『私と彼女』の戦い

冷門 風之助 

その1

『久しぶりですね』彼は俺の事務所オフィスに入ってくると、握手をせず、馬鹿丁寧に二度も頭を下げ、それから俺の勧めに従って、ソファに腰かけた。


 ”コーヒーか紅茶か、それとも日本茶か?”


 俺がそう言うより先に、彼は、


『出来たらコーラを下さい』と、白い歯を見せて笑った。


”なるほど、あの時と同じだな”俺はそう思って、腹の中で苦笑した。


 この男・・・・名前を白石隆介という。

 年齢は確か今年32

歳。歳は若いが、若者向けのSF小説やら、時代冒険活劇小説、果ては劇画の原作も手掛け、今では、

”寝る間も殆どない”ほどの売れっ子作家である。


 彼と俺とは、もう古くからの馴染みである。


 いや、

”馴染み”というのは適切ではないな。


俺が陸自を退職し、私立探偵社を経て、一本独鈷の私立探偵事務所を開業して初の客・・・・いや、これも適切な表現ではない。


 俺が初めて”逮捕”した男である。


 諸君は知らないだろうが、現在施行されている

『改正私立探偵業法』では、探偵の武器(拳銃)の所持・携帯・使用の他、必要な場合の逮捕権が認められている。


 もっとも、警察など、公的な法執行機関がやるような『通常逮捕』については、面倒くさい規定があって、なかなか難しいのだが、依頼された調査の過程で、必要が生じた場合には、緊急逮捕をしても良い。



 詳しい経緯いきさつについてはここでは省かせて貰うが、彼こと白石隆介はその時分まだガキだったにもかかわらず都内はおろか、神奈川、千葉など関東一円では名前を知らないものはいないとさえいわれるほどの、

ワル中のワルで、手に染めていない犯罪はないと言われたほどの、大人顔負けの強面こわもてだったのである。


 俺はある人物に頼まれて、彼がリーダーをしていた組織と対決する羽目になった。


 当然、銃撃戦になり、乱闘騒ぎになったが、何とかして俺はことを収め、彼を逮捕して警察に引き渡した。


 まだ未成年(確か18歳と10カ月)だった彼は警察に逮捕されたものの、結局少年審判に付されて、少年刑務所送りとなった。


 彼は控訴もせずに大人しく刑を受け入れ、そのまま服役した。


 刑期は5年2カ月。まあ少年としてはぎりぎりの所だったんだろう。


 こっちもまだ独立間もない頃だったからな。


 しかし、刑期を終えて、少刑から出てきた彼は、憑き物が落ちたように真人間になっていた。俺の所にもやってきて、てっきり『お礼参り』でもされると覚悟をきめていたが、意外にも彼は深々と頭を下げ、


”あの時は迷惑をかけて申し訳なかった。これからは真っ当な道を歩む”と宣言して、俺が出してやったコーラ(その時は丁度真夏で、コーラしかなかった)を、実に美味そうに飲んだ。


『で、どうした?売れっ子作家が俺みたいなチンケな私立探偵に何の用だい?まさか”小説が売れなくなったから、ワルの道に戻りたい。手助けしてくれ”なんて依頼じゃあるまいな?悪いが探偵は犯罪の幇助は厳格に禁じられているんでね』


『依頼には違いありません。でもそんな大層なもんじゃありません。人を一人探して欲しいだけです。』


 彼はコーラを飲み干し、お変わりを要求しながら、照れたように言った。



 

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