第23話『開戦』


 ワーッと外では喊声かんせいが続いている。異世界人の俺が口を出すことではないのだろうが、どうしても人間同士の争いには忌避感を感じざるを得ない。目の前に座る子供のティコでさえ、それを平然と受け入れている風なのはどこかこの世界が間違っているとしか思えないのだ。


 〝はあーー〟俺は思わず大きくため息をついてしまった。


「あうっ!」

「どうした、にーちゃん。急にエッチな声出して」

「な、何でもない……」


 別にエッチなことはしていない。胸元の通信機リベレーションが震えただけだ。欠陥商品だな、これ。


「黙ってよく聞きなさい」


 突然、サポート課の稲田姫の声がそう言ってきた。


「戦争が始まったわ。これから後約五十時間を生き残り生還すること。これがあなたの採用試験よ。精々頑張って生き残りなさい」


 それだけを言い放ち通信は切れた。


 相変わらず言いたいことだけ言いやがって! ちょっと腹が立ってきた!

 未だ仕組みはまるで分らないが、突然異世界に連れてこられて、戦争の只中に放置され、それが採用試験とか意味が分からん! 無事に帰還した暁には然るべきところに訴えてやる! しかし、この場合どこに訴えを持っていけばいいのだろう……。警察? それとも労働基準監督署かな。


 外からはまだ喊声が聞こえてくる。ガンガンと聞こえて来る音は楯を槍で打ち鳴らしているのだろう。俺は食器を手に取り後片付けを始めた。


 その時! 喊声を打ち消すかのように〝ドーン!〟と大きな音が鳴り響いた。ビリビリと僅かに振動も感じる。


「きゃぁ!」


 ティコが小さく悲鳴を上げた。


 今のは何だ? 俺は急いで玄関を開けて外に出た。


 ここから見て西の方角。日の入り門がある辺りに真っ黒い煙が立ち昇るのが見えた。あれは一体?


「何だよ、こんなに晴れてるのに雷かよ」


 後ろでティコが囁いた。


「いや、多分違うぞ。あれは恐らく爆弾だ」

「バクダン? バクダンって何?」

「火薬を詰めて炸裂させて対象を破壊する兵器だ」

「カヤク……」

「火薬を知らないのか? あっ!」


 どうやらティコは火薬の存在を知らないらしい。いや、火薬や爆弾といった言葉がこちらの世界の言葉に変換されなかったところを見ると、そもそも存在すらしていないのかもしれない……。だけど、あの黒い煙は何かを燃焼させたものに違いない。どういう事だ……。


「いや! 違う……」


 思わず声に出してしまった。


「何が違うんだよ」

「いや、何でもない……」


 違う魔道具だ……。炸裂の魔道具とか名前を付けてしまえば、この世界の人間は魔法を使っていると思い込んで火薬の存在に気が付かない。さらに、魔法を使っていることにすれば余計な詮索をされずに道具を使わすこともできるだろう。電子レンジの仕組みを知らなくても、電源が確保できれば使用できるのと同じことだ。

 だとすると、これを仕掛けたのも〝アンラマンユ〟の仕業という事になる……。


 最初に一つの国だけに技術を供給させて貧富の差を作り出し、周辺国と摩擦を起こさせる。次に二つの国に、強い武器をそれぞれ供給させて諍いを起こす。最後に聖女を召還してそれを火種にする。考えてみれば実に合理的な戦争の起こし方だ……。だけど、目的は何だ? いや、今は目的なんかは関係ないか……。それよりも先程、稲田姫が言った言葉がすごく気になる。


 『生き残れ!』


 これは、もしかして命の危険が迫ってるという意味ではないだろうか。この街の中に居ても危険という事ではないだろうか。



「きゃぁ!」


 またティコが叫んだ。


 ドーン! とさらにもう一度音が響いてきた。日の入り門の方角に黒煙が立ち昇っていく。まずいぞ、これは……。門が大きいので一度では壊れなかったのだろうが、何度も繰り返せば何時かは壊れてしまうだろう。


「ティコ、家に入ってろ」

「うん……」


 喊声はすでに消え、怒号と叫び声が聞こえてき始めた。門が壊れたからすぐに陥落するわけではないだろうが、防衛力は格段に落ちてしまうだろう。そうなれば後は泥沼の殺し合いが始まる……。

 そして、きっとここも戦場になる。多分そういう事だ。

 その時、俺はどうすればいいのだろう。最悪、俺自身は死んでしまっても元の世界に戻ることができる。しかし、ティコはどうなる……。


 戦闘員でもない子供だから見逃してもらえるのかもしれない。普通に保護されるだけで済むかもしれない。だが、どうしてもここでアンラマンユの名が気になってしまう……。

 善神アフラマズダに対する絶対悪の存在。キリスト教ではサタンに相当する邪悪な存在。それが本当にこの戦争を始めたとするなら終焉は相当に凄惨なものになる気がする。


 俺はそっとウエストバッグの上に手を置いた。

 この先、場合によっては、聖剣エクスカリバーを抜く必要があるかもしれない。場合によってはそれを人に向けて振るう必要があるかもしれない。果たしてそれが俺に出来るだろうか……。


 俺は扉に手をかけ家の中へと入った。


「ティコ。窓を全部閉じて鍵をかけてくれ」

「もうやってるよ、にーちゃん」

「そうか」


 さらにもう一度、外から花火のような音が聞こえてきた。地面もビリビリと震えている。

 俺は木の棒を手に取り扉にかんぬきを掛けた。

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