F 5

 おれたちは一緒にコーヒーを飲み、口の中に残る香りを楽しんで目を閉じた。目を開くとおれはいなくなっていておれだけがいた。食卓にはわずかにコーヒーの残った白いマグカップが置いてあった。おれの手には黒いマグカップが握られている。おれは食卓に残された白いマグカップを見つめたまま黒い方に残ったコーヒーを飲みほした。


 部屋に戻ったおれはコンピュータグラフィックスのソフトウェアを起動してc034Bのデータを開いた。データが大きいので開くのに時間がかかる。作業できる状態になるのを待っていると時計の秒針が着つくつく着つくつくと六連符を刻んでいるのが聞こえてきた。4フレームで六連符1つ。100%のクォンタイズで打った六連符ならきっちり4フレームだけれど、実際はそこに揺れがある。3.9フレームになったり4.1フレームになったりしながらリズムがうねる。それが秒針のグルーヴでありジャパニメーションのタメツメだ。目を閉じると時計の音から光の粒が飛び散り、瞼の裏に軌跡を引きながら飛び回った。着つくつく着つくつくに自分の鼓動が重なる。全身が脈動しているようだ。


 目を開くと画面にはみるくしゃわーの中からふっとんでくるカルナという半裸の少女が表示されていた。カルナはデスピッガという陰茎のバケモノと戦っていて、カウンターを浴びてふきとばされ、今まさに地面にたたきつけられるところだ。陰茎が噴射したみるくしゃわーの煙幕から飛び出してきたカルナはそのまま受け身をとれずに地面にたたきつけられる。それがこのカットだ。


 おれは再び目を閉じて想像する。カルナだ。カルナから色とりどりの光の粒が放射されている。ああカルナ。もっとほかの名前だったか? いやカルナでいいはずだ。カルナはビニル袋みたいな衣装で最低限の部位だけを隠している。衣装の安っぽさが卑猥さを倍増して全裸よりよほどやらしい。カルナはそのほとんど裸みたいな姿をショッピングモールで晒しながら汚らわしい陰茎に挑んでいく。このカットにデスピッガは出てこない。出てくるのはこの二つ前のカットだ。このカットの絵はデスピッガの攻撃の結果だ。陰茎でぶっ叩かれたカルナのその後だ。ああカルナ。おれは勃起した。おれの中にはサディストとマゾヒストが共存している。全身男根と化したおれがカルナをふきとばす。なんらかの液体が飛び散る。ははははははははははははははははは。ほとばしるカウパー。きみのバリア。溶かしてひとつになりましょう。むひひひひひひひひひ。おれは身をよじりながらマウスを操作する。わたしじぇねらてぃぶ。あなたのルート。はあうん。たたきつけられるカルナの姿勢を調整する。椅子の上でぐねぐねと悶えながら画面の中のカルナをぐねぐねする。ここをこうしてこうだ。このへんはこうなってこんなに。けけけけけけ。内側で抱きしめてあげるの。ああやさしくう。はげしくう。おれはありもしない合いの手を入れながら悶える。んんん。そんなじぇねれーしょん。ぬほほほへへひぁ。五月女のギターソロが加速しながら浮上していく。離陸したのか地面が無くなったのかわからない不安な浮遊感。おれのベースが上へ出て五月女のギターに絡みながら降下する。狂気に吸い寄せられるギターとそれを引き留めようとするベース。狂気と正気が処女膜を挟んで向かい合っている。膜はJBLのスピーカーのように振動する。絡み合うアンサンブルが官能を伝染させる。ギターとベースの音符がくんずほぐれつほぐれつくんずずんくつれぐほぐほつれずくん。半裸のカルナが身をよじる。あちこちから飛んできた粘液でべったべたになっている。巨大なブタの陰茎がカルナを凌辱する。たがのはずれたベースが和音コード根音ルートから解放されて泳ぎ出る。今度はギターがすっとんで行ったベースを引き留めるべくコードトーンの周りを飛び始める。コードはいつのまにか次々に代理コードに差し替わり、調性が姿を晦ます。足場を失った無数の音が開きなおっててんでに踊り狂う。ギターとベースは絡み合いながら一気に処女膜をぶち破って空の彼方へと落下していく。あひひひぃふへぇぇ。おれは悶絶して背もたれに寄り掛かった。背もたれは偽ッと音を立ててしなり、車輪キャスターのついた椅子がでんぐり返っておれを床にたたきつけた。ヘッドホンのプラグがすっぽ抜けて部屋中に爆音でじぇねらてぃぶじぇねれーしょんがぶちまかれる。あなたを内側でえ。わたしの内側でえ。


 受け止めるわ。


 おれは床に転がったまま射精した。

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