時間だけが過ぎていく

 10日が過ぎた。


 今日は部屋に冴橋が訪れていた。雪那は相変わらず最低限の外出しか許されてはいない。一日のほとんどをこの部屋の中ですごさなければならないが、冴橋には彼女以上の自由は許されていた。


「じゃあもう歩けたりするんですね」


「あぁ。さすがはエルクだよ。普通の人より回復がずっと早い」


 メイドのエルクの見舞い帰りという冴橋は、表情が嬉しそうに緩んでいた。


「今度オレの方からお見舞いに行けるようお願いしておくよ。

 アンタが行ってくれれば彼女も喜ぶことだろうよ」


 ほんとうに嬉しそうに話をする冴橋。それとは逆に、話を聞いている雪那の表情はあまりすぐれない。


「あの……一ついいですか?」


 聞くべきかどうか、悩んだが一度口にしてしまえば引っ込ませることはできない。


「身も周りのことをしてくれるメイドさんに聞いても、誰も答えてくれないんですよ」


 なんでも聞いてくれと言わんばかりに胸を張る冴橋。


「戦況っていうんですか? 戦争は……どうなってるんですか?」


 もっと悩んでおけばよかった。眉間にしわをよせて口を閉じた冴橋を見てそう思った。


「良くは……ないんですか?」


 声のトーンが落ちてしまう。


「いや、そういうわけじゃあない。うん、押されているというわけではない」


 いまはまだ。小声で口にした言葉を雪那は聞き逃さなかった。


「いまはまだ……デスカ」


 ますます渋い顔を浮かべる冴橋。


「こいつは本来なら、オレやアンタの耳に入れないようにって言われている。

 ウチのメイドは優秀でな。まだベッドの上だってのにオレのためにって情報を仕入れてくれるんだ」


 嬉しそうに、少し恥ずかしそうに笑う。そこから一転させる。


「正直なところ、いまは均衡状態だ。単純に戦力だけで言えばこちらのほうが多少優っている。が、向こうにはあいつがいる」


「……†ダンテ†ね」


「あぁ、あいつだ。あっちの国王様は生主様を全面的に利用するつもりだからな。

 †ダンテ†もノリノリだからタチが悪い。ここぞという闘いには必ず参加して必ず勝利する。お陰でこっちの戦意は微妙に下がりつつある。

 まったく、あの野郎も面倒くさいことをしてくれる」


 肩の高さまで手を上げて首を振る。


「それで、だ。アイツの事を疎ましく思っているのは他の国も同じなんだ。どこもアイツには手を焼いている。なんとかしてほしいと思っている。でも自分たちじゃなかなか難しい」


「あー」


 雪那は理解してしまった。

 今の冴橋の表情、めんどくさそうで嫌そうな表情を理解してしまった。


「まだあくまで個人レベルで口にしているってだけなんだが、†ダンテ†の対処に同じ配信者をぶつけて欲しいという話が出てきてる。

 今も言ったとおりこれはまだ個人レベルだ」


「けども国レベル、他の国の王様がここの王様に要望するかもしれないってことなんだね」


「正解だ」


 おもいっきり嫌そうな顔で頷いた。


「オレはこの提案に乗っかるつもりだ」


「えっ? そんなに嫌そうな顔をしているのに?」


 言われて、自分ではそんなつもりはなかったのだろう。

 冴橋は自分の顔を触って今の自分の表情を確認して、笑った。


「これは……ちょっと違うな。

 嫌っていう感情はあるんだろうけど、その矛先は†ダンテ†と闘うことってわけじゃあない。いいように使われるってことが嫌なんだよ。だから、なにか言われる前にオレは奴と闘うことにする」


「なるほど。そういうこと……なんだ。じゃあ私はどうしたらいい?」


 問いかける。


「もちろん私もあいつのことはよく思っていないし、このままじゃいけないとも思っているよ。このまま戦争が続いていたんじゃ大変なことになると思うよ。多分……†ダンテ†がいなければあの国王さんもこれ以上危ないことはしないんじゃないかな。

 でもさ」


 言葉に詰まる。視線を反らして少し考えこんでから、もう一度視線を冴橋に向ける。


「†ダンテ†と闘うことになるのはわかったけれどさ、冴橋さんは最終的に†ダンテ†をどうするの?

 説得できるような人じゃないってわかっているんだよね」


 頷く冴橋。

「会話で解決するのは……難しいだろうな。

 呑気なことをやっていたらオレのほうが倒される」


 だから、と言葉を続ける流れで言葉を区切る。続けようとしていた言葉を雪那はわかっている。あえて言葉にしないのだろうことも。

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