街中でリスナーに出会う

「はっ!」


 意識が覚醒した。うつろな記憶の中で、なにか大きな建物に入っていくところまでは覚えていた。しかしそのあたりを最後に意識が闇の中に消えて、気づいたら見知らぬ部屋の中にいた。


「ここ……どこ?」


 体は縛られていた、訳ではなかった。柔らかい布とワタで作られた、ソファのようなものに座らされていただけ。立ち上がってみても、特になにかされたわけでもなかった。衣服も所持品もそのまま。けれども


「鍵かかってる」


 白い壁紙の室内で唯一別の色の扉のノブに手をかけて回す。押しても引いても開くことはなかった。

 窓もない部屋。調度品も先ほど座らされていたソファだけ。


「どうなってるの?

 私……なにかした?」


 顔を挟むように手で抑えこんでウロウロと、目的なく部屋を歩き回る。


「なんなのここ? こんなところ家の近くにあったっけ?」


 立ち止まって目をつむって考えてみる。


「こんな遊園地は聞いたこと無いし……」


 また動きを再開する。ソファを中心に部屋を回り続ける。


「あ」


 足を止めて顔から手を離す。


「も、しかして?」

 部屋の隅に近づいて壁に触れる。


「これってなにかの映画のセットだったのかな?」


 こんこんとこぶしで壁を叩く。


「もしかして知らないうちに映画の撮影を邪魔していて、それでスタッフに連れて来られたとか?」


 言葉にすればするほどに自分で納得していく。


「そうか、そうだよね。映画の撮影ジャマをしちゃったら怒られるよね。あんな世界観の中で私服の私がいたら浮きまくるもんね」


 ウンウンと、何度も頷く。


「スタッフの人が来たらちゃんと謝ろう。おじゃましちゃってすみませんって」


 くるくる回りながら最後にソファに腰を下ろす。ドアがノックされたのはそれから1分ほど経った後だった。

 普通の服のスタッフが入ってくるだろう、まず謝ろう。それから家に帰ろう。

 予定は崩される。


「えっと……」


 まず入ってきたのは甲冑を着込んだ兵士が2人。その二人が雪那のよ横に立ち、遅れてもう二人兵士が部屋に入ってくる。その2人はドアの左右に立ち最後に、一人の男性が部屋に入ってきた。その男性だけ明らかに雰囲気が違っていた。思い出す。この建物に入れられる時見上げた、建物の纏っていた雰囲気を。建物を見上げた時に、直感で出てきた言葉を。


「はじめまして、だね」


 渋い外見とは違って少しだけ高い声。見た目は50代ほど。ナイスミドルの言葉がピッタリのおじさん。


「荒い歓迎をしてしまったことは詫びよう。こちらにも事情があってのこと、なのだがキミから見ればそんなことは関係のないことだな。すまなかった」


 軽く角度をつけて頭を下げる。

 頭を下げられているのに、恐れ多い気がしてきた。


「さて、と」


 男性の目が自分と雪那以外の兵士4人を見る。


「私と彼女だけにしてもらえるかな」


 男性の言葉に動揺したのは雪那だけではない。4人の兵士たちもお互い顔を見合わせつつ


「よろしいの、ですか」


 男性の顔色をうかがうように。


「あぁ、もちろんだ。安心したまえ。彼女にそんな意志はない」


 そこまで言われてはこれ以上進言できない。兵士たち4人が部屋から出ていく。部屋の人口密度ががくんと下がる。男性は雪那を正面から見つめ、なにも言葉を発しない。それが怖い。部屋にはふたりきり。鍵をかけられた音はしないのでドアは開けられるのだろうが、それには男性の横を通り抜けなければならない。それが成功したとしても、ドアの向こうには先程の兵士たちが待っているだろう。


 パニックに陥ってもおかしくはない状況のなか、雪那の心は意外なほどに落ち着いていた。驚く隙がないほどに、驚くことが起こり続けているからだろうか。


「間違っていたらすみません。

 このお城の王様、なんですか?」


 問いかけに男性は微笑んで頷いた。


「はじめまして雪那さん」


 名乗ってもいないのに自分の名前を呼ばれて、落ち着いていたはずの心がざわつき出す。


「いつも生配信、楽しく拝見していますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る