第8話 魔王の言い分

「…………何? 体育館裏には行ってないって言うの?」

 彼のあからさまな虚言に、当然の如く疑念の眼差しを向ける和歌月千夏。

「……その通りです」

 魔王の転生者は、無表情、無感情に呟く。

 それは内なる思惑を悟られまい、と、ワザとそうしてる様にも見えた。

「……なんでよ? 傘塚先生に聞いた話では……」

「それです」

「え?」

「久住さんからの告白が怖くて逃げました」

「「は?」」

 と、同時に感嘆詞を呟く千夏と朋子。理解できないといった顔で。

 そして朋子の方は唐突な魔王の転生者の妄言に頭が沸騰してしまい、

「……ちょちょちょ、ちょっと!? ななな何、世迷い言、言ってるんですか!?」

 と、あわあわおろおろと取乱す。

 ………なななんで、魔王なんかに、こここ告白なんかっ!?!?

「…………………本当にぃ?」

 と、思いっきり苦虫を噛み潰している千夏。

 それは当然だった。

 だって、誰が聞いても、その場しのぎの言い訳だったからだ。

「……その、彼女の気持ちは嬉しかったんですが、何せ知り合って日も浅いですし、お互いのこともまだよくわかりませんし」

 そう言って肩をすくめる魔王の転生者。

「「……」」 

 何この勘違い魔王、と思わず顔に出す女性二人。

「……おかしいわね。久住さん話してくれた事とは随分と食い違うわね」

 と千夏の方が若干呆れながらそう告げる。

「は、話?」

 と、寝耳に水な顔をする魔王の転生者。

「勇者エルフィンと魔王ギガソルドの体育館裏の決闘。久住さんが聖剣使って、あなたも召喚魔法も使ったんでしょ? その聖剣とやらと召喚された魔物も見当らなかったけど」

「……」 

 と、彼は少し眉を顰めながら朋子を見やる。

 その視線は暗に、余計なことを言いやがって、と言っていそうに朋子は感じられた。

 朋子は、それに、むぅっ!と唸るが、

「和歌月先生、……そんな荒唐無稽な話を本気で信じるんですか?」

 と直人は彼女の話を与太話と断じてしまう。

「なっ!」

 顔が別の意味でも真っ赤になる朋子。

「…………わからないから、あなたに事実確認をしてるんでしょ?」と千夏。

「だから俺の言い分は、体育館裏に行ってません。したがって彼女の言っていることは全部、中二的妄想です。真面目に取り合う必要はないですよ」

「「はぁ?」」

 その無茶苦茶な言い分に、思わずハモってしまう千夏と朋子。

 そして中二的妄想と断じられた勇者の転生者は、顔を真っ赤にして魔王の転生者に抗議する。

「なっ!? …そんな変な事言わないで下さい! 中二病じゃないです! 妄想じゃないです! 私は本物の勇者なんです! 私は必殺超雷光砲ちょうらいこうほうを放って、あなたも召喚魔法≪飛蝗暴食ロカスタエ・グラ≫を使ったじゃないですか!?」

「………」

「何ですか、その顔は!?」

「お前、今言った言葉を再考してみろ」

「なんでですか!? 私は何一つ間違ったことは言ってません!」

 頭に血が上り、憤然と断言する勇者の転生者。

 その反応になぜか呆れる魔王の転生者。

「…………先生、彼女の話に信憑性はありますか?」

 と、紡いだ。

 千夏は彼の問いに、なぜか頭を抱える。

「……じゃあ、あの叫び声は何だったの? 少なくない数の人間が聞いてるわよ?」

 と言って、いぶかしんだ視線を朋子に向ける千夏。

「あれは魔王の放った魔法…」

「ただ単にゴキブリに驚いただけじゃないですか? 意外と多いですよ。ここらへん」

 朋子を遮り、そう皮肉に呟く魔王の転生者。

 その嫌味たらしいつらに朋子はさらに顔を紅潮させる。

「そうですけど! そうじゃないんです!」

 と、朋子はイライラのあまり身を震わせ魔王を睨む。

 しかし魔王の転生者の方は、眉一つ動かさず、

「落ち着け、ほらあそこ」

 と、さも当然と言った顔である方向を指差した。

 その方向を、朋子は、まさかっ! と見てしまい、

 千夏は、美人台無しのしかめっ面で見やってしまう。

 そこには、生徒相談室の窓枠でモゾモゾと動く小さな生き物がいた。

 は、気色の悪い腹部こちらに見せ、触角を小刻みにピクピク動かしている。

 ……魔の眷属が出現していた。

「ぎゃひい!?」

 と、恐怖のあまり変な声を上げ、思わず近くにあった物に抱き着く朋子。

 千夏の方は一瞬、うっ、となり目を開いたが、すぐに冷静な表情を取り戻しそいつに睨視をぶつける。すると、そいつは千夏の視線に怯んだのか一瞬で姿を消した。

「「「…」」」

 それぞれの思いの内に、一瞬、沈黙するその場三名。

 千夏はのいた窓枠を疑念に睨んでいたが「今のは、あなたが?」と怪訝に振り向くと、

「が…」

 と、なぜかそのまま言葉を失ってしまう。

 ん? と千夏の様子に首を傾げる朋子。

 すると自分の身体が何かに触れている感触に気付く。

 ふと見ると、なぜか目の前に、

 魔王の転生者の耳まで真っ赤な横顔があった。

 え? なぜ? こんな近くに奴の顔が?

「………意外に、仲が良いのね」

 と、呆れ顔で千夏がそう吐き捨てたのが朋子の耳に届く。

 その一言で朋子は今の状況を理解できてしまう。

 よりにもよって、自分は、魔王に思いっきり抱き着いていたのだ。

「へ、変態!」

「ぬおっ!」

 半ば恐慌状態になり、魔王を思いっきり突き飛ばす勇者。

 彼はそのまま床に落ちてしまう。

「お…、お前、自分から抱き着いておいて、何しやがる!?」

「あ、あなたが、またこんな卑怯な手を使うからです!」

「卑怯ってなんだよ! 今のはたまたまいたんだよ!」

「嘘を言わないで下さい! 今のはあなたが呼び出したんでしょ!? そ、そんなに勇者の私をおとしめて楽しいんですか!?」

「魔王だから、そりゃ当然だ、…じゃねよ。今のは理不尽だろ!」

「魔王は勇者に攻撃されて当たり前じゃないですか! 当然の報いです!」

「なんだそのお決まり! 理不尽勇者め!」

「理不尽の塊の魔王に言われたくないです!」

「ああー、もう! 黙れぇ!」

 収集が付かなくなりそうだったのか、怒号を放ってその場を無理矢理まとめようとする和歌月千夏。

 二人はその怒号に一瞬で頭を冷やし、すごすごとパイプ椅子に座り直す。

「………遠回しに聞いたのが不味かったわね。話が遠くに行きそうだわ。…蘇我君、正直に言いなさい。あなた久住さんに怪我させられたんでしょ?」

 その問いに、一瞬、言葉を詰まらせる彼。

「……別に怪我なんてしてないっすよ」

「じゃあ、なんで襟元に校章ピン付けてないの? 今朝はしてたわよね」

「……」

 多摩川高校では、学年ごとに色が違う校章ピンを、制服の襟に着けることを義務付けている。今年度の一年生は、調布市の市の花である百日紅さるすべりかたどった青の校章ピンを付けている筈であった。

「……それは」

「傷だらけになった制服を、一度、家に帰って着替えて来たんでしょ? それで校章ピンをうっかり忘れて来た」

「…ちょっと邪魔で外しただけで」

「なんで? 一体どんな理由? たかが襟元のピンが邪魔になるってどんな状況?」

「……その」

「いい加減吐きなさい。あなたは酷い目に遭わされたんでしょ? なんで彼女をかばうの? 」

 朋子は、その千夏の包み隠さない言葉に身を震わせた。

 確かに自分は彼に、怪我を負わせている。それは間違いないし、酷い事をしたという自覚もあった。

 しかしその彼の方はその昼休みの出来事を、有耶無耶うやむやにしようとする言動を繰り返している。

 ほんとうになんで? 何か思惑でもあるのだろうか…。

「…別に久住さんをかばってる訳ではありませんよ」

 魔王の転生者がそう明言する。

 朋子はそれで、やはり何か思惑が、と暗に警戒する。

「じゃあなんでよ?」と千夏。

「……その前に、一つ疑問があるんですが、この尋問まがいは誰の意志ですか?」

 彼が唐突気味に千夏に質問を浴びせかける。彼女はそれに怪訝に眉を寄せた。

「……誰って、学校側の総意よ」

 その答えに、一瞬、魔王の瞳がギラリと光った。

「それ嘘でしょ」

 千夏は魔王の指摘に不意に目を細める。

「……どうしてよ」

「だって和歌月先生、具体的な証拠がないのにワザワザ問題を掘り起こそうとしている風に見えるんですよ。しかも入学式が終わったばかりのこの時期に。………俺にはどうにも、和歌月先生だけが突っ走ってるような気がするんですが?」

 そう言って肩をすくめる魔王。

 それで千夏の方は……………顔をどんどん曇らせていた。

「……だとしたらなんなの? 問題が起きてるのに、私に見て見ぬ振りをしろというの?」

「まぁ、ぶっちゃければ、はい」

 その彼の言葉に、千夏が激昂する。

「ふざけんじゃないわよ! 校内で暴力沙汰よ!? 見過ごせる訳ないでしょ!」

「だからと言って、状況証拠だけで教育委員会とかPTAとかにどう説明するんですか? あやふやな外部の目撃情報と、その久住さんかも知れない叫び声と中二妄想話だけですよね? もしかして警察に通報して協力を仰ぎますか? そうすればもっと有力な証拠も発見できるでしょうが、無用な憶測を外部に与えかねないですよ? …年度初めなのに保護者へそんな不安を与えていいんですか?」

「………っ! あなたって子はっ」

 千夏はそう吐き捨てると、天井を仰ぐ。

 ぶつぶつと言い、何か考えをまとめているようだった。

 そして熟考じゅっこうを済ますと、

「……………蘇我君は、どうも昼休みの件をかたくなに有耶無耶うやむやにしたいようだけど、あなたはそれでいいの?」

 そう、朋子に問うて来た。どうも結論を他に求めているようだった。

 突然の振りに朋子は目を白黒させる。

「いや、あの、その」

 すぐに返事が出来ず、答えに窮していると、

「……久住さん」と諭すように彼。

「……はい」

「………この世界では、争う必要は無いから」

「………」

 争う必要はない。

 その言葉に朋子は、自分の立ち位置を改めて思い出す。

 現状、今の自分は、一介の高校生で、何の力もない一般人にすぎない。

 前世を知るつい最近まで、何の変哲もなく平凡に生きて来た。

 そして、これからも、そうせざる得ない。

 少なくともこの平和な国、日本国東京都調布市では。

 そう、頭では理解する。

 でも勇者の矜持、なにか魔王の術中におちいるようで腑に落ちない。

 板挟みに会う勇者と朋子。

 と、ふと校庭から野球部の掛け声や、下校する生徒たち賑わいが生徒相談室に響いて来た。

 それは、

 この空間の外では、この多摩川高校では、

 生徒たちが日常を、安穏と平和を享受していることの表れのように。

 ここは、戦乱渦巻いた異世界地球テラではない。

 ここは、彼の言う通り、争う必要のない世界。

 そして、勇者と朋子。

 朋子の方が一歩踏み出した。

「…………なさい」

 と、小さなことが彼女の口から洩れ、生徒指導室に微かに響く。

 耳を傾ける二人。

「……蘇我君、……ひどいことして、ごめんなさい」

 それ言い終え、申し訳なく身体を小さくする朋子。

 その言の葉は、生徒相談室の空気を軽くし、三人の肩から力を抜けさした。

 千夏は朋子のそんな言葉を聞き、はぁぁ…と重い溜息を付いた。

 そして漫然と頭をガシガシと掻き、

「……わかりました。今日はもう結構です」

 と紡いだ。

「………え」と朋子。

「………もういいんですか?」と直人。

「単に事実確認が取れないってことです。この件は私がなんとかします。二人は気にせず、明日から普通に登校しなさい」

 千夏はそう言うとおもむろに立ち上がる。そして、

「…この件、教頭に何て説明すればいいのよ」と、ポツリと漏らす。

 と、

「ご心中、お察しします。大人はいろいろと大変ですね」

 そう、直人はいらんことをほざいてしまう。

 ゴンッ

 と、案の定、千夏の鉄槌が魔王の頭に振り下ろされた。

「痛ってぇ! なぜに!?」

「八つ当たり」と、あっけらかんに抜かす教師の和歌月千夏。

「ひっで! 今のはさすがに教育委員会に駆け込み」

「とっくに下校時間は過ぎてるから、あなたたちは大人しく帰りなさい。…私は多分、昼休みの対応やら後回しにした業務やらで、日付超えないと帰れないでしょうから」

 そう言って、苦々しく二人を睨む千夏。

「それじゃ、また明日」

 と部屋を静かに出て行った。

 残される魔王と勇者の転生者。

 二人は生徒相談室の、ストレスの空気から解放されるのだった。

「……あの」

 朋子が先に呟く。

「結局、なんで昼休みのことを有耶無耶にしようとしたんですか?」

 彼女の一番の疑問はやはりそれだった。

 入学早々、問題を起こしたくない。それはわかる。

 しかし、自分は彼を傷つけているのだ。

 彼がそんなことを許せるほど、心が広いとは思えない。魔王として何かの思惑がもっとある様な気がしてならなかったのだ。

 そして魔王の転生者は、彼女の問いに、

 テーブルにドカッと、という形で答えた。

 …え?

「ど、どうしたんですか!?」

 いきなりの彼の異常に驚き、慌てふためく勇者の転生者。

 まさか、魔力を使い過ぎて身体が持たなくなったとか…。

「胃がぁ、痛てーーーーーーー!」

 彼の絶叫が生徒相談室に木霊した。

 朋子はその叫びに目を白黒させた。

 魔王ギガソルドの転生者こと蘇我直人は、

 あの強烈な視線を浴びせる和歌月千夏の眼力に堪え啖呵たんかを切り、

 明日の我が身の行方も、精神が基本ヘタレなため極度に心配し、

 なによりも自分の母親に迷惑を掛けてしまうかもしれないという、

 強烈なストレスを感じたことから、胃痛を起していたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る