第21話 勇者 対 委員長
夜。東京都立多摩川高等学校。
下校時刻もとうに過ぎ、生徒たちは誰一人残っていない。校舎は真っ暗である。しかし、一部に明かりが灯っていた。そこは職員室。中には何名かの教員が残っており、まだ業務を続けていた。
その内の一人、
多摩川高校の年度初めは激務である。それはどこの学校であろうと同じであるが、この高校は
と、千夏は愚痴ってもしょうがないと、うーんと背伸びする。
取り敢えずは、今日の業務の目処はついていたので、もうひと踏ん張りだと、気合を入れる。と、
コン コン
と、職員室の扉を叩くノック音。
千夏はじめ残っていた教員たちは、それに怪訝に眉を
こんな時間に訪問者が? と疑念に怪しむ。
下校時間はとっくに過ぎ生徒たちは残っていない。ただ、正門は閉じていたが、裏の勝手口はまだ開いているので、誰か勝手に入って来たのだろうか?
皆そう訝しむが、とにかくその場を代表するような形で千夏が、
「どなたー?」
と声を掛けた。すると、
「………夜分、すいません。私です」
と、一年三組のクラス委員、
「あれ、阿蘇品さん? こんな時間にどうしたの?」
と、千夏は驚き気味に尋ねる。…彼女は確か、あのコンビと一緒に下校した筈だが?
「…す、すいません。実は、剣道部の部室に忘れ物を……してしまったかも…しれなくて、武道場のカギをお借りできないかと…」
過分に申し訳なさそうなのぞみ。
「え? 何を?」
「……そ、それは……その」
と、言いにくいのか口籠るのぞみ。
千夏は、彼女が何を探しているか勝手に察するが、
「………それ明日じゃダメなの?」
やはりこの時間に探しに来るのは常識的ではない。
「………すいません。出来れば今日中に必要なものでして…」
「何かは知らないけど、それ部室にあるの?」
「…まだ、わかりません。とくかく探したくて…」
こんな時間に学校まで戻って来るのだ。よほど大事なものなのだろうか?
千夏は、しょうがないわね、と席を立つ
「………セキュリティ上は、あんまりよろしくないんだけどね」
そう言いながら千夏は、職員室奥にあるキーボックスから武道場のカギを取り出し、のぞみに手渡した。
「忘れ物見つけたら、すぐ持ってきて頂戴ね。待ってるから」
「は、はい! 有難うございます!」
のぞみはそう言うとスタスタと職員室を後にした。
彼女の後ろ姿を見て、…あんな真面目な子でも忘れ物するのね、と思う千夏。
それから「ま、当たり前か。人間だもの」と、独りごちて、残りの業務を片付けるべく机に向かった。
………のぞみは嘘をついて、武道場のカギを借りた。
和歌月先生はおそらく私の人柄を信用して、カギを貸してくれてたのだろう。
そう思うと、後ろめたさに
薄暗い中、武道場へ校庭中庭を駆け抜けると、そこに他の者が何人かいた。
その内の一人、一年一組クラス委員、
「………カギ、借りれたのか?」
「…うん」
薄暗い中、互いの顔色がよろしくないのがわかる。二人とも、悪いことをしている、と感じているようだった。
と、
「…マジで? 何て言って?」と同じく一年一組、
「……忘れ物しちゃったんで、カギ借りてもいいですか? って、和歌月先生に」
「マ、マジでか? …バレたら後でやばいんじゃねえの?」
「………うぅ、そう、よね。どうしよう…」
明人の言葉に、動揺を走らせるのぞみ。
「まだ先生いるのか…。相変わらず社畜ってんな…」と、割とどうでもいい野暮を入れる直人。
「って、社畜って何よ。変なこと言わないの」
「ん? 公務員も社畜って言うんですかね?」と、この場唯一の他校生の
「知らないし! ……ああ、もう! あんまり時間かけるとバレちゃうから、早速始めましょう」
のぞみは、迷いを振り切りそう言うと、薄暗い中きつい視線をある人物へ飛ばす。
それを受けた人物は、似たような視線をのぞみへ返し、
「……わかりました」と重々しく呟いた。
その人物は、一年一組クラス委員、
「よし! じゃあ早速、夜の校舎窓ガラス壊してまわりましょう!」
「「って、なんでだよ(なの)!」」
と、瑛里華の卒業的発言に、同時にツッコむ直人とのぞみ。
夜。多摩川高校武道場。普段は柔道部や剣道部が稽古に勤しむ場所。
そんな場所に、蘇我直人、久住朋子、添田明人、阿蘇品のぞみ、有藤瑛里華、の五人が現れていた。
なぜこの五人が、こんな時間に、こんな場所に来たかと言えば、原因は数十分前に逆戻る。
*****
「意っ味っ、わからん!!!」
阿蘇品のぞみは、調布駅前の老舗アミューズメント施設“ドアーズ”の店内に、絶叫を響かせる。
「何がですか!」と負けじと吠える、久住朋子。
「なんで!? なんで景品を返す話が、直人に弁当作る話になるの!?」
「だってそうじゃないですか! 直人くんの昼飯代がないなら、私がお弁当作るしかないじゃないですか!?」
「景品戻せば、それが返ってくるって言ってるの!」
「だからその子を返しちゃ駄目です! それは直人くんの勲章みたいなものなんですから!」
「だけん、なんが勲章ね!」
「魔族語で喋んないでください!」
「馬鹿ん、しとっとね!?」
ピーピーギャーギャーと、まるで水掛け論のように言い合う、のぞみと朋子。
それは、直人と朋子がUFOキャッチャーの景品を取ったものの、互いに、お前が貰え、と不毛な争いを繰り広げたため、見かねたのぞみがその景品を返品しようとしたのだが、
それに朋子が異議を申し立て、仕舞いには、私が直人の弁当を作る、という良くわからない主張をしたために、話がさらに
「やめて! 俺のために二人とも争わないで! …て仲裁したらどうですか? 直人っち」
「そんなんで、収められるか! って誰が直人っちだ!」
「爆ぜろ、お前。ってか、二人とも俺の翼だ的な二股宣言すればいいじゃん。そして、中に誰もいませんよエンドを迎えるがいい…!」
「ふざけんな!」
のぞみと朋子の言い争いと、瑛里華と明人のめんどくさい絡みに辟易してしまう直人。
マジで、どうしたもんか…。と内心、頭を抱えた時だった、
「勝負です!」
と、朋子が明朗に叫び、のぞみを指差した。
「私の邪魔ばかりするあなたをもう許せません! 勇者として勝負を申し込みます!」
頭に血が上り、勇者としてのぞみに勝負を挑んでしまう朋子。
それに直人は焦る。以前、朋子と体育館裏で決闘騒ぎを起こした時に約束したのである。
直人以外の、普通の日本人には迷惑はかけないと。
「おい! 朋子!」直人はそう叫び、約束が違う、と続けようとした時だった。
「受けて立つわよ!」
阿蘇品のぞみは、勇者の転生者、久住朋子の挑戦を受けたのだった。
「なっ、おい、委員長。そんな本気に」
「いいわよ。なんで勝負するの? ちょうどゲーセンいるし、ゲーム? それとも試験近いし、成績順位? さぁ、なんで勝負するの!?」
直人の言葉にも聞く耳持たないのぞみ。彼女も相当、血が上っていた。
「剣です!」
「け、剣?」
一瞬、驚くのぞみ。
「そうです! 私は勇者です! 異世界最高の騎士だったんです! あなたなんかコテンパンです!!」
勇んで叫ぶ朋子。そんな彼女には対し、のぞみは、
「ハンっ」
鼻で笑った。
「何ですか!?」
「……そうようね。勇者様だもんね。魔王を倒したんだもんね。…いいわよ。剣の勝負で」
そう言って恐ろしく侮蔑した顔を勇者に向けるのぞみ。
「お、おい、委員長。剣で勝負って…」
朋子はおそらく、何の考えもなしに剣の勝負と言ったのだろう。いつものことであるが。
だがそれは、朋子にとって賢い選択とは思えない。確かに以前の決闘騒ぎでは、それなりの動きを見せたが、勝負を申し込んだ相手、阿蘇品のぞみは剣道部員(仮)なのだ。おまけに彼女は…
「直人、学校戻りましょ。…立ち合い人してくれるよね?」
「……」
のぞみの有無を言わせないという視線。直人は黙って頷くしかなかった。
と、
「あのー」と瑛里華が手を挙げる。
「剣の勝負とかよくわかんないんですけど、これ勝った方が、直人っちの弁当作るってことでいいですか?」
あっけらかんと抜かす瑛里華。おそらくワザとである。
その言葉に、三人の時が止まる。
「「「……」」」
彼女ら二人は、頭に血が上った勢いで勝負を決めたのだ。勝利した暁には的なことは、特に考えていない。
建前として、互いの面子を賭けての勝負、でもよかったのだが、
「…そ、そうです! 私が勝って邪魔者を退治して、直人くんの弁当を作るんです!…で、でも、ち、違いますからね! 勘違いしないで下さいね! 私は別に直人くんのために、弁当を作るんじゃないです! 勇者としての名誉のために、直人くんの弁当を作るんです!!」
思いっきり瑛里華にのせられる朋子。もう引くに引けないので、どこまでも突っ走るつもりであった。
一方ののぞみは、血上った頭にさらに羞恥を走らせる。
朋子が何かと突っ走る性分なのは、この短い間で理解したが、ここまで突っ走るとは
だが実は、のぞみも直人に弁当を作ってあげることは
それは直人の家庭の事情を知っていたため、給食のない高校に入ってからの、彼の昼飯事情を気にしていたのである。ほんのり、直人に弁当を作って来ようか、と思ってもなくもなかったのだ。
しかし、自分は唯の同級生でクラスも違う。それが、わざわざ違うクラスの直人に、弁当を作ってあげて来るということは、そういうことなので、及び腰だったのだ。
……だがこの勝負、チャンスなのかも知れない、と、のぞみは思う。
頭が血上り羞恥も走り勢いに身を任せていたので、彼女は全く冷静ではなかった。そして、
「あなた相変わらず意味不明!! だけど私が勝ったら、もう直人の邪魔はさせない! べ、弁当も…直人の弁当も私が作って上げるからぁ!!」
と勇者へ
ただこっ恥ずかしいのか耳まで真っ赤にして。
結果、この勝負は直人の弁当を巡る戦いになってしまった。
「………………え、なんで」
女子二人が、己の弁当のために勝負することになってしまった魔王の転生者こと、蘇我直人。
どういう顔をすればいいか、さっぱりわからなかったが、とにかく恥ずかしいことだけはわかり、耳まで真っ赤した。
そして取り敢えず「……直人、頼むから、お願いだから爆発四散してくれぇ」という明人の呪詛の懇願はガン無視しておくのだった。
*****
そうして彼らは、のぞみと朋子の勝負のために、ここ多摩川高校へ戻ってきたのだ。
途中、明人が嫉妬と呆れから帰ろうとしたが、瑛里華に「添田さん、お願いだから付いてきてください」と頼まれ、断れずに結局付いて来ていた。
のぞみと朋子の勝負は、剣。
そして阿蘇品のぞみは剣道部員(仮)。
成り行きとはいえ、剣道で勝負するのだろうか?
直人はそう思いながら武道場に入る。
多摩川高校武道場。昼間は体育の授業、放課後は柔道部や剣道部が稽古に勤しむ場所。
一階が剣道場、二階が柔道場になっていて、各部室は道場に備え付けられていた。
五人が剣道場に入ると百畳ほどの空間が広がり、奥には神棚と“文武両道”の額縁が飾られている。
と、
「じゃあ、付いてきて」
のぞみは朋子へ促し、朋子も「は、はい」と大人しく女子部員の更衣室へと入っていった。
なんとなく手持ち無沙汰になる三人。
と、瑛里華が道場片隅から勝手に座布団を三枚持って来る。床はフローリング。ただ座ると痛いので、三人は遠慮なく座布団を使った。
「委員長と久住さん、ほんとに剣道で勝負すんの?」と明人。
「……わからん。委員長、なんか考えがあるっぽいけど」と直人。色々と心配で顔色は優れない。
「委員長さんて、やっぱり剣道部だったんですね」と瑛里華。
「やっぱりって?」と直人。
「黒髪ポニテ真面目キャラは大抵、剣使う」
「……何の話だ」
「だからさ、勝負になんの、あの二人? 無謀じゃね?」
明人の問いに、眉を結ぶ直人。それがさっきから気になっていることだった。
「無謀、なんですか?」
のぞみのことをあまり知らない瑛里華は尋ねる。
それに明人が答えた。
「だって委員長、中学剣道の全国経験者だぜ」
と、
「お待たせ」
のぞみの声が聞こえる。着替えが終ったようだ。視線を動かす三人。そこには、
道着姿の阿蘇品のぞみと、
冬服体操着の久住朋子がいた。
おそらく道着はのぞみの自前、体操着はのぞみのものを朋子が借りたものだった。
三人が想像していたのは、剣道の武具を纏った姿ではあったのだが違ったようだ。
しかし首を傾げる。
なぜなら、
二人とも、なぜか紙風船を頭にのけっていたのだ。
ヘアバンドで固定しているようだった。
「………なんですか、それ?」と瑛里華。
「スポーツチャンバラ。知らない?」とのぞみ。
「ああ、なんか聞いたことが」
瑛里華が多少納得して、二人の手元を見ると、長さ70㎝くらいのエアーソフト剣を互いに持っていた。
「本格的な防具なんかもあるらしいんだけど、これは先輩たちが百円ショップで買ってたやつね」
女子高生二人が、
片や道着姿、片や体操着。
手には玩具のソフト剣を持ち、頭にボンボリを付けて相対している。
その事に、朋子はどうも不満な様子であった。
「……本当にこんなので勝負するんですか?」
憮然とのぞみを睨む朋子。
「当たり前でしょ。まさか、剣道具使って勝負しようとか考えてたんじゃないでしょうね。さすがに無理だからね」
「私は本物の剣を使ってやることを想定してました!」
「そんなのあるワケないでしょ!? ふざけないでよ!」
「私は真剣です!」
「え? ちょっと、え?」
朋子がダジャレを言ったのか、条件反射でツッコもうとするのぞみ。
しかし朋子は全くふざけた様子がないので、少し調子を崩される。と、
「………委員長、ルールはどうするんだ」と直人が真面目に尋ねる。
「………ルールは簡単。この剣で先に紙風船を割った方が勝ち。
あなたは、私の紙風船を一回でも潰せれば勝ち。
逆に私はあなたの紙風船を、三回潰せば勝ち。
あなたは一本先取、私は三本先取で勝利。時間は無制限。
それでどう?」
朋子が素人とは言え、のぞみの方が大幅な譲歩だ。
しかし朋子はまだ不満げであった。
「納得出来ません!」
「………なんでよ」
「なんで私の方が有利なんですか! 私は対等の勝負を希望します!」
「………あなたね」
この子は一体どこまで本気なんだろうかと、のぞみは項垂れる。
「委員長、一ついいか?」と直人。
「時間無制限ってのは、さすがに不味くないか? 長引いたら…」
今、この場には無断で立ち入っているのだ。時間が掛かって和歌月先生とかにバレたりしたら…。
そんな直人の心配をよそに、のぞみは「大丈夫よ」と紡ぐ。そして、
「一瞬で、終るから」
と迷いなく断言した。
「馬鹿にしてるんですか!?」と朋子は、のぞみの挑発に唸るが、
「馬鹿にはしてない。最初から全力で行くと言ってるの」
そう言ってのぞみはエアーソフト剣を正眼に構え、
「さぁ、しあいましょう」
朋子を真っすぐに見据えそう言い放つ。
「………わかりました」
朋子はまだ納得できないことばかりであったが、のぞみの真剣な様子に頷き、同じく正眼に構える。
「………直人、号令お願い」と、視線を外さすにのぞみが呟く。
「…わかった。では、両者構え…てるな」
一呼吸して、間を置く直人。
「…始め!」
刹那、のぞみはすり足で一瞬に朋子との間合いを詰め、
スッパァーーーーン!
と盛大な音を立て、勇者の頭を打ち払った。
「………え?」
何が起こったか理解できず、呆けた声を出す勇者の転生者。
続けて聞こえた「…阿蘇品のぞみ、一本」の直人の声で、ようやく理解する。
自分は死合に負け、頭を打ち取られたと。
「…………」
自分は勇者なのに、一瞬で負けた。おそらく一秒も掛かっていない。これが実戦だったならば…。
そんな動揺で構えを解けない、勇者の転生者。と、
「早く、風船膨らませて。時間ないから次やるわよ」
恐ろしく冷たく言い放つのぞみ。
朋子は動揺で慌てながら風船を元に戻し、再び構える。
のぞみは既に構えており、直人の号令を待っている。
朋子が構えるのを確認した直人は、軽くため息を付きながら、
「…始め!」と号令を掛けた。
のぞみは、今度は動かずお互い対峙したままだった。
冷たい視線で朋子を見据え、動かない。
一方、朋子は先ほどの動揺が抜けず、視線が
そしてのぞみが、どう動いてくるから分からず緊張している。
それはほんの数瞬であったが、耐えられなくなった朋子は、
「やっーー!」
と、抜けた声を上げ、のぞみの脳天めがけて一直線に打ちかかった。
「あ、バカ」
直人は思わず声を漏らす。あの剣聖コントで、自分にすら白羽取りされた動きである。
そんな動きがのぞみに通じる筈がなかった。
スパパン!
案の定、のぞみは朋子の一閃をいなし、脇をすり抜けざま、小手、銅と続けて打ち払う。
次いで、朋子の背後を取った。
朋子は一瞬、焦る。
すぐ、のぞみを捉えようと振り向くが、
スッパァーーーーン!
と、顔面に強烈な一撃をくらってしまう。
「うわ」
「ひでっ」
思わず声を漏らす瑛里華と明人。
直人は、なぜのぞみがこんな
と、朋子は思わず、その場に
スパンっ
と、のぞみが無慈悲に追撃を行い、頭の紙風船を打ち払った。
「………阿蘇品のぞみ、一本」と直人の宣言。
「さ、次が最後」
「……う、うぅ」
朋子は、直人の宣言にものぞみの促しにも反応出来ない。
それもその筈で、彼女は勇者の転生者以前に、唯の引っ込み思案な女子高生なのだ。
本来、争い事は好まない性格。それがこんな目に、まさか自分が他人に顔面をぶっ叩かれるとは、露にも思っていなかったのだ。物理的にも精神的にも大きなショックを受け、涙ぐんで動けない朋子。
「さぁ、早く立ちなさいよ。勇者様」
そして、のぞみも、そんなことは当然理解していた。
「あなた、前世で魔王と戦いを繰り広げたんでしょう? こんなの屁でもないでしょ。さぁ、早く立ちなさいよ」
「………うぅ」
「早く立ちなさいよ! 次がとどめだから!」
ビクンと肩を動かす朋子。
「お、おい、委員長」と思わず声を漏らす直人。
「そんなので、勇者なんて名乗ってるの? 馬鹿じゃないの?」
本当に小馬鹿にするように紡ぐのぞみ。
「一体何なのあなた? そもそもなんであなたがクラス委員なんてやってるの? クラス委員会で居眠りするし、真面目な発言出来ないし、とっとと辞退しなさいよ。迷惑なんだから」
「…………う、う」
「っていうか、こんな実力でなんで剣の勝負とか挑むの? どうせ何も考えてなかったんでしょうけど、本っ当、馬鹿じゃないの!」
「………ぅ」
「もう本当に、本当にマジでいい加減にしてよ。もう直人に絡まないで。あなたの妄想に直人を巻き込まないで」
直人は暗に察する。
のぞみは、朋子の自尊心をへし折るつもりだ。だからあんな
直人に取って、それは正直戴けなかった。
今の朋子を朋子たらしめているは、
勇者としての矜持、自尊心なのだ。
それを折ってしまっては、彼女はどうなるかわからない。最悪また暴走する
ただちに止めに入る。
「おい、委員長! それ以上駄目だ!」
「……なんで、直人」
「朋子は………信じられないかも知れないけど、本当に勇者の転生者なんだよ。俺がいた前世世界の」
「………」
「本当に、妄想じゃないんだよ。信じられないだろうけど……朋子は本当に転生者なんだよ」
のぞみは頷かず、視線は冷たいまま。
「頼む。信じてくれ委員長」
直人は懇願にも近くお願いする。と、
「…………あだ名」
のぞみがポツリと呟いた。
「え?」
「私はあだ名呼びなのに、この子は下の名呼びなんだ」
「いや、それは…」
きっかけは台南飯店での食事後のことだったが、直人は知らず知らず、“久住さん”よびから“朋子”よびに代わっていた。
そしてのぞみは、冷たい視線に妬みを絡ませ、朋子へ紡ぐ。
「さぁ、立ちなさいよ! 魔王にまで
「……」
「蹲ってないで、なんか言いなさいよ! …それともあなたは、本当は勇者なんかじゃないんじゃないの?」
「……」
「…………本性を現しなさいよ。この」
一瞬、直人はトラウマが蘇り、全身に悪寒を走らせる。駄目だ! と言おうとしたが、間に合わなかった。
「このエセ勇者!」
ビクン、とのぞみの発言に肩を震わせる朋子。
そしてのそりと立ち上がる。
その瞳には、恐ろしいほどの怒気を孕ませていた。
「……………さっきから黙って聞いていれば」
朋子が、そう抑揚のない声で呟いた。
「私が妄想? 勇者でない? …偽物?」
そう言って朋子は、クククと不気味に笑う。
「………何よ」
暗に警戒するのぞみ。
「………いいでしょう。ならばその身を持って教えてあげます。私が、精霊の加護を受けし勇者の転生者であることを!」
そう言うと朋子は、エアーソフト剣を上段に構え、手首を返して剣先を下に向けた。
まるで何かのヒーローキャラの立ち姿だ。
「…何の真似よ。この期に及んでふざけ…」
「問答は無意味。あなたも剣に携わる者なら、その
「………」
のぞみは、何かのキャラに為りきった朋子に、人ってここまで、とち狂えるものなのか、と怪訝に眉を顰める。
が、その目は真剣そのもの。雰囲気もガラリと変わっていた。
のぞみは警戒しながらも、正眼に構える。
「これ、噂に聞く朋ちゃんのキャラぶれですか? なんか語彙力上がってないですか? ってか、あの構えって…」
神妙に呟く瑛里華。
それに直人は、前世、ギガソルド城
あの構えは、
聖剣カリバーンを構えた勇者エルフィンそのものだった。
聖剣カリバーンは勇者の身の丈に迫る大剣である。当然重量もある。そんなものを正眼に構えては、重量に振り回されてまともに攻撃出来ない。出来るのは隻眼隻腕の黒い剣士だけである。
そのため、おのずと大剣は上段からの振り下ろしか横薙ぎの二択となる。そのための構えのようだ。
朋子は間違いなく、またあの状態になっている。
しかも今度は、その敵意が、魔王たる自身にではなく、
直人は焦る。またあの騒ぎを起こすワケにいかない。
かと言って、あの状態の朋子を止めるのも難しい。
それでも直人は、考えを巡らせるのだった。
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