第5話 転生者の力

 異世界にて覇を唱えた魔王ギガソルドの転生者こと、物蘇我直人はイライラしていた。

 それは、目の前の席に座る中学の同級生添田明人が、改めて話して見ると重度のゲームおたくだった、からではなく、

 担任である和歌月千夏が、なぜか朝からちょっかいを掛けて来て、巻き添えを食らう形で朝一から滑ってしまった、からでもない。

 一番の原因は自分の席の、右隣の女子にあった。

 久住朋子である。

 昨日の放課後、『だって私、勇者ですもん』と、のたまって自分に剣聖コントを挑んできた、自称勇者の転生者のクラスメートだ。

 その彼女は、朝からものすごく切羽詰った形相で教室に入って来たかと思うと、折角クラスの他の女子が「おはよー、久住さん」と、コミュニケーションをとろうと挨拶してくれたにも関わらず、それをガン無視し、隣の席にドスンと座ったと思うと、なぜかこちらをチラチラ伺かがいだしたのだ。

 しかも午前の授業の間もずっとその状態が続いた。

 直人の方もそれがどうにも気になり、たまにチラっと見たりしたのだが、彼女は目が合うとビクッと体を震わせ、途端に頬を赤らめてまた机へ視線を戻してしまう。んで、またなんかチラチラ伺い出す。

 ……この自称勇者の転生者が、今日送ってくる視線は、一体何なのだ?

 昨日の剣聖コント、もとい再決戦時の彼女の話や行動が、単に中二病を発症したのでなく、真実であるのならば、彼女は勇者、という元魔王の直人にとって敵以外の何物でもない筈なのだ。

 …なのに、殺気の様な危ないものも感じられず、かと言って興味や好奇の類でもない。

 その上、直人がいい加減しびれを切らし、休み時間中に「何か言いたいことでもあるの?」と朋子に尋ねようとしても、彼女はすぐにピューッと席を外してしまい、授業が始まるまで戻って来ない。

 彼女の挙動不審な行動に気付いていた添田明人にも、休み時間の度に「彼女と何があった? 一体、何があった!?」と詰め寄られるが、「さぁ?」とはぐらかしてばかりいた。

 魔王の転生者たる蘇我直人にとって、勇者の転生者の不審な行動は、理解を超えるものであった。

 …………とは言うものの、直人はある可能性も考慮していた。

 それは正直、自身にあまり経験が無いことなので予測の域を出ないのだが、

 しいて言うのなら、

 しいて言ってしまうのであれば、

 ……………………い、異性に対する、好意のそれ? なのか? 

 …………………………俺のことが気になり過ぎて、頭から離れられないとか。

「…ぐふっ!」

 直人が突然、授業中に意味不明の声を発し悶えたため、周囲の何人かのクラスメートが反応した。

 前席の添田明人にはいぶかしみの視線を向けられ、近くの他のクラスメートにも似たような視線を投げかけられた。

 そして右隣の件の女子はと言うと、恐慌した顔で思いっきりこちらをガン見していた。

 …お前のせいだ! お前の! と、直人は苦虫を噛み潰す。

「…蘇我直人くん? どうしたの?」

 今の、四限目の英語の授業を担当している、傘塚香織が尋ねて来る。

「いえ……なんでもないです」

「もー、授業くらいは真面目に受けてよね。魔王様」

 ぷんぷん、と擬音文字が見えそうな感じで、頬を膨らます傘塚香織。

 この新任教師は、談笑を交えなんともゆる~い感じで授業をするタイプで、無駄口を許さずテキパキと授業を進めるタイプの和歌月千夏とは対照を為していた。無論、英語と歴史では授業の進め方が異なるためでもあるが。…生徒ウケは香織の方がよさそうだな、と思う直人。

 そして魔王の転生者であると、ほざいていることを知っているようだ。

 ……それはさておき。直人本人としては、授業は真面目に受けたいのである。自分は学生で本分は学業。しかも入学早々、実力考査があるのだ。元魔王と言えど学校の授業を疎かにするつもりはなかったのだ。

 だが、しかし、朝からの朋子の挙動不審な行動は、思春期の男子高校生の得体の知れない何かを刺激しまくってしまい、直人の学生の本分を阻害していてた。そんなこんなで、もう昼休みである。もうしんどい。まさかこの状態が毎日続くのか? と暗に危惧する直人。

 そしてチャイムがなる。

「はーい、じゃあ今日はここまで」と傘塚香織。

 直人が終礼の号令を掛け、クラスの皆は各々、昼食の準備を始める。

 直人自身は弁当を持参しておらず、多摩川高校には学食が無いため購買部に行くつもりだった。右隣の女子の事は依然気になってはいたが、早く行かないと腹の飢えた食べ盛りの獣たちの手により、購買の食糧という食糧があっという間にスッカラカンになってしまう。

 直人はそんなこともあり「弁当喰おうぜー」との明人の声を無下にして購買に向かう為、急ぎ立ち上った。

 その時だった。

「あの!!」

 無理して精一杯出した感のあるでかい声が、直人の耳をつんざき、一年一組の教室に木霊する。

 怪訝に右隣を見やると、案の定、久住朋子が俯きプルプルと震えていた。

 …普段から、もっとそれくらいの声出せよ、と思う直人。

「……今の俺に?」と怪訝に続ける。

 人と話をする時は、ちゃんと相手の目を見て言いなさい、と躾を受けなかったのだろうか? などと直人が思うや否や、朋子はガタッとに立ち上がった。

 顔真っ赤っ赤の、すんごい形相で。

 その朋子の鬼気迫る形相に、思わずたじろぐ魔王の転生者。

「な、なんだよ」と心なしか引き気味に尋ねる。

「…あ、あ、あの、あのぅ!?」

 と朋子の方は、緊張とテンパりのあまり呂律がまわっていない。

 その彼女のなんともただならぬ雰囲気に、教室に残っていた者たちが二人に注目し始めていた。

 直人自身にも、朋子のあまりのテンパり具合に緊張が乗り移ってくる。

「な、なに?」

「……かっ、わた、はなっ!」

 朋子はまだ緊張のあまり言葉が紡げない。

「……に、日本語話せよ」

 直人が多少、呆れ気味でそう言った次の瞬間であった。

「ははは、話があるので、い、今から、人気ひとけのないとこに付き合って下さいぃ!」

 ………。

 ……………へ?

 その時、魔王の転生者の思考が止まった。

 そして教室内にも、地味っ子の、突然の、あまりの予想外の発言に、唖然とした空気が広がった。

「……つ、付き合う?」

 辛うじて声を絞り出す直人。

 こくこく、と頷き顔を真っ赤にして俯く朋子。

「今から?」

 また、こくこく、と頷く朋子。

「ひ、人気ひとけのないとこに?」

 そして、こくっと大きく頷きまたプルプル震えだす。

 一瞬、言葉に詰まる直人。

 彼はこの女子が何をする気なのか、予測を立てた。

 そして状況証拠と、思春期的発想にあれしかないと思い至る。それは、

 こ、こ、こ、………こくは

「………お、俺ちょっとっ、購買に行って、弁当買って来ていぃかなぁ!? は、腹減ってるし!」

 ヘタレた。

 ヘタレてしまった直人。

 死にたくなる。

「………」 

 その言葉には朋子は頷かなかった。ただ、

「さ、先に、…………体育館裏で待ってます」

 とだけ言って、彼女は自分の鞄を掴み、バタバタと教室を去って行った。

「…………」

 黙ってその後ろ姿を見やる直人。いつの間にかジワリと汗が噴き出していた。

 と、不意に教室全体がザワザワし始めて、

『マジかよ』『うわっ恥い』『見に行く?』『やめとけって』などと野次馬な発言と視線が、直人の耳目に入って来る。どうやらその場にいた者たちも自分と同じ発想をしたようだった。

 ……………痛い。痛すぎる。なんだ? このある意味、公開処刑は?

 色々未体験の蘇我直人こと、魔王ギガソルドの転生者は、この教室の空気に胃がきゅっーとなってしまう。逃げたい。逃げ去りたい。むしろもう一度転生したい。

 そう思って顔が真っ赤になる。

 と、ポンッ、と誰かが直人の肩を叩いてきた。それは、教室にまだ残り、一部始終を見ていた傘塚香織だった。

 彼女はなぜか嬉々とした表情を浮かべており、おもむろにサムズアップする。

「よっ! 明日からリア充だね!」

 ……前世を除外して、生まれて初めて女性をぶん殴りたくなる魔王の転生者。

「……爆ぜてしまえ」

 と傍らの明人が、ボソッと不穏な言を吐く。

「まずはお前の脳味噌が爆ぜろ」

 そう明人に悪態を付くと、直人は居たたまれなくなった教室を飛び出し、一路購買へ向かった。

  *****

「誰もいねえしっ!!」

 魔王の転生者は、購買でメロンパンとツナマヨパンと200ml牛乳パックを購入し、息を切らしながら体育館裏に到着していた。

 そこは体育館とフェンスに挟まれた手狭な袋小路の空間で、手入れのされていない生垣がフェンス伝いに伸び、学校の敷地のすぐ隣の住宅の庭が見えていた。

 それにそのフェンスには、野球部などが使うであろうグラウンドをならすT字の道具がたくさん立てかけてある。

 それ以外には特に目立ったものない。

 ………そこには久住朋子らしき女子はいない。

 他の生徒もいない。テンプレートな喧嘩している不良すらもいない。…そもそも多摩川高校にはそう言った生徒は殆んどいないそうだが。

「……はぁぁぁ」

 なにか肩すかしをくらった気分になり落胆する直人。力なく生垣に座る。……取りあえず飯を食おう。

 持っていたビニール袋を傍らに置き、中からメロンパンと牛乳パックを取り出し、パックにストローを指して、体育館裏で独り惨めに昼食を始める魔王の転生者。

 ……まさか、俺は担がれたんだろうか? これは勇者の策略なんだろうか? 羞恥で俺を殺そうとでもしたのか?

 待たせては悪いと、ただでさえ緊張でバクバクしていた心臓に鞭打って走ってきたのに、誰もいないという惨めな結果。

 ドッキリでしたっー! 

 と、明人か、中学時代の友人がもし現れていたら、今度こそ最終究極魔法≪絶望への導きインデゥーシット ディスペレショネム≫をぶっ放し、東京都調布市をまるごと消滅させる自信が直人にはあった。そんなことにならなかったのは幸いだが。

 体の中でグルグルうずき、意気消沈していると、ふと、カサカサ、という気配に気付く。

 直人がその方向を見ると、

 生垣の中に、がいた。

 人間よりも遥かに矮小で、しかし遥かに長い歴史を持つそいつが。

「……」

 そいつは直人に対し、怯えるでも、逃げるでもなく、ただ佇

たた

んでいた。

 直人の方も、そいつに対し気味悪がるでもなく、ただ見やっている。

 と、不意に左人差し指で小突いてみる。

 そいつは逃げない。

 ただ頭から出た二本の物がピクピクと動いただけだった。

 そして直人は手のひらを返し、そいつに近づけ、

「乗れ」と一言。

 するとそいつは、素直に直人の言うことを聞きモゾモゾと手のひらに乗ってきた。

 ………それは、一般人がはたから見ればおぞましい光景であった。決して昼飯時に見ていて気分のいい光景ではない。

 しかし、魔王ギガソルドの転生者、前世は甲虫種という魔族の王であった蘇我直人には、平然と行える行動であった。

 彼はこの力 (と言っていいものか)は、前世より受け継いだモノかも知れないと思っている。

 だがこの力は衛生観念の発達した現代では、禁忌に近い力だとも自覚していた。

 なんとなく、マジマジとそいつを見ていた直人だったが、この光景を万が一他人に見られてしまっては自分の学生生活が危うくなるので、いい加減元の場所に帰そうとした時だった。

「…ま、待たせてすいません!」

 と勇者の転生者が、体育館の脇から何の前触れもなく現れた。

 それに驚いた直人は、そいつを思わず腰ポケットに隠してしまう。

「人待たせてどこいたんだよ」

「……そこでご飯食べてました」

 そう言って体育館脇の死角を指差す朋子。……近くにいたんかい!

「……せめて教室で食えよ」

「……だって」

 そう言ってシュンとなる勇者の転生者。

 彼女は、まだ一年一組の友達グループに入れていないようだったので、教室で独り弁当を食べることを憚られたようである。…まぁ、便所飯よりはマシかもしれないけどさ。

「そんなことより! 何の話か分かっているな! 魔王ギガソルドの転生者よ!」

 彼女はそう叫び、鋭い視線をこちらに飛ばす。また得物(箒)を構えてくる。

「………」 

 なんとなく、なんとなくだが、この結果を分かっていた直人。期待とは裏腹の朋子の態度に、何とも言えない表情なってしまう。

「なんですか、その顔は?」

「………わかってたけどさ。昨日の今日で有りえないって、分かってたけどさ!」

「…? 何がですか!」

 ほんとうによくわからないという顔をする朋子。その反応に直人はがっくりと肩を落とす。

「…言い方やタイミングってあるだろ…。ちくしょう、俺の若気の心を弄繰いじくり回しやがって…」

 朋子のあまりの思わせぶりな行動と、と自分のある意味暴走した思春期的思考に、情けなくなってしまう。

「もう! さっきから何を言ってるんですか! 昨日の決着をやっぱり付けます! 覚悟ッ!」

 ゲンナリしていた魔王の転生者は、ゆっくりと立ち上がり、一応警戒のため身構える。

「……つかぬ事をお伺いしますが、勇者エルフィンさん」

「なんですか!」

「どういった決着をお望みで?」

「お、お望み…?」

 う、と言葉に詰まる朋子。それを見て直人は、やっぱり勢いだけか、とため息を付く。

「……俺をまだ殺したりないのか?」

「殺っ…?! …あなたは世界の滅亡を目論んでいるんでしょう!? 私はそれを止めなきゃならないんです! 殺すとかじゃないんです!」

 一瞬、傍目にも迷いを見せる勇者の転生者。

  直人は、……こいつは一体何がしたいんだ? と眉をひそめた。

  そして、これ以上下手なことを言うと、面倒くさいことになりそうだったので、もう本音を言ってしまおうと心に決める。

「………あのさ、ぶっふゃけるとさ。……世界滅亡なんて、もう目論んでないから」

「えっ!?」

 それは人として、日本人として、平凡な高校生である蘇我直人としての、まごうかたなき本心だった。

 彼は平和が一番。平凡が一番と、そう望んでいたのである。

 ……そもそも世界をどうやって滅亡させるのか?

 パンデミックでも起こすのか?

 核戦争でも起こすのか? 

 巨大隕石でも落とすのか? 

 ……そんな大それたことを一高校生の俺に? 不可能って、小学生でもそんなことわかるだろうに。

 そんな魔王の転生者の本心を聞き、勇者の転生者は驚愕の表情を一瞬浮かべるが、

「………そんなの、嘘です!!」

 と、その本音を虚言と捉え、頑なに拒んだ。

「……なんでだよ?」

「だって、昨日の自己紹介で世界滅亡を目論んでるって、言ったじゃないですか!?」

「そんなもん、ノリに決まってるだろ? 本気じゃないって」

「……ま、魔王の言うことなんか…、前世で暴虐と虐殺を繰り返した者の言うことなんか信じられません!」

 そう言って、奮然と眉を結ぶ勇者の転生者。

 馬の耳に念仏かよ。そう内心で悪態を付いた直人は、今度は観念したように諸手を上げる。

「な、何をする気ですか!?」

「降参します」

「え?」

「魔王ギガソルドは、こっちの地球世界でも勇者エルフィンに敗れました。もう二度と悪い事は致しません。勘弁してください」

 ……もうこれでいいだろう? そもそも前世の異世界で勇者に殺され、あまつさえ地獄に堕ちているのだ。それなのに、全く関係ない世界にただの一日本人として生まれ変り、平凡な日常を送っているだけの自分が、また勇者に殺されるかも知れないなんて理不尽にもほどがある。

 直人は暗にそう思って観念したのだったが、

「バカにしてるんですか!?」

 勇者の転生者は全く耳を貸さなかった。

「……………どうしたらご納得して頂けるんでしょうか?」

「無論、あなたを倒すまでです!」

 そう言って、朋子は剣(箒)を構えなおす。

 直人はゲンナリと溜息を漏らし、

「……………もうお好きなように」

 と、半ば諦めてしまった。

 勇者は、その魔王の言葉をそのまま真に受け、好機と捉えてしまう。そして、

「やっー!」

 昨日に同じように魔王の脳天目がけ、またバカ正直に剣閃(箒閃)を振り下ろした。

「よっと」

「ほわっ!」

 しかし勇者の剣閃(箒閃)はあっさりと魔王にかわされ、勇者はその勢いでそのまま二,三歩よろめいてしまう。

 魔王の転生者は、そんな勇者の転生者に対し、

「……どうした勇者よ。我はまだ健在ぞ」とつたなく棒読む。

 それに、カチンときてしまう彼女。

「く、おのれ!」

「何が、く、おのれ。だよ。勇者のくせに、本当に運動音痴だな」

「…こ、この!」

 直人に、本当に痛いところを突かれたのか、朋子は怒りをこみ上げで、むぅー!と唸る。

「……もう許せません。私の本当の力を見せつけてやります!」

 彼女はそう言うと、剣(箒)を順手で高々と天に掲げ、瞑想を始めた。

「何の真似だよ」

 いきなりカッコつけ始めた勇者の転生者に、訝しみの視線を向ける魔王の転生者。

「……あなたは忘れている。私は精霊の加護を受けた勇者で、そして聖剣カリバーンは雷霆らいていの化身だと!」

 その時、不意に朋子の背後から一陣の風が舞い上がった。

 ……雷霆の力。

 つまり雷は、氷の粒同士の摩擦により溜まった静電気が、電位差により放電される自然現象。地球に限らず大気のある惑星ならばどこにでも発生する。

 そして雷が発生するには必然的に雷雲が必要で、それは地球の場合、主に上昇気流と大気中の水蒸気よって作られる。

 風の精霊より授かりし聖剣カリバーンは、それ単体でも強烈な電撃を発することもできたが、大気操作を可能とする力も有していたのだ。

「…それただの箒じゃん」

  冷静にツッコむ直人。

「黙れ、魔王! …幾多の魔物を塵にした勇者エルフィンの必殺技、超雷光砲ちょうらいこうほうを食らうがいい!」 

 そう勇者が叫ぶと、多摩川高校の体育館裏に、さらに突風が巻き起こった。

 それは紛れもなく勇者の転生者の力によるものだった。

 ……証拠に『本日は午後から西高東低の冬型の気圧配置に近くなるため、ところによっては春一番の様に風が強まるでしょう。花粉も大量に飛散する恐れがあります。午後からお出かけの際にはご注意ください』と気象庁が発表していたのである。

 魔王の転生者は前世の記憶を呼び起こし、その天から放たれた巨大なビーム上の雷に、第二形態が大ダメージを食らったことを思い出す。

 次いで、目の前の女子高生のスカートがバタバタなびき、…なんの面白みもなく白か、とか言いそうなるのも我慢する。まさに神風であった。

 そして力が高まったのを感じた、勇者はついに必殺技を魔王にブチかます。

「くらえ! 超雷光砲!!」

 そして剣(箒)を勢いよく振りおろし、

 箒をすっぽブン投げた。


 ゴンッ!


 っと、虚を突かれた(朋子のパンツに注意が行き)魔王はそれをかわすことが出来ず、額に箒を当てられてしまう。

「いっ、痛っでぇー!!」

 昨日(は自業自得)と同じく、またも勇者から会心の一撃を食らってしまう魔王の転生者。

「…………物理攻撃じゃねえか」

 とのたまりながら、思わずよろける。

 朋子は、今の攻撃が自分でも予想外だったのか、目を白黒させていた。

「……だ、大丈夫」と、また昨日と同じくおずおずと尋ねる。

「大丈夫じゃねえよ!? 何やってんだよバカ!」

「だ、だって避けないから…」

「あんなアホな前振りやって、まさか箒ぶん投げるとは思わえねえだろぉ! 眼球当たってたら、下手したら失明だぞ! ったく、痛ってな!クソが!」

 普段あまり本気で怒る事のない直人ではあったが、さすがに今回はキレ始めていた。

「…………そ、その」

「本当に何なの? お前何なの? 本当に勇者なのかよ!?」

「わ、わたしは」

「無抵抗の人間傷つけて、何が勇者だよ! ただの乱暴者じゃんか! 最低の糞野郎じゃねえか!」

「だって、私は勇者であなたは魔王で…」

「そんなのただの妄想だろうが! お前もただの中二病患者だっての!」

 その決めつけに、愕然とする朋子。

 それは朋子が勇者と自覚してから、どうしても言われたくないことであった。

「あ…」

「マジふざけんな。マジで死ぬほどふざけんな!! 高校生にもなって誇大妄想垂れ流してんじゃねえよ! お前が言うな、だけどさ!」

「………」

「………ぶっちゃけ、告白でもされんのかと思って、抜け抜けこの場に現れた俺もバカだけどさ、……友達いねえからって、俺に突っかかんな。マジでウザい。一人で便所飯でもしてろよ」

「…………」

 一方的に捲し立て、怒りの心情を激しく吐露した直人。

 そして顔面蒼白になる朋子。

 人気のない校体育館に、まだ冬の名残の冷たい風が吹く。

 ……俺は何も間違っていない。悪いのこいつだ。一体、今の俺が何をした。ただの高校生の俺が。

 ただ悪ふざけに付き合ってやっただけじゃないか。それでなんでガチで痛い思いをしなければならないんだ。

「……………」

 朋子は何も呟けない。

 ただ拳を握りしめ、俯いただけであった。

「………俺は教室戻るから。今日は二度と話しかけるな」

 そう言って踵を返そうとする直人。

「エセ勇者め」

 そう捨て台詞を吐く。

「……!?」

 その言葉が朋子の顔からさらに血の気を失せさた。

 直人は朋子のその反応に、一瞬顔を曇らせるが、気にせずその場を後にしようした。

 …が、

「そういうあなたは、何なんですか」

 朋子が、そう抑揚のない声で呟いた。

「…………なんだよ?」

「あなたは何が分かってるんですかっ!?」

 今度は朋子の方が瞳に怒気を孕ませ、体を怒りで震わせ始めたのだ。

「……逆切れかよ」

「あなたは、自分がしでかしたことの大きさを理解していない。……あなたは、魔王は、異世界地球テラで幾つもの国を滅ぼし、幾千もの街を破壊し、幾万もの命を奪った! 大地を侵し、空を汚し、世界に恐怖と絶望を蔓延まんえんさせた! ……世界を滅ぼそうとした! 終始永劫しゅうしえいごう許され去ることをあなたはやった!」

 あらゆる感情をごちゃまぜ、朋子は紡ぐ。

「……………だから、俺はお前に、勇者に殺されたんだろ。罰は受けた」

 それに現世でも、俺は……。

「まだ足りない!」

「………何?」

「足りよう筈がない。あなたは………滅ばなければならない。絶対に!」

 直人は朋子の目を見て、嫌な予感がした。

 今の彼女は、何かが違う。何かが乗り移っている。正気じゃない目をしている。魔王の本能が警鐘を鳴らす。

「あなたを………………殺す」

 途端、一瞬で血の気を引かせる直人。身の危険を感じ、すぐにその場を飛びのく。

「……そんな前振りマジでやめろ。言っとくけどそれ、脅迫罪にあたるからな」

 その直人の冷静な言に朋子は全く耳を貸さず、あるものを懐から取り出す。それを視認した直人は眉を顰め、

「………お前」

 と怪訝に呟いた。

「…………これが今の私の聖剣です」

 そう言った朋子の右手にある物。

 それは、

 肥後の守だった。

 昔懐かし、鉛筆削りとかで使っていた奴である。

「……………なんで女子高生が、そんな渋い物持ち歩いてるんだよ」

「バカにしないで下さい。これはれっきとした刀匠の人が作った刀なんです。中学の時にお父さんが京都土産で買って来てくれたものなんです」

 妙に淡々と呟く朋子。それに直人はさらに嫌な予感を感じる。

「………せめてバタフライナイフとか持てよ」

「刃に貴賤は有りません。結局、人を殺すのは人ですから」

 刹那、朋子は直人の懐に一気に間合いを詰めた。

 まるで電撃のように。

「!?」

 魔王の転生者は、本能で危険を察知し、寸でのところで転がって勇者の一撃をかわした。

「お前!? マジで冗談やめろ! シャレになんねえだろ!」

「っち、浅い。やはり体がついてゆかぬ」

 そう恐ろしく冷たく言い放つ勇者の転生者。

 直人は鳥肌が立ち冷や汗を流す。ふと自分の右腕を見ると、

 学ランの右袖にスパっと切れ込みが入っている。

 それは肌にまで達し、うっすらと血が滲んでいた。

 ………これはヤバい。ガチでヤバい。こいつガチで頭がおかしい。

 全身から嫌な汗がドパッー吹きだす。

 朋子はさっきまでの運動音痴が嘘のように、まるで剣術の達人の如く間合いを詰めて来た。

 それもいきなりだ。いきなり雰囲気が豹変してだ。

 ……俺はまた何かの地雷を踏んでしまったのか?……マジでか?

 後悔先に立たずの慣用句を思い出しながら、後悔する魔王の転生者。

「久住さん、すまん。俺が悪かった。取りあえず冷静になろう」

 ビビッているのを隠しながら、なんとか朋子を宥めようとする。が、

「私は冷静です。冷静に、あなたを殺します」

 瞳に狂気を宿し始めた朋子には通じない。

 …ダメだ。キャラが変わってる。キャラぶれ激し過ぎだろ。

 なんでだ? どうしてこうなった? 

 元魔王とは言え、なんでクラスメートに殺されなければならないのだ?

 クラスメートに告白されるかと思って、体育館に行ったらいつの間にかガチで殺されそうになっている。そんな非常に理不尽な展開に、恐慌状態寸前に陥ってしまう魔王の転生者。

 そんな彼をよそに、勇者状態となった朋子は、直人に冷たい視線を向け、一歩一歩、隙を伺うように近づいた。

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