キスフレ
霜月ミツカ
1
校庭に咲いていた桜はすべて緑色に着替え終わってしまった。木は一年中そこに突っ立っているのに、花の寿命はとても短い。花が開いていた期間は正味二週間だっただろうか。その間、散りゆく姿を毎日見ていたのにどうしてそこにもうないことを今更悔んだりするのだろう。
よしみに肩を叩かれて、「今の話きいてた?」と言われた。急に、自分の頭の中から自分の体がいる空間に引き戻された。わたしは座っていて隣にはよしみとふゆがいて、目の前に置いてあるお弁当箱の中身はさっきからひとつも減っていない。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「まったくもう、こっちは真剣なんだから」
「ごめん」とりあえず目の前の弁当を片づけようと箸に手をつけた。「春だから」自然に口元があがった。
「ウチにきて勉強しようっていうんだよ、彼は。だけど、勉強なんて目的じゃないんだー」
よしみのブラウスは、いつもキツそうだ。彼女はうんざりした顔のくせに語調には嬉しさが感じられた。
「嫌だねぇ」
どちらかというとよしみのうんざりとした表情に同調しながらわたしは目を細めた。今日の卵焼きは少ししょっぱい。
「これだから男ってさぁ」
よしみは彼氏に対する愚痴をはじめた。教室に、青野涼と小林恵が戻ってきた。わたしの心臓が早く鳴りだす。青野涼のスカートはいつも校則よりも短い。教師の許容範囲というものを越えて見えるのは彼女の脚が他の子よりも細く、長いからだろうか。食べることを、忘れて、食い入るように見ていた。青野涼がこちらを向く。目があってしまい、わたしは、すぐにそらしてしまった。
「だけどねー、彼氏に嫌われたくないからついつい言いなりになっちゃうの」
こちらに意識が戻ると、よしみの話は完結した模様だった。
「幸せじゃーん」と、ふゆは本気でよしみの幸せを汲み取った様子で弾けた笑顔をして彼女の肩を揺らしていた。わたしは、上手に笑おうとしていた。
弁当を食べ終わる前に予鈴が鳴ってしまった。食べかけの弁当箱にふたを閉めて鞄の中にしまった。魔法が解けたみたいによしみとふゆは机を元の位置に戻して、自分の席に向かった。わたしの前の前に座る青野涼の真っ白なうなじを見ていた。窓枠に腰掛けて風に長い髪をなびかせる小林恵は紛れもない美人だ。グラマラスだし、男が好きそうな口元をしている。わたしは、彼女の美しさに恐れおののき、彼女と一緒にいる青野涼に声を掛けることができなかった。わたしと青野涼では釣り合わないだろう。なれるものなら、小林恵になりたかった。彼女になれれば遠慮することなく、青野涼と話せるのに。
授業が終わって、ふゆとよしみは部活動に行ってしまった。帰宅部のわたしは校門と真逆の体育館の前に行く。青野涼がいる。彼女の長い手からバスケットボールが離れ、ゴールに吸い込まれる。わたしは拍手をしたい気持ちでいるのに、青野涼は、ボールがゴールに入ることに喜びを感じていなかった。ボールを籠にしまい、床をモップで拭きはじめる。次々に生徒たちが来て、彼女がするようにしはじめた。気づかれてはいけないと思い、急いで体育館を離れる。日課のようなそれを終えると、胸のあたりだけ発熱してるみたいになっていた。
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