑問に思う。


 魂とは何ぞや?


「魂とは命そのものですね。ある種のエネルギー体と言っても良いかもしれません。対し、肉体は仮初の、いわば服みたいなものです」


 オレが訪ねる前に答えてくれたのは良いが、うん、さっぱりわからん。


「生命の根源的な?」


「違いますね。魂を構成する要素と言うものがありまして、もし根源を突き詰めるなら、その要素こそが根源と言えるかもしれません」


「はぁ……」


「こほん、話を戻しますが、志藤さんにはいくつかの選択肢があります」


「選択肢? なんの?」


「今後の身の振り方……と言いますか、魂の行きつく先ですね。昇天される方や問答無用で堕とされる方はこの部屋に来ることはありません。志藤さんの様なフラットな魂がここへ通され、選択肢を与えられます」


「どんな選択肢があるんだ?」


転生てんしょう転生てんせいか地獄落ちの三つです」


「……先の二つに違いが無いように思われるのですが……つか地獄落ちって、そんなの望む人いないだろ!」


 目の前の女が肩をすくめ、ヤレヤレと言った感じで首を振る。

 なんかちょっとムカつくな。


「地獄落ちが一番人気ですね。ここから地獄に向かう者は、亡者としてではなく、極卒扱いですから。おまけに前世の記憶も維持できますし」


「極卒! って、虎縞のパンツ穿いた人たち?」


「虎縞ビキニの方もいらっしゃいますよ?」


「めっちゃそそられる! じゃなくて、それって鬼になるってことじゃん!」


「ありていに言えばそうですが、亡者として堕ちるわけでは無いので、割と快適ですよ? 死ぬほど忙しいですけど」


「……魂になってからも死ぬのか」


「いえいえ、例えの話です。ある程度お役目を務めたら転生か分解か選べます」

「どっちも嬉しく無さげなんだが……」


 つか分解って……


「先ほどお話した魂の構成要素に帰るってことです」


 またしても、聞く前に答えてきたよ、この人。そういう力でも持ってるんだろうか?


「あ、別にそういうのは無いです。志藤さんが分かりやすいだけ」


「……さいですか」


「で、話を戻しますが、構成要素に戻りたがる方は、殆ど生きるのに飽きてしまった方々ですね。天国を満喫しすぎて澱み始める方とか、極卒生活に飽いてしまった方とか……」


「天国に居て澱むのか!?」


「寿命も娯楽も仕事もありませんからねぇ……退屈ですよ? 天国」


 オレがイメージしてる天国とは似て非なる場所の様だ。言う通り、それなら地獄で極卒やるほうがマシかもしれない。


「地獄落ちは分かりました。他の二つの説明をお願いします。確か転生てんしょう転生てんせいでしたっけ?」


輪廻転生りんねてんしょうはご存じですか?」


「聞いたことはある。確か、一度死んだ魂が再び別の命として生まれ変わるとかなんとか」


「正解です。こちらを選ぶと、前世と同じ世界で生まれ変わることができます。ただし、記憶は持ち越せませんし、何に生まれ変わるかも決められません」


「あ~~……蠅とか蛙とかもあり得ると……?」


「むしろそっちの確率の方が高いですね。多いといえど人間の数には限りがありますし。虫とかプランクトンなんかが一番多いみたいですよ?」


「却下」


 誰が好んでそんなものになりたがるのか。


「では転生てんせいにしますか? 結構お薦めですよ、コレ。最近なんか流行ってるみたいですし!」


「流行ってるって、異世界ものかよ」


「そうそうそれです! 転生てんせいとは異世界転生のことです!!」


「マジか!? スキル無双なオレ強えーでハーレムで国起こしてスローライフな異世界転生か!!」


「ちょっと何言ってるか分かりませんね」


「おい!!」


「スミマセン。冗談抜きにお話ししますと、スキル無双なオレ強えーでハーレムで国起こしてスローライフは出来るかもしれないし、出来ないかもしれないと言ったところでして、志藤さんが派遣される世界でそれが可能かは、私には分からないのです」


「わからない?」


「はい。これは志藤さんの魂の傾向によって、いわば自動的に世界に振り分けられてしまうのですよ。選択権はあなたにも私にもありません」


「……けど、そういう世界に行けるかもしれないんだろう? あ、裸一貫で、何のスキルも無しに放り出されるとか?」


 まぁ、それでも知識チートとかスキル関係ないし、どうとでもなる気がする。


「志藤さんの言うスキルっていうのは、ギフトの事ですね? それなら、向かう世界に応じたギフトが与えられます」


「ギフト? スキルじゃなくて?」


「スキルというのは、文字通り技術の事です。志藤さんが学んだり修練したりして会得した技術のこと。異世界転生でも記憶を持ち越すことができるので、当然今持ってるスキルも使えます」


「あ、いや、そういうマジもんのスキルじゃなくて……その剣術とか魔術とかクラフトとか……持ってると、努力なく使えるという……」


「ええーと……ああ! でも、ギフトにはそういうのもありますよ? 特別な技が出せるとかじゃ無いですが。例えば、浮遊とか」


「浮遊って、空飛んだりできるってこと!? 凄いな!?」


「そうですね。志藤さんの持ってる知識から似たようなものに例えると”奇跡”の類になると思います」


「奇跡……神様から貰える類のアレか……」


「まぁ、神様なんていませんけどね」


 いないのか! 死んで初めて知る驚きの事実。


「でも神様めいた存在はいますよ? あなの世界を作った創造主とか、あなたが派遣されるであろう世界を作った創造主とか」


「世界ごとに創造主がいて、それが神めいた存在にあたると……」


「そういうことです。まぁ、派遣の前にいちいち現れたりしないので、あんまり気にする必要はないかと存じます」


「派遣て……なんか前世の派遣社員みたいな言い方だな」


「ほぼ間違ってません。異世界転生を望まれる方は、派遣の極卒と言う扱いで転生されて行きます」


 派遣の極卒……なんて微妙な響きなんだ……


「派遣とは言え極卒なので、当然ながら極卒としての使命を背負っていくことになります」


 あ、やっぱ仕事はあるのか……


「なんですか、それは?」


「極卒の主な使命は浄化ですね。やり方はそれぞれですが、自分と世界の魂をより良いものに導くのが仕事です」


 ……やはり何を言ってるんだかわからん。


「つまり?」


「善い行いをして、良い影響を与え続けてください。そうすれば濁った魂も浄化されていきます」


「地獄の極卒も同じことをしてるのか?」


「いえ、あそこに堕ちる魂はもはや救いようが無いのが多いので、分解前に散々いびり倒して、自我やら欲やらを捨てさせるお手伝いをすることになります」


 容赦ねぇな……


「まぁ、浄化の一助ではあるので、派遣の極卒とそう違いがあるわけではありませんけど」


「なるほど……」


「では、そろそろ行き先を選んで欲しいのですが……異世界転生で良いですか?」


「え……あ、まぁ、どれも似たようなものという気がしないでも無いですが……とりあえず、運が良ければ楽しいことになりそうな異世界転生で良いです」


「ありがとうございます! では目をつぶってください。3秒数えて目を開ければ、そこはもう異世界です。頑張ってくださいね~~!!」


 オレは言われるがままに目を閉じた。

 それまで聞こえてた音が一切消え去り、代わりに吹きすさぶ風の音が耳朶を打ちはじめる。

 ゆっくり目を開けるとそこには、動物どころか生命の気配すらない荒野が地平線の端まで続いていた。空を見上げると暗い雨雲が、まるで手が届きそうな場所まで、重く垂れこめている。 

 

 人がいるようには思えないな……ここで善行と言われても、誰に対して行えばよいのやら……や、まて、極卒の使命は浄化、とか言ってたよな……まさか………






 この不毛の大地を浄化しろと……?











































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