時に恋は物語のように
白湊ユキ
その1
「ごめんなさい。二人で歩むのはここまで」
そんな言葉で始まる物語を知っている。続く言葉も——。
「もう、別の道を歩みましょう」
色づく季節と言うにはまだ少し早い頃。並んで歩いていた銀杏並木の半ばで、不意に立ち止まった先輩がそう告げた。並木の向こうにあるのは赤茶のケヤキだろうか——木造の小さなロッジが見える。
遅れて足を止める。
その頃には、もうそれは手の中から零れ落ちている。温もりの残滓を追い求めて振り返った先にあったのは、胸が締め付けられるほどの寂しさを湛えた微笑。彼女が首を横振ると、ブルーベージュの腰まで伸びたストレートヘアの毛先が揺れる。
木漏れ日ですら肌を刺すように痛い。私たちの間に降りた沈黙をよそに、焦がれたひぐらしだけがけたたましく騒いでいる。
そんな演出で始まる『劇』を、私はよく知っている。
この人はそうやってよく芝居がかったことをする。初めて会ったときもそうだった。全部が全部筋書き通り。台詞も景色も、表情や仕草でさえ。そのどれもが完璧で、私のような三流役者は遠巻きに眺めて圧倒されるのが精々だと思っていた。
——ぐっと、ひとりでに喉が鳴る。
思い返せば三ヶ月もの間、翻弄され続けたのだった。これがお遊びというなら、もうたくさん。
「約束は、約束ですから——」
私の返答に先輩は小さく頷くと、綺麗に切り揃えられた前髪で表情を隠すようにして、背中を向ける。それすらもがあのシーンの焼き直しを見ているようで、瞼の奧がじわじわと焼け付く。
ふと喧騒が途切れた。どこからか、掠れたフォークの名曲が聞こえてくる。
初恋の、幕引きだった。
***続く***
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