第9話

「250万……ふぁぁ、終わったー!」


 最後の金貨を数え終わって、安堵から思わずため息が漏れた。後ろに体重を掛けてボフンッとベッドに倒れ込む。


 お金がこれだけ貯まったことよりも数え終われたことに感動した。大体260万と踏んでいたが、意外と少なかった。


 金色と銀色の混じった貯金箱を眺めていると不思議な気分になる。ネージュとお金を集め出してから約十一年が経った。よくもまぁ子供二人でこれだけ貯められたものである。


 一番の原因はあの魔法石だ。


 ベッドの近くにあった白い魔法石を手にとって少し力を加えれば体から力が抜けていくのと同時に、石の中で淡く緑色に輝いた細い糸が絡まって渦巻く。


 これをばあばの所に持っていけば最初は確かにいつもの100倍の値段で買ってくれた。私達は大喜びでばあばにお礼を言ったのだが、次の月に来たときはばあばの方が大興奮って感じだった。


 ばあば曰く、町の方に売りにいったらなんと相当の値段で売れたらしい。まず、ネージュの氷の魔法石。これは大人気だった。元値の何倍もの価値で売れてばあばもびっくりだったとか。


 次に私の風の魔法石。ネージュの魔法石ほどは売れなかったけど、これも元値の何倍かで売れた。なんでも、魔力がらしい。なんとなく、分かる気はする。ばあばに見せてもらった風の魔法石よりも私の作った魔法石の方が明らかに濃い緑色なのだ。


 高値で売れたからばあばは大喜びで、私たちと同じくらいはしゃいでいた。それからばあばがもっと高く買ってくれたから、こんなにお金を貯めることが出来たのだ。


 ネージュは取り敢えず250万貯めれば上出来だと言っていた。


 なぜなら、250万でアルメリア王国の魔法学校に通えるからだ。

 アルメリアの、魔法学校。


 このワードで私のオタクセンサーがビンビン反応した。ネージュが楽しそうに見せてくれたパンフレット━━━どこから取ってきたのかは知らない━━━には大きな大きな校舎にアンティーク感溢れるこれまた大きな時計。


 それはオープニングで見ることのできるアルメリア魔法学校の校舎であった。


『わぁ__ここが、これから私が通う学校__』


 それを見た瞬間私の頭の中にはヒロインの最初のセリフが甦った。いつ聞いてもワクワクする物語が始まる合図である。


 ネージュはアルメリアの魔法学校に通いたいらしい。


 ネージュの計画としては、アルメリアの留学生制度で私が学園に入学する。私は貴族だからなんとか行けるだろうと。

 庶民である自分は成績で学費が免除される特待生の更に難しい国外枠を受けるとか。


 本気だった。

 今までに見たことがない程ネージュの瞳は決意に満ちていた。


『分かった!? 二人で行くんだからね!』


 肩を掴んで強く揺すられ、凄い剣幕で迫られたら私は頷くことしか出来ない。というか、そんな情報をよく一人で集められたものだなぁと内心感激した。


 のんびりほののんとした私とは対照的にネージュは一人でどんどん魔法を上達させていった。難しい魔法が使えるとか、相手の魔力量やオーラみたいなのが見えるようになったらしい。

 チートか。


 ネージュは本気なのだ。


「……そうは言ってもな……」


 貯金箱の蓋を閉め、顎を乗せてため息を吐いた。

 アルメリアの魔法学校に行けるなんて夢みたいだと思う。アシェルの年齢から計算しても丁度ゲーム開始時期と被る。


 留学生は17歳から。

 つまり第六学年。


 魔法学校は早くて13歳から入学でき、大体皆20歳程で卒業する。中学、高校、短大が一つになったものだと考えると分かりやすいと思う。


 13歳から18歳までは学校での基礎的技術を磨き、残り二年は自分の好きなことをする。研究をしてもよし、資格をとってもよし、これからの職探しもあり。

 貴族の生徒も結構いるから、婚活する人たちもいるらしい。すべてゲームの情報だけど。


 最低でも一年。留学したら一年は学校に通わなければならない。


 そりゃ、夢みたいなことだって思う。

 楽しそうだし、大好きなキャラを拝めるしこの上ない幸福だし、運がいいなと我ながら恐ろしく感じるほどだ。


 だけど私は未だに決めかねている。

 どうしても父さんと母さんのことを考えるとこの家を離れる気がしないのだ。


 親孝行もせずに飛び出すことなんて出来ない。アシェルに任せればなんとか……いや、でもな……。


 こんなことをぐるぐる考えていると時間はあっという間に過ぎてしまう。気がつけばもう17歳である。早い。早すぎる。


 アルメリアに行くにしても行かないにしても取り敢えず親孝行がしたい。貧乏でもなんとか洋服を買ってくれようとしてくれた父に。少しか無かった宝石を惜しみ無く私にくれた母に。


『あんたって子は……。いい人とかいないの? 早く孫を抱かせてほしいわぁ……』


 一人っ子だった私に前世の母がよく言っていた愚痴を思い出した。


「結婚……子供……」


 やっぱそうなのかな? 孫とか嬉しいのかな?

 でも子供とか結婚とか考えてたらアルメリアには絶対に行けない。

 いや、しかしアルメリアに一年通っても18歳。最悪19歳。この世界の結婚適齢期がどのくらいか分からないけど行き遅れになってしまってはそれはそれで意味がない。


「ああぁ、もう」


 むしゃくしゃしてベッドの上で手足をばたつかせる。柔らかい布団がぽふぽふ音を立てただけだった。


 綺麗になった天井を見てまたため息を吐く。


 私はこの17年間、両親に何もあげられなかった。アシェルと違って。


 近年、ヘーメル領は急速に発展している。領地の中では少しずつお金が行き交い、物も人も増えていった。家を再建築したのもつい半年前のことだ。

 なぜ、これほどヘーメル領が発展したのか。


 答えは簡単。アシェルがからである。

 は?って思うだろう。私も思う。


 15歳そこそこの子供がこの領地を変えたのだ。

 あのアシェルが一人で領地の外へ赴き、他の貴族と交流を図った。

 あのアシェルが。


 なんでも、ヘーメル領は丁度国境の近くに位置しており、ここを通れるようになれば相当近道になるらしい。

 貿易の面でも節約になり、楽になるとか。


 しかし、肝心のヘーメルを囲う森には結界が張られており外からの人間は通さない。

 今までもそれをどうにかできないかと散々言われ続けてきたらしいが、父さんは出来なかった。それが領地の利益になっていると分かっていても、年々人の数が減っているヘーメル領が危ないと分かっていても出来なかった。


 なぜなら、先人が森の聖霊と契約をして作った結界は、血の薄くなった私達には到底破れるものではないからだ。

 強い魔力と聖霊の力がいる。


 これが、どうしても出来ない。

 聖霊の力を借り、高い魔力を誇る人間なんて……


 いた。一人。

 突然ヘーメルに現れた、結界を通り抜けられる聖霊に愛されし光闇の民。

 アシェル・レイ・ヴァイス。


 彼は15歳にして森の結界の一部をぶち抜いた。

 え? なんなの? 皆チートなの?


 そこからはトントン拍子で、父さんも喜んで、母さんも父さんがいいなら、と笑っていた。

 いやいや、待ってよ皆。優しくて寛大なのはヘーメル領の民の良いところだけど結界壊したのにそれでいいの?


 当の本人であるアシェルといえば、


『結界? 聖霊に頼めばまた修復してくれるから大丈夫だよ』


 恐ろしい。愛されし光闇の民は恐ろしい。


 ネージュもアシェルには膨大な魔力があると言っていた。なんか、こう、纏う魔力がキラキラしてるらしい。私には分からないが。


 そっからアシェルは何処其処行ってヘーメル領について交渉し、ここを関所のようなものとして使うように話し合っている。

 こういうのは他の貴族との連携が大切なんだと力説する父さんの話を私は興味無さげに聞いていた。


 このヘーメル大革命(仮)に私は一切関与していない。というか、関わらないようにアシェルに言われた。

 これは全部僕がするから__と。


 一人でせっせと頑張るアシェルを見て私は面白くなかった。私はそんなに役に立たないだろうか。

 確かに、頭はあまりよくないし、話も上手い方じゃない、魔法だってそこそこで__あれ、いいとこ無くない?


 父さんは将来アシェルを領主にするだろう。

 なんか雰囲気がそんな感じだ。


 そう、今日この日まで私の輝かしい活躍はない。転生チートとかもなく、逆に周りのチート加減に圧倒されながら日々を送っている。


 両親への親孝行をアシェルにとられ(自分が同じ事をできるとは思わないが)、もはや私の脳内には結婚の文字しか浮かばない。眠る前には孫と結婚とアルメリアがぐるぐる回る。

 途中からエコーがかかってくるこの徹底ぶり。勘弁してほしい。


「結婚しなくて親を安心させる方法……。子供が確実に生まれる方法……」


 前世の母の言葉に毒されすぎだろうか。

 でも他に出来ることってなに!? 介護? あ、母さんにぶっ殺されそう。


 その時、私の頭に一人の天使が舞い降りた。


「婚約!」


 婚約、そうだ。婚約をしよう。それなら確実に結婚できるし、頑張ればアルメリアにも行けるだろう。

 自分のナイスすぎる考えに思わず指を鳴らす。前言撤回。私は頭が悪くない。


「婚約?」


 数年前よりもずっと低く、男らしくなった声がやけに部屋に響く。


「ティナ、婚約するの?」


 驚きに見開かれた瞳は金色で、びっくりする私を綺麗に映していた。


 そこにいるのはゲームで何回も拝んだ私の推し。17歳の姿である。


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