第22話『貝を掘る』
何だ……あれ?
不意に眼前の海上に犬が現れた。――犬? いや、大型犬サイズの黒っぽい犬の頭に見える何かだ。それが突如、海中からプカリと浮かんできた。そのつぶらな瞳でこっちを睨んでいる。目が合った!
「にーちゃん、海竜だ! 逃げろー!」
叫び声と同時にティコが浜を駆け出した。
――え? あれが海竜……。俺も急いで駆け出しティコに続いた。
「う、うわー!」
後ろを振り返るとものすごい勢いで犬がこちらに向かって来始めた! 大きな波飛沫が追いかけてきている。
浜に近づくほどに犬の頭がどんどん迫り上がっていく。その高さ約一メートル。巨大な体が波間に見えた!
――あ、あれは……〝首長竜〟だっ!
俺たちは一気に浜の上まで駆け上った。
そして、首長竜は波打ち際まで押し寄せると、ビタンと前のめりに倒れ込んだ。
「……」
あれー……???
「海竜は水から上がると体を支えられないんだ」
ティコがそっと教えてくれた。
体のサイズは人と同じくらいの約二メートル。首の長さは約一メートル。体が黒くて横に広く、丁度、甲羅の無い亀のような姿をしている。水掻きの付いた前足を器用に使い後ろにズリズリと下がり始めた。
「なあ、ティコ。ここの海には、こんなのがうようよ居るのか……」
「何、言ってんだい、にーちゃん。こんなの子供だよ。大きい奴はそこの船の倍くらいサイズがあるんだぜ」
「な、何だと……」
船の大きさは五メートルくらいある。という事は十メートルくらいのが沖にはうようよしてるのか。船が壊されるわけだ。嫌な汗が出てきた。
海竜は後ろに下がり、その場でクルリと
「さあ、もう一度行こうぜ」
「え?」
も、もう一度?
ティコは元気よく浜を駆けていった。マジかー……。
俺も嫌な汗をかきながらティコへ続いた。
それから二度ほど海竜の襲撃を受けた。その頃には五十ほどの貝が集まったので、そこで切り上げることにした。
俺は家に帰り手足を洗ってキッチンへ立つ。ティコは少し街の様子が気になると言い残し、昨日の酒場へと駆け足で様子を見に行った。
先ずは、鍋で麦ごはんを炊く。よく研いだ大麦に同量の水を加え炊いていく。
もう一つの鍋を用意し湯を沸かす。そこへ海水に漬けて砂を吐かせ、表面をきれいに洗った貝を投入していく。味付けは小さく刻んだワカメと塩で
丁度湯が沸騰するころに、息を切らしたティコが帰ってきた。両手に大きな籠を抱えている。
「様子はどうだった?」
「おいちゃんによると、やっぱり今日、戦が始まるみたいだよ」
息を整えながらティコが答える。
「そうか……心配だな」
「うん、でも、きっと大丈夫だよ。三万程度の軍勢じゃ、この街を取り囲むのが精一杯で攻め込むことすらできないだろうって言ってた」
「ふーん」
戦の事はわからない。でも、知っている人がそう言うのなら間違いはないのだろう。
「それに大賢者様の作った炎の魔法杖もあることだし、しばらくは心配ないさ」
「そっか……。ん? それ何だ?」
ティコの持つ籠の中に緑の果実が見えている。柚子? 他にも干した魚や固いパンも貰ってきたようだ。
「これはライムだよ、にーちゃん。近所の庭に
「でかした! ティコよ」
「にししし」
俺は早速フライパンを用意し、その中へ貝を並べて火にかけた。
しばらくするとジュウジュウと音を立て熱せられたフライパンの上で貝が開き始めた。海の香りが漂ってくる。開いた貝にすかさず塩を振りかける。本当は醤油が欲しい所だが無いようなのであきらめた。そう言えば赤い身の貝がいくつか混じっているようだ。
「なあ、ティコ。この赤い方がアルティスなのか」
「そうだぜ。白いのがラティスだよ」
「ふーん」
身の色が違っていたのか……。どおりで違いが判らない訳だ。
貝が全部開いたところでフライパンを火から下ろし、ライムを二つに切って、しぼり汁を振りかける。柑橘系の爽やかな香りが辺りに充満する。
「な、なあ、にーちゃん。早く食べようぜ……」
ティコの口からは今にもよだれが垂れてきそうだ。お前はお預けを食らった犬か。
「まあ、待て」
そう言いながら俺は麦ごはんと潮汁を装った。スプーンを差して……。
「いただきます!」
ティコはがつがつと一気に食べ始めた。俺は一つずつ貝を手に取って食べてみた。
確かに赤い方が味が濃い。貝特有の海のエキスを濃縮した旨味が押し寄せる。それをライムの爽やかな酸味が押し流す。いかん! かなり凶悪なコンボを作ってしまった! 気が付くと俺も一緒に夢中になって食べ進め、あっという間にフライパンの貝は無くなった。
ちびちびと麦焼酎を飲みながら、麦ごはんを食べ、潮汁をまったりと啜る。
うん、落ち着く……。今、俺は異世界を満喫している。
その時、家の外から何かをガンガンと叩く金属音が聞こえてきた。ワーと言う喊声も聞こえてきた。何事だ?
「
ティコが麦ごはんを食べながら事も無げにそう呟いた。
ついに、この街で戦争が始まってしまった。
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