平安時代
第3話 歴代女帝統治時代
1、歴史家による序文
日本の歴史は西暦791年から西暦1192年まで平安時代であった時代だとされている。
平安時代は、男が女に通い婚をして、宮廷みやびが盛んだった時代だとされている。
だが、歴史家にそれを信じるものはいない。
歴史家たちにとって、平安時代とは、すべての歴史書の破棄された時代である。
歴史家たちのわずかに知るところによれば、西暦791年から西暦1192年までの間は、女帝が支配していた歴代女帝統治時代だったのだ。
歴史家たちは、歴代女帝統治時代の歴史の一次資料がないため、当時に書かれたとされている女流文学からその時代を推測するしかない。
小説から歴史を想像するなど、もう、歴史の研究ではない。
いったい、その間の歴代女帝統治時代に何があったのか。歴史家たちはそれでも、さまざまな歴史資料を集めて必死に調べている。
以下は、その歴史家たちの苦労によって少しだけ解読された歴代女帝統治時代の歴史である。
2、初代女帝スナ
スナが生まれたのは月であった。
しかし、革命活動に身を投じたスナは、月で政治犯になってしまった。
スナは、その罪により、月から追放され、地上へ流刑されることになった。
スナは、故郷である月を去らなければならない寂しさにとらわれ、さらに、地上で暮らさなければならない苦しみに耐えなければならなかった。
落ちるべき地上は多くの国の中から日本を選び、スナは西歴791年の日本に降り立ったのだった。
スナは、地上に降りるとあっという間に地上の征服を行い、数年で地上の島国日本を統一した。
「これから、この国は女帝スナとその子孫の女が治める。」
そう宣言して、女帝に即位した。
これが、歴史から抹消された歴代女帝統治時代の始まりである。
数年で天下を統一した女帝スナの権威は絶対的であり、女でも男でも逆らえるものは一人もいなかった。
女帝スナは、砂時計を女帝の証とした。
その後の歴代女帝は、みな、砂時計を飾り、それを女帝の証とした。
女帝スナは猫も飼った。猫を飼うことも、歴代女帝が行った女帝の習わしであった。
女帝スナは、日本において、諸王の王として圧倒的権力で君臨した。
女帝スナは、賢いことまちがいなしといわれた人物で、初代女帝の時代は、その後の歴代女帝たちに、統治の手本とすべき聖君主であるといわれた。
女帝スナは、いいたいことはずばずばいうが、謙虚なことばを選ぶので嫌味がない人だった。
聖君主スナは、歴代女帝統治時代の初代皇帝である。
スナから始まる日本の女帝系統は、世界史でもまれな、三百九十年間を女帝が支配した時代であった。
強く、賢く、美しい、そんな女帝スナはすべての日本人の憧れだった。
3、武体術
身体が弱いとされている女がどうして歴代女帝統治時代に男を支配できたのか。
それは、女帝スナが教えた女にしか使えない格闘技である武体術のためであった。
武体術は完成した格闘技だった。
女の格闘技は完成していて、その女流武術を修得した女は、素手で戦っても男に勝つことができた。
だから、男は女に従うしかなかった。
この時代の女は、ひとりで三人の夫をもつのは当然のこと、女帝となると八人の夫がいたという。
少年の童子を仕えさせたものもいたという。
4、歴代女帝統治時代の男たち
この時代の男たちは、みんな、頭脳奴隷であった。
女の管理職に命令されて、中世科学の研究をしていた。
女のために学問の研究ばかりしていた。
男たちがひたすら女の頭脳奴隷だった時代が三百九十年もつづいたのだ。
5、美男子格付け
宮廷の殿上人(でんじょうびと)はみな女だった。御所に入れない地下人(ちげにん)も女だった。
歴代女帝統治時代の女たちは、美男子の品評会を好んだ。
どの男が格好いいか、笑い飛ばしながら格付けした。
美男子の品評会で楽しいのは女だけで、男たちはどの順位になっても面倒くさいことが増えるだけだ。
しかし、作者のおれが思うには、女にも、男にも、異性の美しさを格付けしたいという欲求が本能的に備わってるのだと思う。
なんとか、異性の格付けをする文化を誰も傷つけないものにしたいものだ。
宮廷での美男子格付けで一位をとったのは、破れ寺で幽霊とちぎったという男だった。
女たちがなぜその男を選んだのかいまいちわからないが、その一位になった男は多くの女たちから口説かれたという。
紫式部という女流作家がいて、その美男子がちぎった破れ寺の幽霊とは何であるのかを調べたところ、その幽霊は、幽霊に変装していた女帝であったことがわかり、それが知れ渡ると、紫式部の書いていた小説は大流行した。読まない女はいないというくらいに流行った。
6、女帝継承者争い
「源氏物語」を著した紫式部は、自分には初代女帝スナの血脈が混じっているので、女帝になる権利があるといった。
しかし、そんなに簡単に女帝になれるわけもなく、「枕草子」を書いた清少納言にも、初代女帝スナの血脈が混じっていたため、女帝になる権利を主張した。
清少納言にいたずらをするものもいて、清少納言が書き物をするための墨や筆を盗んだので、清少納言は「墨や筆を盗むな。盗むなら酒こそ盗め」といったという。
他にも、「竹取物語」の著者や「とりかえばや物語」の著者、「堤中納言物語」の著者、「大鏡」の著者などが次々と名のりをあげて、女帝になろうとする女たちによる激しい内乱が始まったのである。
この女流作家たちによる内乱を女戦国時代という。
7、女戦国時代
女流作家の権威争いから端を発した女戦国時代は、そのまま全国に拡大して、女武将が下剋上を企てる群雄割拠の時代が始まった。
女武将による争いで日本は大乱した。
その時代にも女帝は君臨していて、日本を統治していたけど、女武将たちは、なんとかして女帝の位を奪いたいものだと激しく合戦に明け暮れた。
女たちによる国盗り合戦は激しさを増す一方だった。
いったいこの国はどうなってしまうんだ。
女賢者、女長老、女錬金術師たちは心配で仕方なかった。
8、火樹
いつ終わるとも知れない女戦国時代。
国は疲弊して、人々は死ぬのが恐ろしくて夜も眠れない。
そんな時代になってしまった。
そんな女戦国時代に、火樹(かじゅ)という女武将が現れた。
火樹は、武勇知略備えた女武将であり、傾城のかわいさといわれた。
それが、合戦に勝っていくたびにそのきれいさの装飾語がどんどん過剰になっていき、傾国のかわいさといわれるようになり、傾仙のかわいさといわれるようになり、ついには、傾世のかわいさといわれるようになった。
そして、火樹はその武勇知略によって女戦国時代で全国征服を成し遂げた。
火樹によって全国統一がなされ、火樹は女帝によって天下人であると認められた。
天下人となった火樹には、女でも男でも逆らうものはいなかった。
当時の女帝ですら逆らえなくなり、初代女帝スナの血統が危ぶまれることになった。
火樹は、武体術の奥義である無体術が使えたので、負けることはなかったのだ。
9、月から使者が来る
火樹が天下人となると、月から使者がやってきて、スナの子孫による支配を終わらせるようにいった。
すでに、スナの罪は許された。
三百九十年間の歴代女帝もよくがんばってくれた。
月の使者が来た時、地上に天の川が流れた。
「次の帝は誰がなるんだ。帝は女でなければならない」
という女帝論者が多かったが、
「男が帝をやってもよいだろう」
という男帝論者も現れて激しく意見を戦わせた。
日本の男たちに男権拡張運動が起こり、男帝論がいよいよ盛んになった。
10、歴史書の破棄
そして、次の帝には男がなり、歴代女帝統治時代は終わった。
その後は、よく知られた武家政権時代になる。
それまで虐げられていた日本の男たちは、歴代女帝統治時代の三百九十年間の歴史書をすべて破棄して、男の時代を始めた。
だから、歴代女帝統治時代は歴史家には、記録のない時代と呼ばれる。
男たちは三百九十年間の歴史を捏造して、平安時代と名付け、男が統治していたという架空の歴史を教えることにした。
歴史書はなくなったが、女流文学だけは残された。だが、女流文学から歴代女帝統治時代が本当はどんな時代だったのかは誰にも推理することはできない。
11、歴代女帝統治時代の総評
歴代女帝統治時代は幸せの時代といわれ、すべての恋愛が成就した時代だといわれる。
「本当に、歴代女帝統治時代ではすべての恋愛が成就したの?」
と子供が聞くので、歴史家が答えたのは、
「女帝の恋愛はすべて成就しただろうね」
「女帝だけか」
と子供はがっかりしたようだった。
改めて歴史家は問う。
信じるのか、平安時代が本当はずっと女帝の時代だったと。
平安時代には女帝はいなかったと記録にはある。
それは、平安時代のすべての帝の記録が破棄されたためではないのか。
いつか、真実の歴史が公開されることを望んでこの記録を終える。
参考文献。
「竹取物語」現代語訳。角川ソフィア文庫
「枕草子」ちくま学芸文庫。
「とりかえばや物語」文春文庫。
「源氏物語」角川ソフィア文庫。抄訳。
「大鏡」角川ソフィア文庫。
「堤中納言物語」光文社古典新訳文庫。
ウィキペディア。
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