積み上げられたもの
入国しようとした時とは違い、出国するときはちゃんと門から出て行く冴橋。その背後で一度足を止めて、門番に軽く頭を下げるメイド。そしてもう一人。2人と一緒に雪那の姿もあった。
門を出たから結構な距離を歩いた。もう振り返っても城門の一部も見えてこない。街道沿いに歩いているため迷うようなことはなかったが、若干の心細さを感じた。
「それで、話ってなんなんですか?」
この国の中で話せないことがあるから、少しだけ外で時間をくれないか。
そう言われていま彼女はここにいる。
「ん―。もう少し歩きたかったけど、ここでもいいかな?」
辺りを見回して
「話というのはほかでもない。実はさ」
その時だった。
足元から襲う振動に、3人の体が大きく揺れたのは。
「きゃ!」
大きくバランスを崩して地面に尻餅をつく雪那。
「いったー」
強めにおしりを打ってしまって、涙目になっている。
「いまの振動は……?」
立ち上がって辺りを見る。冴橋は少しバランスを崩しただけで転ぶこともなく、それどころか転びそうだったメイドの腰に手を回して彼女を支えていた。
「攻めて来られたのってつい数日前なんだろ?
来るにしたって結構間が開くと思っていたのに、もう来たってのかよ」
苦笑する。
「大丈夫だったかいエルクさん。
いきなりだったからちょっと失礼なところ触っちゃったかな?」
元々顔が赤かったメイドは、冴橋からの言葉にさらに顔を赤くして慌てて自分の足で立ち直す。
「ありがとうございます」
御礼の言葉も消えそうなほどに小さい。
おや?
一連の行動になにか言葉が浮かんできたが、上手く言語化できないので諦めることに。
「で、今の爆発ってやっぱり」
「そうだろうな」
いつの間にか生み出したブロックを地面へと落とす。段差になったブロックに足を置いて、さらにもう一個のブロックを階段上に設置していく。
「仕方ないか。協力するって言葉伝えた手前、見て見ぬふりってのはムリだろうなぁ。そうだよな、エルクさん」
振り返る。メイドは、心配そうな顔を浮かべつつも、それをかき消すように首を振る。
「そうですね。有事の際の判断は冴橋様にお任せしますと、お言葉を頂戴しています。
ここからの判断はお任せいたします」
まだ顔がちょっと赤いまま、表情を引き締めて言葉を伝える。
「ってなわけで、2人はどこか安全な場所で見ていてくれよ」
「え? まさか」
「おう、そのまさかよ。ちょっとばかし、挨拶してくるわ」
階段上に積み上げたブロックを駆け上がって、ある程度の高さになると直線にブロックを積み上げていった。
兵士たちからすれば突然上空から人が降ってきたのだから、驚きを通り越して恐怖さえ生まれる。
相手への畏怖。自軍を鼓舞するための空砲なのに、まさかその畏怖が自分たちに返ってくるとは思ってもいなかったのだろう。
どれくらいの高さから降りてきたのかわからない。それでも、進軍を止めるように仁王立ちする青年には怪我ひとつなかった。何故かその足元は水浸しになっていたが。
「もうしわけないねぇ!」
明の声は足を止めた彼らの後方まで届いた。
「この先にはちょっと、行かせられないんだよねぇ」
地面に隣接させて茶色のブロックを一つ。さらに積み重ねるようにしてグレー色のブロックを2つ乗せる。すると形状が変化して鉄の剣になった。それを掴んで剣先を地面に突き刺す。
「今日のところはおとなしく帰ってくれないかな」
畳み掛けるように言葉を口にした。
なるべく早く、最初の畏怖が続いていうるちに決着を付けたかった。表情はなるべく余裕があるようにと笑顔を浮かべ続ける。
無言の空間が続いた。兵士たちは足を止めたまま、お互いの顔を見合わせながらなにか言いたげな、でも口は塞いだまま。やがて。
「相手は一人だ」
「最初は驚いたが、止まる必要はないんじゃないか?」
笑顔の裏で冴橋の頬を汗がつたる。冷静になってしまえば、冴橋一人に対して集団はその数十倍。相手がいきなり空から降りてきたとしても、謎のブロックを組み上げて剣を創りだしたとしても、圧倒的な数の差がある。
「うおおおおお!」
誰かが声を上げた。言葉にはならない声。だからこそ伝導しやすかった。
「おおおお!」
雄叫びがあちらこちらから上がってくる。
「残念。さっさと逃げてくれればよかったのによ」
その言葉は複数の雄叫びの前にかき消されてしまっている。
「ったく、疲れるんだよ」
剣から手を離す。空いた手のひらの上に今までと同じようにボックスを生み出す。白く、金属のような輝きを持つブロックを4つ、一つを地面に設置してその上にひとつ。さらに2つ目のブロックの左右に1つずつくっつけて設置する。さらにもう一つ。
手のひらの上のブロックは今までとは少し違っていた。全体が黄色くシワのような模様が入っている。それを2つ目のブロックの上に乗っけた。するとどうだろうか。人の背丈の2倍はある無機質なゴーレムが生み出された。
「……え?」
一番前方にいた兵士が自分の背丈よりも上にゴーレムを見上げた。背丈だけじゃない。ゆっくりと振り上げた腕は人の胸囲ほどもある。申し訳程度に作られている顔はなんの表情も浮かべていない。そもそも、このゴーレムに感情はあるのだろうか。
「ほらほら! さっさと逃げないから怖い目に遭うんだぜ!」
冴橋明はこの世界に来て以来自分の能力を調べていた。このブロックでなにができるか、このブロックによって自分にどれだけ負荷がかかるか。ここはゲームとは違う。無限にブロックを生み出して、無限に組み立てることができるわけではない。ブロックを生み出すにも自在に組み立てるにも、どちらにしても彼自身の体力を消費することになる。
「なんだこれ……」
前方の兵士だけではない。後方に控える兵士たちも皆、自分たちの前に立ちふさがった青年の背後に作られていく物体に、口をあんぐりと開かずにはいられなかった。
先ほど作られたまま棒立ちのゴーレムがまるで子供のような、そこまでの巨大な物体が作り上げられていく。全体的に暗いブロックが使われている。途中まではトカゲのような姿だったものに羽が生えた。大きな鉤爪と開かれた口。見たことのない異様な造形に、ここまで保たれていた勢いは見事に霧散した。
ソレが吠えた瞬間なにもかもが恐怖に包まれることになる。
羽ばたいて宙に浮くソレの姿に恐怖しか感じない。兵士たちは、我先にと逃げ出した。
「そら逃げろ逃げろ! そのまま二度と来るんじゃ無いぞ!」
剣を掴み直してブンブン振る。
「見たことないから、知りもしないから余計に怖いだろうよ! 知ってたとしてもドラゴンが目に前に現れたらそりゃあ怖いだろうよ」
大いに笑う。
兵士たちはみんな空を飛ぶドラゴンと、地上から追いかけてくるゴーレムしか見えていない。だから今は苦い顔もできる。立っているだけで精一杯で、先に出した剣を杖代わりにしないといけないことにも気づかれない。
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