ユニゾン

涼雨 零音

Intro.

----[Intro.]

 底の方に刷毛で引いたように差ーが塗られている。その上に断続的に徒が乗る。徒。徒。徒、徒。ときおり斜ーがクレッシエンドしてきたかと思うと移動しながらデクレッシエンドしていく。忽忽忽忽忽忽忽が左から右へ通り抜ければ、それよりいくぶん遅い茶、茶、茶、茶、茶が休符を挟みながら右から左へと移動する。二つがすれ違うあたりでちゃつこつこちゃこつちゃつこちゃこちゃつちゃこつちゃつちゃこちゃつこちゃこつこちゃなどと不思議なポリリズムが生まれる。近づいたり離れたりやってきたり去っていったりする音の上でたらぱらぱらたぱらたぱらぱらたぱたぱらぱらぱたぱらたらたらぱという規則的なようで規則的でないビートが刻まれている。


 おれは暑苦しいヘッドホンを外して耳を澄ましている。雨だ。道路、小学校のグラウンド、体育館の屋根、プールの水面、校舎の屋根や窓ガラス、公園の砂場、ジャングルジムや滑り台、駐車場の砂利、トタン屋根、広葉樹の葉、自動車、トラックの荷台にかけられた幌、花壇のパンジー、ごみ置き場のコンテナ、雨樋あまどい。雨粒に打たれたものたちはそれぞれ異なる音をたて、その多様な音はホワイトノイズのような差ーという塊になって底の方で鳴り続いている。靴のタイプや歩き方によって異なる足音のオブリガートは近づいたり離れたり重なったりしながらシンクロしたりしなかったりしている。ふだんはエンジン音を連れている自動車も雨の日は水彩絵の具を太い筆で塗るようにロードノイズを残して走り去る。本体が去った後に滲みながら斜ーという音が染み込んでいく。その音は車ーになりそうなものなのに、どちらかというと斜ーと聞こえる。そんな雨音のアンサンブルのもっとも手前にある雨戸のスキャットは、ぱらたぱらぱらたらたらぱたぱたぱらぱたらぱらぱらぱらぱらぱらと規則性を見いだせそうで見いだせない数列のようなリズムを奏でている。どこを始まりととらえても規則は見つからない。それなのにぼんやり聴くとなにかおおらかな波のようなグルーヴがある。


 やはり雨戸だな、とおれは思う。雨戸がなければこの雨音のオーケストラは魅力が七割ぐらい減ってしまう。雨戸のない雨音など考えられない。だからおれは雨戸のある部屋にしか住まない。近ごろは雨戸のない建物が増えていて、かなり古い物件を探さないと雨戸のある生活はできない。それに多くの条件で物件検索ができる不動産屋へ行っても雨戸の有無という条件で検索できるところはまずない。雨戸さえあれば他のことはどうだっていいのに。この部屋は苦労して見つけた築50年のボロアパートで、玄関の土間は部屋の床より30センチも低いし、洗濯機を置くスペースはないし、給湯器がないから風呂でしか湯は出ない。風呂は風呂でガスコンロみたいな釜がついていてシャワーを浴びながらその湯を温めている炎を見ることができるようなタイプだ。そこらじゅう隙間だらけで夏は暑く冬は寒いし、でっかいカマドウマとキッチンで対面したりすることもある。不都合はなにもない。雨戸がもたらす雨音のダイナミクスを感じるたび、これさえあればほかのことはどうでもいいと思える。


 雨戸よりも手前で目覚まし時計が着、着、着ときっちりテンポ60のビートを刻んでいる。着とつぎの着の間には音はないはずなのに、なぜだか着つくつく着つくつくという六連符に聞こえる。着つくつく着つくつく着つくつく着つくつく着つくつく着つくつく着つくつく。延々と連なる六連符はサインカーブのように一定の波を描き続けていて、その上に乗っかるとどこまでも運ばれて行ってしまう。我に返ると何十分も時間が経っていて、秒針の刻む六連符に乗って未来へ移動したような気分になる。コンピュータの排気音がどこか深いところで麩ーという帯を引き、電源アダプタや充電器などの変換器が足下でわずかに無ーと唸っている。

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