〜第一章〜二人の出会いと新たな日常

ジリリリリ....

うるさい目覚まし時計の音に起き上がり、すぐさまアラームを止める。重たい瞼を少し強めにこすって辺りを見渡すと、妙な違和感を感じた。別に部屋が違うとか、制服がないとかそういうものではなかった。そこで、さっきアラームを止めた目覚まし時計の針をよくよく見てみると、その違和感の正体が分かった。その時計の短針は9の数字を指していた。

「やっば、遅刻じゃん!」

 俺の通ってる高校までは少し距離があり、自転車で数十分かかってしまう。それ以前に一限目が8:50からあるのでもう今の時点で遅刻は確定なのだ。

「なんでこんな時間にセットしたんだよ!」

 と、焦りと怒りと疑問をもってそう呟く。そして遅刻の連絡を学校に入れようと携帯を手にする。すると、ついさっきまでの感情をもったことを後悔する。今日は日曜日だった。しかも部活も試験期間で休みだったのだ。

「なんだよビビったなー」

 と、呟き、そっと胸を撫で下ろす。ただ、冷静になってみると、俺の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。

「なんで俺、こんな時間に目覚ましセットしたんだ?」

 俺は普段休みの日は、11〜12時まで寝てることが普通だし、試験期間だからといって早起きして勉強しようとするような真面目なやつでもない。そんなことを考えてると、俺の携帯から着信音が鳴り響いた。親父からだ。

「涼太、何やってんだ?早く支度して出てこい」

「え?なんか今日予定あったっけ?」

「お前忘れたのかよ。今日はお父さんの再婚相手の人と、その娘さんに会いにいくんだろ」

 すっかり忘れていた。だからこの時間に目覚ましセットしてたのか。

「ごめん、もうすぐいくよ」

 と、素っ気無い返事をしてすぐに用意をして家をでた、車の中で親父が携帯をいじっていた。俺は、正直今からのことは乗り気ではない。俺が中学3年生のころ、両親は離婚した。理由は俺が都内の有名私立を受験したいといったら、親父は反対で、母は賛成だった。結局両親がそれで離婚して親父に引き取られたことで俺は普通の都立に進学したのだ。なぜ俺が親父に引き取られたのかは、なぜか親父は教えてくれなかった。そしてなによりも俺は親父より、母の方が好きだった。

「ごめん、遅れた」

「おせぇよ。さっ、行くぞ」

 車が発進する。話によると少し遠目のカフェでの待ち合わせらしい。

 カフェに到着して、中に入ると、思いの外人は多く、ざわざわして、変にいい匂いがしていた。そして自分と同じ高校の人がいないことを確認し、少し安心した。奥の方を見てみると、4人席に二人の女性が座っていた。背中しか見えないが、片方がショートヘアでもう片方がロングヘアで、おそらくこの二人と待ち合わせてると思った。その予想は的中。親父は、その二人が座っている席に行って、声をかけた。

「よっ。息子連れてきたぞ。」

 と、やけに馴れ馴れしく。そして、横にいる俺の背中を軽く叩いた。すると女性二人は振り向いて、髪が少し長めの四十歳ぐらいの女性が

「こんにちは。」

 と、笑顔で言ってきたので俺は軽く会釈する。次にショートヘアの大学生ぐらいの女性が

「よろしくね!」

と、笑顔で言ってきた。俺はその女性と目を合わせると、驚きのあまり会釈をすることさえ忘れ硬直してしまった。というのも、その女性はめちゃくちゃ綺麗で可愛かったのだ。サラサラで肩に当たらないぐらいの黒髪。整いすぎた顔に大きな瞳、そしてモデルのような細い体つき、正直テレビで出てくる女優なんかよりも全然可愛い。同じ人間とは思えないほどだった。

 赤面してないかを気にしながら向かいの席に親父と座り、何か注文するのだが、俺以外の3人はコーヒーを頼んだので、俺も渋々コーヒーを注文した。そして、女性二人は自己紹介を始めた。

「山本優子です。まぁ今後は名字は『辻元』になるけどね。看護師をしてます。これからよろしく!」

「娘の純恋です。大学生です。よろしくね、涼太くん!」

 名前を知っていることに少し驚き、少し下を向きながら

「名前知ってるんですね」

 と言うと

「うん!圭介さんから聞いてるよ」

 と陽気な声で返事が返ってきた。圭介とは俺の親父の名前だ。ちなみに親父は普通のサラリーマンだ。

「涼太くんは、部活何かしてるの?」

 純恋さんが聞いてきた。

「ソフトテニスしてます」

 顔を直視しないように少しだけ前を見たまま答える

「おー!私もソフトテニスしてたんだよ!楽しいよね?」

 陽気なリアクションをしてくれる純恋さんに比べ

「そうですね」

 と、素っ気無い返事をする俺。そんな他愛ない会話をつづけていると店員がやってきてテーブルの上に注文していたコーヒー4つを置く。そのうちの一つを自分の手前に持ってきて一口飲む。想像以上に苦かった。カップを机に置くと、また純恋さんが話しかけてきた。

「涼太くんはさ、彼女とかいるの?」

 声だけで、いないと思っててからかってるとすぐに分かった。しかし事実には変わりなかったので少しむっとなり、その勢いで、初めて純恋さんの目を見て

「いなかったら悪いんですか?」

 と言う。しかしすぐに目を逸らす。早いうちに慣れておかないと今後の生活に影響が出そうだ。

「おっ、やっと目見て話してくれたね。てかそんなに怒らなくてもいいじゃん」

 と笑いながら言ってきた。そんな尋問のようなやり取りをしばらく続けた、あまり人との会話を得意としないプラス俺自身が願ってもない再婚相手の身内との会話、俺は正直苦痛だった。

 ただただ淡々とうなずくだけのような会話になってきたあたりで、親父は、

 「じゃあ、そろそろ行きますか、荷物運びがありますから」

 言葉の意味がわからずキョトンとしていると、純恋さんと優子さんが立ち上がって

「また後でね!」

 と声を揃えて言ってきた。まさかとは思ったが、敢えて口には出さず、俺は自分のコーヒーの残りを飲み干した。相変わらず苦いままだ。

 家に帰る途中の車で親父にさっき聞かなかったことを聞く。

「荷物運びってことは..もしかして....」

 俺の言葉を遮るように親父が答える。

「あぁ、今日からあの二人は俺の家に住むぞ!」

 と、テンション高めに笑顔で言った。俺からしてみれば、そんなテンションあがる意味がわからない。

「なんで再婚なんかしたん?」

 怒り七割疑問四割で聞くと

「そんな細かいこと気にすんな。」

 と笑って軽く流されてしまった。もうこれ以上言っても仕方ないと判断して、家まで無言でずっと携帯をいじった。

 家の前に着くと、優子さんのものと思われるかなり大きな車が家の駐車スペースに止まっていて、その後ろで優子さんと純恋さんが荷物を下ろしていた。そして親父がその隣のもう一つ空いた駐車スペースに車を止めた。そして車から降りると俺は親父から家の鍵を受け取り、玄関のドアを開け、ドアストッパーで開いたままにする。さっさと終わらせて勉強しないとやばいなと思いながら、純恋さんたちのとこへ行くと、思いの外荷物は多くなかった。純恋さんの大学で使ってるのだろう教科書っぽいものと優子さんの仕事関係っぽい書類や二人の衣類、敷布団など。敷布団使ってるって珍しいなとか、女の私物を触るのはちょっとと思いながら、まずは軽そうなものから運ぶことにした。ちなみに部屋は二階の元実母の部屋を純恋さんが、一階の和室を優子さんが使うことになっていたらしい。親父のこういう段取りの良さはもっと別のとこで発揮して欲しいものだ。四人で分担して運ぶことにした。俺は純恋さんの大学の教科書のようなものを運んだ。少し大学ではどんな勉強をするのか気になってしまい、部屋に運んだ後少し読んでみようと思い床に座り、教科書を開く。表紙や題名から純恋さんは医学部であることはなんとなく予想がついた。そして、おそらく一、二年生であることも予想がついた。やけに教科書は綺麗で紙の匂いがしたからだ。内容はあまり理解できないにしろ。高校の教科書なんかよりは全然面白そうで、理解する甲斐がありそうだと勝手に思った。夢中になって読んでいると下の方から親父に

「なにしてんだ?早く降りてこい。」

 すぐに慌てて教科書をとじて元実母の机の上に置き、下へ降りる。降りてみると布団のみとなっていた。あまり仕事してないと言う罪悪感を押し殺して、布団を二人がかりでもつことにした。親父と優子さん、俺と純恋さんという組み合わせで。大人どもは一階に運び、俺ら若者は二階へ運ぶ。正直力仕事は苦手で体力は運動部の割には全然なく試験期間で鈍っているのもあり終わった頃には息がほんの少しではあるが切れていた。また、隣で大人どもが明らかに俺よりも息が切れているのがわかった。しかし何より純恋さんが一つも呼吸が乱れてないことに驚いてしまった。同じソフトテニス部のはずなのに。すると純恋さんが、こっちへ来て、俺の手を強く握って

「ありがとう!これからよろしく!」

 と大きな瞳を輝かせながら言った。やはり直視は出来なかった。基本俺は他人とのコミュニケーションの際あまり目を合わせない。それはめんどかったり人見知りだったりがほとんどだが、純恋さんに関しては可愛すぎるからという理由がどうしても入ってしまうのだ。純恋さんに慣れるまでは時間がかかりそうだ。


 ようやくひと段落して、俺はテスト勉強に取り掛かろうとした。もう夕方の6時くらいになっていて、夕日がきれいに空を赤く染めていた。俺の高校は一学年三百六十人とかなり多い。しかもなかなか偏差値の高いとこなので上位層の競争は激しい。俺は有名私立を受けようとしたくらいだ、ずっと1位とまではいかないが、いつも一桁や10前半を維持し続けている。二年から文理は分かれてしまい、俺のいる文系は100人もいない。しかも上位層はほとんど理系だ。だから二年のうちは周りに流されないようにしないといけない。

「これどうやって解けばいいんだよ?」

 もちろんそんな俺にだって苦手教科はある。数学だ。正直数学さえできればトップ5になれるくらい足を引っ張っている。模試や定期テストでも大体国語や英語は学年1.2位を争うくらいだが、数学だけは中位層にとどまってしまう。

「どうしたの?」

 ボーッとしていると横から声が聞こえてきた。純恋さんだ。俺は部屋に勝手に入られるのが好きではなく。親父にも部屋に入る時は俺に一言いってというくらいだ。別にやましいものがあるわけではないが。

「勝手に入らないでください。」

 そう冷たく言ってさりげなく出ていくよう促しても純恋さんは出ていく気配はなく、俺の今解いてる問題を俺の肩越しに覗いてきた。やけに甘い柑橘系のいい匂いがするが気にしないようにした

「この問題面白そう!私も解いてみる!」

 と軽々しく言ってきた。

「解けるものなら。」

 と言うとすると、それを遮るように純恋さんが

「計算用紙借りるねー」と机の横に常備していたルーズリーフを一枚勝手に取り出した。ほんと自由な人だ。そして純恋さんは俺の勉強机の後ろにある小さな机で問題を解き始める。正直この問題が純恋さんに解けるとは到底思えなかった。なぜなら、この問題集ただでさえ解ける人があまり多くないのだ。正直俺も最初の基本問題はわかるが、応用問題などなにを書いてるかさっぱりだ。しかも今純恋さんがやってるのはそのさらに上のチャレンジ問題。学年の数学オタクのような奴が何時間もかけて解くような問題だ。もちろん俺からしてみれば問題から理解ができないが、再提出を防ぐ為に、一部答えを黒で写し残りは赤で写すのだ。

「解けたよ!答え見せて!」

 半分くらい写したところで、後ろから声が聞こえてきた。速すぎる、いくらなんでもありえない。まだ10分またっていない。どうせ変なこと書いてんだろうなと思い答え冊子を渡す。

「終わったら出てってくださいね。」

 冷たくそういうと、それを遮るかのように純恋さんが

「イェーイ!合ってた!」

「はっ!?」

 驚きのあまり振り向いてしまった。

「ほらっ!」

 純恋さんが回答を見せてきた。するとごちゃごちゃしておらず。簡潔な言葉と式だけで綺麗に答えが導かれていた。

「すごいですね。」

 さっきの驚きをなかったことにするかのように静かに言う。

「あー、さっきまで解けないとかおもってたでしょ?」

 少し変な笑みを浮かべながら俺に顔を近づけて俺を指差す。

「そうですけど、なにか?」

「むー、ばかにしたなぁ?」

 不満そうながらもどこか楽しそうな顔をして言った。すると純恋さんは少しニヤッとして

「教えてあげようか?」

 何か企んでるというのはすぐに察しがつく。

「いやいいです。とにかく早く自分の部屋に戻ってください。」

 と言って自分の机に向き直す。おそらく純恋さんもこの返事は予想してないだろうと思ってどこか勝ち誇った気持ちでそう言うと

「そう言うと思った、まぁまぁ騙されたと思ってさ。しかもテスト期間なんでしょ?」

 見抜かれていた。見抜かれたこととテスト期間を知られていたことによる驚きでなんか諦めがついてしまい、素直に教えてもらうことにした。

「教えてください。」

「ちゃんと目を見て言って欲しいなぁー。」

 声のトーンから俺が対女コミュ障って知ってると確信した。あのクソ親父、どこまで喋りやがったんだ。もう今更後には引けない、俺は椅子を回転させ、純恋さんの目を見て、恥ずかしさを必死に堪えながら

「教えてください...」

 と言った。声がだんだん小さくなってることが自分でもはっきりわかった。またなんか言われるな、と不安になってると。

「うん、いいよ!」

 と快く言ってくれた。少しホッとした。すると一階の方から 

「夕飯できたぞー。」

 親父の声が聞こえた。

「はーい!」

 陽気な返事をして純恋さんは一階のリビングへ向かう。結局俺がおねだりしただけで教えてもらえなかった。飯の後に聞けばいいや、と思っていた。空は既に暗くなっていたが、周りの街灯や店の光で体感する暗さは軽減していた。

  時計を見ると時間は7:30と表示されていた。今日の夕飯はカレーだ。一口目を口に運んだ瞬間、具と味がいつもと違うことがすぐにわかり、これは優子さんが作ったのだと分かった。実母がいる時も、一人っ子だった俺は大人二人、子供一人の三人での食事だった。四人での食事は友達と以外したことなく、男女比1:1なんて尚更初めてで新鮮な感覚だ。俺の隣には純恋さん、俺の前には親父、斜め前には優子さんが座っている。俺は黙ってスプーンを動かしている。三人が何やら会話しているようだが俺には関係ない。親父の会社は週休が1日日曜だけある。親父は仕事が遅いせいかわからないが、定時で帰ってくることは少ない。

 「涼太くんは、行きたい大学はあるの?」

 優子さんが話しかけてきた。よく思えば今日優子さんが何か聞いてきたのは初めてだ。しかもこの質問親父にも実母にも聞かれたことのないことだったから少し戸惑いながら。

「一応あります。」

 と答えたら。

「どこの大学?」

 と聞かれた。まぁ予想通りの感じだった。本当のことを言おうか、嘘を言おうか迷ったが、一応仮にも家族だし本当のことを言うことにした。

「まぁT大です。」

 本当の志望大学を言うと、マウント取られた感するとか言うアホみたいな奴がいるので、少しはにかみながら言うと。

「え!?T大!?」

 隣で純恋さんが大声を出した。少しびくっとした。

「私、T大だよ!じゃあ後輩だね!」

 一瞬聞き間違いかと思った。まさかあの純恋さんがT大とは思えなかった。しかも後輩と言われても入れる自信は今のところない。模試はずっとC判定にとどまっている。まぁ純恋さんの大学事情なんてどうでもいいと思い。

「そうなんですね。」

 と冷たく返したら。

「むー、そこは、学部とかいろいろきくところでし

ょ?」 

「別に関係ないことなので。」

「だから彼女ができないんだよ。」

「彼女いらないんで。」

「えー、そこはもう少し怒って欲しかったなぁー」

「ははは、純恋ちゃん、面白いね。」

「純恋、ほどほどにしなよ。」

 三人が笑っている。俺は彼女に掌で転がされてる感覚がして、さっさと飯食って部屋に戻ろうと思い、止まっていたスプーンを動かしてカレーを食べ始める。いつもと違う味に変な違和感を覚えつつもどこか堪能しながら。

 「ごちそうさまでした。」

と言って、食器を流し台に持って行き、部屋に戻る。そういえば純恋さんに勉強教えてもらう予定だった。すっかり忘れていた。彼女を待っている間、俺は写しきれてない部分を写す。正直この辺の問題はテストに出ない。なぜなら、出したところで答えを出せる奴はほとんどいない。ましてや、完答なんて出来る人はいるはずがない。時間をかければ出来る人はいると思うが。しかしよくよく考えると、うちの高校のT大の合格者は毎年二十人近くいる。そう考えれば今の俺は合格圏内にいる。しかも、その中のトップのやつですら何時間もかけてやっと解けるような問題を10分足らずで解いていた純恋さんは一体何者なのだ。

「わぁ!」

「えっ!?」

 突然後ろから驚かされて思わず声を出してしまった。純恋さんだった。

「びっくりしたでしょ?反応可愛かったよ」

「やめてください。」

「ごめんごめん、じゃあ始めよっか。」

 意外とあっさり切り替えて解説を始めてくれた。

「この部分だけ左辺に残して、両辺に全部代入すると....」

 純恋さんの説明が始まる。言ってることがすぐに頭に入ってくるようだった。

「あっ、できた。」

 初めてだ、こんな難問を解けたのは。俺は純粋に驚きだった。

「うん!そういうこと。これは思いつけば簡単な問題だったね。」

「ありがとう、ございました。」

「どういたしまして、別に敬語じゃなくてもいいよ。ほら、親とかに敬語つかわないでしょ?」

「ちょっとそれは。」

「まぁ、次期に自然とタメになる気はするけどね。」

「あっ、はい。」

 解説のわかりやすさに正直話の内容が入ってこなかった。とにかく言葉が出ないくらいわかりやすかった。もう予備校とか学校の先生とかの比じゃない、どんだけキャリアを積んでもこんなわかりやすい解説できないだろってほどだった。ぶっちゃけ学校の授業まともに聞かなくても、純恋さんに教えてもらえば、全部リカバーできる気がした。でも今の俺はそんなことするつもりは微塵もない。

「俺、風呂入ってきます。部屋には勝手に入らないでくださいね。」

 椅子から立ち上がって部屋から出てった。俺は彼女を姉として受け入れてない。

「ねぇ、一緒にはいってあげよっか?」

 呼び止められるように言われた。親父には、実母の方が良かったとは言ってないから、俺が親父の再婚をよく思ってないことを親父や彼女は知らないのだろうからあまり怒ることは出来なかった。

「いやです。」

 怒りを少し含めた言い方で言った。しかしそれを汲み取れなかったのか、分かってて無視したのか

「いいじゃん、姉弟になった記念にさ。」

 と、能天気なことを言ってきた。正直いつもの俺ならブチ切れていただろう。しかし勉強を教えてもらった故か何故か少し冷静だった。純恋さんを無視して階段を降りる。妙に冷たい風が吹いていた。

 風呂に入るとまず、頭と、顔、体の順に洗う。今日のストレスとともに。そして湯船に浸かる。

「どうしよう。」

 意味もなくそう呟く。正直優子さんは今のところあまり問題ないが、純恋さんには慣れる気がしない。姉として受け入れてないだけでなく、あの人は凄すぎる。可愛くて、頭良くて、スタイルがいい。どこに弱点あるんだよってくらい完璧な人だ。どうやったら普通に喋れるか、そんなことを考えていると、どこかで諦めがついたのか、まぁ日が経つと慣れるだろうという結論に至り、俺は風呂を出た。髪を乾かして、部屋に戻る。純恋さんはいなかった。きっと部屋で勉強してるのだろう。少し安心して、ベットの上で壁を背もたれにして、長座して英単語帳を開く。英語は得意というより好きだったので、英単語を覚えるのは好きだった。うちの学校では一月に一回単語テストがあり100点満点のテストだ。もちろん英語の成績に加わるし、ただ日本語を英語にしたり英語を日本語にしたりするだけでなく、文章から推測して答えないといけないものもあるので、そこまで簡単ではない。俺は、自慢じゃないが、最初の一回目の99点以外ずっと満点だ。満点はどれくらいいるのかというと、基本3.4人くらいだ。試験範囲の英単語をある程度目を通して今度は、机に向かって長文読解をする。長文読解と言っても、ただ教科書の文章を和訳して理解を深めるだけ。学校の授業は正直楽勝すぎる。だから授業中は先の内容や自分の持ってきた問題集をこっそりやっている。しかもうちのクラスは成績トップのやつは席を選べる権利がもらえる。だからバレることはない。というよりもしバレても怒られるだけで成績に影響はない。教科書の文章は一つ一つがかなり長く和訳するのに多少時間がかかる。少し曖昧な部分は書いたりするので大体一つの文章に10〜15分ほどかかってしまう。しかしそんなに苦ではなかった。

二つ目の文章が終わって教科書を閉じようとしたとき、部屋のドアが開いた、見なくても純恋さんであることは明らかだ。同時にシャンプーの匂いから風呂上がりであることも分かった。しかし純恋さんのすっぴんが気になったせいか、彼女の方を振り返った。するとドアに寄りかかってるように見えるすっぴんの純恋さんがいた。これで彼女と目を合わせるのは3度目だ。さすがに少し耐性が着いたのか、すぐ反射的に目をそらすことはなかった。美人は3日で飽きるとはこういうことなのかという気がした。俺は大人の女は化粧が濃くて、すっぴんが全然違うというイメージが俺の中にあったが、それは覆されてしまった。大きな瞳や整った顔つき、それら全てが初対面の時と変わらないくらいだった。思わず見とれてしまいそうになった自分を押し殺して

「勝手に入らないでください。せめてノックぐらいしてください。非常識ですよ。」

 と言う。

「まぁまぁそんなに怒らないでよ。ところで最近寝れる?」

「まぁ寝れてるといえば嘘になりますが。」

「耳かきしてあげよっか?」

 なぜここまで俺に絡んでくるのか意味がわからなかった。

「いやいいです。」

 と言うと

「ねぇ、ちょっとだけでいいからさ。私耳かきめっちゃ上手いよ。めっちゃ気持ちくてすぐ寝れるよ。」

 もはや自分がしたいだけと言う本音がだだ漏れだった。

「もうそれ自分がしたいだけじゃないですか。」

「いやいや違うよ涼太くんを癒してあげたくてさ。」

「いいですから、出てってください。」

「ちゃんと膝枕してあげるからさ。」

「そういう問題じゃありませんから。」

 これで大丈夫だろうと思った直後

「じゃあ添い寝の方が良かった?」

 予想のはるか斜め上のことを言われ一瞬聞き間違いかと思った。この人着眼点が違いすぎる。

「とにかく出てってください。」

 ラチが開かないと思って。俺は純恋さんを部屋から出そうと立ち上がり、彼女が寄りかかっている扉を閉めようとした。

「ほら、閉めますよ。」

「えーなんで?ちょっとだけでいいからさー。」

 扉を抑えて抵抗する純恋さん。

「ちょっととかいう問題じゃありません。」

「姉に優しくしようとは思わないの?」

 俺の手が止まる。同時に何かを察したのか、純恋さんも手を止める。俺の中で何かが切れてしまった。もう今の俺に我慢する力はなかった。俺は彼女を睨みつけ

「ふざけるな!あんたを姉として受け入れたなんて一言も言ってない!」

 バタンッ!思いっきり扉を閉める。しかし後から何か罪悪感のようなものにかられ

「ごめんなさい、感情的になりすぎました。」

 扉越しに謝る。しかし返事は返ってこなかった。俺は純恋さん自体はめんどくさいとは思うが人としては好きじゃないにしろ嫌いではない。ただ、姉として受け入れてないだけで、そんな中で姉という言葉を使われたことに腹を立てただけだ。もう考えても無駄だ、明日学校で忘れよう。そう思ってベットに入る。やけに寒かったので、掛け布団を口まで覆いかぶせた。

 『あの人は一体なんなんだ....』

 その一言を最後に俺は眠りについた。

 ジリリリリ....

目覚まし時計の音に反応し、俺は目を閉じたままアラームを止める。昨日は色々あって眠れなかったことがすぐに分かった。めちゃくちゃ起きるのが辛い。朝は得意とまではいかないが、そんなに起きれない方の人間ではない。飯食って用意すれば目も覚めるだろうと思って、重たい瞼開けると何やら目の前に物がある。視界がぼやけていて何かはわからなかった。目をこすってなにかを確認すると、俺はベッドから飛び起きた。

「わっ!?」

 変な声が出てたことに気づき、慌てて口を塞ぐ。その正体は純恋さんだった。純恋さんが俺のベットに入っていたのだ。しかも向き的に俺と純恋さんが向き合う形になっていた。昨日のことを覚えてないのか、それとも分かってるのか、だとしたらこの人頭おかしい。

「なんでいるんですか?」

 どなり気味にそういうと、彼女は目を開けて

「おはよう、よく眠れたかな?」

 と寝起き感満載の笑顔で聞いてきた。

「だからなんでいるんですか?」

「だって、最近寝れてないって言ってたから添い寝してあげようと思ったんだよ。」

「そんな事しなくていいですから。というか部屋に勝手に入るなとあれほどいいましたよね?」

「あっ、そうだったね、ごめんごめん。」 

 この人に学習能力というものは備わっているのか。と聞きたくなるくらいだった。そしてさらに

「まだ5時半だよー、そんなに急がなくてもいいと思うよ。ほらおいで、もうちょっと寝ようよー。」

俺は呆れ気味だった。

「はぁ、いいです 。朝飯作ってきます。」

 親父は俺よりも起きるのが遅い。というよりも俺が早すぎるというのもある。だから朝飯はいつも俺が作っている。別に料理が上手いというわけではない。普段は朝課外なのだが、テスト期間で課外はないが、俺は人混みが好きではないため、こういう時でも早朝から学校に行くようにしている。大体起床は5時半だ。そして家を出るのは大体6時、そうすると大体学校には6時半には着く。そこから一限目までは2時間以上時間がある。俺はこの2時間が一番テストがいい理由だと思っている。

「え?、朝ごはんならお母さんが作ってると思うけど?」

 起き上がった純恋さんがそう言う。

「優子さんが?」

 部屋を出て一階のリビングへ向かうと、優子さんが台所にいた。そして俺と優子さんの分の朝飯が置かれていた。

「あっ、涼太くんおはよう。」

「あっ、おはようございます。飯作ってくれたんですね。」

「うん、圭介さんから聞いててね、それで今日たまたま起きる時間が同じだったからさ。」

「無理しなくていいんですよ。」

「いいや、全然無理してないよ。」

 笑顔でそう言われた。早く食べて学校に行こうと思い。小さく急ぎ気味に「いただきます」と言い、食べ始めた。テーブルの上には、ご飯と目玉焼きと味噌汁だ。人に朝飯を作ってもらうのは、両親が離婚して以来一度もなかったので、少し懐かしさを感じた。しかもメニューも充実している。俺は食はそんなに太くないので、朝はトースト一枚とかご飯茶碗一杯とかそんな感じで適当に作っていたので、今日の朝飯はここ最近の朝飯の中では一番美味しかった。食べ終わって、「ごちそうさまでした」と言って、食器を流し台に持っていく。そして台所にいる優子さんに

「ありがとうございました。」

 自然に出てきた言葉だった。それに優子さんは少し戸惑った顔をしたが。

「いいえ。」

 と返してきた。歯磨き洗顔をしようと洗面台に向かう。先に洗顔を終え、歯を磨く。磨いてる時に薄々気づいたが、朝起きた時、俺純恋さんのこと直視したまま話せていた。寝起きで頭が回ってなかったせいなのかはわからない。とりあえず後で考えようと思って歯磨きを終え、制服に着替えようと部屋に戻る。どうせ純恋さんいるだろうなと思ったら、いなかった。流石に大学生がこの時間に起きてるのは辛いはずだ。身支度を全て済ませ、玄関へ向かう。その途中、リビングで朝飯を食べていた優子さんに

「行ってきます。」

 と声を掛けた。

「行ってらっしゃい。」

 と笑顔で返された。学校に行く時は一人で行く。流石にこの時間に合わせてくれる友達はいない。なので行きの自転車は無心になってしまう。空はまだどこか暗かった。学校が見えたので俺は自転車を加速させ校内の駐輪場へ向かう。自転車を止めて、校舎に入る。ニ年の教室は三階だ。だから階段を上がるのがめんどい。電気をつけて教室に入ると当たり前だが誰もいない。課外もないため人が来るのは少し後になる。俺はこの一人の時間が一番勉強に集中できる。基本この時間は暗記がいいとされているので、俺は古文単語を覚えようとした。試験範囲を何度も読み返す。30分くらいたったて飽きてきた時に俺は、ふと昨日純恋さんに教えてもらった数学の問題が頭によぎった。そして、俺はその問題を持ってある場所へと向かう。階段を降りて一階へと向かう。途中人とすれ違っても見向きもせずに。向かった先は3-1だ。うちの学校は二年生以降から文理が分かれるのだが、各コースで成績優秀者の集まりのクラスがある。いわゆる難関クラスというやつだ。ちなみに俺は文系の難関クラスで8組だ。そしてこの1組は理系の難関クラスだ。一クラス40人だからここには上位40人がほぼ集結しているのだ。そしてなぜここにきたのかはある人にこの問題を解いてもらうためだ。俺はたまたま廊下にいた学ランを着ている3-1の人らしき人に声を掛けた

「あの、塚田先輩いらっしゃいますか?」

「あぁ、いるよ。ちょっと待ってろ。おい涼介、後輩が呼んでるぞ。」

 三年生はこの時期受験勉強は佳境だ、それを知ってたので、いることは予想通りだった。そして教室から一人の学ラン姿の男子生徒が出てきた。

「君は、誰だい?」

「あ、あの、はじめまして、僕、辻元涼太と言います。えーっとこの問題が解けなかったので、教えてもらいたくて。」

 この人は塚田涼介先輩で、我が校の数学研究会の元会長で、数学オリンピック予選通過を果たしたすごい先輩だ。数学だけでなく他教科でもずっとトップなので。同学年だけでなく他学年にもその名前は轟いている。そしてなぜ俺がそんな塚田先輩にあの問題を持ってきたかというと、純恋さんが10分足らずで解いたのをこの人ならどのくらいで解けるのか純粋に気になったのだ。

「なるほどね、この問題印刷してきてもいいかい?」

「はっ、はい大丈夫です。」

「じゃあちょっと待っててくれ。」

「はっ、はい。」

 先輩との会話はあまり慣れてなく少しぎこちない感じがした。少し三年生の廊下ということもあって少し居心地が悪かった。全く違う学校に来てるみたいだ。早く戻ってきてくれと思っていると、後ろから

「よっ、久しぶりだな。」

「あっ、佐藤先輩。お久しぶりです。」

 元ソフトテニス部のエース佐藤光先輩だ。インターハイに出場したこともあり俺の憧れの先輩だった。しかもイケメンで頭もよく、女子からの人気は高い。

「どうだ?部活は?」

「充実してますよ。」

「ははっ。それは良かった。てかなんでいんの?」

「あー、ちょっと塚田先輩に用事があって。」

「塚田?、お前塚田と面識あったか?」

「いやー、それはちょっと。」

 少し濁すように言うと

「そっか。頑張れよ。」

「はい。」

「じゃあな。」

 そう言って佐藤先輩は教室に戻る。するとその1分後くらいに、塚田先輩が来た。

「ごめんごめん、遅れた。」

「いえいえ大丈夫ですよ。」

「じゃあ今日の昼休みか放課後に来てくれ。そしたら解説してあげるから。」

「はい、ありがとうございます。失礼します。」

 と言って早足に教室へ戻る。教室に戻ると、何人かクラスメイトがいた。その中には俺の友達はいなかった。気にせず俺は、勉強を始める。暗記物には飽きたので、次は数学をすることにした。大体この時間に来るのは意識高い系の人たちばかりなので、騒いだりする奴はほとんどいないので、そんなに気は散らなかった。すると、どんどん教室が騒がしくなってくる。腕時計を見るともう8:20で課外が終わる時間だった。

「よっ、涼太!」

「なに元気なさそうな顔してんな。」

 上から声が聞こえた。上を見上げると二人の男子生徒がいた。

「翼と和樹か。」

 こいつらは井上翼と中村和樹。翼は部活でバスケをしている。俺が唯一本音を話せる友達の一人だ。面白い奴なんだが、成績がかなり悪い。模試では200番前後なんだが、定期テストでは300番以下になることもある。こいつが俺と同じクラスであることが以下に文系が馬鹿ばかりであるかの証明だ。反対に和樹は、部活はしていない。翼と同様俺が唯一本音を話せる友達の一人だ。あまり自分から話しかけることはないのだが仲良くなってみると一言一言面白くて、一緒にいて飽きない。こいつは文系の中での数少ない成績優秀者で、いつも順位を競っている。

「なんかあったのかよ、話あるなら聞いてやるよ。」

 翼が言ってきた。

「あぁ、頼むよ。」

 そう返事をしてロッカーに荷物を直して、1限目の教材だけを机に置いた。一限目が始まった。数学だ。試験期間で自習となっているので、先生は質問に答えるだけの授業だ。正直しゃべる奴もいるのであまり集中出来ないのでボーッとして時間をつぶした。2〜4も同じ感じで過ごして、昼休みになった。俺は普段昼食は、学食で翼と和樹の三人で過ごす。たまに、教室に持ち帰って食べることもあるが、追加料金取られるので週に多くても2回くらいだ。俺は基本食べるものは決まっている。カツ丼だ。安くて一番うまいからだ。券売機でカツ丼を選んで、券を学食のおばさんに渡す。翼と和樹はと言うとカレーの大盛りを注文している。それぞれ飯を受け取って開いた席に座る。

「んで、朝のあれどうしたんだよ?」

 翼が席に座るや否や聞いてきた。

「なんだ?ふられたのか?まぁ人生長いからなぁ。」

 和樹が言う。

「ちげぇよ!」

 言い返すが、声が思ったよりデカくて、周りが一瞬こちらを見る。

「冗談だよ。それでほんとは?」

 和樹が笑いながら言う。

「実はさ、親父が再婚してさ。」

「それでその再婚相手がヤクザだったと?」

 翼が真顔で言う。

「違う。再婚相手は別に普通の人なんだけど、その再婚相手の娘がさ...」

 俺は純恋さんについて名前や年、容姿、言動について話した。二人はカレーを食べながら聞いている。

「なるほどね、その純恋さんとか言う人が、グイグイき過ぎると。」

 和樹がまとめてくれた。すると隣の翼が

「可愛いんだろ?写真ねぇのかよ?」

「ねぇよ、てか撮らないし。」

 少し怒り気味に言う。

「まぁ、弟がいることが嬉しいんじゃね?それかお前が可愛いから?」

 少し真面目に翼が言ってきた。

「まぁとりあえずしばらく過ごしてみろよ。なんか変わるかもしれないぞ。」

 和樹が和樹らしいことを言ってきた。

「あれに慣れるのか、かなり厳しいな....」

 俺の頭の中に、朝の光景が思い浮かぶ。箸が止まってることに気付いてその光景を忘れるように急いで食べる。

 昼休みが終わって、5、6限目が始まる。テスト期間は7限はなく、5、6限は自習となるのだ。大体この時間は寝るやつと寝ないやつで順位が分かれると言ってもおかしくない。その証拠に、和樹は起きているが、翼は爆睡だ。俺は昼の和樹の言葉が頭から離れなかった。

『なにかかわるかもしれないぞ。』

 結局集中できないまま終わってしまい。放課後を迎えた。テスト期間は和樹と翼と帰ることにしているが朝の塚田先輩との約束があるので3-1に行かなくてはいけないので、下足付近で二人を待たせている。俺は走って3-1に行くと、廊下で塚田先輩が待っていた。

「ごめんなさい遅れました。」

「いや大丈夫だよ。」

 笑顔で言ってくれた。するとつづけるように

「この問題難しかったなー、休み時間と5、6限つぶしてやっと解けた。」

 と達成感あふれる顔で言った。

「そんじゃ、解説するね...えっとここが....」

 言ってることは純恋さんとほぼ変わらなかった。

「ありがとうございました。」

 もうすでに教えてもらっていた感を見せないようにお礼を言う。

「いいえー。」

 そして俺は塚田先輩が教室に戻ると同時に下足へ向かった。

「わりぃ、待たせた。」

 二人に声を掛ける。

「じゃあ行こっか。」

 和樹が言うと三人で駐輪場に向かうと言っても、二人は電車通学だ。つまり俺のためについてきてくれてるわけだ。

「おい涼太、純恋さんの写真持ってこいよ?」

 翼がニヤニヤしながら言う

「機会があればな。」

「おい!独り占めするつもりか?本当はお前まさか?」

「お前なぁ。」

「お前の方から話しかけてみたらどうだ?もしかしてかまって欲しいんじゃないのか?」

 和樹が話の流れを変えるかのようにそう言う。

「まぁ、頑張ってみるよ。」

 元気のない返事をした。

「じゃあな。」

 二人が声を揃えて言う。気づけば駅に着いていた。

「お、おう。」

 慌てて返す。ここからは一人なので、自転車に乗って飛ばし気味で帰る。空はやけに雲がかかっていたが、少しの隙間から夕日が顔を出していえ地面を照らしていた。家について玄関の扉の横に自転車を止め、鍵をかけて、家に入る。当然親父はいない。親父が定時で帰れることはあまりない。優子さんも仕事らしく、帰ってきてない。二階に上がっていく途中なにも聞こえなかったので純恋さんもいないと思い。部屋で少しゲームしてから勉強しようと思って、階段を登り終えて部屋に入ろうとすると、隣の部屋から何やらシャーペンを走らせる音が聞こえた。どうやら純恋さんはいるらしい。おそらく大学のレポートが何か書いてるのだろう。その時、帰りの時の和樹の言葉が脳裏をよぎる。

『お前の方から話しかけてみたらどうだ?』

 少し躊躇した。でも、もう少し普通に生活したいと言う願望が勝ったのか、俺は純恋さんの部屋の扉の前にいた。そして、気づかれないようにゆっくりドアを開ける。すると、そこには元実母の机に座って真面目に作業している純恋さんがいた。昨日や今日の朝の彼女とは別人のようだ。やっぱ集中してるみたいだし、後でいいと思い、そっと扉を閉めようとしたその時。

「涼太くんおかえり。」

 突然純恋さんが手を止めてそう言った。

「あっ、えっ、た、た、ただいま。」

 焦ってカミカミになってしまった。すると、彼女は振り向き

「ノックぐらいしろって言ったのはどこのだれですかー?」

 ニヤっとしてそう言う。揚げ足を取られた感がしたが、自分が言ったことだったから、今回ばかりはあっちが正論だった。

「僕です。ごめんなさい。」

 と言うと

「あーもう、そんな本気で謝らなくてもいいから。それで、どうしたの?」

 少し真面目な笑顔で聞いてきた。俺はただ喋りたかったとか言ったらどんなことされるかわかったもんじゃなかった。だから、とっさに言い訳をした。

「えーっと、数学でいい点取りたくてさ、教えてくれませんか?」

 自分でも焦りが丸わかりだ。

「おー、今回はちゃんと目見てくれたね。いいよ。ちょっと待ってね。」

 と言って、純恋さんはレポートを再び書き始める。予想と違う反応をされた。もっとからかってくることを予想して、それの反論を考えてたのだが、あっさり快諾してくれた。自分の部屋に戻り、電気をつけて、カーテンを閉めようとした。窓の外からはさっきとは違って晴れた景色が見えていてどこか透き通っていた。俺はしばらく窓の景色を眺めていた。すると部屋に純恋さんが入ってきた。

「ノックしてください。」

 少しいつもより緩めに言った。

「ふふ、ごめん。後、夕飯なんだけど、お母さんと圭介さん遅くなるらしいから、私が今日夕飯作るね。楽しみにしててね。そのあとはちゃんと勉強教えてあげるからね。」

 と楽しそうに言って部屋を出て、台所へと向かった。俺は純恋さんがさっきまでいた空間を眺め続けていた。しばらくして我に帰り扉を閉めて、試験勉強を始めた。一時間以上たった頃だろうか、

「夕飯できたよー。」

 純恋さんの陽気な声が聞こえた。そして俺は返事もせず、下へ降りた。

「いただきます!」

「いただきます。」

 陽気な言い方の純恋さんとは違って俺は棒読みのような言い方で言った。今日の夕飯はハンバーグだ。昨日は四人だったが、今日は二人なので、沈黙を貫くのは難しい。

「どう?美味しい?」

「はい。」

「よかった!」

 こんな感じで純恋さんは俺にずっと質問を重ねてくる。もちろん俺から質問することはなかった。質問に答えるのに必死で、味をあまり感じることなく食事を終え、食器を流し台に持っていき、部屋に戻る。そしていつも通り試験勉強を始める。純恋さんが来るまでは、物理と化学をすることにした。この二つはそんなに問題はない教科だ、物理は数学がつきものなのになぜか物理はそんなに苦手ではないのだ。ただ無心にペンを走らせて問題を解いていく。すると突然首に凍りつくような寒気がした。

「なに!?」

 びっくりして椅子から反射的に立ち上がる。

「はははは、なにその反応?女の子みたい。」

 振り向くと純恋さんが俺の首を掴んでいたらしく、ずっと笑っている。

「だからノックをですね...」

「え?したよ?」

 笑いすぎたのか目に涙を浮かべながらそう言う。嘘としか思えなかった。 

「はぁ、まぁいいです。」

 と、ため息混じりに言う。

「じゃあ始めよっか。」

 あっさり切り替えてくれた。

「どこがわからないの?」

 俺は、問題集のわからないところチェックをつけていてそれを純恋さんに見せた。

「なるほどね。基本は全部できるみたいだね。じゃあ今日は応用問題にしようか。」

「はい。」

 そして純恋さんの解説が始まった。一つ一つ丁寧に解説してくれた。何より先生と違うところは、それ自身の問題だけでなく、応用できるように道筋がはっきりとしていた。一時間半くらいしてやっと全ての問題が終わった。

「ありがとうございました。」

「どういたしまして、またいつでも言ってね!」

 今日はあっさり部屋を出てくれた。逆に少し怖いくらいだ。昨日今日であんなことがあったくらいだ。でも、明日からテストまで一週間あるし、お試しで、純恋さんに教えてもらおうと思った。

 なんか変わるかもしれないからな...


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