絶対に私を好きにさせてみせるからっ!

黒井へいほ

プロローグ

「――佐藤くん。今日の提出物がまだ出ていないみたいだけど?」


 そんなこともちゃんとできないのかと、責めるような目で見てきているのは、幼馴染の黒川くろかわ 珠季たまき。通称、珠ちゃんだ。

 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。クラス委員長を勤めている人気者な彼女は、中学校に上がったくらいから、僕にだけ冷たい態度をとるようになっていた。

 苦笑いを浮かべながら、彼女に答える。


「いや、ちゃんと持って来ているよ。後で渡そうと思っていたんだ」

「持って来ているなら早めに渡してくれる?」

「そうだね、ごめん」


 提出物を受け取った珠ちゃんは、黒髪のツーサイドアップを揺らし、離れて行く。

 声が聞こえないほど離れたところで、友人の灰原はいばらが口を開いた。


「お前ら小学校のころは仲良かったのにな。一体なにをしたんだ?」

「さっぱり分からないんだよね。仲直りしたいとは思っているんだけどさ」

「そりゃ佐藤が悪いな。見てみろよ。他の人には笑顔なのに、お前にだけは殺し屋のような目を向けていた。絶対にお前が悪い」


 二度も念押しをされなくても、僕自身そう思っている。あれだけ態度が豹変したんだ。確実に僕がなにかをやってしまったのだろう。

 しかし、本当にその理由が思い当たらない。

 だから僕、佐藤さとう しんは、今日も頭を悩ませるのだった。



 帰宅した僕は、制服から着替えてベッドへ大の字になる。

 しばし本を読んだ後、スマホのアラーム音が鳴り、窓を開く。それを待っていたかのように、スルリとベランダから黒猫が室内へと入った。


「やぁ、こんばんは。調子はどうだい?」

「ニャー」


 この黒猫は、一年ほど前から僕の部屋を訪れるようになった猫だ。人懐っこいのか、僕のことが気に入ったのか。ほとんど毎日のように遊びに来てくれていた。

 ベッドへ腰かけると、黒猫はいつものように膝へ乗る。体を擦りつけてアピールしてくるので、優しく背を撫でてやった。


「実は、今日も珠ちゃんとは仲直りができなかったんだ。理由を聞きたいんだけど、話すタイミングも掴めなくてね……」

「ニャーニャニャー」


 一年間一緒に過ごして分かったが、この黒猫は僕の話をとても聞きたがる。特に、珠ちゃんとの話には興味があるらしく、反応が良かった。

 理解できているとは思えないが、話を聞いてくれるのはありがたい。だから僕も、黒猫に自然と悩みを打ち明けるようになっていた。


「……やっぱり嫌われているのかなぁ。僕は、本当に仲直りしたいと思っているから、そうだとしたら悲しいよ」

「ニャーン! ニャニャー!」


 黒猫は鳴きながら僕の頬を舐め、体を擦りつけてくる。幼馴染には嫌われているが、黒猫にはいたく気に入られているようだ。それが、ほんの少しだけ慰めにもなっている。

 思い出せる限りだが、小学校を卒業するまでは普通だった。中学校に入って少ししてから、急に冷たくなった。

 だからその間になにかあったはずだとは思うのだが……分からない。特別なことをした覚えもなく、ただ溜息を吐いた。


 一時間ほど話をしていると、黒猫は僕から離れ、窓を手で叩き始める。そろそろ帰るようだ。


「じゃあ、またね。それとも夜にまた来るのかな? そのときは、いつもみたいに窓を叩いてね」

「ニャ~ン」


 猫には猫の予定があるのだろう。夕食の前、一時間ほど訪れるのはほぼ確定だが、それ以外は気まぐれにやってくる。休日なんて朝早くから来ることもあり、その気まぐれさがなんとも猫らしく思えた。

 黒猫が姿を消して少し経つと、「ご飯よー」と階下から声が聞こえる。


 ふと、隣の家の窓を見ると、明かりは点いているがカーテンは固く閉ざされていた。

 珠ちゃんは、僕の顔も見たくないと思っているのかもしれない。そう考えるだけで、また落ち込んでしまい、トボトボと夕飯へ向かった。



 翌日も珠ちゃんの態度は変わらず、話もまともにできない。

 しかし、なんの進展もないまま三年も経ってしまっている。このままではいけないと、心機一転行動を開始することにした。


 帰宅途中、僕が向かった先は……近所にある大神神社だ。山の途中にあり、長い階段を上った先にあった。

 どことなく澄んだ空気の感じられる広い境内に、子供のころはよく訪れたなと懐かしさを覚える。

 奥には大きなご神木があり、入り口では狐の像がお出迎え。だが、稲荷を奉った神社ではないらしい。よく分からないが、まぁそんなものかもしれないと子供のころから思っていた。

 二礼二拝一礼は割と最近できた風習だ、なんて話を思い出しながら行い、手を合わせる。


「珠ちゃんと仲直りできますように……!」


 自分でどうにかできない以上、こうなれば神頼みしかない。

 僕は熱心に祈りを捧げ、最後に一礼した。

 これでなにか変わればいいなぁと、背を向けて歩き出す。


『願いを叶え……えぇ? いや、うむ、叶え、られるでござるか?』


 不思議な声が聞こえた気がして振り向く。

 しかし、もちろん誰もいない。

 幻聴を聞くとは、自分が思っている以上に追い詰められているのかもしれない。

 少し情けなさを感じながら、その場を後にした。



 家へと帰り、いつものように窓を開く。スルリと黒猫が部屋の中へ入って来た。


『新くーん!』

「こんばんは。調子はどうだい? ご飯はちゃんと食べてるかな?」


 膝の上へ乗った黒猫を撫でる。毎日撫でているから分かるが、痩せている様子は無い。首輪は無いが飼い猫なのかもしれない。

 今日は困ったときの神頼みを行った。なので、明日から昔の珠ちゃんに戻ってくれるかもしれない……! なんて、都合の良いことはないと分かっているが、そうならいいのになぁと思いながら撫でる。


「明日は頑張ってお昼に誘ってみようかなぁ」

『そ、そんな、二人でお昼とか恥ずかしくて無理よ! でもでも、新くんがどうしてもって言うなら……。やっぱり無理!』

「いや、無理だよね。せめてLINEを教えてもらないかな? それくらいなら、幼馴染だしなんとか」

『LINE!? そんなの知っちゃったら、おはようからおやすみまで、新くんに連絡し続けて退かれちゃうわ! それも無理―!』


 うーん、やっぱり今まで通り、無視されてもめげずに朝の挨拶を続けるべきかな。

一度でも返事がくれば、珠ちゃんの溜飲も下がったと判断して、色々と行動を起こせる気がする。


「それにしても、僕はなにをしてしまったんだろう。あんなに怒らせるようなことをした覚えが、本当にないんだよね」

『全然怒ってないから! ただ……は、恥ずかしくて話せないだけで、本当は今みたいに近くにいたいし、く、くっつきたいな、なんて。キャー! 恥ずかしい!』


 行動を見ているだけで分かるが、黒猫は今日も僕を好いてくれている。このくらい、珠ちゃんも分かりやすかったらいいのに。

 そんなことをしている間に時間となり、窓を開く。外へ出た黒猫は、一度だけこちらを見た。


『またね、新くん! 私も素直になれるよう頑張るから……見捨てないでね』

「うん、大丈夫だよ。またね」

『っ!! ありがとう、新くん! ……そういえば職員室で聞いちゃったんだけど、明日は数学の抜き打ちテストがあるから復習を忘れずに。って、伝わらないわよね』


 黒猫を見送り、窓を閉じる。ベッドへ座り……眉根を寄せ、さらに首を傾げた。


「今、猫の言葉が分かっていなかったか? しかも、あの新くんって呼び方に声……。いや、気のせいだな。神社でも幻聴を聞いたし疲れてるのかもしれない。今日は早く寝よう」


 夕食を食べ、早めに寝ようとする。

 だが、なんとなく気になって、少しだけ数学の復習をしてから眠りについた。



 ――翌日の三時間目。数学の時間になったときのことだった。

 教室に入ってきた数学の教師は、紙束を教卓へ置いた。


「今日は小テストをやるぞー。いつも授業を聞いていればできる内容だから、安心していいからなー」


 クラスがブーイングで包まれる中、目を白黒させながら珠ちゃんを見る。

 一瞬、目が合った彼女は、すぐに鋭い目で僕を睨み、目を逸らした。


「……マジかよ」


 いまだ信じられぬまま受けた小テストで、中々の結果を出せたのは喜ばしい。

 しかし、僕の頭の中は、もしかして猫の言葉が分かるようになって、あの黒猫は珠ちゃんだったの? というあり得ない疑問でいっぱいだった。

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