1章3節6節(22枚目) 仮面暴徒に捕らわれし者①

「何でこんな目にっているのやら」

 窓のない部屋で溜息ためいきとともに呟く女性。

「無理強いさせられて、もう2年か」

 そう、故郷を連れ出された、あのとき。

 仮面暴徒ブレイカー・・・いやあ、あのときだと、1人だっけ。今では首領と呼ばれている、あの男だけだったか。

 ともかく、首領に目をつけられなければ、こんなところにいることはなかった。嫌々、一緒に行動することもなかった。

 首領が探し求めたもの、占貌せんぼう仮面の適合者バイパーだったとしても、私でなくてもよかった。

 首領が持っていた占貌せんぼうの仮面を被るまで、私にその特性が備わっていることは知らなかった。

 でも別に驚かなかった。

 なぜなら私の一族は数多くの占貌せんぼう仮面の適合者バイパーを輩出してきた実績があるから。

 だから十分にあり得たわけ。

 偶然なのか、もしくはそのような体質を有しているのか。

 それは分からないけど、私が占貌せんぼう仮面の適合者バイパーの姿に変われることに違わない。純然たる事実だし、覆せることじゃあないよね。

 私、マーシャン・キリギアスが知らなかったのはまだ確かめる年齢になっていなかっただけ。半年に1回、素質があるか分かっていない人を対象に仮面を被らせている。一族の集いで確かめている。

 当時の私は13才だった。今の年齢なら、被っていたんだろうけど、あのときは早かった。

 だから私が知らなくても当然なわけ。

 しかし、そんなことはどうでもよくて、仮面の適合者バイパーになりたい人であれば、私たちに見てもらいたいと思うはず。

 自分に見合う仮面の手がかりを知ることができるから。

 狙いを定められるから、回り道をせずに済む。知っているのと知らないのでは苦労が全然違う。大分、楽ができると思うから、押し掛けて来てもおかしくないよね。

 商売に利用すれば、大儲け、間違いなしだね。

 でも現実はそうじゃない。

 私たちが持つ特性は秘密にされている。悪い方向に活かされないためにも隠されている。暴力を振りかざし、ままに生きる仮面の適合者バイパーを世の中に解き放たないためにも、事実を広めていない。

 他は知らないけど、仮面装属の統治領域ノーブル・フィールドではそう。

 世の中を乱さないため、仮面装属ノーブルがその活動をしている。自分に見合う仮面のことを知ろうとする人たちから私たちを守っている。手荒な真似をされないように私たちは手厚い保護を受けている。

 生きていくだけなら、早々、困ることはない。手の施しようがない怪我や病気にならない限り、早死にすることもない。

 誰かに襲われることも滅多にない。仮面装属ノーブルの人たちが盾になってくれるから、傷つくことが珍しい。見張りが立っているから、そこをい潜って、私たちを襲うのもそう簡単なことじゃない。

 身内からやられることもあるけど、その辺も対処してくれる。騒ぎが大きくならないように仲裁に入る。怯えて生きていくようなことにならないように動いてくれる。

 勘違いしないでほしいけど、別に豪華に暮らしているわけじゃないから。かくまってもらえても、ままに生きてはいない。大分、縛られている。そう簡単に外の世界に飛び出せないほどにね。

 でもその辺にいる人たちよりかはいいよね。

 面倒見はいいはず。食い扶持ぶちを稼ぐため、危ない挑戦をしなくていい分、安全と言えるよね。降りかかる危険を減らせるのだから。

 そりゃあ、怠けてばかりはいられないけど、それでも世話は焼かれている方だね。

 つかむための道のりがある。救いの手が用意されている分、恵まれている。

 後は手順通りにすればいい。特別、思い悩む必要はない。途方に暮れることも早々ない。必要以上に苦労を背負わずに済むようになっている。

 大抵、答えが目の前にぶら下がっている。そこに辿り着く道標もあるから、行動も起こしやすい方だね。分かりやすいから頑張りやすいんだよね。

 外の世界に出るまで、それが当たり前だと思っていた。好き勝手に行動できないし、理不尽はかなりあるけど、その分、楽はできていた。

 外の世界で味わったことがない苦労を知らなければ、そう思うことはなかった。手探りで頑張る他、方法がないなんて思いもしなかった。

 それくらいズレがあったんだよね。引きこもっていたから世間知らずもいいところだったね。離れてみて分かったよ。本当、恵まれていたんだと。

 ここだけを切り取れば、ほとんどの人はうらやましがるだろうね。平和な日々を送れるだろうから。

 自由に飛び出せなくなるけど、守ってくれる。怯えることが少なくなって、身の危険が感じにくくなる。争いに巻き込まれず、のどかに生きていける。

 気ままなものだと思われることだろうね。私たちが背負うものと仮面装属ノーブルささげるものを知らなければね。

 仮面装属ノーブルもタダで私たちをかくまっていない。見返りとして、協力させられている。仮面装属ノーブルの活動目的にしている、世の中の発展のために働いている。

 私たちの働きで一番大きいのはやっぱり仮面の適合者バイパーを輩出することだね。

 それが取り柄だしね。世の中を手っ取り早く発展させることを考えると、すごい存在を増やすのが無難なんだよね。色々なことに取り掛かるんなら、数は多いに越したことはないからね。

 そういう狙いがあって、私たちは世界の発展に向き合う人材に力を与える手伝いをしている。仮面装属ノーブルが集める仮面とその身内の関係を取り持っている。占貌せんぼうの仮面で見定める役割を担っている。

 当たり前だけど、占貌せんぼう仮面の適合者バイパーに姿を変えられる人は限られている。

 素質に恵まれていれば、仮面装属ノーブルの本部に迎え入れ、仮面との仲を取り持つ役目を果たしている。

 そうじゃなくても、有用だったら、仮面装属ノーブルの支部や下位組織に斡旋される。幼い頃からしつけられ、その中で見つかった光るものがあれば、直接、仮面装属ノーブルの活動目的を果たしていく。

 それも駄目だったら、縁談を持ちかけられている。一族を絶やさないように家族を作らされている。役目を子孫へと繋げられるようにしている。素質を途切れさせないようにしている。仮面装属ノーブルの役に立つように子育てに専念させている。

 秘密を守ることを考えれば、一族同士でくっつけるのが一番。

 でも時には外の世界の人と結び付けることもある。

 弱みを付いて、相手が手を取るように仕向けている。居場所を与えたり、出世させたり、援助したり、不祥事をみ消したりと色々な方法で引き入れている。

 そんなだから、名字は普通にバラバラ。

 私はキリギアスだけど、全員が全員、そうじゃない。一緒の人もいるけど、統一されているわけじゃない。

 どんな形でもいいから、絶やさないために危険を承知で行動している。

 仮に危険なことが起きても、その原因を取り除いている。

 簡単に言えば、仮面装属ノーブルが隠しているものを広めようとする人を殺し、それを知った人を殺している。口封じでこの世から消している。

 それは誰でも。自分たちが損を被らないように動いている。言いふらす人はもちろん、ぎまわる人も消している。

 失くすに惜しい人だったら、注意して、止めさせている。余程の行動じゃなかったら、生かしている。仮面装属ノーブルの損にならないように計算している。

 でも私たちに対しては厳しいね。

 例えば、私たちは自由に外の世界に行くことができない。一族の特性が広まるのを嫌うのと自分たち以外に使われてほしくないから、禁じている。

 仮面装属ノーブルの本部や支部や下位組織に迎えられない限り、決められた場所から離れられない。仕事でもない限り、外の世界には出られない。

 まあ、迎えられたとしても、監視付きにはなるけどね。

 選ばれたとしてもいつも見られている。外にいようと内にいようとあまり変わらない。

 無理に約束を破ろうとすれば、殺される。口にするつもりはなくても、漏れる原因になるという理由で始末される。

 何とか抜け出せたとしても、指名手配される。犯してもいない罪を被せられ、追われることになる。自由とはほど遠い目にわされる。

 今考えれば、あれは演出だったんだろうね。

 自分たちが目にかけているものに手を出すな。手にかければ、敵になるものと知れ。

 私たちをガチガチにしていたのはそういうことなんだろうね。そうやって周りに示していたんだろうね。口で語らず、行動で表していたんだろうね。

 でも私をさらった、仮面暴徒ブレイカーの首領にとっては何の脅しにもなっていなかったわけだけどね。

 良くはないんだけど、それは一旦いといて、私たちに占貌せんぼうの仮面を預けないのも、私たちが外の世界に飛び出すのを防ぐためなんだろうね。

 私たちの特性を活かす方法を潰すことで外の世界で生きていくあこがれを奪っているんだと思うんだよね。

 だから私たちが占貌せんぼうの仮面を持ち歩くことはないんだよね。

 役目を果たすときと素質を計るときに貸し出し、それ以外で私たちの手に渡らないようにしている。

 そんな風にして、私たちの誰かが持ち逃げしないようにしているし、私たちの特性が広まらないようにしているんだよね。

 簡単に言うと、私たちを心の底から信用していないから、そんな対策をするんだよね。

 両方揃わないと意味がないし、そもそも狙われる原因を作らなければ、何かされることもない。

 仮面と私たちを引き離す理由は襲撃に備えてのこと。私たちを護衛するために傍にいるとのこと。

 信用している、していないの話ではない。

 そんな建て前なんだけど、実際、的を射抜いているから返しにくい。

 でもそれだけじゃないと思うんだよね。

 分かりやすいほどの監視で心はり減るし、外の世界に自由に出られず、窮屈きゅうくつな場所で生きていくことを考えると、素直に受け止められないんだよね。

 目を光らせておかないと、やらかしてしまうんじゃないか。

 そんな疑いがかけられているからじゃないかと思っている。すごく疲れる目にっているから、勘繰かんぐってしまうのは無理もない話さ。

 みんなも私と同じことを考えているんじゃないかと思っている。確かめたわけじゃないけど。

 そんなことをすれば、仮面装属ノーブルとの関係が悪くなるから誰も口にしない。

 より厳しく、そして待遇が低くなるのを嫌がって、話さない。

 どこで誰が聞いているか分からず、誰かが告げ口するかもしれないから、明らかにしない。

 下手をすると殺されるかもしれない。歯向かうための準備を進めていると怪しまれれば、そうするんじゃないかな。約束を破った人を殺すような人たちだから、今さら、殺しに躊躇ちゅうちょしないよね。

 実際、不満を感じて、外の世界に飛び出した人を消しているからね。その姿を見せられているから、今さら、そこを疑う余地はないね。

 そんな行動が取れるから、私たちは怖がって、表にしないんだよね。予想にすぎないけど、可能性を考えるとね。

 害されても何もしないというのは、普通にありえない。余程、抑えつけられていない限りはね。

 私たちはそうだけど、仮面装属ノーブルはそうじゃない。力の差がはっきりしているから、行動に遠慮えんりょはいらないんだよね。

 やりすぎないように気をつけるだけなんだよね。大きな損をしないように加減するだけなんだよね。一時の感情に任せて、これからの利益の全てを手放さないようにするだけなんだよね。

 私たちはそんな真似ができないから、不満があっても、心の中で留めている。私がそうしているから、みんなもそうしているはず。

 そうでもなければ、ずっとこんな風習が続くわけがない。打てる手立てがあるのなら、愚痴ぐちくらい、どっかでれているよ。仮面装属ノーブルの前で堂々と口にしなくても、かげで言っても可笑おかしくはないよ。そんなこと、耳にしたことすらないよ。

 逆らえる術が私たちにないから、仮面装属ノーブルはやりたい放題なんだけど、実際はそうじゃない。自分たちの活動目的を口実に馬車馬のように働かしていない。自分たちの要求だけを突きつけていない。

 仮面を見定める特性を手放したくないから、厳しくしていないんだと思うよ。あまり追い詰めると死にに走るかもしれないから、緩めているんだと思うよ。捨てたくないから、私たちが踏み止まるような条件にしていると思うんだよね。

 お互いが受け入れられるところを狙っている。手を組むに値するところで私たちに出している。比較的容易に調達できる担い手を手放したくないから、篭絡ろうらくしている。少ない出費で大きな利益を手にしている。

 そんなところじゃないかな。どのくらい当たっているかは知らないけど、仮面暴徒ブレイカーさらわれてなきゃ、こんなことは思いもしなかった。

 何が言いたいかと言えば、声にするほどのことじゃあないんだよね。一部はあれだけど、大抵の人にとってはね。

 全然対等じゃないけど、出された条件を付き返さないのはそういうこと。

 否定する人たちはいるけど、一族総出でないのは案外悪くないと感じているからだろうね。

 諦めて、今を受け入れている人もいるだろうけど、抗うよりはいいと思っているからだろうね。意気地なしとも言えるけど、面倒なことになりたくないのなら、それも仕方ない。

 私もその1人だったしね。気が重くて、窮屈きゅうくつだったとしても、外の世界に飛び出してでもやりたいことはなかったからね。

 考えるだけでも気がひける。色々と面倒臭いことが圧し掛かるだろうし、外の世界で暮らしていけるほどのものを持ち合わせているとは思ってもいなかったから。

 だから私は無理してでも外の世界に出て行こうとしなかったわけ。 

 自由よりも安全を取ったわけ。両方取れるほど、器用じゃなかったし、立ち回りもできなかったわけだから。

 今ならできるようなことを言っているかもしれないけど、そんなことはない。今も同じ。そうでなければ、仮面暴徒ブレイカーの下から逃げている。

 まとめるとね、世の中のためとか、仮面装属ノーブルはカッコいいことを言っているけど、私たちを独占したいがために動いているだけなんだよね。自分たちを負かす敵を作りたくないから、私たちを利用しているだけなんだよね。

 私たちのためでもあるんだろうけど、それは与しやすい条件をちらつかせているだけ。裏切らないように適度に緩めているだけ。

 仮面装属ノーブルはそういう甘い選択肢を示しつつ、誰もが簡単に見合う仮面を知ることができないように対策を練り、処置を施している。力を手に入れ、欲望に任せ、周囲をしいたげる事態に運ばないように警戒している。

 でも問題は起きたし、仮面装属ノーブルは対処できなかったわけだけどね。

 仮面暴徒ブレイカーの首領にしてみれば、そんなのは何の脅しにもなっていなかったわけなんだけどね。

 真っ昼間から堂々と、正面から乗り込んで来たし、そのとき居合わせた仮面装属ノーブルの人たちにも怯まなかったしね。

 首領の余裕さは相手に戦いの準備をさせるほどだった。侵入者である自分を叩きのめす用意をさせるほどだった。

 登場こそ突然だったけど、不意打ちはしなかった。

 仮面の適合者バイパーには仮面の適合者バイパーを。

 始めから自分が持てるものを全て見せていた。監視が首領を見誤らないように手を打っていた。

 自分を倒すにはそれなりの力をぶつけないと意味がない。仮面の適合者バイパーでも、そうじゃなくても、出し惜しみせず、ぶつけるべき。侵入者を倒すのならね。

 そんな風に挑発していたようなものだったけど、実際のところ、外れていない。調子に乗っていると思われても、虚仮こけにされていると思われても可笑おかしくなかったわけだけど、その後のことを考えれば、納得してしまう。

 数で負けていたし、連係も取られていたわけだけど、首領は苦戦しなかった。一度もひざをつかず、ることもなかった。向かってきた人たちを全て倒した。二度と立ち上がって来ないように殺していた。

 その光景を見て、私たちは大人しくした。

 騒いだところでどうにかしてくれる人はいなくなったし、自分たちでどうにかできるのなら、仮面装属ノーブルを頼っていない。手を切っているし、結んですらいない。

 逃げ出そうにも足がすくんで動けなかった。目撃してしまえば、余計にね。騒ぎを耳にしただけの人たちは違ったかもだけど、現場に居合わせた私たちは無理だった。

 抵抗すれば、どうなるか。

 前もって教えられたから、下手に行動できなかった。何が許されており、何が駄目なのか分かったものじゃなかったから。

 後で知ったわけだけど、そのときは誰も首領の目的を知らなかった。

 経緯は不明なんだけど、一族の特性に目をつけて、襲いかかったことを。入手先不明の占貌せんぼうの仮面を用意するほどに執着していたことを。倒した相手の仮面に目もくれず、私たちの方に近づいたことを。

 それらのことを分かっていなかっただろうから、誰もが縮こまっていたんだと思う。

 少なくとも私は分かっていなかったから、そうしていたわけなんだけどね。

 それが私の不運の始まりだったんだろうね。

 動く人がいないのを確認すると、首領は私に近づいた。距離的に近かった私にね。

 ふところから取り出した占貌せんぼうの仮面を私に被せ、仮面の適合者バイパーの姿に変わった私を見ると微笑んだ。

 仮面の適合者バイパーの姿を解いていたわけじゃないから、実際のところ、首領が笑みを浮かべていたのかなんて知らない。

 でもすぐに行動に移した辺り、そうだったんじゃないかと思っている。

 探し求めていたものを手にできたから、首領は私を連れ去った。他の人には手を出すことなく、急いで立ち去った。お姫様抱っこで私を支え、その場から姿を消した。掴んだものをこぼしたくなかったから、他のことに目を向けなかった。

 両想いで結ばれることを周囲に反対されていたんなら、すごく感動的だっただろうね。現実的じゃないんだろうけど、心は踊るよね。永遠に一緒にいたいと願うのなら、尚更なおさらね。

 当然だけど、私は浮ついていなかった。そんな涙を誘うようなものじゃなかったし、突然のことで何が何だか頭が付いていかなかったしね。考える時間ができて、やっと何となく気づけただけ。

 だから私は殺されないわけ。

 無事でいられるのは求められているから。仮面装属ノーブルを敵に回しても構わない、ままに生きる集団を作りたかったから、大事にされていただけ。

 大事にされているのは今も変わりがないけどね。死なない程度に、という意味でね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る