第11話 勇者一行発見

「勇者一行をついに見つけました!」

 その日は、直人たちが高校生になって初めての週末の前日、つまりは金曜日であった。

 彼ら新一年生たちが、新鮮さを覚えながらも慣れない一週間を何とか過ごし、初めて迎えた週休二日の休み。

 ある者は遊びに行けると歓喜を現し、ある者はやっと休めると安堵のため息を漏らす。

 そんな皆が、この新生活の緊張が間もなく解かれると悲喜こもごもの感情を抱くそんな日の、朝のホームルーム開始数分前のことであった。

 久住朋子は登校して一年一組の教室に入って来るなり、携帯ゲーム機で明人と某一狩りゲームをしていた直人へ向かって、前述の言葉を言い放っていたのだ。

「……朝一から、前置き無く一体何だよ」

「だから私の前世の勇者の仲間が! こっちの世界にちゃんと転生していたんですっ!」

 朋子は、仲間が見つかったのがよっぽど嬉しいのか、嬉々とした面持ちで半ば詰め寄り気味で直人に訴えていた。

 その声は普段と違い、いつもより張りが良く嬉々とした声色で元気一杯! と言った感じで、彼女は満面の笑みであった。

 その笑顔に直人は…お前、笑窪えくぼあったんだな、と、ふと思う。

 他の勇者一行が転生している。

 それは勇者にとっては吉報でも、魔王にとっては凶報。

 しかしそんなことより、彼女の小さな特徴の方が気になる魔王の転生者。

 そして詰め寄られ過ぎて、視界一杯に拡がった朋子の笑顔に動揺してしまう。

「と、とりあえず落ち着け」

 そう言って直人は朋子の肩を押し、あまり近いと気が気でないので無理やり距離を広げた。

 そのまま朋子は押されるにがままに、ポスンっと右隣の自分の席に座る。だが、勇者は止まらない。

「この前ご飯一緒に食べた時、くん見つかる訳がないって言ったじゃないですか。でもそんなことなかったんですよ! ちゃんと皆、転生してたんですっ!」

 そう言って再び、椅子ごと引きずるように詰め寄って来る。

「…だから落ち着けって」

「これが落ち着いていられますか!」

 あまり聞く耳を持たない朋子。

 …直人はそんな彼女の行動パターンになんとなく気付いていた。

 朋子は思いつめると、思いっ立ったが吉日ですぐに行動に移すこと。

 そしてそのまま突っ走り出し、周りが一切見えなくなること。

 ある意味、御しやすくも扱い難い。

 現に、いつの間にか教室が静まり返り、クラスの皆が怪訝と好奇の視線をこちら向けている状況に彼女は気付いてはいない。

 世間体や体裁に全くお構いなし。

 進むは我が道。

 ……それが元々勇者の性格なのか、それとも朋子個人の人柄なのかは、定かではない。

 直人は取りあえず、最近癖になりかけている、ため息を付いた。

「わかったから…。とにかく話は後で」

「あの勇者一行が、私の仲間がこの世界にちゃんと居たんですよ! 私一人じゃなかったんです! 大きな脅威に立ち向かう時、自分一人ではない。こんな心強いことがありますか! …これで」

 朋子はとにかく語りたいのか、直人に口を挟まさせる隙間を与えない。

 勢い余って、さらに詰め寄り、

「魔王を倒せます!」

 と、直人の顔前で叫んでしまう。

 そして傍目はためには、朋子が中二的に取られかねない妄言を、男子に詰め寄って教室内へ盛大に響き渡らせる形になってしまっていた。

「……朝一から、イチャイチャしやがってっ……」

 そう憤怒ふんぬまみれ呟いたのは、二人の目の前に座る添田明人であった。

「えっ!」

 と虚を突かれる勇者の転生者。

 己と魔王しかいない、と視野不良気味だった彼女は、魔王の側近 (たぶん)の存在に気付いてしまい、

 そして周囲を見回して、他のクラスメートからも色んな視線を向けられていることにも気付いてしまう。

 途端、朋子は恥ずかしさのあまり慌てて椅子に座り直した。

「…………おい、直人。どういう事だ? ご飯食ったとか、どういう事だ!? 色々な意味でどういう事だ!!」

「………………知らん」

 明人の嫉妬に塗れた問いに、直人はどう答え得ればいいか分からず言葉を濁す。

 そして朋子の方は、恥ずかしさのあまり俯いて顔を真っ赤にしていた。

「……あー、ゴッホン!」

 と、己の存在をアピールするかの如く、ワザとらしい咳払いが一年一組の教室に響く。

 クラスの皆が不意にその源を見やると、一年一組担任である和歌月千夏が、いつの間にか教壇に悠然と現れていた。笑顔にこめかみをピクピクさせて。

 千夏の背後の掛け時計はある時刻をとうに回っている。

「もうとっくにホームルームの時間なんだけど」

 と、千夏が棘っぽく刻限を告げる。ついで、

「……コント勇者と魔王、またやらないでもらえるかしら?」

 と、二人に釘を刺す。

「「コントじゃない!!」」

 と、魔王と勇者の転生者は息を合わせそう反論するのだった。

  *****

 魔王と勇者の転生者が昼休みに決闘騒ぎをお越し夕食を共にし日から、幾日か経過していた。

 だが朋子の様子は相変わらずであった。

 朝来たらこちらをチラチラ見始める。

 目が合うとビクッとなってすぐ逸らす。

 たまに用事で、人前で話しかけるとドモりまくって会話にならない。

 直人も直人で、あの日の朋子の帰り際の爆弾発言で、朋子のことをすっかり意識してしまい、お互いぎこちない様相になってしまっていた。

 当然、二人のおかしな様子はクラスの気になる的になっており、以前朋子が直人に告白を匂わせる様な行動をしてしまったことも相まって、クラスメートたちから好奇の視線を向けられていた。

『あれ、やっぱ付き合っての?』

『でもこの前、久住さん授業バックれたよね。蘇我くん、振ったんじゃないの?』

『見ているこっちが恥ずかしい』

『結局、付き合う事にしたん?』

『にしてもあれお互い初心うぶ過ぎ』

 そんな野次馬発言が時折、耳目に入り…くそ、恥ずい、と悶える魔王の転生者。

 こんな羞恥にまみれた状況を打開しようにも、直人は魔王の転生者である前にヘタレの男子高校生でもあるため、結局、ロクな行動も起せず時が過ぎ、内なる悶々はピークに達しかけようとしていた。

 しかし一方で、彼女に一高校生として過ごそう、とする様子も、多少見受けられるようになっていた。

 例えば、授業をちゃんと受ける様になり、ノートに書き留めたり、苦手な授業はコクリコクリと船を漕いだりするようになっていた。…おい、と直人がペンで肩を小突いたりもしていたが。

 それから、クラスメートへの挨拶もちゃんと自分からするようになった。

 入学当初はうつむいて人と目を合わせられない様な有様だったのが、直人と勇者として関わって自信でも付いたのか、それとも色々吹っ切れたのか、クラスメートとも普通に目を合わせ、挨拶程度の会話ならそつなくこなす様になっていた。

 弁当も独りではなく、教室で近くの席のクラスメートと一緒に、席を合わせて食べれるようになった。まぁ、それは相手の方から、一緒に食べよう、と誘われたからのようだ。それが仲良くなる事へのきっかけにもなるだろう。

 ちなみに、ではあるが直人から見てこのクラスの生徒の人となりは総じて、普通、という印象。可もなく不可も無く。

 むしろ一番目立っていたのは、直人と朋子の二人であった。

 他の一年のクラスには、既に不登校を始めた生徒や、髪をいきなり茶髪にして生徒指導部と一悶着を起した者もいる様だが、一年一組は平和そのものである。どうやら和歌月千夏の存在が大きいようだ。

 取り敢えず、取り敢えずではあるが、現状がこのままでも続いてくれれば、一応は平穏無事に高校一学年目過ごせるかもな、と直人はほのかに抱いていた。

  *****

 …のだが、

 そんな魔王のささやかな思いは、本日早々に勇者に打ち崩されてしまっていた。

 今朝の、朋子のカミングアウトのせいで。

 直人は初っ端から魔王の転生者であるとのたまったっていたため、元々クラスメートからの視線には、さも平然とした態度であったが、

 朋子の場合は違う。

 他のクラスメートからの第一印象は直人と同じく、パッと見地味で大人しい子、の筈なのである。

 それがこの数日の奇行につけ、今朝の、自分は勇者である、と言う実質的カミングアウト宣言。

 否応なしに変わるクラスの目。

 おまけに千夏が、コント勇者と魔王、なんぞとのたまったため、

 なんか一緒くたに、変わり者コンビ扱いになってしまっていた。

 そして今は昼休み。

 多摩川高校教室錬非常階段一階の踊り場。

 そこに魔王と勇者の転生者は相対していた。

 今朝のカミングアウト後、結局朋子はいつも以上に挙動不審の状態に陥ってしまい、とても授業を受けられる状態ではなくなってしまっていた。それに直人は痺れを切らし、昼休みになった途端、彼女をこの人目が避けられる階段の踊り場へ無理矢理連れ出したのだ。

 教室を出る際、クラスメートの好奇の視線と、明人の「爆ぜろ!」の呪詛が聞こえたがどちらもガン無視していた。

「……で、お仲間を見つけったってのは?」

 朋子に胡乱気うろんげに尋ねる直人。

 彼女はその問いかけに堂々と胸を張り、

「本当ですっ」と自信たっぷりに言い放つ。

「まずカレンとサンドラを見つけたんです!」

 と彼に詰め寄りながら続けた。

 直人は、その不意にパーソナルエリアが狭まったことに一瞬、動揺し少しうわずった。

 朋子は直人と食事を共にして以来、やたらと彼に近づくようになった感があり、直人は度々戸惑いに近いものを感じていた。

 …元々彼女が、声の小ささを補う為そういう癖を持っていたのかも知れないが、正直、彼女の香りを感じる程近づかれては気が気でない。

「……まず誰がどれ?」

 彼女に内心を悟られまいと平静を装い、まず初歩的な質問をする魔王の転生者。

 そもそもギガソルド城決戦の折り名乗りを上げたのは勇者エルフィンだけで、魔王は他の一行の名を知らなかったのである。

「勇者一行の武闘家と僧侶の転生者です! 直人くんも覚えてるでしょ!? ギガソルド城決戦の時に、火竜拳法を駆使した背の高い赤髪の女の人と、結界詠唱術で魔王の攻撃を幾度も防いだ女の子の二人です!」

 前世事ぜんせいごとなので、また興奮し始める朋子。

 直人は、魔王の転生者つまり敵方である自分に、朋子が勇者一行発見の報を伝えるのはお門違いの様に思えたが、現状他に理解者がいないのでは仕方ないのだろう、と多少気遣った。

 そして同時に記憶を掘り起し、ギガソルド城決戦の時の勇者一行は、人間の男一人と女二人とエルフの女の組み合わせだったことを思い出す。

 …何気にハーレムパーティーじゃねえか、こんちくしょう。

 と、勇者に多少やっかむ直人であったが、そう言えばそのハーレムの中心は、今やただの女子高生なのであった。

「…で、そのかつての仲間をどうやって見つけたの?」

 この前言った通り、朋子が実際に蘇我直人の正体を気付けたのは、彼自身が自己紹介の時に自ら独白したからである。具体的に魔力を感知したとか魂の波動があったとか、そんな特殊な方法で魔王に気付いた訳ではない。

 直人の方も朋子が勇者の転生者である事が分かったのは、彼女が自分で明かしたからだった。と言うことは?

「……やっぱり、カミングアウトして回ったのか?」

 そう思える。

 あなたは転生者ですか? と道行く人に尋ねても、変人扱いされる上キリがない。

 まず自分が転生者であると明かして、向こうから見つけてもらわなければ分かり様がないのだ。それもそれで変人扱いされるが。

 もしその方法を取ったならば、朋子をある意味、真の勇者と認めなくもないのだが…。

「……実はそうとも言えるんです」

 久住朋子は妙に自信ありげにそう答えた。

 やはり彼女は真の勇者だったのである。

 ……って、んなアホな。

「これで見つけたんです!」

 そう言って朋子は、直人の呆然とした様子を無視して、ポケットからとある物を直人へ見せつけた。

 スマートフォンである。しかもこの春発売されたばかりの新モデルであった。

「……なんだよ? 未だガラケーの俺への当てつけかよ?」

 素直に妬む蘇我直人。

「え? ガラケー!? 絶滅危惧種!? ……やばいですよ、それ?」

「何が絶滅危惧種だ! ほんとにガラパゴス扱いすんじゃねぇ!? 通話はこっちの方が使いやすいんだからな! 通話機能とおまけのメール機能がありゃ充分だろ! 携帯、で・ん・わ、なんだから!」

 そう言ってキレ気味に、直人は自分の携帯を取り出す。

 取り出したのは塗装が剥げて地のプラスチック部分が露出し、折れる部分もガバガバで、画面も傷だらけの数世代前のケータイであった。

 彼が幼い頃、母に携帯を持たされて以来長年使っている代物である。

「うわ…太い。それにボロボロ……それまだ動くんですか?」

 憐憫れんびんを魔王に向ける勇者。

「さすがにディスり過ぎだろ! まだ全然使えるんだよ!」

「物持ちがいいとは思うんですけど、アプリとか使えなくて不便じゃないですか? もうさすがに買い替えた方がいいですよ?」

「やかましい! 別にアプリ使え…」

 とそこまで言って、脱線しかけている事に気付く直人。

「って、だからどうやってそれで見つけたんだよ。ネットでもググったのか?」

 現代人が探し物をするなら、まず思い付く方法はネット検索である。

 勇者 仲間 転生 とでも検索したのだろうか? …多分、ネット小説の方が大量にひっかかると思うが。

「ちょっと違います。厳密に言うとこれなんです」

 朋子は画面をタップして、とあるアプリを開いた。

 それは全世界で数億人の利用者がいる、あの巨大SNSサービスのアプリだった。

「………ツイッターって」

「そうです! 地球科学文明の、ある意味、遠距離念話詠唱術です!」

 そう言ってエッヘンと胸を張る朋子。

 物は言いようかよ、と呆れる直人ではあったが、彼女の例えに“発達した科学は魔法と区別がつかない”という尊敬するSF作家であるアーサー・C・クラークの言葉も脳裏に思い浮かぶ。

 確かに、異世界地球テラ然り、俗にいう“剣と魔法のファンタジー”世界の者から見たら、この現代の地球のテクノロジーはまさに神界に匹敵する超常の世界に思えるだろう。

 星の裏側にいる人間ともリアルタイムで会話ができる、携帯を始めとした通信技術。

 多大な距離を数時間足らず行き交うことのできる鉄道や飛行機などの移動技術。

 遺伝子レベルまで治療を可能とし、万病を克服せんとする現代医療。

 そして、最終究極魔法≪絶望への導きインデゥーシット ディスペレショネム≫の破壊力をも遥かにしのぎ、人類を滅ぼせる威力を持った戦略核兵器。

 異世界の人間からしたら、この地球世界こそ空想ファンタジーそのものだろうと、魔王の転生者は思う。

 …そして、異世界地球テラというファンタジー世界からの転生した勇者が、魔力や聖力反応や魂の波動なんたらで仲間を見つけるんではなく、現代のデジタル技術で仲間を見つけることはどうなんだろうか? とも、思う。

 現代っ子の勇者の転生者は、どうだ我が力、と言わんばかりにムフーっと得意満面の笑みを披露した。…なんでドヤ顔?

 呆れる直人の事などお構いなしに、続けて「これを見てください!」と言ってくる。

 朋子は端末をさらにフリップして、とある項目を選ぶ。

 直人がスマホを覗き込むとそこにはあるツイートが表示されていた。


 勇者エルフィン @tomokokujuu*****

【拡散超希望!】自分は異世界テラより転生した勇者です。ともに転生した他の勇者一行を探しています。心当たりがあれば一報が欲しいです。……よろしくお願いします!


「………」

 一見して、なんだこれ? である。

 どう見ても、変や奴が変なことをつぶやいているだけである。ってアカウント本名じゃん…。

 ネットでカミングアウトしても本気に受け取られる訳がない、と思う直人であったが、よく見るといくつかリツイートされていた。

 なぜに? と少し驚く。どうやら朋子のフォロワーや、FF外の人が親切? にもリツイートして拡散しくれたようだ。

「そして、……見つけたんです」

 と朋子が神妙な顔でまたタップする。

 …!?

 驚嘆すべきことに返信があった。しかも2件。


 エリリカ@sundra*****

  本当にエルフィン様でしょうか? 私です。僧侶サンドラです。御久しゅう御座います(*^。^*)

 RT@tomokokujuu*****【拡散超希望!】自分は///


 赤毛の炎@kalen*****

  マジでエルフィンなのかい? やっと会えたね…(T_T)

 RT@tomokokujuu*****【拡散超希望!】自分は///


「……」 

 スマホの画面を凝視して呆気にとられる魔王の転生者。

 ……マジで? こんなにあっさり見つかっていいのか? しかもツイッタ―で。

 それからDMでいくつかやり取りしたようだったが、それを確認する前に朋子はスマホを仕舞った。

 そして、どうだ! っと言わんばかりに腰に手をやり、

「わかったでしょ! 私は独りじゃなかったんです! 昨日の夜に話し合って、明日の昼に調布駅前で再びパーティを組むことになったんです!」

「マジ…でか」

 気分最高潮の勇者とは反対に顔を引く憑かせる魔王。

 こうもあっさりと勇者の仲間が見つかり、いきなりオフ会まがいとは。

 朋子の意外な行動力に恐れ入る魔王。

 しかし敵方が増え窮地に陥ったと思うより、むしろ面倒事が増えたように感じ、ゲンナリとなってしまう。

「でもまぁ、よくツイッタ―で仲間を探すって思い付いたよな?」

 取りあえず素直に朋子の行動力に感心する直人。朋子がフォローされていたことにもなんとなく驚く。

「うちのお姉ちゃんが、よくツイッタ―とかでオフ会とか……合コンやってるんです。…それで思い付いて」

「……」

 勇者に姉がいた。別にそれはいい、普通である。

 しかしツイッタ―で合コンって、大丈夫なんだろうか?

 顔の見えないネットで知り合うって危険じゃないんだろうか?

 意外と古い考えの直人は、朋子の姉が行っているという不特定多数との出会いを、暗に危惧した。

 ……って、いや俺関係ねえし。

「………じゃあ、今度は集団で俺にちょっかいかけくるのか?」

 取り敢えずは、これからの朋子の行動を危惧する。

「そうです! 皆と共に直人くんに戦いを挑みます!」

「………いや、普通に卑怯だし」

 案の定である。

 朋子みたいのが何人もいたら、とてもじゃないが相手にしていられない。なぜ勇者という人種は一対一で戦いを挑んでこないのだろうか? と思う魔王の転生者。

 その点、一番フェアだと直人が思う勇者は、単独で竜王に挑んだⅠの勇者であった。

「戦いに卑怯もへったくれもありません! 勝てばいいんです!」

 そう断言して、ビシッと指を指す朋子。

「おいこら」

「これで魔王も年貢の納め時です!」

異世界地球テラに年貢制度なんてはなかったと思うけどな」

「……? え、ないんですか?」

 相変わらず朋子に皮肉が通じない。

「いや、てかさ」

 スルーして、直人は欄干にもたれ掛り、

「………まずそのお仲間本物か?」

 と真面目な声で彼女に尋ねた。

 一瞬、予想打しない質問にキョトンとなる朋子。だが、すぐにムスッとなり、

「疑うんですか!?」と食って掛かった。

「当たり前じゃん。…ツイッターって百々とどのつまり、ネットで探し当てたんだろ? 相手の顔の見えない、夢幻世界よりも嘘に塗れた場所だぞ? 100%信用するなんて愚かだし、すべきじゃない。」

「でも! ちゃんと二人と前世のことをやり取りして、間違いないと確信しました!」

「例えば?」

 勇者一行のそれぞれの見た目や年齢、出会いの場所、それにどこどこのダンジョンに行ったなど、ツイッターの文字制限のためそれほど多くの情報を交換したようではなかったが、朋子はそれらの異世界地球テラでの話を擦り合わせたことで、本物の勇者一行であると判断した様であった。

「間違いないのか……?」

 やはり疑念を消せない直人。

 それらの内容は魔王の転生者である自分が聞いても、本物かどうか判断つかない物ばかりだったからだ。

 そもそも人間と魔族の生活圏は根本から違い、魔王ギガソルド自身も死ぬ百年以上前に夢幻世界に移っていたため、あまり人間の活動状況を把握していなかったのだ。

「うーん、でもなぁ。仮に本物だとしてもなぁ。……今お仲間はどうなってんの?」

「え?」

「だから向うも転生してるんだろ? 今どんな姿形で何やってる人なの?」

「……………わかりません」

「おい! それが一番重要だろ!」

 前世云々うんぬんではなく、今、どんな人物か確認していなかった朋子。

 直人は心の底から呆れてしまう。

「………仮に本物だとしても、もし相手がヤーさんとかだったらどうするんだよ」

「え…」

「危ない相手だったらどうするんだよ?」

「そ、そんな事ないです! 皆変わりない筈です!」

「………まず、お俺ら互いの姿形、確認してみろ」

「……あ」

 魔王と勇者の姿形と性格は、転生して全く変わってしまっているのだ。

 そのお仲間が元の姿と瓜二つなんて有りえなかった。

「はぁぁ…。お仲間が見つかって、嬉しはしゃぐのはわかるけどさ…。もっと、思慮しりょしようぜ」

「……」

 直人の諭しに、朋子はむぅっと膨れてしまう。やはり納得いかない様子であった。

「でも、もう約束しちゃいましたし…」

「明日?」

「はい…」

「……」

 何かを考えるように頭をポリポリと頬を掻く直人。ふと軽く溜息をついたかと思うと、

「…………俺も行くよ」と呟く。

「え?」

、一人じゃ心配だし、それに魔王として敵の顔を確認して置きたい」

  直人は珍しく、建前ではなく素直に朋子へ提案した。

  朋子は、その提案に一瞬驚き、少し思案する。そして、

「……そうですね。その方がいいと思います」

 と、呟き、

「逆に今、魔王がどんな状況か、皆にくんを会わせて知らしめた方がいいと思います! そっちの方が手っ取り早いです!」

 自分の思い付きが誇らしいのか、踏ん反り気味に腰に手をやる勇者の転生者。

「……いや、まあ。それでいいよ」

 理由はどうあれ、自分も明日同行することは純粋に彼女のことを心配しての提案だったが、あまり嫌がられず、むしろある意味歓迎されたことに直人は安堵を漏らす。

 …にしても、武闘家と僧侶の転生者

 魔王ギガソルドにとって彼女ら二人は勇者に比べ印象は薄かったが、それでも敵ある事には変わりはない。身の危険を感じなくはないが、だが彼女らもどうやらちゃんと日本人として転生してるらしいので、話は通じなくはないだろう。…少なくとも朋子の様にアホの子ではないと思う。

 と、直人が思っていると、胃袋が悲鳴を発した。

「もう教室に戻ろうぜ。腹減ったし」

「……そうですね。私も空きましたし」

「んじゃ、先に行ってて。俺は購買に行くからさ」

 そう言って直人は階段の扉に手を掛けた。と、

「あっ!」

 朋子が叫ぶ。

「何?」

「そう言えばライン」

「は?」

「まだお互い交換してませんよね?」

「ああ、そう言えば…」

 なんだかんだで、そういったことを失念していた。

「一応、クラス委員同士ですし、念のため…」

 なぜか及び腰に尋ねてくる朋子。教えてくれないんでは? と思っているようである。

 直人としては、朋子、勇者の転生者とは曲りなりに敵同士であったため、お互いの連絡先を交換するという発想はなかったのだ。

 いや、嘘である。本当は彼女の連絡先を聞く勇気がなかったのである。

 勇者である朋子に、魔王である直人が連絡先を尋ねても、拒否られると予想していたからであった。

 ……もし拒否られたら、多分、ガチでヘコむ。

 そんな事を思っていたため、まさか朋子の方から言って来るとは直人には予想外であった。

 まさに渡りに船。

「わかった」

 内心ガッツポーズしたことをおくびにも見せず、直人は何でもない風を装う。

「あ、ありがとうございます」

 素直に礼を言う朋子。気のせいか顔を明るくしていた。と、

「……って直人くんガラケーじゃないですか」

「……」

  直人のガラケーはラインどころか、ろくにアプリも使えなかった。

  焦る直人。…この話はなしか? と暗に危惧する。

「……じゃあ、久しぶりにメアド交換ですね」

「わ、悪いな」

 と、胸をなで下ろす直人。

 そうして二人はメアド交換をする、…のであったが、二人の端末はあまりに世代差があり、四苦八苦するも結局相互通信の方法が分からず、今やアナログ扱いの、片方のメアドをもう片方がメールで打って送信するという方法で、やっとこさ連絡先を交換するのに成功するのだった。

 それから二人は教室へと戻り、その後何事もなく多摩川高校の金曜の全授業が終わった。

 今日は朋子はそのまま家に帰り、直人の方もコンビニに立ち寄り晩御飯と単行本を買って自宅である寿荘201号室に帰りつく。

 そして母の帰りを待ちながら、テレビでも見ていると一件のメールが直人の携帯に入って来た。

 それを確認すると、


 From 朋子 to 蘇我直人


 明日はお昼の一時に、調布駅のトリエ調布前に集合です! 遅刻厳禁ですよ(>_<)!


 気になる女の子からのメールであった。

 瞬時に顔が綻

ほころ

ぶ魔王の転生者。だが、しかし、ちゃうちゃう!っとかぶりを振って身悶えキャンセルする。そしてすぐに朋子に返信した。内容は、

 明日30分前に俺たちは行こう。ちょっと確認したいことがある

 であった。

 やはり、本物の転生者かどうか疑念をはらえず、念のためある予防策を張りたかったのだ。

 朋子からは、なんで? どうして? 詳細求む! と返信があったのだが、直人は本来メール不精であったため面倒くささから、明日話す、とだけの淡泊な文章で返してしまった。

 結果、日付を超えても朋子からの返信は帰って来ることはなかった。

 布団で眠りにつく寸前まで、ケータイを開いていた魔王の転生者は後悔を覚えた。

 ……ヘコむ。

 ちゃんと返すべきだった…のか? 

 じゃねえし! 

 別に、返事とか、どーでも、いいし……。

 直人が、身悶えと強がりでケータイを放り出し体を横に向けると、寝室である和室の襖からは隣の部屋の明かりが漏れ出ていた。

 遅くに帰ってきた母が、まだ試験勉強をしていた。今月に入ってからずっとだ。

 なんでも今の仕事場でのステップアップのため簿記資格が必要らしい。

 直人は、その母の頑張りが息子である自分の将来の為なんだと思う、苦しくなり、目を背けるように寝返り目を瞑った。

 ……なんか最近ロクなことがない。

 暗にそう思うと、その要因にあの勇者のことが思い出された。

 明日その彼女とまた学校以外で会う。多分、私服だろう。どんな格好なんだろうか?

 ……いやいやいや、どうでもいいし。

 今日の学校での朋子が思い出される。

 スマホを片手に仲間の事を嬉々として話す彼女。

 お互い画面を覗き込んでいたので、顔の距離があまりに近く、

 彼女のまつ毛が長い事に気づき、

 その白い肌はニキビやそばかす一つなく、健康そのものであることを見とめ、

 そして彼女のくちびるは、潤っていた。

「ふぐおぉう!」

 身悶えのあまり変な叫び声を上げる魔王の転生者。

「…直人?」

 襖の奥から母の怪訝な呼び声。

「なんでもないからっ!」

 取り繕うよう直人がに否定の声を上げると、母はさして気にすることも無く試験勉強に戻ったようで返事はなかった。

 ………。

 認めざるえないのか?

 魔王の転生者たる我が?

 勇者の転生者たる彼女に?

 …………こ、こ、こ、恋

「ぐはぁっがあ! うえっつはがぁ!?」

「……直人ぉ? どうしたの?」

 さらなる魔王の断末魔に、直人の母は襖の向うからさらに怪訝な声を上げていた。

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