2A 4

 おれはざわついた腹の中を沈めてからもう一度リテイクの内容を読み返した。モンスターにはじきとばされてふっとぶのに色っぽいポーズをしなきゃならないんだからバトルものの少女は大変だ。おれはアヤメというこの戦う少女に少し同情しながらふっとび方をあれこれ想像した。


 おれは作業中のものを一度止めて先にリテイク作業をやってしまうことにした。データの中に次にやる作業についてメモを書いて保存し、アヤメがふっとぶc034Aというカットのデータを開く。これはもともとふっとんで立ち上がるまでがc034という1つのカットだったのを、途中で監督がやっぱり2カットに分けようと言い出して、ふっとんでいくのをカメラで追うc034Aと地面に落っこちて立ち上がるc034Bという二つのカットに分かれたという経緯がある。


 画面に表示された前のテイクの絵を見ながらおれは頭の上に両手を乗せて椅子の背もたれに背中を預けた。少し傾いてからわずかに戻って背もたれがおれの体重と釣り合った。


 目を閉じて想像する。アヤメだ。戦うための装備を身に着けているのにやたら素肌が出ている。色っぽいというよりも破廉恥っぽい。こういうキャラクタデザインはまるで理にかなっていないのに世にはびこっている。防具なのに素肌が出ていたら防具としての役割に支障が出ると思うけれど、そこには取ってつけたようなでたらめな科学っぽい設定がある。皮膚の表面をバリアで保護しているとか恥ずかしすぎてご都合主義にもならないような屁理屈だ。どんな手段を使ってでも少女を裸に近づけるのだ。


 この前のカットまでの部分でアヤメはデスピッガと呼ばれるブタのバケモノに攻撃を仕掛け、意表を突く反撃を受けた。ブタがケツの穴から煙幕みたいなものを噴射し、その中から鼻づらを振り回してきたのだ。ケツから出た煙幕はどう見ても噴射された軟便で、ほとんど裸みたいな少女がそのしぶきを浴びながらブタの鼻づらでぶっ叩かれる。スカトロSMだ。とっさにガードしたものの間に合わずにふきとばされる。前のカットのラストは反撃を受けて光とか煙とか糞しぶきとかそういうエフェクトが画面を覆ったところで終わる。おれが担当するこのカットは糞煙の中から飛び出してくるアヤメをカメラが追うような内容だ。おれはなんとかガードし、そのガードを崩されてしなりながらふきとばされる軟便まみれのアヤメを想像した。こういうときおれの中にはサディストとマゾヒストが共存した状態になる。モンスターになったおれがアヤメをよりひどい目に遭わせようとする。うひひひひひ。同時に酷い目に遭っているアヤメもおれで、あああんんんなどと悶えながらふっとばされる。気づくと椅子の上でもぞもぞぐねぐね身悶えていたりする。こういうものは作っているやつもそれを受け取る客も全員変態だ。


 おれは目を開いて画面を見つめ、ガードしたポーズのままふっとんでいるアヤメの動きを修正し始めた。最初から色っぽいポーズではダメだ。それだとあざとい視聴者サービスみたいになってしまって、逆にやらしさが半減してしまう。やらしいことこそ正しい。おれは煙の中から出てきながら巨大な力に耐えられず姿勢が崩れていくという芝居をししししひひひひと笑いながらつけていく。


 どのぐらい時間が経ったろうか、と思って時計に目をやる。作業しているコンピュータの画面にも隅っこに小さく時計が表示されているけれど、どうも時間が気になると部屋に置いてある目覚まし時計に目をやってしまう。無意識にアナログの文字盤を求めているのかもしれない。文字盤の上では秒針が1秒間に6度ずつ回転している。動き出しで少しもったいぶり、一気に回転して急ブレーキをかける。秒針はわずかに行き過ぎて戻る。秒針が等速で回り続けるタイプの時計もあるけれど、おれは断然この1秒分ずつ進むものが好きだ。わずか1秒の間に加減速があり、揺り戻しがある。眺めていると24分の1秒ごとに分解されて見えるような気がする。時刻を知りたくて時計を見るのにしばらく秒針を見てしまう。だいたい15秒ぐらい秒針を眺めると長針と短針が視界の中で形をもってきて時刻がわかる。すでに深夜と未明が描くグラデーションの途上だった。おれは作業中のアニメーションをプレビューして確認し、なんらかの満足を得てデータを保存した。


 寝る準備をしようとマグカップを手に立ち上がろうとしたら着信の通知が表示された。タイトルは「一歩前を行くおれへ」となっていた。

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