夏、幽霊、不在の証明
蟬時雨あさぎ
date:2020.08.15 case:拝 income:¥0 notes:なし
『幽霊なんて存在しないって、証明してくれませんか?』
と、幽霊に言われた。なんてこったよ。
昔からよく、視えた。ついでに、話せたし聞こえた。
あんまりにも当たり前だったから、それが
『そこを何とか! 貴方だけが頼りなんです、ええと……』
「おじさん、
『樫木さん! ……お願いします!!』
だからかは知らないが、
「ンなこと言われても、なぁ……」
目の前に居る
「えーと、なんだっけ。ミサキくん?」
『
「……おじさん忘れっぽくてね。ごめんごめん」
怒らせて祟られたら元も子もないね!
「んでマサキくんはさ、なんでまたそんなことを?」
幽霊が存在しないことの証明ねえ。それをまた、幽霊に依頼されるとは。
『……単純に、気になって?』
「そんな理由でおじさんに無理難題吹っかけないでくれるかなあ?」
睨んでみたらちょーっと怯えてくれたけど、存在感が無くならないところを見ると
『っ、と、とにかくお願いします! じゃないと――』
あ、これはイカン。冷房の空気とは違う涼しさ、というより寒さ。ぶわっと、肌がぞわぞわするような霊気。
『――た、
「……ソッカァ」
祟られるのは嫌だからね。おじさん祟っちゃダメ、ゼッタイ。
「その依頼、
帰れ帰れ、とジェスチャーすると、意外と素直に帰ってくれた。
さて、まずは情報収集からかね。
「はいこれ。頼まれていた
「いつもありがと、
バー・ドルセントの看板娘は全く……、金髪ショート間から見える耳の大量ピアスピアスピアス。
毎度ながら見るだけで痛そう。いやあ、おじさんだったら絶対できないね。
探偵御用達、情報屋。おじさんはエセ探偵だけど、情報が有るのと無いのとでは解法の組み立て方が結構変わる。重要だよね。
「ちゃん付しないでくれる?」
「はいはい、そうかい」
クリップで止められた、
気弱に見せかけて頑固な大学生ミサキくん――じゃなくって真崎くん。
まさか、あの新型肺炎の被害者だったとはねえ。
にしては、化けて出る霊にしては引きずっている業みたいなもんが薄かった。依頼の内容もアレだし。特段に深い恨みとか辛みとかがあって、って思えなかったのはなんでかね。
ま、解法は見えた。
「んで、なんでそんな情報が必要なワケ?」
「んー? ひみつー」
ロリポップを口から出してまで、うへえ、って顔をされた。ひどいじゃあないか。
「お仕事関係で必要ってだけさ。おじさんにも色々と事情があんの」
「ふーん。それは、……アンタの目に関わってる話?」
「……」
あー、なんだろうね。
さすが情報屋、というべきか。つい半年前に先代から継いだばっかりの十八歳には見えないねえ。
このテの人種に視えるって公言するのは、仕事で忙殺されそうで嫌なんだおじさん。
「お代は如何程かね?」
「だんまりかよ。……ま、いつも
「おっ、有難いねぇ! それじゃあ遠慮なく」
代わりに資料を返す。情報は脳みそに入れとくのが一番安全だからなぁ。最近物忘れが多くて困るけどネ。
「じゃ、お邪魔様~」
「またどおぞ」
西の空が、ほんのり赤くなりはじめる。それでも暑さは収まらないし、セミの声はジンジンと静かになることを知らない。
んー、もうそろそろ来るはずだ。
『来ました』
「うわっとぉ!?」
『なんですか。……霊とか見慣れてるんじゃないですか?』
「いやあ。急にぬめっと現れたら普通に驚くよ」
よく言われるんだけどさあ、流石に壁から人間の顔が出てきたら驚かない? そりゃあドアとか質量のあるものを霊は透過するから、楽ちんだと思うけど。
「霊になったからといって、ゾンビゲームが得意になる訳じゃない。それと一緒ね」
『分かるようで分からない例えですね?』
死角から飛び出してこられたら驚くし、急に眼の前から人が消えたりしても驚く。ただ霊が見えてしまうってだけの、ベースはただの人なのよ。
「さて、じゃあ行くとしますか」
『行くって……どこに、ですか?』
「決まってるだろう?」
冷房の電源を消して、部屋の電気を消して。窓の戸締りよし、扉の戸締りよし、と。
「幽霊の不在証明をしに、さ」
事務所兼自宅を出れば、やっぱりくそ暑かった。それにセミ煩い。
だからこそ新型肺炎がナリを潜めてくれている。そう思うと、有難さを感じるくらいに、アレは人の心を
『樫木さん、病院なんかに何の用ですか?』
向かったのは、××市病院。時間という薬が、病院の出入りというものを危険な行為ではないものへと変化させてくれた。
「入っぞー」
『ち、ちょっと!?』
三階。一人用の部屋の中に入ると、寝台の周囲はカーテンで閉じられている。
誰もいない病室。これなら、大っぴらな独り言を溢してても気に留められない。
準備は万端だ。
「さて、真崎くん」
『なんでしょう』
「“真崎加寿という幽霊が存在するならば、真崎加寿という人間は生きていない”を命題であるとしよう」
『……厳密には命題ではない、という突っ込みは控えましょう』
ある程度の社交性を持っていてくれて、おじさんは嬉しいよ。
「では、命題の証明における重要な性質と言えば?」
真崎加寿。××大学の数学科三年。
大学の近くに下宿をしていて、地元を離れて暮らしている苦学生。成績は優秀、高校生時は特待生で生徒会の副会長もやってたんだってさ。
今でもアルバイトをしながらも勉学に励む、絵にかいたような優等生君。
『命題の真偽とその対偶の真偽は一致する、のことですかね』
そんな彼の仕事場は、ドラックストアだった。
「おお、即答!! さすがだねえ」
マスク。アルコール消毒液。トイレットペーパー。ティッシュボックス。
それらを求める人々の声が、深く彼の精神を傷つけた。……元々、怒られ慣れていないってのもあるだろう。
彼は言葉通り、心身を、病んだ。
「さて。じゃあ、
心無い言葉、怒号。自身の所為ではないのに、感情の捌け口にさせる日々。
たかがアルバイト風情に、どうこうできるものじゃあないのにな。
人間ってのは、追い詰められなくても残酷だ。……追い詰められれば、なお。
「――対偶を作るとすれば、どうなる?」
性格故に、恨んだりはしなかったんだろう。それでも心身を蝕む紛れもない
『“真崎加寿という人間は生きているならば、真崎加寿という幽霊が存在しない”?』
「うん、そゆこと」
カーテンを、勢いよく
『な……っ!?!?』
寝台に眠り、点滴の栄養で命を繋ぐ一人の青年。紛れもない真崎加寿、本人が眠っていた。
定期的に取っている今日の夕食連絡が途絶えたことを不審に思った親族のお蔭で、一命を取り留めたらしい。柚子紗ちゃん怖い。
……根っからの理系、幽霊なんて非科学的。それでも自分には影が無く、誰にも認識されない。
自分がまだ
しかしそれ以上に、戻りたくなかったんだろう。
理不尽な怒りをぶつけられる現実に。
今思えば、その歪んだ願望が相まっての依頼、だったんだろうかね。
「これが、幽霊の不在証明だよ」
その瞬間。
真崎加寿という幽霊の存在は、――俺の目に映らなくなった。
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