干したジャガイモと茹でた蟻

葛城 惶

🐜

「干したジャガイモと茹でた蟻で行き延びたんだって?!」


 友人が目を剥いて俺に訊ねた。


「そうだよ」


 俺は、病院のベッドの上。

 点滴の刺さったまま大袈裟に手を開いて答えた。勿論、それは嘘だ。本当は、茹でたジャガイモと干した蟻だったが、なに、友人にとっては大して差のある話じゃない。

 アマゾンで発見されるような変人だからな、俺は。恋人のラーラが苦笑いしている。


「貴方は、ずいぶんと『奇妙な』場所に居たのね」


「その通りさ」


 俺は軽くウィンクして応える。





 俺が『その場所』に迷い込んだのは、本当に偶然だった。

 学者の俺は、遺跡調査のためにヒマラヤの奥地を歩いていた。そしてチョモランマの山裾で、うっかり足を踏み外してクレパスの割れ目に滑落した。


―死んだ..もうダメだ......―


 そう思った途端、ふわりと身体が浮き上がり、辺りが真っ白になって何も見えなくなった。


 次に眼を開いた時、俺は密林の中、ぽっかりと空いた広場のようなところに居た。

 周りに眼を走らせると、褐色の肌をした子どもが俺を見下ろしていた。


「誰?」


 とひとりの少女が訊いた。


「誰って......」


 言葉が見つからずに辺りを見回している間に、ひとりの少年が大人の男の手を引いてやってきた。


―この人......―


 と俺を指を指す。男は俺を見て苦笑いして、俺の手を取った。


「ようこそ、『落ちてきた人』」


「落ちてきた人?」


 驚いた顔の俺を助け起こして男は言った。


「ここでは時々......何年か一度、人間が落ちてくるんだ」


 なんでも無いことのように言う男に俺は驚いた。が、それ以上に驚いたのは当たり前のように男が俺と同じ言語を喋っていることだ。

 訝しげに眉をしかめる俺に男は言った。


「自動翻訳機だよ」


 素朴なT シャツと短パンの男は苦笑いして右手首のi―watch のようなものを指して言った。俺は訳も分からないままに男に手を引かれて付いていった。


 辿り着いた場所は本当に小さな集落だった。家はいわゆる高床式住宅。どう見ても、未開の部落なのだし、住民らしき数十人の着ている服もありきたりのT シャツに短パン、或いは腰巻きのような布だった。


「ここは、何処なんですか?」


 と訊いても、


「ここは、ここだよ」


 と笑うばかり。仕方無しに長老らしき老人が持ってきたのはタブレット式の表示器だった。


「君は、ここにいる」


 見せてもらったマップによれば、アマゾンの奥地の一画になる。周囲には道は全く無く、密林が続いている。


「まぁ、迎えが来るまで、ゆっくり待ちなさい」


 長老はニコニコと笑いながら言った。

 彼らの生活は非常にシンプルだった。朝起きて、井戸に水を汲みに行き、小さな畑にジャガイモを掘りに行く。大人に混じって子ども達が森に入り取ってくるのは、普通のそれの三倍はあろうかと思われる大きな蟻。こいつの頭に針を打って殺し、干したものを主食にしている。あとは茹でたジャガイモを潰して、干し蟻を包んで食べる。


「まぁ、食ってみろ」


 勧められて、眼を瞑って口に放り込んだ。

 すると...香ばしくて、甘い蜜のようなものが口の中に広がった。


「美味い.....」


 俺が驚くと、集落の皆が自慢気に笑った。

 しばらくして、それだけの食事に飽きた俺が、


「他には、食べ物は無いのか?」


と訊くと、


「あるが、滅多に食べない。蟻もジャガイモも無い時だけだ」


と苦笑いして答えた。


「なぜ?」

 

「体調を崩すんだ。栄養が、足りなかったり、多すぎて、病気になる」


 意外な言葉に俺は再び驚いた。


「病気になったら、どうするんだ?」


「『彼ら』が治してくれる」


「『彼ら』?」 

 

「もうすぐ分かるよ」


 俺を集落に導いた男が言った。

 一月近く、俺はこの奇妙な集落に居た。本当に不思議な場所だった。

 電気もガスも、水道も無い。村の外れにある簡素な井戸から水を汲み、大きな硬い木をくり貫いた鍋でジャガイモを茹でて、石で潰している。

 にも関わらず、自動翻訳機を使いこなし、タブレットで誰かと通信している。集落の人々のT シャツは、よくよく見ると、見たことの無い特殊な繊維だ。試しに着せてもらうと、質感が全く無くて、裸みたいで不安になった。


 男の手を引いてきた少年に訊いてみた。


「この集落から外に出たいと思わない?」


「ひとりじゃ危ないから、いい。」


 少年は、色鮮やかなカブトムシを突つきながら言った。


「ひとりで村から出た人は誰も帰って来なかったって.....外には、怖い病気や獣がいるって.....。十歳になったら、『彼ら』が連れていってくれるし...」


「『彼ら』?」


「空から来るんだ。『彼ら』の舟からは色んな星が見れて、とても綺麗なんだ。希望すれば、父さん母さんがいいって言ってくれれば、よその土地に住んでもいいんだ。......でも、姿形の違う人達と住むのは、怖いな」


 俺に言葉は無かった。少年が何を言っているのか意味がわからなかった。


 数日後の、満月の夜だった。

 集落の人々が、広場を囲むように火を灯し、空を仰いでいた。長老が言った。


「良かったな。故郷に帰れるぞ」


「え?」


 俺は、広場の真ん中に立たされた。  

 ふと見上げると、空に白い固まりが浮かんでいた。月...では無かった。

 眼を凝らしているとそれは段々と大きくなって、七色の光沢を帯びてゆっくり回転し始めた。


―UFO ?―


 僅かな金属音が耳に届いた。と同時に俺は眩しい白い光に包まれ、気を失っていた。







「で、気がついたら、アマゾン川の下流を漂っていたわけね。舟で」


「餓死するかと思ったよ」


 俺は、自前のナイキのT シャツとG パンで持ってきた装備を枕に漂っていたらしい。

 発見されたはいいが、誰も俺の話を信じてくれる訳がなく......極度の疲労による心身消耗からくる幻覚と結論づけられた。

 加えて、入国記録は無いはずなのに、旅券を見ると一月前に入国したことになっていた。

 密入国で刑務所送りにならなかったのは有難いが、『不自然』を無視されて、反論の余地も無いのは不本意だった。


「でも、その集落の人達は、そんなに未開なままでいることに疑問を持たないのかしら?」


「僕達の『文明』は彼らには必要無いのさ。彼らは、宇宙人によって、もっと進んだ『文明』を与えられてる」


 俺は深く溜め息をついた。

 

「ジャガイモを干したらどうなると思う?」

 

「芽が伸びて、実なんか無くなるわ」


「そうさ。それが当たり前ってやつだ。ヒマラヤからアマゾンに飛んでたなんて、ジャガイモを干して食うのと同じくらいあり得ないだろ?」


 蟻だって、茹でたら姿なんか無くなる、この都会では......。

 ラーラは、小さく―オーマイゴッド―と呟いた。


「UFO を当たり前に受け入れて、でも未開の生活に疑問を持たないなんて、不思議すぎるわ」


「突き抜ける.....というのはそういう事かもしれないな」


 段階を踏んだ発展でないそれは俺達には理解できない。理解する必要もない。俺は普通の人間だし、自分の生活を、この街も地球を愛してる。

 UFO に乗って他の星に移住したいなんて思わない。


「良かったわ。貴方が戻ってくれて」


 俺は、彼女の淹れたコーヒーを手に取った。

美味かった。香りも苦さも最高だった。 


「俺もだよ」


 俺は彼女に笑いかけた。


「でも何故、アマゾンなんかに、落ちたの?」


「彼らの言うには、満月の夜に、空に穴が開いて、あの場所に人が落ちてくることがある...らしい」


「満月?貴方が滑落したのは昼間でしょ?」


「アマゾンは夜だったんだよ。ウエサクのちょうど満月になった瞬間だった」 


「奇跡に遭遇したのね」


「二度とは会いたくない奇跡だけどね」


 俺は、『干したジャガイモと茹でた蟻』を食べるのは、二度とゴメンだ。茹でたジャガイモにはベーコンを添えて、冷えたビールを楽しみたい。


「もう一杯、もらえる?」


 俺は、彼女にコーヒーのお代わりを強請り、雨上がりの街を見た。 

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干したジャガイモと茹でた蟻 葛城 惶 @nekomata28

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