傷と過去④
「良かった……心配したんだから」
目尻に涙を
「……なんで、姉ちゃんがここに?」
「なに? 自分ん
蒼羅が
「だから言ったじゃん……」
「やー、買い出しの帰り道にドンパチ聞こえて来たから、花火大会でもやってるのかなー、なんて寄り道したんだけどね。すごい
朱羽の冗談かと思っていたが、ということは本当に
確かに『
「ねぇ朱羽ちゃん、うちにお嫁に来ない?
「あはは、いやその……あたしにも選ぶ権利があると言いますか……」
乾いた表情で苦笑する朱羽。
お茶を
「……残念だったね」
「勝手に
思わず少し上体を起こして文句を言った後、蒼羅は
話す朱羽の雰囲気はいつもより柔らかく、
だが―
「
蒼羅の物言いに、眉根を寄せた朱羽が『黙ってて』と視線で釘を刺してくる。ほらな、と苦々しく表情筋を引き
しかし緋奈咤は、不思議そうな顔をして二人を交互に見比べた後、苦笑しながら手を振った。
「やーだー、なに言ってんの嘘おっしゃい」
「いや、ほんとに―」
「蒼羅。言って良いことと悪いことがあるでしょう」
ムキになって反論しようとする蒼羅を、緋奈咤は神妙な顔でぴしゃりと言い
苦々しく口を閉じる蒼羅。それを見てにやにや意地悪く笑っていた朱羽は、急に
「蒼羅を介抱した後、一晩中ずーっとあんたの手を握って見守ってたような
「……っ!」
緋奈咤は文字通り肩を持った朱羽の顔を、笑顔で
その言葉に、朱羽は
小さく掲げた右の掌を
己の姿さえ見えない暗闇、
蜘蛛の糸めいて垂らされた白い線、
そして右手に強く感じた温もり。
―あれは、朱羽が?
思わず、蒼羅の口から『ふへっ』と変な笑いが漏れた。
「なんだよ。お前も結構、可愛いところあるんじゃ―」
起き上がって顔を覗き込もうとした蒼羅に返されたのは、凄まじい勢いで迫る手の甲。
朱羽が振り払うように放った裏拳が、鼻骨に綺麗に入った。
「―んんんんんんんんんんッ!!」
思わぬ衝撃にもんどり打った蒼羅は、陸に打ち上げられた魚のように跳ねる。
―傷がまた開いた。
「お、おっ、お風呂、かか借りていいですかっ」
そんな蒼羅のことなどお構いなしに、朱羽は
「お風呂はそこの廊下の突き当たりを左ねー」
にこにこ
「大丈夫?」
「大丈夫、じゃ……ない……」
「んじゃ手当てするから、ちょっと寝ててよー」
蒼羅を助け起こし、そう言った緋奈咤の手が
それを視認した瞬間、蒼羅のうなじと土手っ腹に凄まじい衝撃が走った。
「……ッ!?」
首筋に手刀、腹に拳を叩き込まれた。
それを理解したときには、既に意識は半分以上が闇に沈み込んでいた。死なない程度に加減したのだろうが……。
―相変わらず化け物みてぇな強さだ。
・・・・・・
お風呂は廊下の突き当たりを左。
そこにあった木製の厚い扉を押し開けると、朱羽の目に飛び込んで来たのは白い霧だった。
包まれているだけでじっとりと汗ばむそれが湯煙だと気付くと、どこからか吹いた風が霧の紗幕を晴らす。
青白い月光が照らし出す先。木々が切り拓かれたその場所は、円を描くように大小さまざまな岩が積まれていた。
その中央はこんこんと湧き出る澄んだ水に満たされ、その水面から湯煙を
「温泉……?」
目の前に広がる秘湯めいた光景に、朱羽は
『そうそう、うちには露天風呂があるの。年の瀬の大掃除のときに出たゴミを埋めようとして穴を掘ってたらさ―』
などと、緋奈咤が誇らしげに胸を張っていたのを思い出す。半笑いで話すものだから、冗談だとばかり思っていた。
朱羽は水面の
澄んだ湯水の底には、丸石が敷き詰められている。長湯しても身体が痛くなったりは無さそうだ。
気付けば、自分でも分かるほど口角が上がっていた。
『
背中のことを考えると、
家に居たころの
だけど、ここなら思いっきり脚を伸ばして湯船に
他所の人間の無遠慮な視線に晒される心配も無い。
おまけに
それでも、美しい風景と心地良い湯を独り占めして、思う存分に羽を伸ばせるだけで朱羽には充分だった。否応無く気分も上がるというものだ。
「~♪」
朱羽は
そうして
背後で木の扉が開き、『
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