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立ち上がってキッチンへ行き、本来ガスレンジを置くべき場所に置かれた卓上型の
ポットの水面では内側から湧き上がってくる泡が満員電車から吐き出されてくる人のようにはじけている。IHのスイッチを切るとすぐに水面の混雑は落ち着きを取り戻す。ポットを濡れタオルの上に置いて少し冷ましてからフィルタの中へ注ぐ。粉砕された豆の中央から外周に向かって螺旋を描くように一廻り濡らしてしばし待つ。粉は濡れた部分だけ明度が下がる。ドリッパの縁に飛んだ水滴は光沢を放って主張する。水滴は染み込まない相手の上では光沢を放ち、染み込む相手の上では相手の明度を下げてそこが濡れていることを知らせる。だから触れなくても見るだけで濡れていることがわかる。しばらく蒸らした後再び中央から螺旋を描いて湯を注ぐ。粉の中央が盛り上がってきてドーム状になる。このドームの内側に香りが閉じ込められていることを想像しながらドームを膨らませていく。決壊しないように気をつけながら落とす湯の量を調節すると手の動きに合わせてドームが膨らんだり落ち着いたりする。息をしているようだ。注ぎ終えるとドームは縮んで平地になり、更に陥没して円錐状の穴になる。円錐の先端がとがりきる前にドリッパを外すとコーヒーが完成する。シンクの中に置いたドリッパの底から残った褐色の液体が帯を引く。
できあがったコーヒーをカップに注いで自室へ戻る。豆を取り出したとき、挽いたとき、湯を注いだとき、あたりに官能的な香りをまき散らしたコーヒーは、カップに注いだあたりでその喜びの大半をすでに失っている。カップから立ちのぼるわずかな香りを楽しみながら口をつけると、香りから想像したのとは程遠い味がする。
コーヒーを一口すすってから椅子に腰を下ろす。画面では長い髪をツインテールに結い、セパレートタイプの水着をどうにかしたような露出度の高いプロテクターだかアーマーだかなにかそういう鎧みたいなものを身に着けた少女が、長い舌とたくさんの触手を持つ全身ぬめぬめの粘液にまみれたモンスターみたいなものと対峙している。おれは隣のモニタに表示した絵コンテを眺めて想像する。できれば近寄りたくないような、臭気さえただよってきそうなモンスターと対峙した少女。少女はこのモンスターと戦うための特別な力を持っている。今画面に展開されているのはモンスターの最初の攻撃をかわして体制を立て直した少女が反撃にうつるまさにその瞬間だ。それが
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